教会とツラノ
国場教会
細田 光雄
教会は、キリストの体であると聖書に書いてあります。そして、私たちクリスチャンは、教会の体の各器官であると書いてあります。不思議ですが、聖書は、そうのように断言しているので間違いないでしょう。また、教会は、神が愛なる方なので、愛しあう共同体です。愛のない教会は、もはやキリストの体とは呼べないでしょう。それほど、教会の中の兄弟姉妹が愛しあうことは、神様の心からの願いであり、命令でもあります。教会のあらゆる活動の動機が、愛であることは、衆知の事実です。この愛の中で、賜物が生かされると言うのがTコリント13章に書かれていることです。神様が下さっている賜物のどれがまさっているかと言う論議については、イエス様が弟子達に、「最も多くの人に使えるものが最も偉いのだ」と語った言葉が意味するように、不毛な論議です。どの賜物でも、必要な時に神様の栄光と兄弟愛のために用いられればそれでよしとすべきです。今回は、賜物と教会について少し書きました。
1.クリスチャンが救われるのは教会をつくるためである
私たちは、伝道して人が救われればそれがリバイバルだと思っておられる方があるかもしれません。それは、大きな間違いです。私たちが救われたのは、教会として神の栄光があらわれるためなのです。ですから、キリストの体である教会をつくっていくことがとても大切なことなのです。この教会をつくるために賜物が必要なのです。賜物は、大工の道具のように考えると分かりやすいでしょう。オーナーは、イエス様。棟梁は、牧師です。棟梁は、大工と一緒に教会をつくります。ですから、良い棟梁は、良い大工を求めています。オーナーの願い通りの建物を建てなければならないからです。良い大工は、道具の手入れを怠りません。クリスチャンも、賜物の習熟を怠ってはいけません。棟梁と良く話し合いながら、建物を建てていくのですが、最近は中々優秀なのが少ないと、棟梁の嘆く声が仕切りに聞こえてくるのは残念至極です。私たちは、ツラノトレーニングスクールでこの道具を磨くのです。
2.教会と牧師と信徒
教会について、神学的なことは他の人に譲ることに致しまして、教会は牧師を中心にして形成されていきます。ですから、どのように牧師と協力するかがとても大切です。良い信徒は、牧師が協力をお願いしやすい姿勢をいつも持つています。頼まれたらよほどの事がない限り、ノーと言いません。このことは、日本の教会では、重要なポイントです。それは、日本の牧師ほど、信徒に気を使っている牧師は世界中どこを探してもいないからです。協力をして建物をたてる。しかも、生きた建物をたてるのが私たちクリスチャンとその群れの使命です。このことは、先ほど書きました。牧師も、信徒も、仕事ですから不満が出て来ます。牧師は、『どうしてこの信徒は、自分の賜物を磨かないのだろう。また、ちょっと賜物が現れたからといって自分が最高だと思って謙遜になることをしない。』信徒は、『なぜうちの牧師は賜物の事がわからないのか。牧師につける薬はどこかに売っていないものか。』と思案顔。それぞれの思惑は、自分が働くための環境を相手に作ってもらわなければならないと思っています。これでは、いつまでも解決しません。良く話し合い、協力の場をつくり出すことが肝要です。
a.どうしても合わない教会
聖霊の賜物を否定している教会に、聖霊の賜物の現れを知り、それゆえにもっと用いられたいと願う信徒は、深い悩みに陥ります。こう言う場合は、神様に聞くしかないでしょう。辛いことですが、牧師と良く相談することが大切です。そして、自分がこの教会を作るということが困難に覚える場合は、早く教会を移動した方が人生における喜びは大きいと言えるでしょう。いつまでも残って、暗く辛い人生を送るのは、残られる教会も、それに耐える敬虔な信徒もみじめです。
b.どうしても合わない信徒
どこの教会でも牧師を研ぐために神様が遣わしたのではないかと思える人が必ずいるものであると神学校で習ったような気がします。たしかに、初めから諦めてはいけませんが、何年たっても牧師を尊敬し協力して教会を作るようにならない信徒は、教会の癌細胞です。牧師批判をしたり、欠点ばかりあげつらって早く牧師よ辞めてしまえと言わんばかりのうわさをまき散らすやからが日本の教会には結構いる様です。最もよい対処の仕方は、愛尽くしです。愛を尽くすことこそ。牧師の生き方。本道です。それでもダメな場合は、もう祈るしかありません。御心のままに。牧師の宿命です。ゆめゆめ罰でも当たれと祈ることは、避けなければなりません。
c.ツラノはどうする?
