ピュアボーイ&ピュアガールは見ちゃだめだよ。不健康になるよ。しかし、他人の日記は覗きたいものだ。
9月22日
愚直ってなんか上から物を言っている感じだな
しかし、人の心の正と負という言い方はどうもぴんと来ないな
負はわかる
だが、正というのは胡散臭い
正という言い方をされているものの正体は忍耐であると思う
己の要望を抑制し、外部から注入される悪意を封じる
陰の気を押え込む知と勇気
それが正だろう
愚直というやつを人が備えるのは、やはり自己保存の思いからだろうか
空虚な自己愛というのか
望むというわけでもなく、それとなく願う
棚からぼたもち?
情けは人の為ならず?
負は人の素直な欲求でもあるから、それを安直に行なおうとすると
罪になるらしい
だから、粗悪な代替物が横行する
しかし、粗悪でも功の部分がある
それでも衝動昇華しうるのは人の並外れた想像力に依る
いや、そうでもしないと発狂する危険すらある
脳はほっておくと自滅に向かうだろうか
それは人がそうさせるのか
だから、何か目くらましを見つけるのか
それを何かに高めてみたり?
あるかないかもわからない評価を求めて
人が一人一人、内なる衝動を表現されたものを見て
納得したり、嫌悪したり
だから、なきゃない、あるならそれを見たとき、聞いたとき
体験したときに、『おお』と思う
それを陳腐だと思われれば、共感させる人間も
共感する人間も、もっとよく自分を研ぎ澄ませようとする
人の芯はとある芸術家の彫刻のように細く、それでも強くなっていく
人の拠り所は様々あると思う
人並みの願いもかなえられない
あるいは自分を認めてもらいたいと思う心
そういうものがうまく社会とまぐわらなければ
拒絶したり破壊したりする
無
自暴自棄なるのとは違う
自暴自棄というのはどこかに甘えがある事が多い
しかし、それは人と繋がっていたいという思いの裏返しでもある
それは至極当たり前で可愛らしいくらいに素直な欲求だと思う
それは人間らしい有り様だと思う
でも、その一方でこんなもんでよろしいのかと思う自分が要る
他人がどうであれ、それはその人が無意識ながらもあるいは意識的に
した自分であり、わたしがどうこう言える領域にあらず
人がそうであるからといって自分もそうである必要があるか
と思う
落伍者の戯言であるとは嫌になるほど自覚しているつもり
しかし、だからといってなにもしないのはもっとおかしい
つまり、口ではなくて行動して現せという事だと思う
んーこれを誇大妄想というのだな
9月19日
管理職というものは当然嫌われ役である
小さなミスが大きな波紋を呼ばぬように、目を凝らして
下々の行ないを観察し、注意するのがその役目である
その中で下々のものは、早い話、怒られるのが嫌で注意されまいと
がんばる
職業上の役割と、その人自身の人格がごっちゃになって
判断されているのを見たり、聞いたりするのは忍びない
9月18日
この前、友達の引越しを手伝った
今日もそのはずだったが私がわすれていておじゃんになった
スマヌ
友人には
はやく彼女というか、よき伴侶得ていただきたい
この男は一人の人間を、強く永く思える人間なので
旦那にするにはよろしいと思う
カッコかわいい顔してるしな
9月16日
嘘吐きアーニャの真っ赤な真実という本の中で
私の好きなこんな一文がある
『幸せは、私のような物事を深く考えない、
他人に対する想像力の乏しい人間を作りやすいのかもね』
多分に著者の他意の存在が認められるような文ではあるが
好き
その後『不幸な経験など、なければない方がいい』
とちゃんとフォローが入れてある
人は誰しも、自分の経験から物事を学び、語り、伝達していくので
そりゃないもんはどうしたってない
ふってもゆすっても、逆さにしたって出てこやしない
不幸な経験などない方がいい
しかし、それから立ち直ったものの芯のしっかりした強さ
というか、そうならざるをえなかったであろう背景を考えると
どうしても人は口篭もってしまうのではないか
不幸を味わった代価に同情とか哀れみではなくて
妙な間のある沈黙を与える事は
いい事だと
思っとこ
9月15日
ある本を読みました
イギリス人のハウスキーパーだった日本人が出した本です
その本の中で(著者は女性)
なんの臆面もなく、わたしは物質主義者だといった
最高であった
こうもはっきり言われると嬉しい
その中ではちょろっとしか出てこなかったが
その人が物質主義者になった理由は
父親にあるような気がする
その人の父親はその人をよくぶったらしい
親が子を殴る理由は二分すると、躾のためと己のエゴの二つに分かれる
この場合は後者で、子供に自分が望む子供像を押し付けている場合
それにそぐわない行為を子供がしたときに、親は子を殴る
言わば思想、情念の領域にある
それ(感情)のアンチテーゼとしてこの著者は物質主義を選んだのだと思う
自発的かつ自然にそうなったと思う
