聖霊フェスタレポート
泡瀬バプテスト教会
具志堅 昭
9月30日〜10月3日までの4日間、ソウルのアンテオケ教会において、聖霊フェスタが持たれた。日本から100名以上が参加し、そのうち沖縄からの参加者は、ツラノから29名、ベタニヤから13名の、計42名であった。アンテオケ教会は貸しビルの中にあってそんなに大きな教会ではない。このフェスタのために椅子を取り払い、床に座れるようにされてあった。日本からの一行は暖かな歓迎を受けた。期間中、教会の方々が食事を用意して下さり何かと仕えて下さった。
聖会は1日に昼と夜の2回であったが、前の席を確保するのは至難の業であった。何時間も前から来ていないととても前に座る事は出来ない。待ち時間中は、ベニーヒン師の聖会のビデオが大型スクリーンに映し出されており恵みを受けていた。時間が近づくに連れ人の数が増え始め、まさしくスシ詰め状態になっていった。講師は昼の部が李氏、夜がアメリカから来られた特別講師マイケル師である。
集会中、賛美は力強く、喜びに溢れ何度も何度も踊りの輪が作られた。若い者も高齢の者も男も女も一つになって、主を賛美した。メッセージにおいても会衆の飢え乾きの大きさに驚かされた。アーメンの応答も凄く、イヤホンの通訳の声がかき消される程であった。聖霊の臨在も大変強く、マイケル師は聖霊の火を受けることを強調された。実際会場内の多くの者が両氏のミニストリーによって力を受けた。圧巻は最後の日の夜、講師陣が祈りのトンネルを作り、それを会衆がくぐるというミニストリーである。そのトンネルをくぐると、ある者は電気に打たれたような、ある者は台風に吹き飛ばされるような状態になるのである。これは聖霊に強く触れられ、私たちを縛っている傷や足かせが取り去られるのである。それを体験した会衆は、再び賛美の中で互いを祝福しあっていた。
笑いあり涙あり聖さあり力あり感動ありの4日間であった。限られたスペースの中でとても全てを分かち合うことは出来ないが、「百聞は一見に如かず」である。ぜひ、次の機会には参加され体験することをお勧めしたい。これからはこの沖縄にもリバイバルの大火がつけられることを期待したい。
最後に、李相烈先生御夫妻、アンテオケ教会のスタッフ、神学生たちの御愛に心から感謝したい。また通訳の労をされた吉田美宝子師、貴子姉、力兄に感謝するものである。
韓国に招かれて
宜野湾バプテスト教会
末吉 洋子
韓国に行きたいと祈り始め、2000年3月にパスポートを取って備えていました。今年のツラノの日程案内を聞いたとき、与えられたと確信しました。旅行会社への8万円と、滞在費の4万円が神様の恵みによって与えられ、本当に恵み・恵み・恵みの御業でいっぱいでした。今回与えられた3つの恵みを分かち合いたいと思います。
1つ目に、火を与えられたことをお話します。3年前、自分の霊性が、大きな硬い扉に閉ざされ、叩けば叩くほど分厚くなるように感じられました。それで、自分を変えるしかないと思い、「血潮で洗ってください。聖霊の火で焼き尽くしてください。」と祈り始めました。その結果、牧師許可が必要な祈りの学校で講座を2度受けることができました。そして、なんと!ツラノに入学するチャンスを得たのです。牧師許可が必要でしたら、私にはとても入学できませんでした。神様の大きな恵みでした。授業料と時間を与えられ、私の霊は高く高く引き上げられ、あの扉は小さくなり、何と、扉の周りには果てしない緑の牧場が広がっていたのです。私は平安を得ました。
今年に入り新しい住家を与えられ、6月に越しました。主が建てられたのに、主の臨在の実感がありません。何かに邪魔されているように感じるのです。
「主よ、完全に火で焼き尽くし、霊のみに生きる者に、また、この世に対し完全に死ぬものとならせて下さい。」と祈り、韓国に期待して臨みました。3日目の夜の聖会で、今、財布に入っているすべてのお金を献金するように言われているように思い、そのとおりにしました。期待しました。マイケル先生のお話の後、自分の中で邪魔する物が動いているように感じられました。2度3度と聖霊様に触れていただくように求めたところ、解放を受けました。
そして次の4日目、韓国の姉妹が受けた大きな火を分け与えられましたが、こんなものではないと思いました。「もっと下さい。このままでは沖縄に帰れません。」と求めました。韓国の空港で最後の頼み、細田先生を通して、神様は火を下さいました。イエス様、聖霊様、と祈った時、胸や身体がとても熱くなります。聖霊様がこられたことが、はっきりと分かるようになりました。神様は願ったことを本当にかなえられるお方です。
