きんもくせいの丘

 

 そいつと出会ったのは、小学校1年の時、その時からずっとこの丘の上に立っている。僕がそこに植えたからだ。「入学記念樹」としてもらった、1本のキンモクセイ。

 学校にもきんもくせいがある。きれいに丸くかりとってあって、秋には花が咲き花粉症をまきおこす迷惑なヤツだ。それにひきかえ僕のきんもくせいは、めちゃくちゃに葉がおいしげって一目で「きんもくせい」とは分からない。花は咲くけど少なくて、においはするけど僕はそれで花粉症になったことはない。

 でもこんな不格好なきんもくせい、世界でたった1本だろう。

 

 翔は小学生の時少年団で知り合った友達だ。その時初めて知り合ったのにすぐに親友になれた。翔と僕とは妙に気が合う。ちょうど同じ頃にサッカ−少年団をやめ、中学になって部活もぐうぜん同じ美術部に入った。理由もおなじ「なんとなく」だった。僕たちは妙に気が合う。

 

 翔は時々部活をサボる。そんな時、探すとたいてい「きんもくせいの丘」にいた。ここはもともと翔の家の土地らしい。だから翔に頼んで植えさせてもらった。

 もちろん今日も、翔はそこにいた。

「翔っ。」

「ああ、翔馬か。」

きんもくせいの周りには緑色の雑草がひょろっと顔を出している。このきんもくせいはほとんど野放し翔が時々いっしょに草とりをやってくれる。世話といえる世話はそれだけだけど、それでもここまで育ってくれたらついうれしくなってしまう。

「部活は?」

「僕は課題の絵がとりあえず終わったからさ。」

そう言って翔に手のひらを見せた。親指に黄緑色がついている。

「そっか。」

翔はぱっと起き上がった。

 翔の絵はまだ未完成だけど、僕から見てものすごくうまい。翔はスポ−ツだって得意だし、頭だってものすごくいい。クラスできっと人気者なんだろうな。クラスはちがうからわかんないけど。

「そろそろこいつの草とりしないと。」

 翔みたいな人と妙に気が合うのはうれしい。

 

 

 朝学校に来たら、教室でみんなが何か騒いでいた。

「あ、ショウ君、聞いた?」

ひときわ体の小さな河合君がさけんだ。

「転校生がくるんだってさ。」

「ええっ、こんな時季にかい。」

もうすぐ夏休みじゃないか。

「うそだろ。」

「本当だよ。俺、日誌取りに行くとき見たもん。」 

「なんでもさ、翔のいとこらしいぜ。」

「カケルって8組の飯田翔かよ。」

ふいに横から体の大きな清水が顔を出した。わりと背の高いんほうの僕も、清水を初めて見た時は体がすくんでしまった覚えがある。

「でも何組にくるって?」

「さあね。」

 話はそこで打ち切りにした。

 翔のいとこねえ。どんな人だろう。翔に似てるだろうか。

 僕は教室のざわめきではっとした。今日は朝会がないから、転校生が何組にくるか知ることができない。後でだれかに聞こうかなぁなどと考えながらボ−ッとしていた僕は、なぜ周りがざわついているのかすぐに分からなかった。

 先生が前に立っていて、そのとなりにもう1人立っていた。なりほど、そういうことか。つまり、転校生はうちのクラスに来たんだ。

 席が1番後ろな上、最近視力が落ちてきている僕には顔がよく見えないけど、どうやら女の子みたいだ。たぶん僕のとなりにくるのだろう。もともと2組は男子が1人多いから、席はだれか1人あまってしまう。それであまったのが僕だ。

「大木愛です。」

という明るいはきはきした声だけが聞こえて、あとは周りの声とまざってよく聞き取れなかった。どこかで聞いたような声だ。

 先生が、

「席はあそこだ。」

と指示して全員が季節はずれの転校生に注目した。その子がだんだん近づいてきた時は、僕がみんなに見られているみたいでちぢこまってしまった。

「ねえ、名前なんていうの?」

すでにみんなの視線は先生にもどっている。

「小杉…、翔馬。」

「ふうん。」

 感心したのか期待外れだったのかなんて思ったのか分からないけど、バカにされたような気がしてムショ−に腹がたった。僕はこの名前、けっこう気に入ってるからそれにどうでもいいような顔をされるとあまりいい気はしない。とくに翔馬のショウの字。

