6月17日(木)

けさ見た夢。

木でできた細い橋(歩道橋みたいな)を歩いている。
下は水ではない。周囲は、丘陵のなかの団地のようなところ。つまり陸橋。
私はひとりだが、まわりにはチューリップハットとかかぶったおばさんなどが、
連れ立って歩いている。歩け歩け系イベント?
橋はいつのまにか、すごく揺れる吊り橋になっていた。

(最近見た夢。

弟が死んだことになっている。

一週間くらい前に死んだことになっているのだが、
私には葬式の記憶が全くない。
昼間ずっと眠り続けていることが多いので、その間に葬式が済んでしまったのかなあ、
などとぼんやり考えている。
彼の死因も憶えていないので母にきいてみる。
「あの子も…アイスとかいっぱい食べてたからねえ」などと母がいう。
成長期の食生活がたたって死んだということなのかな。

どうしても実感がわかないでいるうちに
まだ彼が生きていることを思い出し、
ああこれは夢だな、と思って、目がさめた。)

今日は休みだったので、夕方まで寝ていて、
駅で定期券を買い、銀行に行き、
メトロポリタンプラザのポイントを引き換えに行き、
本屋に短歌雑誌を買いに行き、有楽町の無印良品に行き、
今月仕事のある日にはできないことを片っぱしから、した。
池袋から有楽町まで山手線だ。しかも逆まわりだ。
休みの日も空を見ないなんて勿体ないから。

家で母の作ったごはんを食べる。のんびり食べる。幸せ。
(※私の職場は二食付きというたてまえで、
業務用食材を駆使した「給食」を20分で食べる。
そしてお手洗いに行って戻る。休憩時間ってとくにない。
しかも今月は忙しくて夕方のは食べに行けないので、
帰りにスパゲティかパンかハンバーガー。昼食の8時間後くらいにね。)

あさってまた休みなので、
何をしようか計画を立てている。
26年前のあさって、私は生まれた。


6月15日(火)

以前にBOOK OFFで買ってあった“Blue Film”を観る。
THE YELLOW MONKEYのPV集である。
昔、ライヴのとき、スクリーンで流していたもの。
懐かしい。私が大学に入った年だ。
(いちおう第一志望だった某大第一文学部の入試の日、
試験を終えたその足でライヴに行った記憶があるのだけど…
あれは武道館だっただろうか。
そんな日に、そんな浮ついた気持ちでは、それは落ちるわな。)

「天国旅行」を久しぶりに聴いた。

私にとっては、これがロック。音も声も詞も。

ふつう「つくしんぼう」とか(「うなぎのぼり」とか)
そんな言葉、容易く使えるかよ。こんなに恰好良く。

「TVのシンガー」のおしまいに
ロシアンルーレットの真似をして指をこめかみに押し当てる
LOVINの目、
えぐりだして指輪にしたいな。素敵なの。


6月8日(火)

仕事帰りに要町のBOOK OFFに行く。
家からいちばん近い江古田店よりずっと大きいことは知っていたけれど…

横山未来子歌集『水をひらく手』があって、驚く。
八重洲ブックセンターや西武のリブロで、
見たことがあったのかな?私が手に取らなかっただけ?
…初めて出会ったように思う。

私はBOOK OFFに本を売ったことはまだないけれど、
売る人は何冊もまとめて売るのだろう。
この本を売った人は他には何を売ったのだろう、
と、かってに想像してうろうろするのは楽しい。

で。

 横山未来子歌集『水をひらく手』
 三留ひと美歌集『風を売る店』
 大田美和歌集『飛ぶ練習』
 山下雅人『世紀末短歌読本』

 飛行機の赤き点滅わたりゆき破線もてひととつながれる夜 横山未来子

  たいせつに読もう。今月はもう、本を買わなくていい。

東京に生まれ東京に育ち東京のほかを知らず(祖父母の代からそうだ)
ぼんやり生きている私を、
『世紀末短歌読本』の「極私的プロローグ」が殴った…〈東京は人を殺す〉ということ。


6月4日(金)

休日。
久しぶりに寝溜めをする。14時間か15時間くらい。
ここのところ眠っても夢のなかまで職場が出て来て
(職場の同僚、鳴り続ける電話、
日にちと食堂の名前と弁当の種類のスタンプを押した紙の食券の束、など)
寝起きがとても不快だったのだ。
喫茶室のウエイトレスだった時はそんなことなかったのに。

夕暮れの街をお散歩。
西武線の駅前をぷらぷら歩き、遠くを見に陸橋へ行った。
光ヶ丘の清掃工場の煙突とか。
ずいぶん、日が伸びた。淡い空、にじむ雲、好き。

歩きながら、自分が作ってきたうたを振り返った。
きめつけばかりで硬直してると思う。
ここからはやく出たいよ。



12月の日記