日記

2001年7月8月9月前半9月後半10月前半12月中盤まで1月中盤まで2月まで2月中頃までで3月後半まで4月前半まで5月まで6月まで8月5日まで10月15日まで11月19日まで

ピュアボーイ&ピュアガールは見ちゃだめだよ。不健康になるよ。





12月31日 一年の終わりという事でジエンドオブエヴァンゲリオンを久々に見ましたが これを見てる時になぜかジャイアントロボを見たくなり ジャイアントロボといえば今川さんが監督したやつじゃねえか思い 今川監督といえばミスター味っ子でブレイクし Gガンダムでパッションしたイカした御仁だ 今川さんが俺はケレンでいこうと決めた背景をぜひとも知りたいところだが それはともかく、本来もっと評価されてもいいはずなのだが 猫も杓子もジブリジブリディズニーディズニーで世界は平和でよろしいな エヴァンゲリオンだってそうだが、こっちは業が深い分 堅気の方が足を踏み入れられるような状況ではない気もする 救いのない世界というのは好きで ようは救いなどは、己の問題のなので 昼下がりの団地にセールスマンが売りに来るものなのではないので 己が真に求め行動を起こさねば手になど入れられないのだ


12月30日 詩人は満たされてはならないというのは前にも言った気がする 詩人が叫ぶというのは魂からの渇望であり それに触れたものが心からそれを渇望するその心に呼応して 詩人と共に衝動を昇華する事にその価値がある しかし、それを享受する人間は詩人が幸福になるのを嫌悪しないであろう 否、するであろう そんな事もあいまって詩人の方はわたしが先に幸せになってもよいのだろうかというような 誰にわびているのかいまいちはっきりしない妄想というか、後ろめたさがある 自分の渇望の怒号に呼応してもらったお礼が、呼応した人間を踏み台にする事では "すじ"が通らんというわけであるが その気持ちがある限りは呼応した人も詩人に背徳する事はないであろう


12月28日 哀れって難しいな 憐憫の情でのこれはまったく度し難いものだが そうでないとすると難しい そもそもいかようにして人の優劣などを決めれるのだ? 金か地位か知名度かパートナーか それは妄執というのだ その価値観を信じて疑わない人間こそを哀れと人は言うのだ それは個人ではなくて、その個人に関わった人間達を含めて哀れと人は言うのだ 価値の決定は残念ながら個人で決定されるものではなく 孤独を畏れる哀れな魂を持つ人間から、他者へと伝染していく しかし、それを防ぐために盲目になってもしょうがない事なのだ その人間こそを哀れむべきであり、唾棄しようなどとは思わない事だ 人間、一人一人業を背負っていて同時にそれを育んでいる その状況と大きさによって時により後悔したり、反省したり、わびをこうたりする 人は確かにほどよく身勝手でよいのだ 相手の気持ちをおもんばかる心さえあれば、身勝手で良い わたしは自分の信念や哲学を持って行動し生きている人間を賞賛しよう それを得るためには苦悩と挫折が必要だからだ 虚栄のための道具ではない もし、そうと気づかずに慢心しているような人間がいるならば その人間こそあわれむ 慢心を自分を支える柱としてるのなら、それをどうして取り払う事ができよう その様な残酷の仕打ちを、人ができるものか それでも顧みたりする事があるかといえば、それは疑問だが それもあわれむ 人の子は夢を見るものだから それさえも禁じるというのなら、わたしは貴方に疑問を思う それは罪なのだ 哀れな子らは分かっている、背徳しているという気持ちがありつつも 外に自己愛をいさめるすべを知らないのだ それが幼子だから 幼子の罪をさばけるのか、人はよもやそこまで傲慢でないとわたしは信じる そんな世界はありはしない もしあるのならばわたしは拒絶しよう 何の痛みもない世界で貴方は何を思うのか 自我を麻痺させて生きる事、それは喜びというのだろうか そこまでしなければ自己愛をいさめる事ができないとするのなら それはもはや貴方だけの罪ではないようにも思える かといってありきたりのセリフを吐くのは嫌悪する 我々はあるがままの現実を受け入れてそれで生きていくしかないではないか その中でできる事を見つけて一生さまよい続けるのだ モラトリアムというのは大変結構な事だ 背徳の重しを胸に抱えて、それでも喜びの仮面を付けて舞踏するなら 私は美しいとか羨ましいだとか、精一杯に言ってみる どちらも滑稽に映るだろうから私は観客に悟られぬようにひっそりと泣くよ


