赤穂四十七士

(未完成)五月十五日あと二十二人

名前

役職

戒名

メモ

大石内蔵助良雄

おおいし くらのすけ よしたか

国家老

忠誠院

刃空乗剣居士

文武に長け人心を心得た人物。吉良邸討ち入りの指揮を執る。

大石主税良金

おおいし ちから よしかね

部屋住の身で役職は無し

刃上樹剣信士

内蔵助の長男。討ち入りの時は十五歳。裏門組みの大将を務めた。

赤埴源蔵重賢

あかばね げんぞう しげかた

馬廻

刃広忠剣信士

徳利の別れが有名だが実際は下戸。表門抜刀切り込み三番組組頭。

磯貝十郎左衛門正久

いそがい じゅうろざえもん まさひさ

物頭

側用人

刃周求剣信士

浅野内匠頭長矩に特別に愛され側近くに仕えた者の一人。

潮田又之丞高教

うしおだ またのじょう たかのり

馬廻・郡奉行

絵図奉行

刃窓空剣信士

妻ゆうは内蔵助の叔父の娘。吉良邸の絵図面を整図した。

大石瀬左衛門信清

おおいし せざえもん のぶきよ

馬廻

刃寛徳剣信士

刃傷事件後急使として赤穂に向う。表門抜刀切り込み四番組組頭。

大高源五忠雄

おおたか げんご ただたけ

中小姓

金奉行 等

刃無一剣信士

小野寺幸右衛門の実兄。俳人の宝井(榎本)其角と交友が深かった。

岡嶋八十右衛門常樹

おかじま やそえもん つねしげ

札座勘定奉行

中小姓

刃袖払剣信士

原惣右衛門の実弟。お家改易の際藩札交換に奔走した。

岡野金右衛門包秀

おかの きんえもん かねひで

部屋住の身で役職は無し

刃回逸剣信士

吉良家の侍女をしていた女性と恋仲になり絵図面を手に入れた。

奥田孫太夫重盛

おくだ まごだゆう しげもり

馬廻役

武具奉行

刃察周剣信士

堀部安兵衛、高田郡兵衛と共に急進派として討ち入り計画を進めた。

奥田貞右衛門行高

おくだ さだえもん ゆきたか

加東郡勘定方

刃湫跳剣信士

近松勘六の弟で奥田孫太夫の養子となった。

小野寺十内秀和

おのでら じゅうない ひでかず

京都留守居役

刃以串剣信士

 

討ち入り計画に於いて大石の補佐役的な役割を果たした。

小野寺幸右衛門秀富

おのでら こうえもん ひでとみ

部屋住の身で役職は無し

刃風颯剣信士

討ち入り時機転を利かせ吉良邸の弓の弦を切る。

貝賀弥左衛門友信

かいが やざえもん とものぶ

中小姓

蔵奉行

刃電石剣信士

吉田忠左衛門の実弟。神文返しの使者役を務めた。

片岡源五右衛門高房

かたおか げんごえもん たかふさ

側用人

児小姓頭

刃勘要剣信士

旗本多門伝八のはからいで内匠頭の切腹を見届けた。

勝田新左衛門武尭

かつた しんざえもん たけたか

札座横目

中小姓

刃量霞剣信士

堀部安兵衛、杉野十平次に次ぐ剣の達人。急進派に加わる。

茅野和助常成

かやの わすけ つねなり

横目付

刃響機剣信士

仕えていた津山藩森家が断絶した後内匠頭に見出され仕官した。

神崎与五郎則休

かんざき よごろう のりやす

徒目付

郡目付

刃利教剣信士

前原伊助と共に『赤城盟伝』を記した。俳諧の名手。

木村岡右衛門貞行

きむら おかえもん さだゆき

馬廻役

絵図奉行

刃通普剣信士

『赤城盟伝』の跋文を書いた。陽明学者。

倉橋伝助武幸

くらはし でんすけ たけゆき

小姓

刃V練剣信士

明るい性格で内匠頭に気に入られていた。

菅谷半之丞政利

すがや はんのじょう まさとし

馬廻

郡代

刃水流剣信士

山鹿素行に兵学を学び大石頼母助から山鹿流の免許を受けた。

杉野十平次次房

すぎの じゅうへうじ つぎふさ

札座横目

中小姓

刃可仁剣信士

豊富な資金力で討ち入り計画に貢献した。

千馬三郎兵衛光忠

せんば さぶろうびょうえ みつただ

馬廻

宗門改役

刃道互剣信士

内匠頭と口論の末禄高を百石から三十石に減らされた。

武林唯七隆重

たけばやし ただしち たかしげ

馬廻

中小姓

刃性春剣信士

上野介に最初に切りつけ内匠頭の墓前で二番目に焼香を許された。

近松勘六行重

ちかまつ かんろく ゆきしげ

馬廻

刃随露剣信士

早水藤左衛門と共に高野山に登り浅野長矩供養塔を建立した。