二足歩行をする人間は年をとると杖をつくようになる
と同じに自分を固定させるためになんらかの思想やら信念は
要るのかもしれない
9月14日
今日は寒かった
しかし、人は何に想像力を使うかでその人のパーソナルが決定するものかな
馬鹿に想像力を使うものは笑いを追求し
素敵に想像力を使うものは恋愛を追求する
かな
両者は水と油のように相容れないもの
かな
個人を個人化させていくのは自分の仕業であり他人の仕業である
個人の至極自分的な欲求を満足させるために
他人を顧みなければ、あるいはひたすら自己しかない世界で
他人とのまぐわりを考えれば世界の有り様がチグハグしだすのも当然の理と思える
これはすべて二義的なもので、いかにして自分の欲求を通すかというのが
人間の一つの望みである
そのためにはありとあらゆる方法や手段をとるであろう
もしもそれを拒絶したとしたら、場合によっては暴力的な手段にさえも訴える
これは子供が駄々をこねるのとにている
しかし、大人になってから行なうと規模が違いすぎるために
センセーショナルに映る
その内の欲求は子供の頃と変っていない
そう
しょせんはそこなのだが
人間は聖人ではないので自分が満足できる境遇にいるものは
そうでないものをあざけり
あざけられたものも、また、自分がそのために必要な事をなしてもいないのに
満足できる境遇にいるものをののしったりするものだ
9月12日
すっきりした。
やっぱり衝動昇華するに適する、絵を描くという事。
その時だけ無心に返れるのがいい
絵を描きたいから、喧騒を呼ぶわけもなく
絵を描くから喧騒を呼ぶのか
どっちかな
大局的に見て相互が互いに作用しあっておるのだと思う
仕事中にこういう風に描いたらいいのではないかと思わなければ
失敗などはしなはずだから
9月10日
許さんぞぉ俺はおれをゆるさんぞぉ
絶やす事無きたたらばの火の様に煩悩の炎が実に実に憎たらしい
最近、殺すが口癖です
別に誰に言うわけでもなく
自分が自分に腹立つので言う
己よ
他人が火種を提供するかもしれんが
それをどの具合に燃やすかというのは己の仕業よ
くすぶらせて終わりか
はたまたこうこうと燃え立てさせるか
立ててどうする
どうもしない
おお、そうだ。同士よ
我々は猿ではないな。知恵を手にした生命体である
では、その神からの贈り物をふんだんに活用してつかまつろうではないか
私念と信念をごっちゃ混ぜにしてどうする
脳梁が太いのをただ、感情的な物事を処理するのに使うだけか?
恋がすべてだと?
愛がすべてだと?
かもしれん。かもしれん
どうかご自由に存分にあなたはそれを果たされたらよい
人はなかなか自分の本当に打ち込めるものには出くわさないものです
わたしが気に食わないのはなのに不幸そうな顔をする事です
あなたの選んだ道では?
まあいいです
うまくいかないこともあるでしょう
私は感情は最後に置く事にする
それはもっともプライベートなもので他人と
なかなか共有できるものではないと思っているからである
だから人はある程度、共通理解のあるものを個人個人が
所有する必要がある
と信じている
でなければまったくのカオス
自由とカオスでは違うのでは?
同じか?
まあいい
本当にプライベートなものは事象の地平線の彼方にあり
他人がそれをそう簡単に覗き込めるものだろうか
様々な要素が複雑に絡み合い一つの念が生まれて
その念がまた新たな念を作る
そうする事によって人はどんどんプライベートな生き物になっていく
孤独ではなく孤立するという状態をこういう
しかし、プライベート化していく人間は孤独ではない
孤立はしている
わたしたちは本でも絵でもプライベート化したものが面白いのを知っているし
そういうものの方が実のところ好きではないか
しかし、こういう評価が孤立化した人間の孤独をうめる事はできない
プライベート化した人間は魂的に満たされては
鳴咽たる珠玉の異作品群はそうは生まれなくなる
やはり表現するとはプライベート化していく己と
それを抑制する己との戦いなのである
9月9日
異性は勿論、同性も引き付ける人
その人はカリスマというよりはチャームである
カリスマは圧倒であるが
チャームというのはその人間が好む、好まないに関係なく
様々な人間を引き寄せる
あるいはその人間に恋心を抱く異性は
自分は振り向きもされないとしてその人間の存在を無視するかな
それは自尊心を保護する手段としては正しいと言っておく
9月8日
明と暗の二車線道路の白線の上を行く
それしかない世界
かたくなでないと言いつつも、その実はかたくなであり
わたしとしてはわからないものはわからない
理解不能なものは理解不能だと言って欲しい
そのうえでこれって何なの?とたずねられるのは許されるはずだ
それを許さないのなら、たぶんその人は機嫌が悪いんだろう
落ちぶれるか、輝くのか
輝いたって、その世界が彫塑のようなものだと理解するだけだ
じゃあ、行動する事に意味がないとでも?