12月26日 古代、鬼は『もの』とはっした それが今あるおにと発音されるようになったのは平安の頃と言われる そして、今日にいたるまで鬼のイメージも発音もそのままである 『もの』とは形あるものも、そうでないものも指す つまるところエネルギーそのもの エネルギー自体に悪も正義もない それは行使する側の人間の問題 超上のものや自然の圧倒的力、通常の人の理解を超える人間に対し畏敬の念を込め 平安の人は鬼を『おに』と発し 今あるあの赤い肌と頭に角の生えたイメージを具現化させ 『モノ』というやつをわかりやすく説明しようと試みたのであろう が 思想とか教えというものは形骸化するわけで 鬼もそうであるように、鬼という文字を見れば『おに』と発し あの赤い肌と頭に角が生えている化け物をイメージする そこに自分を取り巻く揺るぎ無いものの存在をイメージする事はない システムの高度化は思わぬ不備を生むものである 物事を熟考しなくてすむというのは大変便利でよろしいが それだと器用なやつばかり増えて、完全に表層的な物事にしか 認識がいかなくなる 自己愛の肥大した人間は己の保身のみを考えて、労する事、傷つく様な事は完璧に避けて 自分の欲求のみに素直にしたがい生きる 成功からはなにも学べる事はなく、失敗した時こそにその価値が見出され またその経験上から人に無心で接する事ができるようになる しかし、あれか傷つくのがこわいとかむしのいいことを言っているうちは 誰も・・・ あるいはそうだったとしても幸運は手にしまい 神様はそういう細工は得意なのだ それで悪意のみを垂れ流す人間になれば その後にわたしは期待する つまり、その様な親を見て『わたしはああはならない』 と思う子供ができればいいのだ 完成とか完璧を求めるのは愚かな事だ しかし、それよりも愚かなのは 完璧や完成を求めなくてもよいという言葉に安寧するやつなのだ もしかして、自分の魂胆や願いがばれていないとでも思っているのではないか あるいはそこまで愚かかなのか もし、あなたが過去の罪の贖罪を親や友達、恋人に求めるものだとして その人達が過去の罪をわびた時に、それで貴方は満足なのか 一時その瞬間の満足感の後に残るのは虚しさではないか こんなつまらぬ贖罪の言葉を聞くために何年もこの人間を呪ってきたのか この人間がそれまでの人生の中で貴方を顧みた時が幾度あった事か それはつまらぬ事なのだ 過去は過去としてしかと胸に置き、それでも前に向かっていかねばならぬのが人間 もしも、あなたが過去の人間達に贖罪を求めるものならば 直ちにその思考をやめていただきたい そんな事は貴方にとって何のたしにもならない事なのだから 人は常に認識を拡大して、かつそれを深める事ができる その様な憎悪に蒙昧していてはもったいがないという事なのだ 貴方がその人間を怨んでいる間も、その人間はあなたを かえりみるなどという事はないのだから 常に自分を練磨し代謝させ、一日一日と自分を生まれ変わらせるが貴方にはできる 『鬼』はたしかに恐ろしいもの、畏怖し崇めるものだが 同時に貴方の力でもあるという事を忘れないで欲しいのだ


12月19日 不健全な認識は己から つまり、俺、俺殴る 殴って殴ってけちょんけちょんにしてボッコボコにしてぐわんぐわんにして ふにゃふにゃにして、これでもかってぐらいに蹴倒し 踏みにじり蹂躪しぶち壊し爆砕し叩いて叩いて叩くまくるでそうろう それから邪悪を滅ぶすんじょ 邪悪は盾つかうからなー 普通の人はそれが盾ってるて事しらないからぁー じぇっとあっぱー


12月16日 個人主義者が人に頼るのは罪悪であろう わたしはわがままで身勝手なので、なるべく人に頼ったり 慰めてもらう事をしないようにしておる それが身勝手な人間の他人に対する最低限の礼儀だと思うからだ この方式というのは体に多大な渦蛇を溜め込む事になる わかりやすくいうと、あるものはネガティブな思考をするようになり あるものは傲慢ちくりんになる わたしは前者である。その甲斐あって女性に月の物がくるように だいたい2ヶ月に3、4日間の間鬱期に入るようになった しかし、軽度なので日常生活に支障はない このような状態は人とのコミュニケーションがきちんととれる方ならば 縁がないのだが、先述べたように一応に礼節を重んじたい私としては 自分の都合のよい人とのコミュニケーションはとりたくないのだ それはわたしが学校に行きたくなくなった一つの原因でもあるが、それはいい しかし、一度だけかなり危険な状態に陥った事があった 一人住まいだったらばぽちくりいくほどの精神状態であった しかしだからといって傲慢ちくりんにはなりたくない かといってこのオートマチックネガティブシンキングとは いいかげんにおさらばせねば、我が身が危ういというもの 傲慢ちくりんとネガティブの均衡を取りたい それには様々な矛盾を解決せねば無理だ 矛盾を解決する? 何を言うのだ。そもそもこの世は理屈でなどでは動いていない 悪意を抹消するなんて不可能 とすればやはり自己を高めて、そしてそれから人を信じるしかないのだ 両方怠けるわけにはいかない うんこ


