― もしも僕にメイドさんがいたら ―
昔から僕はひとりだった。
兄弟はおらず、両親も僕がまだ幼かった頃に亡くなっている。
両親の記憶はほとんど無く、「浩史」と名前で呼んでもらったことがあるかどうかさえ疑わしい。
結局僕は祖父母の家に引き取られることになった。
祖父母の家に引っ越して以来、僕は子供ながら二人に迷惑をかけまいと、いつもひとりで遊んでいた。
それから10数年が経過し、僕は20歳になった。
もうさすがにひとりで遊ぶことはなくなり、僕はそれなりの大学生をやっている。
友達も少ないながら、みんな気の合うヤツらばかりで大切な親友だ。
そんな仲間達に囲まれながら、僕は平凡に暮らしている。
ある日、大学の講義中に隣の席の男が声を掛けてきた。
「よくもまあ、こんなくだらねぇ講義を人に聞かせるよなぁ」
数少ない親友の一人、貴雄だった。
「あーあ。これじゃあ拷問も同然。こんなことなら昂志と同じ講義を受けるんだった」
と、彼はこの講義になると毎回同じことを言うのだ。
ちなみに昂志も僕の親友の一人。同じ時間帯で別の講義を受けている。
「うるさいなぁ、何だよ、じゃあ行けばいいだろ」
と、僕も毎回同じ台詞。
「そんなこと出来るわけないだろっ! こんなたくさんの女の子達を置いて講義を変更なんて誰がするかっ!」
そう、貴雄はこんなヤツなのだ。
この講義を選んだ理由は女の子が多いという情報を掴んだから。内容なんてどうでもいいらしい。
――いつもの会話、いつもの時間、いつもの景色・・・・・・。何もかもがいつも通りの日々。
ただ、今日は違った。
「そういやぁ浩史、お前引っ越すんだって?」
貴雄からの突然の質問に驚いたが、僕はマジメに答えた。
「や、正確にはもう引っ越した。今日からそっちに帰る」
今日から祖父母の家に引っ越す前の家、つまり、自分の元の家に帰ることになっている。
前の家はずっと祖父母が管理してきたらしい。
僕がもうすぐ成人式を迎えるのでそのお祝いに祖父母が気を遣ってくれたのだ。
つまり、僕は一戸建ての家に一人で暮らすことになってしまった。
「お前のじぃさんはすげーよ。元々はお前の家だといっても家をプレゼントしてるのと同じだからな」
「や、ま、それはそうだけど、僕、自炊とか苦手なんだよなぁ・・・・・・」
なんて言っているうちに講義は終了し、すでに教室に残っている人はほとんどいない。
「オレ達も帰るか」
貴雄の一言で僕は立ち上がり、出口へと向かった・・・・・・。
夕焼けの中、僕は家に向かって歩いていた。
正直、不安だった。これからは自分で家事をこなさなければならない・・・・・・・・・・・・。
家に近づくにつれて足取りが重くなるのを感じていた。
いろいろと思考を巡らせている間に着いてしまった。
しかし、こうなってしまった以上、後戻りするなんて男らしくない。
ここはひとつ、気持ちを新たに持とう。
意を決してドアノブを開けた――
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
――えっ?
後方確認。誰もいない。僕?
目の前の女の子はニコニコと微笑みながら僕を見ていたが、ハッと気付いたような仕草を見せて一言。
「??? もしかして・・・・・・ご主人様では・・・・・・ございませんか?」
それはこっちが聞きたい。
ここは確かに僕の家だ。数日前に来たばかりなので間違えるはずがない。表札だってウチの名前が彫られている。
「あの、あなたは・・・・・・僕の・・・・・・僕の・・・・・・・・・・どなたですか?」
明らかに混乱していた。お互いにしばらく気まずい沈黙があったが先に切り出したのは僕だった。
「悪いが僕はご主人様じゃない。僕の名前は浩史だ。それにここは僕の家。君は家を間違ってるんじゃないか?」
そう言いつつ、他の家の方を覗いてみる。
すると女性はたちまち笑顔に戻り、
「間違えてはいないようです。あなた様は確かにご主人様です。それでは改めて、お帰りなさいませ!」
なかなか強情な女だ。そんなにこの家が気に入ったのか。
「いいかい?僕は君を雇った覚えは無いし、そういう話も一切聞いてない。同姓同名の間違いだろ?」
「はあ、そうでしょうか・・・・・・確か、ご契約いただいた方のお名前は大介様と仰られるのですが・・・・・・」
じいさんっ!! あんたの名前じゃないかっ!!