ツラノトレーニングスクールに参加しておられる兄弟姉妹は、祈りによって環境を主に変えていただくことが肝要です。すぐに教会を変わるようでは、悪い信徒か未熟な信徒としか言い様がありません。牧師も、信徒の悪口を言わず感謝をもってますます主に仕えていく姿勢が必要です。ツラノスクールでは、学生の間は、教会の移動は、基本的に禁止です。なぜならば、訓練の途上に苦しいからといって逃げ出すのは、訓練になりません。学生の間は、卒業するまでは、訓練と思って耐え忍ばなければなりません。卒業後の事は、主に聞いて判断すべきでしょう。
3.よりよい実を結び続けるために
実は、どんな木でも最初からたくさんの実をつけません。力に応じて実を結ぶのです。ですから、キリストにある成長がのぞまれます。ツラノにおける学びを忠実にマスターし、信仰生活を送るならば、素晴らしい祝福が神様から与えられるでしょう。
ツラノ・イン・宮古を終えて
宮古聖ヤコブ教会
戸塚 鉄也
7月22日(月)の夜から7月25(木)の午前まで、ツラノトレーニングスクール・イン・宮古が行われました。3回の学びと、2回の聖会と牧師セミナーが行なわれました。宮古では毎月一回行われてきた「宮古のために祈る会」に属する超教派の4教会より約50名が授業に参加、沖縄からの教職者9名と聖徒10名と共にこの企画が実現しました。学びのテーマは「とりなしの祈り」「解放」「いやし」で、用意されたテキストを用いて講義と実践があり、熱心に受講しました。夜の2回の聖会は礼拝堂一杯に参加者があり、李相烈先生のメッセージと美宝子先生の証の時もあり、これに続くミニストリーの祈りの時は沖縄・宮古のパワフルな教職者とツラノの生徒の皆様による素晴らしいいやしと解放の時となりました。共に讃美し、熱心に祈りあい、相烈先生自らリードして2人の波を盛り上げていくと、会場はまるでこの世に天国がやってきたようでした。相烈先生はお話の中で、英国で1995年より起こったリバイバルは、牧師と聖徒の一致した祈りによるのであり、この宮古ではすみやかにこの一致が起こると語られ、大きな励ましでした。また、宮古島の聖徒達はお二人の燃える様な講義もさることながら、実際の祈り方をツラノの生徒の皆様から学べた事が最高でした。最終日には牧師セミナーが行われ、相烈先生はリバイバルにとって聖霊の働きが絶対に必要であり、無限なるお方の聖霊に頼れば、大胆に主の働きが出来、多くの実を結ぶ事を例にとって語られ、聖徒が早く訓練され、立てあげられる必要を強調されました。質疑応答の中で、毎日リラックスした時間をとって聖霊様と一緒に過ごす事の楽しさ(?)を語られました。(以来私達は「聖霊様。おはようございます。歓迎します。」の祈りを楽しんでいます。)
あっという間の4日間でした。終わった直後に「来年はいつやるのか?」という声が出ていました。今回は沖縄・宮古の教職聖徒達が一つになったという意味でも画期的な集いでした。以来宮古の教会にはより強い主の臨在が感じられる様になっています。李先生、美宝子先生、そして、ツラノの教職、生徒の皆さん、「タンディガー、タンディ。」(本当にありがとうございました。)
神様の御手の中
松尾キリスト教会
儀保 マリヤ
私はツラノ・トレーニングスクールへ入学してからたくさんの恵みを受けました。私にとって、特に励みになったのは、様々な教会からきているクリスチャンと、実践の中で交わりを持つことができたことです。それまでの私は、クリスチャンとして生活をしていたものの、周りの人に対して心を開くことができませんでした。私は、牧師の娘として生まれて育つうちに、「自分は完璧でなくてはいけない」と思い込むようになり、何かうまく行かない事があると、完璧にできない自分を裁いたり周りの人を責めたりしていました。そして、自分の弱さや痛みを自分にも他人にも隠して生きていました。しかし、授業の実践の中で、祈ってもらったり、神様にふれられていく中で、自分に弱さがあっても周りの人は受け入れてくれることや、神様が私のありのままを愛し受け入れてくれていることを実感しました。そして、自分が完璧でないのは当たり前で、神様だけが完璧な御方なのだということを、知識としてではなく心で理解することができました。
また、ツラノの学びの中で、実践的な伝道の方法を学ぶことができました。今、私は大学でクリスチャンの仲間と集まりをもっていて、その中で神様の働きをさせてもらっています。何とかして、周りにいる学生に神様を信じて欲しいと思うのですが、どうやって伝道していったらいいのか分からず、最初は、ただその集まりに参加しているだけでした。しかし、ツラノでの学びを通して力をつけていく中で、具体的に伝道したり、病気の人に祈ってあげられるようになりました。昨年、神様はその大学内での集まりに私をリーダーとして任命してくださり、その活動を通して、多くの人が福音を聞くことができ、四人の人が救われました。伝道して行く中で困難も多くありますが、神は私に使徒18章9、10節の御言葉を与え励ましてくださいました。これからも、神様の御手の中で、ありのままの自分で神様のために働きたいと思います。主に栄光!!
「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はいない。この町には私の民がたくさんいるから。」使徒18章9、10節