12月14日 荒神様だよ ぶち決められたぜ、己の暗愚 醜悪だ それはつまり我が輩の認識が醜悪なのだ 人の深遠に触れて、それでもなお孤闘する様は滑稽か?美しいか? それは人によりけりなのだな 真の暗愚とはすなわち己なのだ 知ってはいたが、思い知るほどではなかった それを今日しったのだ そうすると世界が開けて見えるものだ そう感じるものだ やるしかないのだろう やはり孤闘する人は美しいよ それは同時に背徳でもあるが もしもそういう人に会ったのなら 私は貴方は美しいというのだ そうでなくても伝わる事と思う


12月13日 妄執は自己と世界が接触して生まれる ひ弱な認識が妄執を拡大させる 己に厳しくして、他人には優しく接する事 それは誰かのためではなくて、自分のため 怒りも哀しみも、−の思念は己の未熟さがよぶ瞑府の鬼 鬼は己 他人は己を投影する器でしかない 他人に見えたる暗愚はすべて己の暗愚と知る事 そのものの暗愚こそが己の邪心そのもの 誰かに哀れみをかけようとも、己には常に厳しくあるべし 己の邪心を御す事こそが真の勇気 人の行ないの中に真実がある すなわちそこに自己の暗愚を見つける機がある この病的な社で、自己をクリーンに保つのは至難の技であろう しかし、我々はそれができうると信じる 暗愚が自己の中にあるとするならば、救いもまた自己の中にある 人の美しい行為、すなわち自己を顧みずに誰かに奉しできる精神の気高さ 美しさ、優しさの中にはじめて人の慈しむべきところを見つける しかし、貴方のいう通りにそれを行なえるものは少ない 自我を滅する事の美しさを知るものがどれほどいるというのか と貴方は問われる この放楽の世のどこに気高い魂があるのかと問われる 確かにないかもしれない だが、なければつくればよいのだ 自ら行ないそれを証明するだろう 私は人を信じている 人の暗黒は確かに無限だ 目に見えるものしか裁かれないだろう この地球上でもっともおぞましく醜悪な生き物は したたかに己の罪を無きものにして生きていくであろうし さばかれることもないであろう しかし、わたしにとってそれはもうどうでもいい事なのだ 私たちがこれほどに怒り絶望するのが自己愛だったとしても それでも生きていくしかないのだから だったらこの愚かな自分を愛してやるほかになく せめてこのまま独立自尊で死ねれば良いかと思うのだ それが傲慢にいたらないまでに


