高校2年生A

1月の終わり頃、とうとう養護教諭に自分のことを話した。
というか、話せた。
それまでずっと自分が何を考えているのか分からなくて、
「何か話したいことがあったらいってごらん」といわれても言えなかった。


話せたときは、よく覚えてないんだけど、単語を並べていたと思う(笑)
家族のことで悩んでいることは、それからしばらくしないと話せなかった。
学校で、家庭のことを持ち出してはいけないと思っていたからだ。
家庭のことは、この後に書く「過去」に書いていることだけど、
小学生のころから悩んでいた。でも誰にも言えなかった。
友達の、幸せそうな家庭をみてとてもうらやましく思っていたことを覚えている。

保健室のベッドに休んでいるとき、その都度紙を渡された。
「想ったことを書いてごらん」って。ずっとかけないでいた。
家庭のことを話せたのはその紙の上に書いたのが初めてだった。
「よく話してくれたね」ってH先生に言われたときは泪がでた。
『わかってもらえた・・・やっと誰かに話すことができた・・・』って。

保護者会があったある日。
母親が担任のK先生のいる生物室で待っていると養護教諭のH先生に言われた。
何も知らなかった。「もう話さなきゃ○○(←私の名前)が限界だよ」と言われて、
4人で話し合うことになった。
H先生がずっと手を握っていてくれて、「大丈夫」って何度も言ってくれた。
でも、途中で逃げ出してしまった。


その週の週末、家族会議があった。
でも親は全然私のことをわかっていてくれなくて、私は家を飛び出した。

その頃から脱力して意識を失うことが多くなった。

先輩の卒業式の予行練習のとき、体育館でパニック発作を起こした。
それから体育館や武道館、教室も、怖くなった。
逃げられない状況にある所を拒んだ。

この頃体重はもとに戻りつつあった。

そして、私は3年生になった。