「どっちのショウ?」

ふいに大木さんが横からつっついた。先生の話の途中じゃないか。名前の感じなんか後で名簿ででも調べればいいじゃないか。机を指しているので見てみると、そこに「将」と「庄」が書いてあった。

「どっちも違う。」

 大木さんは何か思いついたらしくまた机に書きだした。「翔」。「これでしょ」といわんばかりに机をたたく。

「起立。」

 僕は小さくうなずいて立ちあがった。

 

 

僕には兄弟がいない。一人っ子だ。一匹だけ、「クウ」という雑種のネコを飼っている。お父さんが、二年前雨の中を拾ってきた。ガリガリのやせっぽっちだったクウは、毛のつやつやしたオスネコになった。

 クウの名付け親は僕だ。「クロ」だの「ブチ」だの言うので僕が考えることにした。「クウ」は「空」の音読みからきた。なんとなく「空」がよかった。「ソラ」もいいけど「クウ」の方がなんだかオスっぽい。みんなからみたらちょっと変かもしれない。

 クウは最近よくどこかに行く。夜になってもなかなか帰ってこないことがある。でも気がついたら庭で寝そべっている。

 ふと見るとスズメを追いかけている。僕の家にネズミがいるかどうかは知らないけど、もしいたらそれを追いかけてるんだろうか。コウモリをつかまえてきたこともあった。

 

 クウがいても僕は兄弟がほしかった。とくに、妹がほしい。

 でも、どんなにほしがったところでおもちゃのように簡単に手に入るものではないから、もう今は何も言わない。

 

 またクウがどこかに行ったので僕は、

「クウ、クウ」

と呼んでみた。探したって呼んだって見つからないことは分かっているけど、なんとなく呼んでみた。

 と思ったら今日は珍しく草の中から「ニャウ。」と出てきた。

「クウ…。」

とつかまえにいこうと思った時クウの出てきたところと同じドブのわきの草むらから女の子が一人かけてきた。

 あの様子だとたぶんクウを追いかけきたんだろう。僕が立ちつくしているスキを見て逃げだそうとしたクウをうしろからきゅっとつかまえた。クウは大きいようで小さいから、小さな子でもだいぶつかみやすいい。

「あっ…ネコちゃん…。」

クウがじたばたしてとびだしたところをまた僕は素早くおさえた。

 ぼ−っとクウと僕を見ている女の子に気がついて僕は、

「僕んちのネコなんだ。」

と言った。

するとその女の子は気をとりもどして、

「あやちゃん、そのネコだっこしたい。」

とにこっとした。でもこの子だとクウはすぐ逃げ出してしまうかな。

「あやちゃんはいくつなの?」

「六歳。」

 じゃあ一年生だろうか。なんだか去年の一年生よりちっちゃく見える。あやちゃんが小さいのか僕が大きくなったのか。

 

 それからあやちゃんはひんぱんにここに来るようになった。でもそのたいていはクウはいない。時々「きんもくせいの丘」に行ったりもした。

 ついでに言うと、きんもくせいの丘はけっこうネコのたまり場になっている。だからここにクウがいたこともあった。僕はきんもくせいがネコ達につめとぎをされたりすーしないか気をもんでいたけど、ネコのせいできんもくせいがかれた、ということはないので今は大して気にしていない。

 あやちゃんは僕のことを「お兄ちゃん」と呼ぶ。なんだか妹ができたみたいだ。あやちゃんの家は近所だから道でもちょくちょく見かける。僕を見かけると、手をふってくれたりした。僕のところに来て、僕も通っていた小学校のことを楽しそうに話してくれた。

 本当の妹みたいに思えてうれしかった。

 

 