12月12日 己は己の罪ゆえにくだった罰を業罰としたな、それはなぜかうつけめ それは普段の行ないと相違ないほどの反作用が起こったために 業罰とした。因果応報ともいう しかし、盲目の善人になる気などはさらさらなく ましてや心清らかな青年になどはなれない 私は心清らかな青年というものが、随分、自己愛の肥大した女どもの 餌食なっているのをよく目にした あの様を見て、なおも心身を健やかに保てというのなら それこそが愚かであり、罪である 罰がくだるを畏れないのか、うつけめ 人は生きるにおいて他者を蹴落とし、外の動植物を死にいたらしめます その業深い生き物がいまさら罰を畏れてどうするというのですか 私の考えにもと図いて行われる行動に対して、それ相応の罰を受けねばならないというのなら 私はそれをひるむことなく受けるものです 罰はくだれり、即刻でありましょうか 業罰を畏れて善人になるしかないとしたら、それは魂の貧困をあらわすものです だからあなたはこの私の詭弁がいつまで続くものやらと冷笑を浮かべていればいいのです 私は私を救うでしょう 私は私をいたわってやるでしょう 私が私を理解してあげるでしょう この哀れで醜い醜悪な化け物を誰がいとおしむと言うのか 私が私をねぎらってやらねば、誰がねぎらうと言うのか だからといって、孤独を陶酔するものではなく 人は人、己は己、私以外の人間がどの様な生き方をしようとも それはそのひとの決めた道ですから ただ、鼻をつく自己愛にわたしは嫌悪するものなのです それこそが地獄に突き落とすべき邪鈍なのです ああ、それさえも空しいと言われるあなた 確かに、わたくしなどはあなた様から見れば、さぞや滑稽に映る事でしょう しかしながら知らしめる事はできるのです 妄執に駆りとられた鷹がスズメをつい落とす様を残酷と言わない人間があるのか されど人は、鷹の事を思えば、それも仕方なしと思う事でしょう 唾棄すべき邪悪は盲目であり、それこそがこの世の心の美しものの破壊者で 人の黙黙に漬け込んで、人の心の混沌に言い寄るものです それらは人の形をしていますが、中身は醜悪そのもので 吐く息は真黒く、この大地を赤と糞土で埋め尽くすものでしょう その者らは餓えているのです 何に?それは愛、恋、物質、金、すべてすべてすべて この世のすべてを食らい尽くし破壊し尽くしても修羅は 満たされる事などがありません 修羅は走り続ける。故に修羅なのです だから私はいかに業罰が下ろうとも、不退転の決意で望むのであります 「やめないかぁー君ー!」 ?なんですか?心の清らかそうな心身ともに幸健康(こうけんこう)そうな君よ 「人の事を、何の権利があってそんな事をいうんだぁー!」 まってください。 これはひいては貴方のようなエンジェルボーイのための事なのですよ 「さあ、いこう。こんなやつはほっておくんだ!」 あー・・・いっちゃった あ、女が今、しめしめうまくいったぜって顔したぁー


12月9日 まったく自分の無知を知る思いで、情けないやら恥ずかしいやら やはり前だけを向いてと人は言います 過去に戻りたいと言う人がいます 私といえば冗談じゃありません。もう一度、子供の頃から今までの人生を踏襲するなど ああ、冗談じゃありません あのおぞましい光景をまたまた見続けねばならないのだとしたら それは、それこそ死んだ方がマシというものです 人間、自分の欲望のためだけに生きるとしたら もっと厳かにそこはかとなく実行していただきたいものです 垂れ流しの臭気などは罪悪です それをまた見るとなれば、耳を削いだゴッホの気持ちが分かるかもしれない といったところです それが嫌でたまらなかったのは何だったのか 神様は優しいという事はわかります しかしそれ以外はさっぱりです 僕の名前はイリヤと言って、このぼんくらの分裂した人格の一つであり 守られるべきインナーチャイルドではありますが 希に僕の事を前面に押し出すのがど許せぬであります そういう時はぶん殴ってそうろうです 負け犬、敗北者、落伍者、とホスト(宿主)の冠に掲げる詩は数あれど それでもたたえる詩の方が少ないのです 今日はとても雪が綺麗でした 寒かったですけど、田んぼに雪が落ちて白く染まって実に美しくありました 僕は雪の降る様をこんこんとあらわした人の心を思うと、なんだか涙が出てきます なんて心のかわいい人の表現なのだろうと、思ったものです どうしたらそんなにも心穏やかになれるのでしょうか あなたなら妄執に駆り取られた人の心でさえも、愛らしく思えるのでしょうか どうしたらあなたのようになれるのでしょうか この心に住まう竜は、聖書に書かれているそれなどとは比べ物にならないほどに 凶凶しく邪悪で、吐く息は真黒く、目は銀色に苦々しく濁っているのです 眼前をさまよう屍鬼に私は平然としていられるでしょうか 人は目を使っているのでしょうか、あんな凶凶しいものを目の当たりにしておきながら それでも美しいといえてしまうものなのですか そのたびに心の臓に何かが溜まっていくような気がするのです それでもあなたはにこやかに笑っていられるというのですか 救いとは何の中にあって、それは何処にあるのでしょう 皆が皆、ゴルゴダの丘に十字架を背負っていく哀れな殉職者に対し 石を投げるのをあなたはとても悲しそうな瞳で見ていましたね 僕はそのあなたを見てなんだか物悲しくなったものです 人はそんなものですか なのになぜ絶望せずに笑っていられるのです わからない人だ、あなたは 僕には全然わかりません うんこ