それは違うと思う
現に行動して心うつものが目の前にある
懐疑主義者の自己愛じゃないんだから
行動して意味がないと思うのは
自分に対する愛情と自己評価が高すぎるためで
ようするに現実を見るのがこわいからだ
若い頃は地に足がついていないものの方が好き
それは、飛翔する恍惚感を味わいたいため
肥大した自我をうまくグランディングさせるには
高揚感を味あわせるのも大事だという事だ
それは凄いだの凄くないだのの問題ではない
9月5日
友人とデパートに遊びに行った帰りに
友人がまた、性懲りもなくリターナーを見ようと言い出した
昨日の今日でまたかい、ってゆーか貴様が見たいのはリターナーではなくて
鈴木杏だろうと言ったら
「うん」
だって
わたしは同じ映画を二度見る気がしなかったので
同じ時間帯にやっている別の映画を見る事にした
オースティン・パワーズの最新作である
最近、政治の話を聞いてると、アメリカさんは
どんどんヤヴァイ国になっていくなぁと思っていた昨今
大枚はたいてこんなくだらない映画を作れるならば
まだまだまだ大丈夫だと悟らせれた映画であった
ケビン・スペイシーと影絵のシーンで泣いたよ
9月4日
友達に連れられてリーターナーという映画を見た
全然、みたいという気がしなかったのだが、1200円だったし
暇だったし、見る事にした
そしたら意外やおもしろかった
映画は期待しないで見るものだと学んだ
友人はこれ以来、鈴木杏はやっぱええわぁーとか言い出した
9月3日
わたしはわたしの暗愚を見ましたよ
もうぐったり
妄執
思想家を欲しがっているのは自信がないから
不安でしょうがないから、それを払拭する事ができる熱気を帯びた
弁を振るう人間に人は興味をひかれる
丁度、あたしぃ夢がある人がすきなのぉ
というすかぽんシャスな女と
俺よぉいつかでけえことやってやんだ
とかいう男が
うまい具合にドッキングするのと同じ事であり
つまりは衝動の昇華を個人でできないために
他人にそれをたくし、はせて
衝動を昇華させる機会を虎視耽々と狙っているだけの話で
はせられる方ははせてくる人間の情熱のかけ具合と枯れ具合に対し
細心の注意を払わねばならない
9月2日
宗教的儀式で神神の業をもす
今一度心をクリーンにして、無垢の状態にし直す
精神の新陳代謝
淀みが溜まっていくわけだから
それを昇華させなければならない
情念や醜悪で貧困な我欲からは一時の休息を得る事ができる
しかし、なぜか、無垢になれる事をわすれて
また身と心に禍蛇(かだ)を溜め込む
わすれてはならない
一瞬にして無垢に立ち返れる事をわすれてはならない
そのたびに思い出せ
9月1日
銅は女性性を現す鉱物なんですって
桜は若者の無垢を象徴する
あーだから、桜の木の精は男の子っていわれるのか
枝一本折っただけで枯れちゃうしね
銅版画がみょーにあったかいのはそゆことですか
逸見亜子さんは良い選択をなされた
8月31日
のどが疲れた
今日は仕事の帰りにバイトをしていたゲーセンによって話のあう人と
ずっと喋っていたので疲れました
有線の音が五月蝿いから大声で喋んなきゃいけないし
それまで築いてきたものの否定ですか?
我しかないからな
媚びなきゃやっていかれない
資本主義
混沌
千人に一人
こんな言葉が中空を泳いでいた
なぜ、ひとはみずからしょっぱくなってしまうのか
それは神のみぞ知る
8月30日
ある程度、気にしない方が良い
全くないといかん
しかし、あえてまったく反省しないようにしむける人間もいる
そういう人間は大抵が普通の人よりも、深く強く自分を痛めつける
そういう自分の特性を知っているから
気にしないようにそむけないと
とても地面に突っ伏してたっていられない
そういう人間はナイーブだが
それを払拭しようとして大胆な行動に出る事が多い
それでまたおおぽかをやらかして
また、自責の念にかられ
またそれを払拭しようとしてより大胆な行動に出る
それがそのうちに洗練され
コンプレックスが長所へと昇華され
世に広く知れ渡るような人物へと成る
8月28日
感情的に物事を享受する人間に、冷徹な分析論は意味がない
その逆も然り
左脳ばかり使う人間は理論、論理を大事にするが
感情的なものはそれに付随するものだと考える
脳梁が太い人間は左右の脳の情報交換が活発なために
両者が渾然として、結果的に感情的になる
こういう人間は自我が強い
社会の規範やモラルよりも自己の感情を最優先させる
こういう人間は社会的地位や名誉、金などにはあまり興味を示さない
逆に左脳型人間はそれらに重点を置く事が多い
左脳型人間は社会のルールを大事にするあまりに
それから逸脱する人間に対して敵意を向ける
俺が守ってんだからおめえも守れよ
というわけである
実の所、その土台の上に自我が存在し
一応にルールを守った上で、自己の感情を出すために
多くの人間の共通理解を得ているものこそが一番だ
と思う
風の流れる方に傾き、そのうえで自我をだす
ために完全にそれから逸脱している人間に対しては敵意を向ける
