― 一時休戦 ―
初日のスキーの特訓が終わり、僕らはホテルへと向かう。
「うぅ・・・スキー板・・・重い・・・ですぅ・・・」
水月は板を担ぐだけでひーひー言っている。
ホテルはゲレンデサイドだが、すぐ前まで滑って行けるわけではないのだ。
「しょうがないなぁ。じゃあ僕が板を持つからストックを持って」
僕はそう言って水月の板を担ぎ、自分のストックを水月に渡す。
「すいません、浩史様・・・重くないですか?」
両肩に僕と水月のスキー板。別段疲れていない僕にとってはこれぐらい朝飯前。
「ははっ、大丈夫。板を担いで歩くのもスキーヤーの義務だけど、あんなところを見せられちゃあなぁ」
そんな話をしながら二人並んでサクサクとホテルに戻った。
僕らが選んだホテルはごく普通のホテルだ。
あまり豪華だと僕自身が落ち着かないしね。
しかし普通とは言っても他とは違う点が2つある。
ひとつは料理が美味いこと。そしてもうひとつは温泉が広いこと。
お手頃な価格ということも相俟って、スキーヤーの中では結構有名でシーズン中は空きが皆無に等しい。
そんなホテルに僕らが泊まれるのは、たまたまキャンセルが出たところに滑り込んだからだ。
僕らはチェックインの手続きを済ませ、部屋へと入った。
「ふむ、悪くない。っていうか、こんな部屋初めてだ」
部屋はツインで、ベッドが二つ並んでいる。ちなみに最上階の5階である。
「わー、見てくださーい、いい景色ですよー!」
水月は部屋に入るなり、窓にしがみついた。
さっきまでヘロヘロだった水月はどこへ行ったのか・・・
「あら、こんなところに張り紙が・・・」
水月はその張り紙を読み上げる。
「窓に注意、サルが入ってきますぅ?!」
「ああ、そういうことだ。注意するよーに」
僕は荷物を片付けながら適当にあしらう。
「へぇ〜、おサルさんが入ってくるんですかぁ。早くおサルさん来ないかな♪」
「・・・・・・」
僕はあえて聞かなかったことにした。
夕食は想像していた以上に満足のいくものだった。
上手い具合に和洋が織り交ぜられ、色彩も鮮やかだ。
それで栄養のバランスも考えられているのだから、ありがたいことこの上無し。
そんな料理で満腹になった僕は今、温泉にゆっくりと浸かっている。
「うぃ〜・・・」
ちょっと親父くさい。
温泉はたくさんの客で賑わっている。
そんな客の一人のおじさんが唐突に話し掛けてきた。どうやら気さくな人らしい。
「よぅ兄ちゃん、あんたもボードをやりに来たのかい?」
「いえ、僕はスキーです。昔からスキーしかやったことないんで」
「だよなぁ! やっぱりスキーだよなぁ! がっはっは!」
何が『やっぱり』なのかよくわからんが、とりあえずスキーでよかった・・・
「あのぅ、おじさんはいつもここへ?」
「ああそうさ。毎年シーズン中は来てるもんだから、すっかり常連になっちまった」
おじさんはニコニコして答えてくれる。
シーズン中はって・・・あんた仕事はどうしたんだ、仕事は(汗)
「ここは良いところだよ、まったく。他にここまで良心的なホテルはねぇだろうな」
そこまで言うとおじさんは、ふと気が付いたように言った。
「ところで兄ちゃん、他に友達がいないところを見ると・・・女の子と来てんのかい?」
む、やはり来たか。いつかは聞かれると覚悟はしていたが。
「え、ええ、まぁ・・・そんなところです」
ウソはついてない。水月だってメイドである以前に一人の女の子だ。
「やはりねぇ。若いっていいねぇ〜。じゃあ今夜あたり・・・へっへっへっ」
「あ、あの、僕もう上がりますんで・・・」
「ん? そうかい? ま、仲良くやんなよっ!」
僕はおじさんに軽く会釈してさっさと温泉を後にした。
あの手のオヤジは話が長くなる上に、エロエロトークも炸裂させる。
部屋へ戻るとすでに水月が戻っていた。 が、寝ている。
布団に入ってないところを見ると、ベッドに横になったまま寝てしまったようだ。
無理も無い。初めての人なら大抵こうなる。確か昂志もそうだった。
僕は水月を起こさないようにベッドに腰かけると、僕の気配を感じたのか、水月は目を覚ました。
「はら・・・? 浩史様ぁ?」
「ああ悪い、起こしちまったな」
「遅かったれすねぇ・・・待ってたんれすけろぉ・・・眠くってぇ・・・」
水月は半分寝ぼけているようだ。口調がおぼつかない上に呂律が回ってない。
「ちょっと変なオヤジにつかまってね。さ、もういいから寝なさい」
「へぇ〜い・・・」
いや、へぇ〜いって・・・(汗)
水月は布団に潜り込むとすぐに寝息を立てて眠ってしまった。
そうして気付く。
夜。 静寂。 女の子。 密室。 二人きり。 そしてあのオヤジの言葉。
(い、いかんいかん! 何を考えてるんだ!)
僕だって女性に興味が無いわけじゃない。苦手ではあるが。
それに確かに水月は可愛い。ゲレンデでゴーグルを取るたびに周囲の注目を集めていた。
その女の子が今、僕の隣で無防備に眠りこけている。
(無防備に・・・・・・だあぁっ! だからそんなこと考えちゃダメだっての!)
僕はベッドに潜り、頭まで布団を被った。
体力的に疲れてはいなかったが、精神的には疲労困憊だった。
結局その夜はなかなか寝付けず、部屋には水月の寝息だけが聞こえていた。
( つづく )
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