12月8日 つまり紳士か 他尊自信であるます まともにぶつかり合わない事で敵を作らない これは紳士の仕業であります そうですか 人とは美しいものであります


12月7日 百万人に一人の割合で神から与えられるイヴィルハート そのイヴィルハートの御しかたは人それぞれ だ 普通、人は善人としてかの美国から生まれいずる 陰と陽の軽やかなせめぎあいによって人は練磨され美しくなる それは一人ぼっちが寂しいからだろう それが真実 精神を形作るもろもろが互いに合致した時に人は生涯の伴侶を得るものだろう 時に良き形を取り、時に悪き形を取る しかし、これは表層的なものなのだ もし二人が一つにならなければ、その一人一人は もっと多くの災いを成すものとなっていただろう 神の采配は実に美しいのだ まったく感嘆してしまう その人の世の行ないの中に太陽の中の黒点のように存在する悪意がある すなわち私である 悪意とはなにか 嫉妬、妬み、嫉み、羨望、自己愛、強欲、肉欲、盲目、か? 否 有り様である 人は寂しいと思う心があるだろう そして、だからこそ人は人といたいと願う 人は寂しいからといって死にはしないだろう が、精神に尋常でない傷害を与える事は確かなようだ 人が西暦を刻むようになって2000年たつ しかし、とても進化しているとは言えない 文明や科学は確かに だが、先人達の意志や思想、願いは見事に受け継ぎそこなっている 人は怠惰ではない 人が人にそう教育を施すのを怠っただけなのだ 私は人に対して希望がある、願いがある 故に悲しい 世界とは何か 世界とは己の認識である 己が暗く見れば暗く見え、明るく見れば世界は薔薇色に広がる それが有り様 人は怠惰ではない が、幼くはある 例えば、世界を悪と断定してしまう事があるようだ 世界を認識して形作っているのは己である 己の認識は外部に依存する 自己と外部の境界線が希薄なものは、社会とのつながりが強い 故にこの様な自体も引き起こすのだ わたしは社会と繋がっている認識はない わかりやすくいえば、初校的な人間ではないという事だ 大きな意志のうねりが社会とするならば こんなにも浮遊した感覚を味わうのは普通ではない 社会と交わるという事は人と交わるという事 人と交わるとはなんだろうか 私は誰かにそんなに心を許した事があるだろうか いや、だから人々のもろもろの行ないが美しく見える 人とはかくありき 暴力はそれが少数を圧迫する事だろう。どうやら大衆は個人化社会となりつつあるようです 個人主義は自己主張は当然、しかしそれ以上に相手の主張を聞きよく理解する事 それが個人主義。自己を尊重し、他人もそれ以上に尊重しあう しかし、大衆は思想の表面からしかインスピレーションをうけないもの 個人主義は自己愛の保全の道愚としてうまく醜悪なものどもに利用されているようです なげかわしい 大衆は、一時期の極道は仕様がないものです そうしてうねりはリフレッシュしていくのですから だからそっと、くちを紡ぐのです 主の御光が彼らを暖かく包まん事を祈って アーメン