単純に羨ましいから、そう思う
しかし、極左と極右があんまり変らんのと一緒に
極理屈人間も極感情人間もあまり変らない
方式があまりに違うので両者はまるで別のような気になる
しかし、自我の完全なる満足を得たいという点では
両者はまったく同じ生物であると考える
8月25日
さっき晩飯を食いにいった
最近よく行くお好み焼き屋さんだ
いつもにたようなメニューを頼むので、顔を覚えられたよう
まけて
うそうそ
席がいっぱいだったのでカウンターでいいですか?と聞かれた
うむ、差し障りなし
後ろの席で、野郎4、5人と女性一人のグループのお客さんがいた
会話の切れ端からこのメンツの中にその女性の彼氏がいるらしい
それで、なれそめはどうだったんだという話になった
が
下ネタがぐばぐば炸裂していた
その女性はやだぁーと軽く笑いながら流していたが
そういうの嫌なんだろうなと思った
本当にそういうのが平気な女性も居るが、大抵は嫌われたり
孤立するのが嫌なだけの、男に合わせる
なんちゃって糞アマ様だったりする
見分け方は簡単で徐々に下ネタレベルを上げていけばいい
そのうちに眉間にしわが寄ってくるので
そしたら、そいつはなんちゃって下ネタだいじょぶ女様よ
その女性は
下ネタが嫌いだけど、場の雰囲気を盛り下げないために
我慢して会話を合わせている感じだった
彼がいるなら、彼氏よ助けてやれよ、と思った
が
どうも、その集団のイニシアチブを握っているのは彼ではないようで
犬の群れよろしく、上には逆らえないのが粗野な男集団の中に属するものの
宿命である
南無
しかし
わたしは粗野な男がする下品極まりない話と
お上品なお嬢さんがたがするお恋愛話は
あまり大差ないと思っている
質の違いだけで、エネルギー的はあまり違いがない
こういう話を展開するときのそれは対外、二義的なものであり
下品極まりない話は性欲
お恋愛話は自己愛
(乱暴だが、一応という事でご勘弁)
と考える
下品な話が陰ならば、お恋愛話は陽となる
陰の気は上昇しようとする
陽の気は下降する
上に突き抜けて昇華するか
潜って霧散させるか
恋愛なんて本気でやったらぐちゃぐちゃになる
まさに下降しようとする陽の気そのもの
ひたすら我しかないから相手も含んで他人の誰も顧みないから
どんどん潜る
そのうち事象の地平線にたどり着いて自重に耐えきれなくなって圧壊する
それで瀬戸内じゃくちょうさんは出家までしちゃった
もう、ぐちゃんぐちゃんのべろんべろんになったからだ
ふつう、そういう話を聞くと人は普通が、人並みが一番だなぁと思うのだが
そんな宿命的破滅的恋をしてみたと思う人達もいる
なんで、そう思うにいたるか
わかりまっしゃろ
それも二義的なの
8月23日
アルカディア投稿猛者人(もさびと)さんが集まるHPはこちら。
http://homepage1.nifty.com/degkura/
そのあほどもが集まって造った本のオフ会の様子がこちら。
http://isweb45.infoseek.co.jp/area/sakuteru/
すぐ消しちゃうってさぁー、もったなーい
ちなみに己も映ってまーす。
8月20日
仕事中、よく鉄砲百合を見かける
いたるところに咲いていたり、植えられたりしている
花言葉は純潔、荘厳だったような
純潔、無垢
純潔は死守してる感じがするな
無垢はまんまだ
百合じゃなくて
鉄砲百合というところがミソな気がするな
8月19日
仕事中にねずみの死骸を発見した
そして、その死体を母体としてありんこが巣を作っていた
わたしはやるなぁ
と思った
自然のものどもは無駄がないな
8月18日
昨日、アルカディア同人誌のオフ会があった
オフ会というものにはじめて参加した
超楽しかった
みんな、快い人達ばかりだった
なにか共通した思いを胸に抱いている人間同士の集まりは
すこぶるよい
アーケードゲーム専門誌は儲からないと思う
雑誌というものは、ほとんどが広告料で活かされている
独立採算性をとれるモノは少ない
そして、独立採算性雑誌(採算取れてないけど)のほとんどは骨太だ
骨太で気骨で巌(がん)としたものが今の世の中
上手にわたって行けるわけがない
しかし、それらのものはその無骨さが良い
引かぬ、媚びぬ、顧みぬ(かえりみぬ)でよいではないか
世に通ずる信念があるならば
アングラだろうがサブカルの極地、最果ての島だろうが
かんけーねー
とにかく
このオフ会は
気持ちの良い集いだったという事だ
8月6日
この短時間にゴキブリを二機確認だと?間違いではないのか?
いいえ、機械系統に異常は認められません
間違いありません
しかしな、間違いなくそうだと言われても
認めたくないものだ
早期警戒機の網には引っ掛からなかったのだな?
はい、きゃつらのステルス性能は旧式とはいえあなどれません
基地防衛の強化を進言いたします
ん
ただちにゴキブリホイホイを奴等の通りそうな道に置く!
ほうさん団子もわすれるなよ!
イエッサー!!!
