ストレスを克服し実力を発揮するために
〜人間の気持ちと音楽〜

本論文の構成


序 章 はじめに
第1章 ストレス
第2章 脳波と人間の生理・心理状況
第3章 音楽の効果
第4章 音楽効果の実態
第5章 リラックス商品
(1)既存の商品
(2)これから求められる商品
第6章 ストレス克服による実力の発揮

第3章 音楽の効果

古代エジプト・インカ・マヤ・中国・チベット文明等の中でも「音」と「ヒーリング」や「瞑想」との関係は常に密接なものであった。旧約聖書には3000年の昔、ダビデの奏でるハープの調べがユダヤ王の鬱病を治したと書かれている。古代エジプトの「ヒーリング・テンプル(癒しの寺院)」ではヒーリングミュージックにハープが用いられ、司祭を兼ねたヒーラーたちは婦人の受胎能力に効き目のある音楽をすでに知っていて、この時すでに音楽は「魂の薬」と呼ばれていた。病の多くは"心身のアンバランスによるもの"と言われた。 音楽はやがて古代ギリシャに伝わって、ピタゴラス・プラトン・アリストテレスといった賢人たちが論理的に音楽療法を構築した。彼らは「音楽を運動現象として捉えてそれを聴く人の魂を動かすのだ」と考え、特にピタゴラス学派の人々は、魂のカタルシス注1を何よりも重視し、医術による身体の浄化と共に音楽による感情の発散を説いた。プラトンは人間形成に音楽が欠くべからざるものであることを強調している。近代的な医学がルネッサンスの時代から芽を吹き始めると、病気の予防に感情的な要因が重視され、怒りや悲痛や心労に変わって、希望とか幸福感とか健康の維持に有益な心的状態を音楽鑑賞によって作り出す事が求められた。 このように音楽は当初、その音楽の持つ力によりその場にいる全ての人々の心を慰め、また勇気づけるものという認識に、療法としての要素が加えられ発展を遂げてきたと考えられる。 わたしたちが実際に見聞きする音楽療法の最も直接的な起源は、20世紀初頭のアメリカで、精神病院を慰問する慈善活動として音楽が用いられたことに始まったと伝えられている。その後アメリカ全土において音楽療法の活動が大きく広がった背景には、戦争による多くの傷病兵たちへの音楽による慰問が全国規模で行われたという経緯があり、そこでは精神的に欝状態になった兵士たちに音楽を聴くこと、歌うこと、あるいは演奏することによって心の健康を回復するための訓練が実施されたのである。これは現代のカラオケや音楽のライブ、コンサートへの参加などに通じるところだろう。欧米では、大学に音楽療法学科が設立され、既に多くの音楽療法士が活躍の場を持っている。 対して、日本における音楽療法は約50年前に精神病院や障害児施設での活動として始まった。音楽療法の実施は、老人性痴呆症や脳性まひ、小児まひ、自閉症、交通事故の後遺症などにより脳障害を持ちながら生きる人々を対象に新しい療法として確実な広がりを見せている。1994年には音楽教育振興法が成立し、日本の音楽文化の推進が政策的に取り上げられるようにもなり、実際に岐阜を始め一部の自治体が独自に音楽療法研究所を設立する動きも見られるようになってきた。1995年、日本バイオミュージック学会と臨床音楽療法協会により全日本音楽療法連盟注1が正式に発足し、1997年4月には同連盟認定により日本で初の音楽療法士が誕生、1999年度には338名の音楽療法士が誕生した。 東京女子医科大学のCCU注2では、心電図などの金属的なモニターの音のかわりに音楽が流れ、癌研究会附属病院では癌の手術前後の患者さんに音楽を用いたリラクセーションを図っている。他にも、自閉症児や障害児の教育に、脳血管障害の後遺症のリハビリにと、数多くの試みがなされている。 日常の利用法としては、BGMが挙げられる。BGM(バックグラウンド・ミュージック)とは、心理学では背景音楽と訳される。比較的刺激の少ない音楽を中心にプログラムを構成し、これを連続あるいは断続的に流すことで音楽を背景化して、心地よい空間を作り出すことものである。聞き手は、その満たされた柔らかな空間の中でリラックスし、必要な時には気持ちを集中させるなどのセルフコントロールが容易になり、落ち着いて仕事に従事できるようになる。BGMは、本来音楽の効果を主眼として開発が進んでいたが、BGMが社会に定着した今、デザインとしての在り方が注目されている。空間を満たす音楽は、人を含めてその環境を構成するすべての要素と有機的に結び付いた、トータルデザインの一要素となっている。 また、BGMにはマスキング効果がある。マスキングとは何かに集中したい時に気になる電化製品の作動音、車の騒音、時計の音などの雑音を音楽によって聞こえづらくするという効果である。日常生活でのマスキング方法は、雑音のする方向と同じ方向から自分に向けて音楽を流すというものであり、実際にホテルのロビーやレストランなどで利用されている。色々なところから雑音のする場合は、スピーカーを壁に向けて音を部屋全体に反射させる。音量は、大きすぎると集中力の妨げとなり逆効果なので、気になる雑音と同じくらいの音量で流すのが最適である。 このように、現在、音楽は研究が進み、精神病院においてだけでなく、様々な場面や施設で積極的に用いられるようになってきた。人と人の間で心理的なコミュニケーションをはかるための方法として、もっと深い次元での人と人の関係を支えるものとして捉えることも求められている。複雑な社会と高齢化社会への急速な移行過程にあって、音楽の果たす役割が益々重要性を帯びてきている中、これからも予防医学的な立場から地域社会、教育機関、職場など多領域で要請されていくだろう。社会は、音楽療法士に続いて多くの人達がプロのミュージックセラピストとして活躍する場を設けると同時に、プロとしての役割を充分に果たす実力を持った人材育成に尽力を尽くすべきである。 音楽が薬の役割を果たしていた昔「音楽による癒し」は神秘的なものとして考えられ、芸術の中で音楽ほど人の心に影響を及ぼすものは無いと言われた。音楽が過去からずっとわたしたちの生活や心の健康性にとって重要な役割を果たしてきているということが想像できる。しかし、本当に音楽には効果があるのだろうか。また、どのような音楽が最も効果的なのだろうか。以上の点について、第4章で述べることとする。 注1聖路加国際病院院長・聖路加看護大学学長である日野原重明氏を会長に、河野友信・遠藤周作など、医師・看護婦・音楽家・心理学者等を中心として、音楽療法の研究と発展と教育・啓蒙・普及活動を行うことを目的として作られた。 注2 心臓病の集中治療室のこと

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