12月6日 今日は疲れたな。別に今日はつかれるような日ではなかった 仕事も普通だったし、なるべく自分に気を使って、精神も疲労させなかった つまり、これは気持ちの問題であるな ようは、適度にからだを運動させる方が、かえって疲れないように 気分を高揚させる事によって精神を疲れさせないという作業が 重要であるな すなわち、朝のTVなどで今日の運勢などを見て その日の運勢が良かれば 「きゃぴぃv今日もはっぴーぴょんv」 とのたまい 悪ろければ、すぐさまチャンネルを変えるか、あるいは雑誌の占いコーナーの中で 己の星座の良い運勢が出ているものを探しだし、やはり 「きゃぴぃv今日もはっぴーぴょんv」 とのたまう ようし、無敵の未来が見えてきたって感じだぞぅ すなわち眼前にはびこる悪を排除し、蹴散らし、粉砕し、破砕し、爆砕し 完璧なる完全な敗北を味あわせ、至らしめ、自身に勝利の甘美をいただき 我が勝利をたたえるダモクレスには、王座がいかに危ういものなのかという事を 骨の髄、否、細胞の一つ一つ、クォーク、否、それを形創る超ヒモに味あわせ 爆砕し、破壊し、破砕し、蹴散らし、粉砕し すなわち、すなわち 勝利であります この勝利と、その後の平和と平定を私はあなたに差し上げるもので つまり、すべからく幸福はあなたの頭上にあり 阿修羅が改心して仏宝を守る守護者となったように わたしが、わたしが改心して、仏宝、 すなわち、あなたを守るものになりて インナーチャイルド、あるいはアニマやらアニムスを守護し フィレモンに師事を仰ぎ、己のイヴィルハートを御すには この手しかないように思われます さらば醜悪よ、おぞましき悪夢よ 皆よ、耳があるなら聞き給え、目があるのなら目にも見よ もはやそれらは過去のものとなった つまり去った、去ったのだ おお神よ!偉大なる父よ!造物主よ!喜びの王よ! 世界が今だ暗黒つつまれている時!あなたはお笑いなさった! 来る!来る!求めしものは来れりと! 我々はその盲目故に、それを見ようとはしなかった! 眼前にある幸福につばを吐き掛けたのだ! おお!何たる悪夢!何たる醜悪! すなわち!すなわち!盲目こそが巨悪なのですね! あなたはそれを説かれたかった! されど我らは耳あれど聞こえず!目あれど見えず!肌あれど感じず! 口あれど語らず!すなわち醜悪だった! 悪夢!悪夢だ!いや、悪夢だった! それはもう過去のものとなったのだ! 悪魔の王はこの美しい地上から根こそぎなぎ払われた! 去った!去ったのだ! さあ!今こそ歓喜の声を!主をたたえる歌を唄おうではないか! 主はきませり、主はきませりと! もはや、去った物の怪に憎悪の念はなく、ただ、海岸にひっそりと咲く華のように 哀れだと、だけれども美しいと思う心が一輪 心は常に宙をさまようものかな あるいは、だからこそ外道を行なっても人は、己の心の闇を埋めたく 埋った頃には、なぜこの人の側にわたしはいるのかと思うものか 神よ、偉大なる想像主よ 群れからはぐれた羊が闇の中でおびえる 自分は狼にはらわたを食い破られて、なぶり者にされるのではないかとおびえる その様に、暗闇の中で光るものがぽつり、ぽつりと、ただある 羊は恐怖で心を失うだろう だが、狼達は羊にこう言うだろう 「大丈夫、心配しないで、僕たちは君を傷つけたりなどしないから」 ああ、なんと厚く優しい思いなのか 羊は心を許すだろうか それでも恐くて羊は、その場から立ち去るのだろう それが狼の運命なのだ


12月3日 レトリック ですよ でも、そうですか そうですね 共依存(陽)の効能を意識しているといいますか お互いの見事な勘違いが、がっちりドッキングした時に 幸福というのがエデンから降り立ちますか こりゃぁホステスに入れ上げちゃう気持ちがわかるなぁ うまいもん、心理誘導が こりゃあ、いってしまうでしょう でもなぁ、いいのかなぁ。せつないなぁ 俺はレトリック嫌いなんだよな。だって、簡単に人の心掌握できるんだもん だから、お勉強するだけで使わない事に決めているます 流石にそんな安いレトリックに引っ掛かるかいな、と思っていても 引っ掛かりますか そうですか 大人ですね 優しいですね、すんばらしいレディーです 馬鹿が世界を救うがわたしの持論であります 馬鹿様が持つ素敵細胞は副交換神経の運動が活発になると 視床下部から生成され全身あまねく行き渡ります 素敵細胞は空気感染し、自分以外の人間の副交換神経にも作用し アドレナリン、ドーパミンを脳から大量に出させます これがお馬鹿様のスーパー結界 アブソリュート・馬鹿・フィールド 絶対馬鹿結界 これこそが人類の6割を幸せにする方法なのだ ちなみに僕は感染しません アンチ・アブソリュート・馬鹿・フィールド すなわち、絶対冷血結界をぶりぶりはるために、まるで効果が期待できません わたしの様な人間はほっといても一人遊びで生きていけるので心配がありません 人類の6割の人間が幸せになれるのなら、それは素晴らしい事です だから、僕は口を閉じるのです あなたは一生夢の中で生きてくださいましね


