― 再戦 ―
夢の中で電話が鳴っていた。が、すぐに切れた。誰かが電話に出たのだ。
なにやら話し声が聞こえるが、所詮夢の中。よく聞き取れない。
そうしているうちに、また意識が彼方へと遠ざかっていった・・・
「浩史様! 起きてください!」
水月の元気な声が聞こえた。
「ん〜、もうちょっと寝かせてよ〜・・・」
元来朝は弱いのだが、昨日なかなか寝付けなかった所為で余計に起きることができない。
「ダメですよぅ、もう朝食の準備が出来てるそうですし・・・」
そうか、さっきの電話は夢じゃなく、朝食を伝える連絡だったのか。
仕方なくふらふらと起き上がり、レストランに向かった。
朝食は、僕にとってはかなりヘヴィなものだった。
きっと朝はしっかり食べないとダメだ、ということなんだろうが、起きてすぐにあの量はキツイ。
僕の隣で黙々と食べていた水月は一体どんな体をしているのだろうか。
朝食が終わると早速ウェアに着替えてゲレンデへと出た。
ちょうどリフトが動き始めた時間ということもあって、他の客たちも続々とゲレンデへと出てくる。
僕らはスキー板を装着すると、軽く準備運動をした。
「うっ・・・ぐえぇ・・・」
思わず変な声を上げてしまった。
早起きに加え、あの量の朝食のおかげで少し体を動かしただけで食べたものを『復元』してしまいそうだ。
そんなわけで、控えめに運動をしておいた。
「さあ、浩史様! 今日はどこへ行きましょう!」
水月は妙に張り切っている。
「さぁ・・・どこへ行こうかなぁ」
昨日の水月の上達ぶりを見れば、もう少し上級なコースへ行ってもいいだろう。が、無理は禁物だ。
昨夜に斜面が均されているので早いうちに行けば昨日よりは楽に滑ることができるはず。
「よし、じゃあ今日は山の頂上を目指す!」
そう言って僕はストックで頂上を指した。
「おおーっ!」
水月も元気よく返事し、早速リフトへと向かった。
頂上へはいくつかのリフトを乗り継がなければならない。
しかも最後のリフトはゴンドラである。
4人乗りの卵型カプセルに乗り、頂上まで数分間揺られるのだ。
僕らはそのゴンドラに乗り込んだ。
幸い、朝一だったので2人だけで乗ることができた。
「うわぁ、結構高いですねー」
「そうだろう、そうだろう」
「景色もいいですねー」
「そうだろう、そうだろう」
「あー! 見てください、おサルさんですよー!」
「水月、どうでもいいからゴンドラを揺らさないでくれ。命に関わる」
「あ・・・すみません・・・」
「珍しいのも元気なのも分かるが、今はおとなしくしてくれ。さもないとゴンドラ落ちるぞ」
僕の言葉に水月はシュンとしてしまった。
そのとき、僕はゴンドラの下のゲレンデでスノーボーダーがジャンプをしているのを見た。
「わっ! すげー! 綺麗にキマった!」
「浩史様っ! ゴンドラを揺らさないでください! 命に関わります」
水月は僕をじっと見て言った。
「・・・ごめんなさい」
「いいですか浩史様! 珍しいのは分かりますが・・・」
今度は僕が逆に怒られてしまった。しかも同じ台詞で。
結局、ゴンドラは静寂に包まれたまま山頂へと登っていった。
山頂のコースは上級・中級・初級の3コースがある。
水月は初心者だが、一度ぐらい中級を経験してもいいんじゃないか。
「水月、中級コースで滑ってみるか?」
「えー! まだ無理ですよぅ。初級コースにしてください」
それだけ言って先に滑り始めてしまった。
そんなに嫌か、中級コース。仕方なく後を追う。
それでも水月は僕がサポートしなくても滑れていた。
(充分中級でも滑れそうなんだがなぁ・・・)
そう思って水月の横を滑っていると、突然視界が開けた。
ここは3コースが全て通る、言わば交差点である。
そのくせ斜面が急。しかもゲレンデの端は凸凹のモーグルコースだ。
「こ、この斜面を滑るんですか・・・」
さっきまで強気だった水月もすでに腰が引けている。
僕にとっては軽いもんなんだけど、流石に水月は無理そうだ。
僕はしばらく考えた挙句、ひとつ提案をしてみた。
「・・・一緒に滑りおりるかい?」
「・・・一緒に、ですか?」
水月は訳がわからない、と言う顔をしている。
「うん。僕が前を滑るから、水月は電車ごっこみたいに付いておいで」
そう言って僕は水月に背を向けるように立った。
水月はそっと後ろにまわって僕の腰を掴んだ。
「よし、じゃあゆっくり滑るからしっかりと腰を掴んでろよ」
「う・・・は、はい・・・」
ちょっと不安げな声が返ってくる。
僕はゆっくりと滑り始めた。
その瞬間・・・
「きゃっ!」
水月の悲鳴と共に背中にドスンという衝撃。
僕は少し驚いて止まった。背中に水月が当たったのだ。
「どうした? 大丈夫か?」
水月が背中に抱きついているため、後ろを振り返ることができない。
「はー、ビックリしました・・・ちょっとデコボコがあったんで・・・」
なるほど、足を取られたわけだな。
「OK、じゃあまた滑るから」
そしてまたゆっくりと動き出す二人。
水月は僕の背中に抱きついたままだ。少しきつくて苦しいが、水月のぬくもりを感じて悪い気はしない。
スキーでこんなに緊張して滑るのは初めてだろう。
後ろの水月に気を配りながら、なんとか斜面の下まで辿り着くことができた。
二人分の体重を受けて踏ん張っていた両足がつりそうなほど疲れた。
「すみません、助かりました、ありがとうございます・・・」
水月はちょこんと頭を下げる。
「はははっ、何を今更。気にするな。それにまだ下があるんだからな」
そう。ここはあくまで中腹に過ぎず、緩やかではあるが斜面は続く。
「はいっ! 今度こそ名誉挽回ですよー!」
それからの水月は2度と山頂まで登ろうとしなかった。
出来るだけ緩やかな斜面を選んで滑っていたが、少しずつだが水月は確実に上達していた。
昼食後も水月はリフトが止まるまで黙々と練習を続けていた。
( つづく )
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