7月28日
中華料理屋で晩御飯を食べた
ラーメンと餃子を頼んだ
餃子は普通の大きさ、普通のおいしさだった
しかし、肝心のラーメン様はちっさかった
本当にちっさかったよ
ちょいとおしゃれ系の見せだったので
ちくしょうがラーメン様まで気取ってやがるという有り様よ
泣けてくるぜ
やっぱ俺みたいなプロレタリアはまずは量だよなダンナ
7月22日
昔の雑誌読んでたら西鉄バス乗っ取り事件の事が書いてあった
少年犯罪といえば神戸の酒鬼薔薇事件が有名だが
西鉄バスを乗っ取った少年がそうであったように
わたしも彼らに対して何らかのシンパシーを感じていた
やった事と言うよりもその過程の心情の方にだが
しかし、幸か不幸かわたしは彼らよりちょっぴし年上で
その只中ではなかったので
それにその頃のわたしはほんとに人と交わる気がナノメートルほどもなかったので
逆にそれが幸いした
と今は思う
こういう問題はごっつう現世利益物理主義者にはワカラナイと思う
何故かというとよく言って情緒的、悪く言って甘えてるからだ
それはともかく
人間というのは他人を貶める隙というものを狙っておるもので
白い羊の皮をかぶったそれが多くの業(わざ)を成してきたのを
わたしはよく見知っている
この地球が100人の村だとして60人はここに位置すると思ってよい
あるものは理想としていた自分になれなかったとしてここに
あるものは家庭が恵まれなかったとしてここに(*この概念はよくわからん)
あるものは友達に劣等感を抱きここにいる
世間とか家庭とかに対して過度に甘えていたり期待していたりする
己の無知を肯定する
意味のないプライドがある
流行モノに弱い(ようするに思想がない)
オタクは人間ではないと思っている
何かに対し劣等感を持っている
それはアイツより勉強ができいないとか
アイツより運動ができないとか
歌が下手だとか
可愛くないとか
カッコよくないとか
とか
とか
とか
で安寧をはかる方法としては徒党を組むのが一番手っ取り早い
だから、一番数の多い方式、すなわち流行に身を置いておけば
ひとまずは安心できると言う寸法である(宗教効果に似てると思う)
こういう人は民主主義のダークサイドを利用して
己の劣等感を克服するために思想があるものをなぎ払う
上も下も
分など知らん
まさに無粋か
ともかく
彼はこれらに対してあがなう術を持っていなかったのであろう
*蛮族のもとにひれ伏したのだな
真面目、几帳面、成績はトップクラス、優しい一面があり、家庭は模範的
とくりゃ
ほれ
なーんか腹立ってきたでしょ
人としてそれは素晴らしいほどに正しい、当然の有り様(ありよう)
人間は成長していくにしたがってこれらの嫉妬などを発散したり抑制したり
する方法を学んでいく
餓鬼にはまだ無理
で、からかったり、いじめたりしちゃうわけよ
おんもしれーから
しかし、不思議なものですっきりするかと思ってやってる事がこりゃ不思議
もーっとますますむかついてくるじゃありませんか
んーなぜ?
あーはらたつ
ちょーイライラする
ちょーむかむかする
で、もっといじめる
でもすっきりしない
ますますムカムカ
ぶんなぐる
からかう
いじめる
でーもすっきりしない
当たり前である
己の暗愚をまざまざと見せ付けられて、というか己で己を見せ付けてしまって
すっきりするわきゃない
もっとずっとむかむかはたまっていく
そのうち
社会に出て『オトナ』になるとこれらの妄執はスーっと消えていく
犯罪なんてどれもそうだと思うが
少年犯罪は指した手のすべてがものの見事に裏目、裏目にでてしまった結果
それで少年はともかくそういう人達はその妄執をかえりみる事があるかと言う話だが
あると信じなきゃとてもじゃないけど生きてけないと思いませんか
ヘイ、メン
*よくからない・・・
そういうオトナは見限ればいいだけの話だ
甘えていたり期待していたりするから
裏切ったなカヲル君とか言い出しちゃうわけよ
*蛮族
蛮族の蛮族たるゆえんは物事の貴賎を知らんから故である
もちろん知らなきゃしらんでよろしい
最近、無粋な人はもしや先天性ではないかと思う事があるが
んなわきゃない
7月21日
蚊にあえて血を吸わせ、うっぷ、もうすえねえぜ
と飛び立ち動きが鈍くなった所をパチン
絶頂を味合わせてやった瞬間に葬り去るこのかまきり戦法には
実の所、弱点がおわす
それは返り血を浴びると言う事だ(しかも、てめえのである)
白のTシャツなんか着てたらモー最悪よ
しかし、あれだな
これが修羅道をゆくものの宿命というものであろう
7月20日
男は顔じゃねえなと人は言うね
ん
しかし、実際の所女も顔じゃあないだろ
そりゃあ町中で美人を見掛けりゃぽーっと見つめてしまうわさ
しかし、同時にしあわせーなオーラをかもし出すような人にも
見惚れるわけで
農婦のような女と言うか
地に足がついてして
なんだかほっとするな
超かっちょいいにーちゃんがは?と思うような女と一緒に歩いていると
きっとそういう事なんだろうと思ふ
どっしりと構えて、不動
小池栄子はまさにそんな塩梅で
大樹の素性があって、だから同性にも異性にも好かれるのだと思う
男どもは違う理由が混在しておるとは思うが
ま、見逃してやれい
ようするに母性と評されるものはそのようなものであり
しゃらくさい*白雪姫コンプレックスを抱えるようなものではなく
万人に何かを行なってさし上げる事ができる無我無欲の人であろう
こういう人は根本に欲求が存在できない人間で
即物的な物欲はあっても、とても策士になれるような器にはない