12月2日 人間、よくできているよ 神よ、あなたの業はだから美しいと人は言うのだ 奢るものひさしからずか 神よ、どうかその仕組みと仕業を教え願いたいものだが 盲目の羊や、あるいは、妄執に駆られた牝馬をそれでもよしとするならば あなたの業は何なのだと問いたく つまりはどんな栄華を極めようとも、あなたには空しく映るのですか 諸行無情ですか? もしかしたら与えられるのではないかという期待や 与えられるかもしれないという思いが、人をわずかに支える とうにその気持ちが萎えたとしても、その頃の情熱を懐かしまない老人はいないだろう 結局のところ、忘我の状態というやつは いや、忘我の状態こそが幸せというのなら 人はその状態に何らかの虚しさを覚えるものだろうか それを味わなわいために走り続けるとしたら これは、人は滑稽というな その様がおかしければおかしいほどに本人は美しい人生に恵まれるものなのか 永遠に我を呆けさせて、白日夢を胸に生きていく事 美しく着飾ってみたり、幼児のような趣であるのも 何一つ変わらないものなのかもしれない が 人は表層にあらわれてくるものに弱く、ラディカルにものを見るものは少ない 皆、夢を見たいのだ それさえも取り上げますか? 何の権利や顕現があってそうするのか つまり 傲慢や、分をわきまえぬ不埒な仕業には私は憤慨するものだが それさえも、あなたは哀れだと思えるのですか それさえも あまりに不憫に映るのでしょうか? 確かに不憫かもしれません この怒りが、もし、憐憫から派生した感情だとするのなら あわれという思いが、わたしの心の中にもあると おっしゃいますか そうですね とてもさびしくても、人は生きていけるものです


11月25日 本当にろくでなしってのは我が輩のためにあるような称号でありますね ダモクレスの剣ですか 王座でなくとも人の座などは危ういものです 茨城の県立高校の巨大モザイク画が燃やされたって言うじゃないですか 何が気に入らんのか知らんが燃やしちゃいかんでしょう だいたいこういうのは疎外されている人間がローマ皇帝ネロよろしく 「燃えろ燃えろーハーッハハー」 てな感じでやるわけですよ 君、君 僕と一緒に穴を掘らないかい? なに、この世というやつはね君や僕みたいなニヒリストペシミストは必要がないんだよ それは健全な社会ではないと思うが、望まれていない以上、仕方ないじゃないか だから、一緒に穴をほって叫ぶわけだよ 王様の耳はロバのみみー!って そういえばそんなAV女優がいた気もしたが ま、そりゃどうでもいいさね ねえ、僕たちは僕たちの見える現実というものがあって、それは堅気の人や 堅気の人に劣等感があるんだけどないようにみしておる人達とぉー 一線を画せるようなぁー 気がぁー ぼくはぁー しねえなぁー うきゃー