「小杉君って、もしかして翔の友達?」

 今日もだ。大木さんの質問ぜめ。隣になった人に対してこうも早くなれなれしくなる人は珍しいだろう。

「そうだけど。」

「やっぱり。翔がね、小杉君のこと『いい友達』だって言ってたから。」

「へえ、翔がねえ。」

 それは本当だかどうだか。僕は翔より秀でているものはひとつもなく、翔の話のネタになるようなうつわじゃない。でもだれかに僕という友達がいると話しているんだ。

「でも小杉君ってほんとにマジメそうだしいいヤツっぽいね。翔なんか、何もしてない感じで、そのくせなんでもできるんだもん、ズルイよね。」

 大木さんが何を言いたいのかよく分からなかったけど最後の方だけ少し違った口調だと思った。

「小杉っ、ちょっと来い。」

 ろう下で翔達が手招きしている。

 僕は大木さんにおかまいなしにすぐ廊下まで行った。大木さんはすぐ女子の輪にまぎれていっている。

「どうしたの。」

「明日休みだろ。夏休みの計画でも立てておかん?」

「っつ−わけで明日俺んち集合な」

翔のことだから何人集合させるのか分かったもんじゃないな。

「いいけど、午後はダメだからな、オレ。」

「なんで。」

「…歯医者。」

「ショウ、今虫歯?」

コウがぷ−っとふきだしやがった。

「オッケ−。じゃ午前中な。」

 翔はちらっと教室をのぞいてから、

「あ、あと俺今日は部活いくな。」

と言って立ち去っていった。

 

 自分の手元を見ていても、思うように動かないからイライラする。だいいち今はかくものが見つからない。僕は「ゆうじゅうふだん」ってやつだから自由にかけと言われるとてんでだめだ。何か線を引いても、画用紙が黒く染まるだけ。

 ぐるっと教室を見回した。みんなしんけんなようでいてただ筆を遊ばせているだけだ。そんな中で、翔は少しおくれているせいか黙々と筆をすべらせている。筆先からは、僕がだせないような様々な色がとびかう。いいなあ、才能のあるヤツは。

 僕の頭がピ−ンとひらめいた。かいてみようかな、この風景を。けっしてきれいな絵にはならないと思うけど、部屋に人がいて、絵があって、そしてその後ろにまどがあってまどのむこうには…。

 

 僕が翔と帰るのは久しぶりだ。たまたま僕達は方向が同じで、ただ僕の方がちょっと遠い。たいがい翔は先に帰ってきんもくせいの丘に行ってしまう。

「お前のクラスに転入生が来ただろ。」

「来たよ。」

 大木さんのことだ。そういえばいとこだっけ。

「大木さんだろ。」

自然とイヤミっぽい口調になってしまう。

「オレの隣だよ。」

「ふうん。」

おどろくだろうと思ったら、一言うなっただけだった。少しのチンモク。

「あいつさ、うるさいだろ。イチイチきいてくるんだよなあ。お前のことも、ちょっと名前出しただけで『翔馬ってだれ』とかきいてくるしさ。」

ああ、なんだ。だから知ってたのか、大木さん。

「実はさ、大木さんくるなりホント質問ばっかしてくるんだよ。よけいなことまでセンサクされて、まいっちゃうよなあ。」

「じゃあ愛に言っといてやるよ。『翔馬が困ってる』って。」

「え、いいって。」

 笑い声が続いた。

 

 

 玄関を開けた。あっというまに暑さがまぎれこむ。とたんに大あくびだ。僕は朝に弱い。九時という時間帯はまだ早いくらいだ。

 二、三回あちこちに自転車をぶつけて、出しながらもまたあくび。でも少しこぎだせばすぐに風がかみをかすめる。耳にもひゅうっという風の音が入ってくる。そうしていると僕の眠気もふっ飛んで行く。