2つ目は5日目の金曜日のことです。この日はフリーです。大城啓子先生、安里美耶子姉妹と街に出る予定にしました。私は心の中で、「どんなことでもできる神様、案内する人を与えて下さい」と祈りました。7時、安里美耶子姉妹と、ヨイド教会の早天祈祷会に出ました。大城先生はもう来ておられました。美耶子姉妹と先生のとなりに座るのではなく、私は前の席に腰掛けました。しかも、誰かが座りそうな気がして、ひとつ空けて座りました。賛美をしていると、韓国の姉妹が腰掛けました。聖書を開くと、章や節を示して教えて下さいました。牧師の韓国語でのお話を聞きながら、昨日マイケル先生がイエス様の後ろを歩くと言う言葉を思い出しました。「神様、私にはイエス様が見えません。見せてください。またイエス様の後ろを歩くと言うことが分かりません、教えてください。」と祈りました。メッセージが終わり、祈り始めてしばらくすると、横に居た韓国の姉妹(朴さん)が一生懸命、英語で話しかけてきます。「祈祷院を知っているか?行きたいか?行きたいなら、私はあなたを助けたい。」何度も繰り返しゆっくり言われます。友達が一緒だと言うと、「友達も一緒に、私の家で朝食をしてから祈祷院に案内する。」と、積極的に誘われます。“神様が祈りに応えて下さった”と知り、ご好意に甘え、助けていただきました。朴さんが私達にしてあげたいこと(朝食、夕食、祈祷院の案内、コミニティでの婦人たちの礼拝に参加、ボートに乗る、徹夜祈祷会への参加)
私達の必要等、朴さんは私達の前を走り、本当に、本当に一生懸命ご奉仕して下さいました。ヨイド教会での祈祷会では外国人席を尋ねて案内して下さり、同時通訳でメッセージを聞く恵みにあずからせて下さいました。お礼を差し上げようとすると、はっきりと断られ、神様の兄弟姉妹である。今度来る時には、ホテルは高いから、我が家に泊まりなさい。また 私達もあなた達のところに行きたいと言われ、韓国に新たに姉妹を与えられました。本当に先に立って与え続けられるイエス様の姿でした。
最後の証です。ヨイド教会でひとつの絵を買いました。もう3年以上も前からその存在を知っていました。イエス様が見えると他の人たちは言うのです。私には見えません。ただの白黒の模様にしか見えないのです。悔しかったので、絶対イエス様を見るためにと、決意して買ったのです。
「神様見せて下さい」帰国後2日目の朝。窓のカーテンを開け、ベットの上に置いたその絵を見た時、そこにイエス様が見えました。はっきりと。やさしい目をしておられます。
やっとお会いできました。そして、次になすべきことを示されたように感じました。神様は求めたものを、時にかなって、必ずすべてお与えになられる方である事を実感した今回の旅でした。
主の恵みの御業のすばらしさに、ただ、ただ感謝と賛美をおささげします。
前原バプテスト教会
石垣 力
ハレルヤ、主の卸名をほめたたえます。
今回韓国で行われた聖霊フェスタに参加し、すばらしい恵みを体験してきました。実は参加する10日程前までは参加することなど考えてなかったのですが、9月のツラノの学びですごい飢え渇きが与えられ「このままでは自分はいけない、神様にもっと近づきたい」という思いが湧いてきました。自分の人生が一回限りなら、後悔のないように生きたい、神様の御業をもっと見たい。それで、どうしてもこの聖霊フェスタに参加してきっかけをつかもうと思うようになったのです。聖会では何が起こるか全く想像して行きませんでした。期待はしていましたが、果たして期待通り、またはそれ以上の祝福があるのかという不安がありました。しかし、いったん聖会が始まると、自分にとって別世界でした。そこには自由があり、開放があり、喜びがありました。自分自身が感謝と賛美と自由につつまれて、まるで自分の住むべき所にいるような解放感を感じました。あまりにもうれしくて賛美は飛び跳ねて賛美し、歌う時には大声で歌い、両手をいっぱいにひろげて賛美していました。講師である李先生、マイケル先生も御言葉を分かりやすく語り、福音のすばらしさを伝えて下さいました。ミニストリーの中では、今まで体験した事のない聖霊の力を感じました。そしてある事をきっかけに、思いがけなくもマイケル先生の英語通訳の奉仕が全日与えられました。先生のミニストリーの通訳をしながら神様の深い臨在を体験しました。聖霊様が先生を通して語られた事がそのまま自分の中を流れて語られていく感じでした。今まで何度か通訳をした事がありますが、初めての体験です。また、ある時は先生が内面の癒しの祈りをしている時、イエス様がどんなにその人の痛みと苦しみを知っており、また、その人に向かって「心配しないで、私が癒し、開放するから、だから心配しないで」と語っておられるイエス様の思いが自分にも伝わってきました。まるでイエス様と一つになった感じでした。自分の目からも涙が止まらなくて、神様の計画が個人々々に与えられている事に喜びと感動と慰めを覚えました。イエス様の愛はこんなにもすばらしいものかと改めて教えられ、誰一人見捨てられた存在はないのだと悟りました。自分の内にも変化が起こりました。普段は人前に出るのがあまりすきではないのですが、もっと神様に用いられたい、ぜひまた使ってもらいたいという気持ちが溢れるばかりでした。
李先生の教会を訪ねて感じた事は、激しさの中に主の聖さが充満していて、神様に対する謙遜な姿勢でした。本当にたくさんの愛を教会のみなさんからもらう事ができました。私たち日本の教会も負けないくらいの飢え渇きとイエス様に対する愛を求めていくべきだと思います。御言葉を通して、イザヤ書の43章18・19節が与えられました。「主が私に新しい事をしてくれる、それは荒野に川をもうけ道を作る事だ」と語ってくれました。その事に期待して感謝の思いで胸が一杯です。沖縄、日本、世界のリバイバルの為に共に祈っていきましょう。シャローム、主はあなたを愛しています。