― 新生活 ―
目覚ましがけたたましくなっている。朝だ。
布団の中から手を伸ばし目覚ましを止めた。
「ん・・・あと5分・・・」
伸ばした手を引っ込める。
「・・・味噌汁のにおい・・・」
なぜか漂うほのかな味噌汁の香り。
妙に気になるので起きてみる。
「あら、兄さん、おはようございます。結構早いんですね」
小町か。
「ああ、おはよう。何してるんだ?」
「見て分かりませんか? 朝食の準備です。早く顔を洗ってきてください」
オレは顔を洗ってもう一度ダイニングへ。目の前には目玉焼きやサラダ、味噌汁が並んでいる。
「オレ、朝食はパン派なんだけど・・・」
朝からご飯というのはオレにとってはヘビーだ。
「そんなこともあろうかと、パンも用意してます」
さすがは我が妹、小町だ。
「ふぁ〜あ、おはよう、諸君」
そこへなこ姉があくびをしながら起きてきた。
「おはようございます、姉さん、朝食できてますよ」
「はぁ〜、さすが我が妹、小町ちゃん!」
・・・姉弟は考えることまで似るのか。同レベルではないか(汗)
三人揃ったところで「いただきます」と声を合わせて食べ始める。
オレは焼いた食パンの上に目玉焼きを乗せてかじりついた。
「ふふふっ、兄さん、その食べ方小さい頃から変わってませんね」
「あ、ホント。よく飽きないわねぇ」
「うるせぇ。食パンはこうして食べるのが一番美味いんだよ」
そう言ってさらにかじる。
「そういうなこ姉だってその食べ方変わってねぇじゃんかよ」
なこ姉はご飯に味噌汁をかけている。「ねこまんま」というやつだ。
「何言ってんの。ご飯と味噌汁が揃ってたらコレをやるしかないでしょう」
いや、やるしかないことは無いと思うが。
言い合っていたオレとなこ姉はふと小町に視線をやった。
「あんたも変わってないわね、小町」
「全くだ。人のこと言えんぞ」
小町は「えっ?」というような顔をしている。
小町は昔から食事はバランスよく食べている。
それは栄養という意味ではなく、食べ方だ。
ご飯を一口食べては味噌汁を一口、そしてサラダを一口。
最終的には全ての料理を一口ずつ食べて皿を空けていく。
「あんたさ、好みとかそういうのは無いの?」
なこ姉がねこまんまをすすりながら聞く。
「ありますけど、食事はバランス良く摂るものでしょう。姉さんも兄さんもこうしたらどうです?」
なこ姉とオレは一瞬目を合わせて声を揃えて言った。
「「いや、結構」」
何気に食べていた朝食だが、重要な点に気がついた。
「おい小町、この食材はどうしたんだ? ウチには無かっただろう」
「早くに買いに行きました。コンビニに」
小町はサラリと答える。
「でもコンビニは値段が高いんです。だから今度からはスーパーで買うようにしてください」
「・・・え? オレ?」
「ココは誰の家だったかな、大和君」
なこ姉が横目でちらりと見る。
「待て待て。こんなに食材を必要とする理由を作ったのは誰だ?」
危ない、もう少しで引っ掛かるところだった。
しばらく沈黙が続き、その沈黙を破ったのはなこ姉だった。
「じゃあこの3人で一番役に立ってない人が買出し係りね」
「ふむ、よかろう」
「ええ、いいですよ」
満場一致。なこ姉は続ける。
「この中で家事が出来るのは小町。だから小町は外す」
「あら、いいんですか?」
そういう小町はまんざらでもなさそうだ。
「そして大和。あんたはこの部屋の持ち主だからね」
「ああ、そうだな。で、オレは外れると」
「最後にあたし。あたしは2人のために一生懸命働いて・・・」
「「いませんね」」
オレと小町が声を揃えて言う。
「・・・えっと、休みの日には掃除や洗濯を・・・」
「「あり得ない」」
もう一度。
「・・・そ、その、ほら、あれだ、酒ならいつでも付き合ってやるよ」
「「結構です」」
とどめの一発。
オレと小町のキラキラ輝く視線がなこ姉をチクチクと突き刺す。
「わ、わかったわよっ! 買出し係りを務めさせて頂きます撫子です、よろしくぅっ!!」
朝食最後のなこ姉の言葉はもうヤケクソだった。
「じゃあちょっと早いけど行くわ。今日こそ合鍵、頼んだわよ」
なこ姉はそれだけ言い残して先に仕事に行ってしまった。