 キキィッと高い音を鳴らしてブレ−キをかけた。自転車をわきによせると、僕はカギもかけずに玄関に走った。自転車をぬすむようなヤツはこの町にいないからね。

 ピ−ンポ−ン、と重たい音が二回鳴り、待っていたかのようにドアがチャッと開いた。「眠そうだな。」

 翔がにんまりした顔で出てきた。どうやら僕が一番のりだったらしい。くつが一つしか置いていない。

「やっぱり、翔馬が一番だったな。」

「ちぇっもう少しおそく来ればよかったよ。」

 気がつくとコウがうしろに立っていた。

「やっぱりショウが一番か。けっこう早くでたつもりなんだけどな。」

「おい、浩大までそれはどういう意味だよ。」

 やっぱりってなんだ?やっぱりって。

 

「空いてる日チェックしてきたか?」

「バッチリっすよ、翔さん。]

 ざっと六人集まったけど、翔にしては少ないもんだ。

「洋君は?」

「あ、電話したけど来ないそうですよ。」

「やっぱりな。」

明が重々しくうなずいた。僕もそう思った。あのめんどくさがりがそう簡単に来るハズがない。

 それにしても六人で計画を立てるなんて、翔、本気だろうか。せいぜい三人くらいがいいと思うけど。でも友達のことでひいきしたりしないようにしようというのが翔の考えだ。「ん−と、じゃあダメな日片っぱしから言ってってよ。」

そう言うと翔は、マジックのふたを片手できゅぽっとはずした。全員分の予定を入れるのには容量のカレンダ−みたいなものが用意してある。

「僕は土曜以外ほとんど部活があるんだけど。この紙を見れば分かると思うけど。」

 聖ちゃんあいかわらずのやさしげな顔をして紙をさしだしている。それにうってかわっておこらせるとものすごくこわいらしいが、僕は見たことがない。

「一聖君と同じく。紙はないけど休みの日くらい覚えてるよ。」

 明はやっぱりサッカ−一筋みたいだ。カレンダ−を見て、「そこ」とか「ここ」とか指で指しだした。

「オレもっ。自主練したいし。」

 しゅん君は河井君ほどじゃないけど背が低い。それでもバスケをがんばってるからすごいと思う。

「俺も明達ほどじゃなけど部活。全部行く気ないけどさ。あと二十七日旅行。」

 市村浩大。で、みんな「いっちゃん」って呼んでいる。スポ−ツができそうなのは見かけだけで実は運動神経は僕より悪い。しかも吹奏楽もあきてしまったらしい。

「翔馬は。」

「オレ?オレは部活のことだったら翔、分かるだろ。それとおぼんがダメだな。」

僕は少し考えてから、

「あと二十五日。」

と言った。

「歯医者に行くんだろ。」

「えっ。」

全員が目を点にしてこっちを見ている。

「っ、ちがうよっ。」

とたんに笑い声がとびかった。くそっ、コウのあげ足とりめ。

「あっ、そだ。翔の予定はどうなんだよ。」

「俺は…、オレ部かつもあんまりないし予定も特にないんだよな。」

 翔のお父さんはなんとかって会社の社長なんだそうだ。ロクに休みもないから、翔だってどこにも行けないだろう。

「なんかあるんだったら自分書いとけよ。」

「ん、分かった。」

そう言う翔の顔は少し悲しそうだった。でも気のせいかもしれない。

 

 

 夏休み前半、僕にとってうれしい事ができた。僕は「お兄ちゃん」になるんだ。お母さんがこの前病院に行ってきた。僕はうれしくてこの気持ちがおさえ切れず、このニュ−スをだれかに知らせたいと思った。

 ぶらぶらと歩いていると、もうきんもくせいのある場所の近くまで来ていた。家からここまで歩いたのは久しぶりかもしれない。僕はふと立ちつくした。

 びっくりした。目の前にいるのはあのみんなとの約束をすっぽかした洋助だ。小さな男の子と手をつないで向こうからやってくる。なんだか洋助には似合わないような気がする。でもいつもぶっきらぼうで人を見下したような顔をした洋助が、うっすらと笑いをうかべている。