つまり、目の前でディスプレイされている服は欲しがるが
男をたらしこんで買ったれとは思わない
というか幸か不幸かそっち側にスイッチが入らない
むしろ悪いなあと思う
普通はしめしめと思う
*もちろんこっちの方が正常である
こんな人間が出来上がるのは多くの場合は親の仕業である
だいたい親も無欲の人である
しかし、この場合の無欲はあきらめから来ている
自分には難しい事はわからない、しかし、もくもくと仕事をする
愚直型の超善人
愚で善というのがポイントである
こういう人間は子供をとても可愛がる
自分にはなにもないからと、せめて愛情だけは人と足りるようにと
*ちんちくりんな自己愛から来る盲愛ではなく
子供の頃から自立した一つの人格、人間であるとして
めいいっぱいの愛情をしっかり暖かく注ぐ
子供の方といえば
そんな良心に愛され育つものだから
とんでもない愚善な人となる
といいたい所だが、実際はそうではなく
成長にしたがって自分の家と世間一般の家庭というものを
見比べるようになり
ある一定の要領を得る人間になる
親のような善人を絵に描いて額に飾って封じ込めたような
愚直な人間よりももう少し計算ができる人間になる
一言で言うと温和な冷静さを持った人間になる
こういうニュートラルにんげんの凄みは
社会的弱者及び偏見を持たれている人達にまで目が届く
という所にある
愚善人はじつは弱者や偏見を持たれてしまう人達に対しては
優しくはするものの救済にまではまわらない
ニュートラル人間は殿上人も下司にも乞食に対してもニュートラルである
それが長所であり短所でもある
時に喧騒をよび、ある時は平定をもたらす
それで
農婦のような女というのはこのニュートラル人間が
クラスチェンジするさいに選択できるジョブ一つなのだが
もちろん、ニュートラル人間のみが農婦のような女に
クラスチェンジできるわけじゃない
まあ、ようするに希望とか夢ってのは大事だと言うお話だったのだな
*白雪姫コンプレックス
実母が娘に嫉妬する事を言う
自分の子供じみた願望を大人になってまで行なう様な
義務を放棄し、権利のみ主張女が
さまざな傷害を受けてちんちくりんに仕上がったさいに
女の子を生んじゃうと大変
あたし不幸なのに
てめえ幸せにさせてたまるかよ
の精神でつかまつるその様は悪漢、いや、圧巻の一言である
*もちろんこっちの方が・・・
最近、みょうにピュアがはやってしまって
少々げんなりしている人が多い事でしょう
何も知らない子供のままでありたかったと言う
義務の放棄、権利のみ主張人間である背徳の輩が跋扈する
この光に満ちた世界に幸あれ!
この場合の多くはピュアな人がタイプなのーではなくて
あたしもピュアのままでいたかったぴょんという願望の投影なのだが・・・
誰か止めろよ
*ちんちくりんな自己愛
白雪姫コンプレックスの所で語ったようなちんちくりん女が
異性の、つまり男の子を生んじゃうと
愛情だとぬかして、己の思うがままにその男の子を操作する現象、病
義務放棄権利主張型人間が長途半端な個人主義によって自己を圧壊
させた後に来る冬の時代をうまく処理できなかった結果
依りましとして異性(同性の子の場合は憎しみの対象となる)
の子に依存する
のちに成長したその男の子にきちんと自立させてくれなかった
醜悪の生き物だとして引導を渡される事でありましょう
もしくは極度のマザーコンプレックス人間になって
二人でダークサイドに陰魔入道だな
7月19日
子供はお砂場でお城とかトンネルを作る
そして、飽きたら容赦なくぶっ壊す
カタルシスを感じるな
何もぶっ壊したくて物を創造するわけじゃあない
現にぶっ壊すまではおおいに創造を楽しんでおる
あのトンネルが貫通して
友達と手と手がふれあった瞬間の喜びというのは
今も記憶に残っておる
しかし、その後、修羅か悪鬼かと言わんばかりの猛攻にて
砂城を崩しにかかる
殺ってしまえ殺ってしまえ
どうせ殺らねばならん相手だ
そして、おうちに帰り、飯をかっ食い、糞をし、風呂に入り、寝る
もちろん、その日、創造と破壊という神の御業を模した事など忘れている
そして、また次の日もそれを繰り返す
もちろん忘れている
それでもやる
で、ぶっ壊す
またやる
またぶっ壊す
またまたやる
またまたぶっ壊す
またまたまたやる
またまたまたまたぶっこわす
そしてそのうちやらなくなる
浜崎あゆみを聞き出す
一人ぼっちじゃないもん
と思いだす
あゆのコンサートに行く
するともう一回お砂場遊びをしだすかもしれない
当然ぶっ壊す
そのうちラブサイケデリコを聞き出すかもしれない
ジャズにはまるかもしれない
クラシックにのめる込むかもしれない
ケチャをやりだすかもしれない
しかし、当然ぶっ壊す
私は冷血漢かもしれない冷徹かもしれない
しかし、それはある目的のためである
その目的とはあるべく多くの事を面白く思いたいというためである
性質をニュートラルにしておけば
陽の事も陰の事も下衆も殿上の事も面白く思える
例えば蝶が綺麗だと思う人がいるとする
しかし、その人はカラスが大嫌いであるとしよう
そうするとはなから毛嫌いしているカラスの美しい面を
そのひとが垣間見る事は一生涯ない
しかし、頓着がなければ
蝶もカラスも美しいと思える
だからニュートラル
それが人には無感動そうに見えたり
冷血漢に思えたりする様
っほう
7月17日
お仕事の途中に
5歳くらいの小さなかわいらしい女の子に団扇でぱたぱた仰いでもらった
そのあとお母さんに手渡されたジュースをくれた
んもう、ちょう可愛いかった
負けた
ちょう愛らしかった