まあカギを持っているのがオレだけだから仕方が無い。
「さて、オレもそろそろ行くわ」
オレは自分の部屋からバッグを持って出てきた。
「あら、じゃあ私も一緒に行こうかしら」
「え、一緒にって・・・あ、そうか、大学一緒なんだっけ」
すっかり忘れてた。
学部・学科は違うけど、同じ構内にあるんだよな。
「んじゃ、行くか」
通勤ラッシュの時間帯だけあって、電車はスーツを着た人や高校生、大学生などで溢れ返っている。
狭い車内でぎゅうぎゅう詰めにされるのは苦手だ。
近くにドギツイ香水の芳香を撒き散らしているババァがいる時は大学に行く気さえ失わせる。
「ぐっ・・・こ、小町、大丈夫か?」
「え、ええ、何とか・・・」
オレの真ん前に小町がいるのだが、周りからの圧力で小町とくっついてしまいそうだ。
「兄さん・・・い、いつもこんな状況で・・・大学に行くのですか?」
小町は海外での生活が長い上、通勤ラッシュを経験したことが無い。
「当たり前だろ。ここから解放されたときの爽快感といったらそりゃあもう・・・」
ガタン
唐突に電車が大きく揺れた。乗客が一斉にオレの背中側に倒れこむ。
つり革に掴まっていた右手がちぎれそうに痛い。
だが、それ以上にオレの胸板に柔らかな小町の胸の感触が・・・成長したな、小町(笑)
なんてくだらないこと(?)を考えているうちに目的の駅に到着。
車内から吐き出されるように乗客が飛び出す。
オレもそれに流され、小町をガードしながら出る。もちろん小町が転ばないようにだ。
「ふぅ・・・毎日これでは体が持ちませんわ」
小町はオレから離れると大きく息を吸い込んだ。
オレも毎日これでは理性が保ちません(笑)
「では兄さん、しっかりと勉学に励んでください」
「余計なお世話だよ」
オレと小町は一言ずつ交わしてそれぞれの教室へと向かった。
教室ではすでに数人の仲間がおり、適当にあいさつを交わして席に座る。
もっとも真面目に講義を受ける気は無いのでさっさと寝てしまう。
ではおやすみ・・・。
昼休み。いや、ホントは昼休み10分前。
オレはいつものように食堂へと向かう。早く行かないと席が取れない。
「おばちゃん! いつものね! あと・・・今日も綺麗だねっ!」
これ、オレ式注文法。
ホントは食券を買うシステムなのだが、あまりに同じモノを注文するので憶えられている。
ちなみに「いつもの」とはきつねうどん。
食堂のおばちゃんに適当にお世辞を言っておくと油揚げを一枚おまけしてくれる。
まさに生活の知恵(違)
オレはうどんを受け取ると空いてる席を確保した。
席は4人掛けのテーブルだが、いつも独り占め。
特に意味は無いが、ただ広いところで食事がしたいだけだ。
うどんを食べ始めると一人の女性が声を掛けてきた。
「ここ、よろしいですか?」
オレは追い返そうと思い、うどんを頬張ったまま見上げた。
「ああん? ダメダメ、ここは・・・ぶっ!!」
口の中のうどんを全部ぶちまけてしまった。
「きゃっ! なんてことするんですか、兄さんっ!!」
まさか小町だとは思わなかった。
っていうか、小町が座っていたらぶちまけたうどんは全て小町にかかっていただろう。
周りからどんどん視線が集まる。
「え〜何? どうしたの?」なんて声まで聞こえてくる。
オレは視線を気にしつつ、とりあえず掃除をして、小町を前に座らせた。
「まったく、兄さんがあんなことするから皆さんが注目なさってるじゃないですか」
「うるさいっ、なんでわざわざオレのところで食うんだよ!」
「あら、兄妹で食事をしてはいけませんか?」
そう言って小町は弁当箱を出した。
「おい、弁当を用意するんならオレの分も用意してくれよ」
自分の分だけ作るとはなんと薄情なヤツだ。
「これはさっきの実習で作った味噌カツ弁当です。良かったら食べます?」
小町は弁当箱を差し出してきた。
ふむ、なかなか美味そうだ。ひとつだけ頂戴するか。
パクッ、モグモグ・・・
「お、こりゃイケる。さすがは小町だな」
「うふふ、喜んでいただけて光栄です」
小町は嬉しそうにそれだけ言うと自分も弁当を食べ始めた。
なにやらさっきから周囲の視線を集めているのだが・・・
何だ? パフォーマンスはもう終わったぞ?
