MY THOUGHT
毎日いろんなことを考える
| 父のこと。 |
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出産後、体調を崩し、家族みんなで風邪菌を回しているうちに、父の命日、父の誕生日が過ぎて行きました。感傷的になる暇がなかったと喜びべきなのか。
私はいまだに体調を崩しており、喉が痛い痛い…。一昨日はまた39.6度の熱を出していたし…。免疫力がすっかり低下しているようで…。妊娠&出産がいかに
大変&体に負担になることか、わかりますな。 さて本題。父の命日は3月3日、父の誕生日は3月12日。2年前、父は母と弟に看取られ、この世を去りました。 私は数ヶ月その事実を知らされず、日本に里帰りした際に初めてこの事実を知ることになりました。産後&初めての子育て、ただでさえ大変な時に「お父さんが亡くなったよ」 などと言っては、ショックで私の母乳も止まってしまうのではないか?という家族の配慮でした。知った時はショックだったなぁ、さすがに。実家に入り、和室のふすまを 開けた瞬間に父の遺影が目に入ってきたんだもの。そして母と弟は「ごめんね、こういうことなんだ」って一言。でもね、今でも思います。知らされなくてよかったと。 知らされていたとしても、新生児を抱えてすぐに日本に帰ることなど所詮無理。ドイツで1人で悶々としていたと思う。だからやはり知らなくてよかった。 もちろん、その後、その事実を自分の中で消化するのには時間がかかったけれど。実を言うといまだに父がこの世にいないだなんて思えない。いつでも会える気がしちゃうん だよね。 父はめったに家族の夢に出て来てくれません。困っている時とか、悩んでいる時に、夢に出てきて何か言ってくれればいいのにっ!っていつも 思っているのですが、今まで3回くらい父の夢を見ただけかな?もっといろいろアドバイスして欲しいと時たま、ちょっとムッとしているのですが、なぜだろう? そんな中、母は父の命日と誕生日の日に不思議な体験をしたそう。母は寛人の同じ部屋に寝ているのですが、母のベットのところに電気が1つ、寛人のベットのところに電気が1つ あるのです。この2つの電気、距離はかなり離れているのですが。命日には、母が夜中トイレから戻って来たら、点けていなはずの寛人のベットの電気が点いていた のですって。誕生日には、母が寝ようと電気を消したら、寛人のベットの電気が点いたと。私はそんな不思議体験はしたことがないから、実際起こったことなのか、 母が夢を見ていたのか、わからないけれど、母は父が「ここにいるよ!みんなのそばで見守っているよ!」ってアピールしているんだと言います。そんなひっそり 存在をアピールしないで、もっとアドバイスとかして欲しいなぁ。 父の名前は「寛治」です。寛人と治人は父の名前から一字づつ取りました。 父の名前を分けた寛人と治人。将来、父のような男性になってくれればと思います。父は仕事大好き人間だったけれど、家族が一番大切で、仕事の付き合いで飲んで 来るなんてことは1年に1・2回。弟と私が小さかった頃は、仕事が忙しく、私たちの就寝後に帰宅するのが普通だったそう。でも物心ついてから?はそんなことはなく、 帰宅後に私に英語・数学を教えてくれたり、自分の勉強をしていたりしていた父。その代わり、朝は5時に起き、早めに出勤。混雑した電車は嫌いで、朝早く行くと 会社に人もいないので仕事に集中できると。会社での父の姿は知らないけれど、闘病中に会社の元部下たちが何度も訪ね来てくれたり、亡くなった後もその方たちが 母や残された家族を心配するお便りをくれたり。元部下の方たちの話を聞くと、厳しいけれど、ちゃんとアドバイスをくれる&意見を聞いてくれる珍しいタイプの 上司だったとのこと。なんだか書いていると完璧人間のようだなぁ。死んでしまった人のことは美化しがちというけれど、美しい&よい思い出だけが記憶に 強く残っているのかしら? 3月3日、雛祭りの日に逝ってしまうなんて、ぜったい忘れられないじゃない?この日をわざわざ選んだのかな? あぁ、父とやりたかったことがまだたくさんある。スイスの山が大好きだった父。旅行が大好きだった父。蘊蓄を語るのが大好きだった父。私に勉強を教えてくれた父。 いろんな父を思い出す。3月はこれからもずっと辛い月になるなぁ。書きながら、当然ながら涙を流しているのです、私は。(14/03/2008) |
| 3月ですよっ! |
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はっ早い!もう3月。出産して、その後インフルエンザに倒れ、先週末は乳腺炎一歩手前まで行き、夜中に産院に走る始末。なんだか踏んだり蹴ったりです。
で、今は夫が1週間出張中。乳腺炎になりかけ、クリニックに行った翌日に韓国に旅立った夫。1週間出張っていうのはよくあることで、慣れっこのはずなのに、
今回ばかりは行って欲しくなかった。乳腺炎になりかけたことは私の中でかなりショック&こわかったので不安だったから。出張を直前キャンセルすることも
考えたけれど、いろいろ手を尽くし、考えて結局夫は予定通り韓国に。行く前はポロポロ泣いていた私ですが、いざ行ってしまったら、毎日忙しくてあっという間に
水曜日。センチメンタルになっている暇もなく、金曜日の夜には夫が帰宅します。二歳児と新生児を抱えていると、ほんと、センチメンタルになっている暇
などないのです! 昨日は治人を1カ月検診で小児科に連れて行き、その間に母と寛人を買い物に送り出す。寛人は今のところかなりお利口で、治人に 嫉妬している様子は見られない。治人にキスしたり、泣いていると「だいじょうぶよ〜」と言ってなだめてくれたり、治人のオシメを捨てに行ってくれたり。 嫉妬はかなり心配していたのだけれど子供にもよるのかな?寛人の場合は、治人が見当たらないと「あれ?治人どこだ?」と探しちゃうくらい、治人のことが好き? 気になるようです。でも力加減がまだわからず、ギュッと握りしめすぎたり、覆いかぶさったりして、治人が大泣きなんてこともあるのですが…。でも治人の ために何かしてあげようという姿勢が見られ、微笑ましい&嬉しいかぎり。私もできる限り寛人に目をかけてあげる(=治人だけがかわいがられているという印象を与えない ため)ようにはしているけれど、治人がやってくる前のように寛人にベッタリというわけにはいかない。わかっていたこととはいえ、ちょっと寂しい。寛人も我慢している部分 が多々あるとは思うけれど、それでも治人をいじめたりすることはなく仲良くやっていますよ〜♪ 治人は最近起きている時間が増え、起きている時には 不思議そうな表情をしながら周囲を見回したりしています。それにしても新生児って不思議な生き物。表現しがたい音を出したり、ものすごく不細工な顔をしてみたり、 そうかと思ったらものすごく可愛い表情を見せたり。面白い。寛人の時は彼を注意深く観察する余裕がなかったけれど、今回はその点余裕あり。寛人の時には イライラさせられたことも、今回は「かわいいのぉ〜!」という言葉で片付けられてしまう。やっぱり2人目の子育ては楽&余裕あり。とは言っても2人の面倒 を同時に見るのはやっぱり大変。今回は母が居てくれるからこんなに余裕で居られるのだろうなぁ。 家族全員やっと風邪もほぼ治り、そんな毎日を過ごしております。 (05/03/2008) |