クリスチャンになったころのこと


これは、1997年9月28日に出席教会の礼拝で話した証し(クリスチャンの体験談)の原稿をもとにしたものです。


1.はじめて教会へ行く

私の家は仏教の門徒宗の檀家でした。家には仏壇と神棚があって、宗教的にはありふれた家庭だったと思います。
はじめて教会に行ったのは14歳のときでした。その教会ではニュージーランドから来たP宣教師が開拓伝道、つまり布教活動をしていました。
私はそのころ進化論を当然のことだと思っていました。これは、今考えると、創造論〜神が天と地とそのなかのすべてのものを創造されたことを聞かされていなかったからだと思います。そして、私は科学で説明のつかないことは疑わしいと考える一方、超自然的な、何か不思議なこと〜UFOや超能力〜といったことにも関心がありました。
私が教会に行ったのは、B君という同級生から教会でやる映画会に誘われたからでした。B君はP先生から英会話を習っていたのです。B君とはとても仲がよかったし、当時終末の予言などに興味があったので迷わず教会の映画会に行くことにしました。今はビデオがありますが、当時は映写機です。教会の車庫で上映されました。夏休みの夜に4日連続で映画会は行われ、私は毎回出かけて全部の映画を見ました。
その中で今もはっきり覚えている映画は「米子」という映画でした。母を亡くした米子が悲しみや失望などから電車に飛び込んで自殺を図り、両足と片腕、残った手の指も何本か失い、再び自殺を考えるのですが、見舞いに来たクリスチャンを通して神のことを知ってクリスチャンになるという実話をもとにした映画です。

2.聖書を読み始める

私はそれから教会へ通い始め、P先生から聖書を学びました。私は14歳でしたが自分ではもう大人だと思っていました。P先生はほかの大人たちと違って、私を一人前の人格として扱ってくれました。そのような扱いを受けるのは初めてだったので、P先生を信頼しましたし、期待を裏切りたくないと思いました。それが休まないで教会に通いつづけた理由だと思います。
しかし、聖書のメッセージを理解するのはそう簡単ではありませんでした。当時の私は自分が罪深いことはすぐに理解できました。自分がうそつきだと分かっていましたし、不条理な世界に対する失望や嫌悪を自分の不完全さと結び付けて、それらの責任を自分の身に負うような傾向があったのです。

3.主イエスを信じる

私は、主イエスが私の罪のために死なれたこと、主イエスが私の救い主であることをなかなか受け入れることができずにいましたが、15歳になってからの冬、いつものようにP先生と聖書を学んでいたときに、主イエスを信じました。
その日は新約聖書ヨハネの福音書20章を学んでいました。主イエスが復活したことを弟子のトマスが疑ったという箇所です。20章27節以下の「信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」「あなたは私を見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです。」という主イエスの言葉が私自身に語られているような気がして、私は信じる者になりたいと思いました。主イエスを信じますと告白してP先生といっしょに祈ったとき、晴れやかな気持ちになったのを覚えています。私はこのときクリスチャンになったのです。行っていた教会で最初のクリスチャンでした。

4.洗礼を受ける

ところが、洗礼を受ける決心がなかなかつきませんでした。クリスチャンになった後も私の生活はさほど変化しなかったからです。もちろん「イエスは主である」と告白すること自体が大きな変化なのですが、私はついつい自分の行いばかりに目を向けていたようです。そのうちに、教会にSさんという人が来るようになり、信仰をもちました。洗礼を受けたいと言い出すかも知れません。これでは先を越されてしまいます。というわけでもありませんが、このことは大いに刺激となりました。そして、あるクリスチャンから、「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。」という聖書の言葉(エペソ人への手紙2章8節)を教えてもらいました。私はついに洗礼を受ける決心をしました。そして、Sさんと同じ日にP先生から洗礼を受けました。

5.最後に

今思い返すと、これらのことは不思議な導き、神の恵みの導きであったというほかありません。不道徳の町ソドムからロトが逃げ出すときに、躊躇したロトの手を天使がつかんで町から連れ出したように、迷ってぐずぐずしたり何も分からずにうろうろしていたとき、私も神の手につかまれて導かれ、現在に至ったような気がするのです。神に感謝します。

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