これでよしと思った
7月15日
本を買いました
中古です
ナポレオンの奥さんのジョゼフィーヌさんの本
と
イギリス植民地経済研究という本
と
アラビアのロレンスの本
です
なーんの脈絡もないように見えますが
私の中では面白そうだという共通点がちゃーんとあるのです
ようするにちいとでも興味のわいた本を買うのわけですよう
7月13日
命か
思い出したぞ
なんかドキュメンタリー番組でやってたな
子供ができて、頼る人がいなくて
もと居た劇団のダンチョーでありオトコである男のもとに頼った
女の人の話しだ
見てて思ったのは
誰も踏めない小島に進んでいきやがったなというものだった
周りの人間のあまりの愚鈍さに嫌気がさして
人が個人化を加速させるという事はままあるが
プライベート過ぎて、何が言いたいのかも、なにをしたいのかも
こうなった源罪はなんなのかということも伝わってこなかった
きも無かったのか
孤独に酔いしれるというわけでもないだろうが
はなから人を寄せ付けないというのは
どうかしら
あなたがそうなった理由をすべての人間が抱えているわきゃない
と思うよ
7月9日
仕事中、マダムにその家のネコをなでていたならば
「ネコ好きなの?」と聞かれた
ネコは好きだ
犬も好きだ
鳥も好き
カラスも好きだ
生きとし生けるものすべて好きだ
ゴキブリも・・・好きだ
蝿も・・・叩き殺すけど好きって事になるんだろうな
蚊もぶっ殺すけど好きって事か
羽虫も飲もうと思った味噌汁に桜花よろしくつっこんでくるが
好きって事か
ダニも・・・俺はダニに弱い体質らしいけど好きって事か
動物が好きってこういう事だろ
動物好き、でも○○は嫌いってか
サイコーだぜ
7月7日
今日、絵を見てきてその帰りにそごうによりました
服と絵を買ったのですが
買ったこの絵が素晴らしかった
逸見亜子さんという銅版家の作品なのですが
何枚かあって、ほかの作品は何か癒しオーラとかかわいいでしょ感が
ぶりっと出ていたのですが
この一枚だけは自然で気持ちよくて目をひいたのですよぅ
子供の天使の作品なのですが
子供がよくするふゆんとした表情をよくとらえられいて
ああ、するなーこんな顔と思い、おもわず買わずに入られんかったばい
これはなんかに似てるなーと思ったら
となりのトトロ感覚だと思ったのだなー
無理せず、気張らずにぶりっと出たものの自然な輝きというやつが
よかった
7月6日
今日、ワウワウが加入していない人でも見れる日で
そんでもって見てみたら
エースをねらえがやっていて
光ってんだよなー、いちいち
目やら汗やらがよ
勉強になったっす
一つ、感動したのはペン先が走っていて見ていて気持ちのいい線だったという事
こんな気持ちのいい線の走りかたを見たのは
ガンダムDXの亀井さん(だっけ?)の描いたゲーム中に出てくる
キャラの絵以来久々であった
7月2日
このホームページで腐るほど出てきている
日出所の天子を何のきなしに読み返した
それで七夕の話しが出ていて、むう、またシンクロニシティか
なーんて思いかましながら読んでいて
やっぱりよいな、こりは
女の人の深層世界を暴いてひっぺ返しているような、そんな感覚
山岸さんはおそらくウマヤドの王子みたく、強く人を愛した事があって
成就しなかったのだな、たぶん
強烈に自我を現して、敗れて疲れて、
(こういう恋愛のばやいは破滅するし、9割自己責任だからな
しかし、事故責任だからこそ辛(から)い)
超上のものになりたいという気持ちが現われたものだと考えられる
人の限界を超えれば、苦しい思いをしなくてすむと、考えるからではあるが
それは逆のはなしで
それは本人も重々承知ノ介なのだが、そこで歩む事をやめてしまう事の方が恐いので
結果として歩みを止めずに、(おそらくなれないであろう、
つまり途方もない事をゴールとしておく事で)
いつまででも歩くことができるようになる
虚しい生き方かもしれないが、一度自我を完璧に発露した人間は
そうするほかに仕様がない
発露しても人の肉はあり続けるのだから
このマンガの中でウマヤドの王子は何かを成す事も成さない事も同じだといっている
生きるために何かをやらねばならないから、何事化を成すのだといっている
我々、男児ならば、聖徳太子のように、後世に名を残す大事業をやり遂げたのならば
それこそ末代までの自慢である
しかし、そこは男の浅はかさなのか、幼稚さゆえなのか
どうも女性はそのような事は何も成していないと同義のようなのだ
事を成すという事は本人の実感による所が大きい
例えば、プロジェクトXで取り上げられている事も、実感を与えないかもしれない
桜を移動した、だからどうした
胃カメラを造った、だからどうした
新幹線を作った、だからどうした
男はその幼稚さゆえか、どれもああすごいと思う
しかし、山岸さんのような女性にしてみれば、どれも『ピンとこない』事なのだろう
えみしはウマヤドの王子に向かって、最期こう言う
あなたは私を愛しているとおっしゃいながら
その実、ご自分を愛していらっしゃれる
あなたのおっしゃられる愛とは、誰かを自分と寸分違わぬ存在にする事
人はその気持ちからぬけ出さない限り、永遠に一人です、と
強い自己愛を持つ人間が描く理想のパートナー像というものは
それはえてして自分のシャドーである事が多い
ドッペルゲンガーという話しがあるがこれは
もう一人の自分を見てしまったら、死んでしまうという話しである
この話しが暗示しているように、自分とまるで違わない人間が存在するとして
その人間の存在を本当に認められるのかという問題がある