まあ特に気にすることもなさそうなので食事を終えるとさっさと食堂を出た。
本日の講義が終了し、オレは教室を出た。
すると校舎の日陰になっているところに小町がいた。
「おう、小町。何してんだ、こんなところで」
別段用事は無いのだが、とりあえず声を掛けてみる。
「あ、兄さん、終わりましたか。さあ帰りましょう」
「帰りましょうって・・・お前、ずっと待ってたのか?」
「ええ、今日は3限目までだったんで多少待ちましたけど、何か?」
こいつ、1時間半の間ずっとここで待っていたのか。
正直、こんな女を彼女にしたらしつこく付き纏わられそうで嫌だなぁ・・・
「兄さん? 帰らないんですか?」
「・・・えっ? あ、ああ、帰る、帰るよ」
小町と二人並んで歩き始めた。
駅に着くまで周りの視線をまた集めていた。
え? 何? もうパフォーマンスはやらないよ?
帰宅途中、小町はスーパーの前で止まった。
「ん? 買い物か?」
「兄さん、合鍵作るんでしょ?」
あ、そうだった。ホントに忘れてたよ。
オレはスーパーの隅っこにあるカギ屋で合鍵を作ってもらった。
作ってもらっている間、小町は店内をウロウロしていた。
「小町、出来たよ」
オレは出来たてのカギのひとつを小町に手渡した。
「あら、私の分、ですか?」
「ああ。これからは3人で住むんだから小町にも必要だろ?」
それだけ言うと適当に店内を物色して出た。
家に帰ってしばらくするとなこ姉が両手にスーパーの袋をぶら下げて帰ってきた。
「ただいまぁ〜っと。あ〜重かった。食材係撫子、無事帰還致しましたぁ」
「おかえり、なこ姉」
「お帰りなさい、姉さん、ご苦労様です」
そう言って小町はさっそく袋の中身を物色し始めた。
ぶっきらぼうなオレとは大違いだ。それにしても、一体何をそんなに買い込んだんだ?
「姉さん・・・こんなに買い込んでどうするんですかっ!」
小町は少し怒り気味だ。
「あのねぇ、買出しなんて毎日行ってられるわけないでしょ? だから少し買いだめしておくのよ」
「いいですかっ!? 買うのは姉さんですけど管理するのは私なんです!」
なこ姉は怒られているようだが、のんきにオレの横でタバコを吸い始めた。
小町はまだブツブツ言いながら冷蔵庫に物を収めている。
「なこ姉、少しは考えて買ってきなよ」
「何? あんたまで小町の肩持つ気? じゃあ自分で買ってきなさいよ」
「あ、いや、それはちょっと・・・」
なこ姉は機嫌悪いし、小町はご立腹だし。オレの居場所が無い。
結局、3人が寝付くまで誰一人として喋ることは無かった。
( つづく )
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