「で、大介様より浩史様を主人としお世話をするようにと・・・・・・・」
――完敗。
「ああ、わかったわかった。どうやらウチのじいさんが仕向けたらしい。僕の負けだ。家に入ろう」
半ば女の子を押し入れるようにして家に入った。
家の中はとても綺麗にされていた。
昔住んでいたころのことはよく憶えていないが、10年以上経っている割には綺麗な方だろう。
僕は女の子に促されるまま自分の部屋へと赴いた。
部屋には机、コタツ、ベッド、パソコンなど祖父母の家から持ってきたものがすでに並べてある。
僕は荷物を置いて、リビングでソファーに座ると、女の子を呼んだ。
「えーっと、あの〜、すみませ〜ん」
よく考えると、女の子の名前を聞いてなかった。
「は〜い! 少々お待ちくださ〜い!」
と元気な声が聞こえ、しばらくすると女の子は丸い盆にコーヒーを入れて持ってきた。
女の子は僕の前にコトリとカップを置くと、「ご用事ですか?ご主人様」と微笑みながら言った。
「や、用事というほどのことでもないんだけど・・・・・・ちょっと聞かせてもらえるかな?」
「はい、私にお答えできることなら何でもお聞きになってください」
「よし、じゃあまず君の名前は?」
そう、これを聞かなければ何もはじまらない。
「あれ? まだ言ってませんでしたっけ?私は水月(みつき)と言います。水に月で水月です」
「水月・・・水のように清らかに、月のように美しく。綺麗な名前だ」
ふと思いついたので言ってみただけなのだが、あとから物凄く恥ずかしさがこみ上げてきた。
「えっと、その、水月さんはいくつなのかな?」
さっさと次の質問に変えた。
「20歳です。ご主人様と同い年だとお聞きしておりますが。あ、それと私のことは呼び捨てにしてくださって結構ですよ」
「そうか、同い年なのか・・・・・・で、その水月がココへ何をしに来たわけ?」
一番肝心なところである。
「先程も申し上げました通り、大介様から浩史様を主人としてお世話をするように申し付けられております」
「だから僕がその主人であると」
「はい、その通りです。従って私はご主人様専属のメイドとなるわけです」
「あのぅ、申し訳ないんだけど、その『ご主人様』っての止めてくれないかなぁ」
さっきからよく耳にするその言葉が何とも自分と不釣合いな気がしてならないのだ。
「いいえ、ご主人様はご主人様ですから」
むぅ、やはり少し強情な娘のようだ。
「あのね、僕には浩史という名前がある。それに僕らは同い年だろ?なのに主従関係なんてナンセンス」
「うぅ・・・・・・」
水月はう〜んと考え込み、ふと顔を上げ、
「それでは浩史様ではいかがですか?」
考えてそれかよ。 ダメだ、こういうタイプの人は何を言っても聞いちゃいねぇ。
「・・・・・・分かった。それで良しとします」
結局僕が折れた。
それからかなりの時間が過ぎた。
水月は本当にメイドらしく、食事の準備から風呂の用意、ベッドメイキングまでこなした。
僕はとりあえずベッドに寝転がった。
今日はいろいろなことが起こりすぎて疲れきっていたのだろう。
横になってしばらくすると深い眠りへと落ちていったのだった。
( つづく )
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