だれだってもう一人の自分がいたら、嫌に決まっている
昔の人間の言葉を借りるのならば、神様のいきな計らいというやつで
実際には強い自我を持つものの理想の人間とは存在しない様になっている
存在すればそれはまさに、ドッペルゲンガーの話しが暗示しているように
破滅だからである
もし、そんなパートナーを手にしたとしたら人は
本当に何も成さない存在になるだろう
まず、子供を作らない、仕事をしない、食事も満足に取らないだろうし
何かを学ぶ事もしないだろう
なぜかといえば、満たされているからだ
本当に満ち足りている人間にはなにかを生み出すなどは到底不可能
何かを生み出すというのは『あえぎ』に近いものがあるからだ
求めるからこそ、渇望して何かを手に入れたいと思い、あえぎ叫ぶ
名作とうたわれてきて、我々の心を打ったものはすべてがそうだった
恋愛で充足感を得るというのはわからなくないが
私の見る限り、いったら戻ってこれない恋愛をしそうな人が女の人に多くて
もしかして、そうではないという顔をする人も
その部分を抑圧していたり、心の隅においてしらんぷりをしているのかと思うと
横にいる何も知らない風な男がなにかとても寂しく見えて
嗚呼、そんなことよりも5日後は七夕ですよ、みなさん
さよーなら
あえるといいね、アルタイル&ベガ
7月1日
小犬ってなんで手をぺろぺろぺろぺろなめ続けるんだろーか
仕事の関係上、小犬様がいらっしゃる家に行く事があるのだが
まあ、なめる
汗かいて塩味利いててうめいのかもしらん
が
愛情を表現する行為という事にしておこう
そうしよう
それがいい
6月26日
本当に蝶という奴は不思議な生き物で
あの怪しく危うい艶っぽい飛びかたは人を夢想の世界にいざなうというか
あの醜悪無類の生き物からどうして
こんな人にさまざな事を思わせる生き物へと生まれ変わるのか
これはもう
そういう事を思わせるためだけに作られたのか?
と思わせてくれるほどである
ちなみに蝶はギリシャ語でプシケーという
この言葉は同時に魂も表す
・・・
流石ギリシャの人はわかっていらっしゃる
6月16日
アリを見てきました
ひっさびさに骨太な映画を見た気がする
観客は己を含めて10人くらいしかいなかった
カップルと野郎一人の組み合わせ
野郎はともかく
カップルなんぞはニューヨークの恋人でも見てたらよろしいがな
2時間40分の上映だったが
ぜんぜん気になるような長さではなかった
ウィル・スミスはあんなもこもこした筋肉してたっけか
芝居じゃねえよあんなもん
ほんもんだほんもん
でもね、アリは上映、一日にたった一回きりなのよ
ニューヨークの恋人は3、4回ぐらいあったよ
スパイダーマンはサイダーハウスルールの人が主役だよ
孤児院出てってアメリカンヒーローになったのだなー
6月15日
美の巨人たちという番組があるのだが
それがすばらしくよい
どのくらいよいかというと
とにかくよい
今日は遊亀という日本画の人の回だった
名前がえろい
こんなよい名前はよすぎる
また旦那がイカス
金玉という奴は変な奴だな
無くてはならないものだが
またぐらに隠れて人の邪魔にもならない
人間もこの金玉のようにならなくてはおもしろくねえ
とか言う
イカス
すこぶる
しかし、日本のエログロナンセンス文化は
どこにいっちゃったのかしら、芭蕉先生
現代にも点取り俳句がはびこっていますよ
6月14日
仕事中におそらくひいちまったネコであろうネコを発見
元気に悪意を込めて己の方には知ってきたので大丈夫な様子
しかし、あれはどう考えたって・・・
やめた
我が輩が悪いという事でよし
それはそうと
子ねこちゃんがごまんと生まれた家があって
んまあ超かわいい
堕落ですよ
フォーリンエンジェルですよ
享楽の日々ですよ
6月7日
ネコふんじゃった
仕事中に
バイクで
ごりっと
ネコを
ふんじゃった
とても避けきれなくて、前輪でむぎっと踏んだ後に
我が輩はごしゃーんと転倒
ひじをすりむいた
超いてー
ねこちゃんは気がついたらどこかに消えていた
いまさらどこぞでくたばっているかもしれない
しかし、因果応報というか
怠慢やら、奢りやら、溜まった負のエネルギーがものの見事にクロスマッチして
クンダリニーの蛇が奈落に螺旋を描きながら下るようにして
”悪い”出来事というヤツは起こるもので
久々に魂に活を入れられたような
情けないやら
で
ネコはどうなったのか
ほんとの所、それが心配でしょうがないのだが
6月6日
友人がバイクにペイントするためにそのもとのデザインとなる羽を
描いてくれと言われた
うむ
しかし、よくイラストで描かれるような根っこの方がもあっとした羽なんざ
生まれてこのかた見たことねえ
と言っててもしょうがねえので描く事にしました
しかし、実際にはねを見たいと思ったのも事実
と言ってもカラスでさえろくに落さない羽を
ましてや白いはねなんざ・・・と思っていたら
配達に行くお寺で、飼われているあひるちゃんの羽が一枚ぽつりとおっこっていました
っわお
晴明にいったら
偶然だと?
とか言われてぶちぎれ金剛のような
嘘のようなほんとの話し
6月5日
友人が泊りに来ていて
昨日のジャングルテレビに出ていた
こむかいみなこについて
あの手の女にはぜってえ騙されねえ
とか言い出したので
僕はもうおかしくてたまらなかった
あの手の女が強かなのは仕方が無い気もするけど
それにつけてもこのおっさんおもしろすぎだ
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