「あっ…。」

 洋助の顔が少しこわばった。

「やあ。」

「よ、よお…。」

「弟?」

「うん…、まあ…。」

 ぱっと洋助はうつむいた。なんだかいつものイメ−ジとぜんぜんちがって、おかしくなってきた。

「なんで教えてくれなかったのさ。」

「別に。教えるほどのことじゃないし。」

 別に秘密にしていたわけじゃないってことか。でも知らなかったのは僕だけだったのかもしれない。だとしたら残念だな、と思った。

「オレにもさ、弟か妹ができるんだ。」

「ふうん、よかったな。」

『よかったな』

僕の頭にその言葉がひびいた。うん、やっぱり「よかった」んだね。うれしいことなんだよ。

 洋助にそっくりな弟は、洋助の服をぎゅっとつかんでいる。

「名前なんていうの?」

「哲矢。」

そして僕のわきを通りすぎようとして、一言つけ加えた。

「俺がつけたんだ。」

 

 

「あ、翔じゃん。」

ここはいつでも変わらない風景だ。

「もしかして、毎日ここにいるとか?」

「毎日じゃないよ。」

いつもやっているようにぱっと立ちあがった。

「ここなら来ないだろうと思って。」

「だれが。」

「だれでもいいだろっ!」

翔がムキになるなんてめずらしい。何かあったんだろうか。

「翔うっ。」

なるほど。その理由がやってきた。

「と小杉君だ。」

犬の散歩なんだと思ったけど、もしかしたら翔を追いかけてきたのかも。

「この木、小杉君のなんだってね。これホントにきんもくせい?見えないねっ。」

 何か言いたいと思ったけどだまっておいた。うまく言葉に出そうになかったから。まあ、それだけじゃなかったけどね。

 すると翔はうす目でちらっと僕を見た。

「いいじゃん。きんもくせいはきんもくせいなんだよ。」

そう言って大木さんの茶色の小犬をなでだした。よく分からないけど雑種の犬だな、なんてことを僕は考えていた。

「その犬、なんて名前なの?」

「リュウタ。」

「翔がつけたの。」

「オス?」

「メス。」

えっと声をだしそうになってあわてて口をおさえた。なんだそりゃ。メスなのに「リュウタ」だなんて、翔は僕よりかわってるかも。文句を言う気はないけどさ。

 変なの、って思って翔を見ると、「文句あっか」って感じでじろっとにらんでいた。だいぶおこっていそうだ。

「小杉君何か動物飼ってる?」

 僕は質問の標的にされそうだ。

「ネコ。ネコが一匹。じゃあオレは帰る。」

こういう時は逃げるが勝ち。大木さんの質問ぜめつかまったが最後だから。

 

 

 今日はあやちゃんといっしょに、クウをつれて丘までやってきた。

 なんでだろうな。人が集まってもよさそうなここは、ただの広い空地としてしか見られていないのか、ほとんどだれも来ない。僕だって散歩がてらによるといった感じだ。けっこうきれいでいい所だと思うんだけどな。翔のお父さんも、ここにだれが来ようとほっといてくれるし。

「ねえ、だれ?あれ。」

「え?」

 あやちゃんの指の先には大木さんがいた。

「小杉君。」

標的にされないようにいのろう。

「ねえ、翔見なかった?ここならいるって思ったんだけど。」

「今日は一度も見なかったよ。やたらめったら歩き回るヤツじゃないし。」

するとあやちゃんがそでをつんつんとひっぱった。

「カケルくんね、庭でお水まいてたよ。」

「あれ、家には一回よったけど?でも行ってみる。じゃあねっ。」

そう言って大木さんはさっさと行ってしまった。でもなんでそんなに翔を追いかけるんだろ。

「あやちゃん、翔のこと知ってたんだ。」

「知らないよ。」

「えっ…?」

知らないって、庭で水まいてたっていうのはウソだったのか。あやちゃん、何考えてるんだろう。

 

 帰る時、女子二人組と会った。赤井さんと三輪ちゃんは、大親友なんだとみんな言ってるいる。ずっと二人ぴったりいっしょだし、ぐうぜんにも二人ずっといっしょのクラスだったらしい。