11月24日 おい、あれはなんだ あれは醜悪ですよ なに、おぞましいな。醜悪は滅んだのではなかったのか? ねえ、こんな話し知ってますか?雑草ってちゃんと根っこから抜かないとすぐ生えてくるって 雑草うなどという草はない 問題なのは醜悪になるメカニズムであって醜悪そのものではありません なんで無知が醜悪にジョブチェンジするかね それは、あなたと違ってみんな優しいからです なるほどねぇ 優しいから、曖昧な甘受があって、自己愛の強い人間の独走と勘違いを許しておるわけだ だから、醜悪は無知のわりには傲慢で自尊心が高く、鼻持ちならず 言うことが混沌としていて、カオスで怠惰で悪徳の背徳でおぞましくて 醜悪なのだな 自己愛が強くなるプロセスってどんなんだろうか 孤独か、だれからも愛情を受けたことがない、愛情が満たされたことがない か? それが大きくなってから顕現するから、我々は困惑するのだな だからそういう人間は何も知らなそうな無智な男をひっかけるのか お互いに補うためにか そうだな、醜悪のおぞましさは行動していないところにあるのでは? 何もしないのに自分にだけは幸運が降りかかると 少なからず思っているところが実におぞましいのだ それは精神崩壊の防止弁でもあるが イエーガーだっていずれは、 「あたし昔は若かったわー。恋なんてあっという間に出来て あっという間に終えちゃった」 とかなんとかぶっちぎりな事を言うが、そんなんはほっておけばよいが じゃ、享楽的に生きるのが大多数の精神の破滅の回避の方法だとすれば そのアンチテーゼとして醜悪があるのか 図式としてはそうなるが、実際問題とするとこれは別だな 醜悪はともかく自己愛が強い、から個人主義者だ のわりには外聞を気にしたりする まったく気にしないよりはいいが、非常に希薄な仲間意識を発揮する 自己愛が強いのは良いとして、それがおぞましくなってしまうのは その自己愛の強さを隠してコミュニケーションをしようとするところにある ばればれだから胃がむかむかするのだが 他の人はしないのだろうか 分かってて分かってないふりをしているのだろうか だとすると本当にみんな優しい それともやっぱり寂しいのか その優しさで醜悪が次第にグランディングしだすのなら、それでもよいかもしれない そういう人間は過去を切り捨てて生きようとするからな さんざんぱら好き勝手やってきて、過去は聞かないでか うらやましいかぎりだ そんな、巧みな生きかたをしなくても現代社会は高望みしなければ どうにかやっていける段階には来ているとは思うが 個人の人格は覗くが ほんとうに見ていて飽きないのは感情的に動いているからだろうか だから。面白いのか 七転八倒。さもなくばやさぐれるのか そうやって構えて生きて、自分のからを破ってくそうな男が来るのを待ちますか? もっとラディカルにものを見たいのだ それはメッキを引っぺがす事ってわけじゃないだろ 時にはそうかもしれんが 夢を見たいってのは何だろうか なんで見たいのか 精神崩壊の防止弁? それじゃ軽すぎる もっとあるはずだ。何か。私はただ聞いてみたいだけなのだ それは相手を信じていないのか 結局はそこに戻るのか 人間を信じるってのは難しいな 盲目や無知ならいざ知らず、こんな中途半端ではだめだ 信じているが、あまりおぞましい事をされると私は・・・ 堂々巡りか。やっぱり信じて待つのがいいか そりゃ人間いつかは。ずっとちんぷんかんぷんなわけないし よく目にするような無知の徒が、改心する瞬間や日があるって信じて 見守る事の方が ともかく ありもしない理想など ねえ天文学者って男が多いよな なぜかってそりゃ天文学者なんてロマンチストの商売だからだ そういう子供っぽいロマンチズムは自己愛と対を成すものだろうか あるいは自己愛そのものなのか 各々のおかれた状況の中で最善を尽くすのが一番だ そのために盲目であってよいという事ではなくて 問題を認識しておく事が個人主義化社会の希望だろう 自分がその問題に積み込まれた時にはじめて旗をあげるなんて しかし、人はそうでもないと認識しないか ほとんどの人間がそう思うとして わたしには関係がないといっておきながら、自分のみに降りかかってきた時の狼狽 困惑や疎外は当然の有り様なのでは 将来そうなるかもしれないという恐怖で、人間が問題を直視しないでいる のはわかるし、じぶんもそうである すべての物事がちぐはぐに見えて一つなのか、一つに見えてちぐはぐなのか かくかくしかじかで とにかくやるしかあるめえよ、大将


11月23日 長い事、エンジェルと醜悪の存在について考えてみたが つまり、エンジェルの存在理由は分かるが 醜悪が滅びをむかえずにお気楽極楽と闊歩している様を 神がそのまま座視遊ばすお心なのかと私は思っていたが 違うぞ少年 つまり、今日、奇跡的に発見した事なのだが 醜悪のブラックホール級の自己愛と エンジェルのソーニャばりの自己犠牲とが見事に違いに連結しあって 二つははじめて人として完成を見るのだ これに気付いた時、私がどんな感動で心が満たされたものか 考えがまとまる美しさ それまで醜悪などは唾棄すべき巨悪だとしか考え及ばなかったが そう、まったく自己愛を持たないような清らかな男達に 醜悪がそのエンジェルたちの無自我や献身愛を利用して 自分の自己愛を満たすおぞましい光景に それは唾棄すべきだと私は思っていたが違ったのだ少年よ つまり、醜悪はエンジェルをグランディングさせるためにその存在があってもいいのだ! 醜悪のおぞましい自己愛がエンジェルを拘束するのではなくて 何も知らないいたいけな無垢の魂にこの美しブループラネットで 行われている、闊歩している獣の仕業に気づかせてやり、耐性を作ってやる事 醜悪のおぞましい自己愛の探求がエンジェル達に この世に自己愛というものがあると気づかせてやっているのだ! おお!神よ!偉大なる父よ! なんという見事な業だ! あなたは素晴らしい! こんな仕業は私なんかではとても考えが及ばなかった! あのおぞましい醜悪に天使達が翼もぎ取られているのを見て もう心傷める必要もないというわけですね! 醜悪の反吐が出るような自己愛の探求に まったく憎悪と殺意しか抱けなかった私ではありますが 今は少し愛情と憐憫の情を持ってやる事ができそうです! おお!神よ!あなたの業は美しい! しかし、醜悪はあなたの大いなる愛に気づく事もなく 永遠に背徳に生きて、そして、死んでいく事でしょう! まったくおぞましい限りです! だが、大いなる父よ! 私の心は今歓喜で満たされているのです! おぞましい自己愛を奏でる醜悪達に幸あれ!


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