「あ、小杉君。久しぶり。」

「ショウ君、そのコだあれ?かわい−いっ。」

 あやちゃんはいっしんのうちにむくれ顔になった。

「ところで、頭のいい小杉君はもう宿題終わった?」

だれのことだよ。そう簡単に終わるならだれも苦労はしないって。だいいち、僕は頭が悪いんだ。

「あたし達、図書館に行ってきたの。おすすめの本おしえてあげよっか。」

「ぼ…オレはいいよ。」

 このままここにいるとあやちゃんがばくはつするかも。何か話すたびにどんどんふくれっつらになっていく。きっと早く帰りたいんだ。

「帰ろっか。」

と言ってもあやちゃんは返事をしなかった。

 

 それからあやちゃんはクウに会いに来なくなった。僕と会っても手をふってくれなくなった。

 あれだけのことだったけどやっぱおこっちゃったんだろうか。

 

 

 朝、外に出てみると、だれかが家の前の石に座っていた。

「何してんの?」

 ヒロは小学校での親友で、どこか間がヌケていてポケッとしている。変なヤツだってみんな言ってるけど、僕はそんな天然ボケがコイツのおもしろいところだと思う。でも僕にはヒロの行動がよめないことがある。人をわくわくさせるのが得意なんだ。

 ヒロほおづえをついたポ−ズでポケッとしていた。

「これからみんな呼びにいかへん。」

「呼んでどうするの。」

「…。」

本当にワケわかんないなあ、ヒロのやることは。

「オレ、今日ちょっと家ん中いたくないんだ。」

「またケンカ?」

これにはウンともスンとも答えなかった。

 ヒロの家はちょっとワケありだ。事情は聞いたことがないけど、お兄さんと住んでるらしい。兄弟ゲンカって片づけるとちがうかもしれないけどしょっちゅうケンカしてるみたいだ。

「電話かけるの?」

「歩いていこ−や。」

「…じゃ、近所から回るか。」

僕が不満げな顔をしたのが分かっただろうか。

 最初に行ったのがしゅん君ちだった。いつも通りフ−ドつきのパ−カ−を着ていたけど、これから部活に行くらしい。他に龍彦や水嶋なんかの家によってみたけど僕らのようなヒマなヤツはいなかった。

 道ばたで明が歩いているのを見つけた。

「明あっ。」

「おう、ショウに高田じゃん。」

「どこいくん?」

コレコレ、と明が自分のボサボサ頭をさした。

「床屋、ねえ。」

「なあ、ところでおまえらヒマ?」

「まあヒマといえばヒマだな。」

 ヒマとといわなくてもヒマだって。どっちみちずっと歩き回ってるだけなんだから。

「もしかして床屋についてきてくれとか言いたいのでは?」

「えっ。」

図星だな。コレは。

「いこいこ。おまえの頭がすっきりする現場を見といたる。」

「そうそう。ヒマだったんだし。」

ヒロの妙な言葉遣いを号令に、明の背中をぐいぐいおしていった。

 

「オレ、もうすぐ転校するかもしれん。」

「えっ。」

なぜだろう。そんなこと初耳だ。

「兄ちゃんがさ、結婚するんだってさ。東京の人なんだけど。オレ、世話してもらう人他にいないから。」

「お兄さんといっしょに東京に行くんだ。」

「…。」

僕はどういうリアクションをすればいいか困った。

「いつ行くの?」

「二学期始まってすぐだな。」

だったら今「オレらのこと忘れんなよ」とか「向こうに行ってももがんばれよ」とか言うのはおかしいからだまっていた。ヒロもしばらくだまっていた。

 

「終わったん?」

「終わったよ。」

「わっ、なんかぜんぜんちがうじゃん。」

 明の頭はずいぶんさっぱりしてしまった。

「そういやあ、なんで急にかみなんか切ろうとしたわけ?」

「部活行ったとき先生に言われた。」

僕は別にふてくされることないと思うけど。明のかりあげも、けっこう似合ってるし。

 

 

 プ−ルの帰り道、いつも通りきんもくせいの丘まで来たら、また翔が立っていた。でも今日はいつもとちがって、きんもくせいを見つめてぼ−っと立っている。

「翔?」

三回呼んでやっと気づいてくれた。

「よ…よお…。」

「今日は大木さんいないね。」

「もう一人のいとこんち行った。」

翔はまたきんもくせいを見て困った顔をした。

「一つきくけど、もしこの木が切られたら、翔馬、どう思う?」

「どう思うって、やっぱオレの木だし…。」

それを聞くと、翔はますます困った顔をした。

「なんでそんなこと聞くんだよ。」

何か冗談を言うんだと思ってそう言ったけど、翔の表情は変わらない。

「スマンっ。この木、切られるかもっ。」

「えっ…。」

「親父がさ、ここの土地使うって。この木切らないようにしてくれって頼んでも聞いてくれなくって…。」

そんなふうに謝られても困る。でもできることなら切らせたくない。僕の木は。

「いいよ。別に翔のせいじゃないし。」

どうすれば切られなくなるだろうな。僕の頭の中でいろんなことがとびかった。

「根こそぎほって別の場所に移すのは無理かな。」

「ぜったいムリ。大人を呼ぶとかもムリだからな。たった一本の木のために手伝ってくれるわけない。」

僕の考えてるバカなことはお見通しらしい。

「えっ、でもココはどうなるんだよ。」

「知らないけど…。」

しばらくだまってじっと考えてみた。でもそもそもここに植えた僕が悪いんだよな。

「もう一回、親父に頼んでみるな。」

考えこんでいる僕を残して翔はぱっぱと帰っていった。

 朝からくもっていた空がもっと暗くなってきた。

 

 最近外に出ない。宿題がたまっていることもある。でもそうでないような気がした。

 たいくつだな、きんもくせいはどうなっただろう。もう切られてしまっただろう。でももしかしたら…。そんな二つの考えが僕の頭をグルグルうずまいた。ちょと見に行くだけでいいんだよな。でも…。

 やっぱり見に行くのが一番だ。そう思って早足で歩いていった。

「やあ、ショウ君。」

 丘まで行くと、そこで犬の散歩中の聖ちゃんに会った。

 丘があるはずの場所を見ると、きんもくせいのあったはずの部分に石が置いてある。丘はそのままだけどきんもくせいだけがない。

「聖ちゃん、ここ…。」

「うん、一回工事しようとしていたみたいなんだけど中止になったんだ。何を建てるつもりだったんだろうね。」

でも、きんもくせいはすでに切られている。

 丘に登った。石の近くに翔は申しわけなさそうに立っていた。

「切られちゃった、か。」

「…親父、切ったあと工事中止しやがった。」

 丘は少しずつ赤色に染まっていく。

「またなんか植えるかな。」

「何植える?」

「なんでもいいや。畑にしちゃおうか。」

「花畑にしようや。だれかさん好きそうだし。」

「どういう意味だよ。」

 

 

 二学期が始まった。あやちゃんとは、もう道でも会わなくなった。ヒロはすぐ転校して行ってしまった。クウはここ一週間帰ってこない。

 でも、僕に妹ができた。美央という名前だ。そして、丘にみんなでいろんなものを植えた。カボチャの種とか植えたヤツもいる。

育つかどうか分かったもんじゃない。

 でも僕にとってはずっと、あそこは「きんもくせいの丘」だ。

 

 

 それはたぶん、一生変わらない。


この小説は中1の夏休みに宿題として提出した作品です。
「きんもくせいの丘」というタイトルは、下校中に何を書こうか考えあぐねているときにそれこそポン!と出てきた神のお告げ(?)です。
このきんもくせいのモデル(?)はうちの中庭に植えてあるヤツです。本当に入学記念樹なのです! 主人公がそうなように、わたしも彼女(彼?)に特別な思い入れを持っているのです。
登場人物に特にモデルはいませんが、実話が結構まじっていたりします。あやちゃんの初恋物語とか・・・(爆)
(クウのみは、友達の猫がモデルとなっています。)

まあ、こんなところです。続編を書こうとしてますが、主人公が女の子なのでちょっと行きづまってます。
それなりにばっかやん(汗)