ピュアボーイ&ピュアガールは見ちゃだめだよ。不健康になるよ。
1月2日
わたしはよく勘違いをされます
どうも見下されているんじゃねえかと思われるようです
大誤解です
だいいち、どうやったら人の優劣を決定できるのか教えていただきたいものです
そんなものはまやかしだ
人は皆対等なのです
その上で節度を重んじれば、より美しいのです
わきまえぬものには死を
わたしが人の事を好きな理由の唯一は
『自分よりも他人を思う心』なのです
それさえもないとなると・・・
考えたくありません、やめておきましょう
もう真に美しいものは死に絶えたか
いんや、わたしは諦めないぞ
あるはずなり、あるはずなり
いつか歯医者さんで見た母娘をさがすのだ
あっ
リリスとルシファーが乳繰り合ってる
そうですか、よろしいな世界は君たちのためにあるのだ
思う存分に乳繰り合うがよい
みんな愛を求めさまようジプシーなのよ
そして、人んちのうえに自分の国を勝手に立てて
どんぱち、どんぱち、どどんぱちぃー
リヴァイアサンがくるです
りりりりりりりりりりりりぃぃぃぃうがぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ
こわい、こわい恐いよう
食べられちゃうよう
もりもり食べられてるよ
あーあーあーあーあーあーひどいよあんまりだよ
神様たしゅけてよ
僕はどうなってもいいのでしゅ
でも、あの子をたしゅけてあげて
リヴァイアサンに食べられちゃうよう
ああ
ああ
あーー・・・
ひどいや
ひどいよ
なんだろうこの世は
本当に、美しい物を発見せねば、僕は僕は僕の意識は死んでしまいましゅ
もう、リヴァイアサンが子供たちを食べるのは見たくないのでしゅ
食べられた子供たちの顔を見たことがありましゅか?
不憫で不憫で見れたものではないのでしゅ
リヴァイアサンは業罰を受けますか?受けますよね・・・
せめてそう思わなければ救われないのでしゅ
あの人は水際で防いだのだ、納得
しかししかししかし
本当に何も知らなさ過ぎる
ああ、でもそれでもよいのでしょうね
美しいレディー達のなんと哀れな事か
どのように哀れんでも、心が晴れる事などない
それでもそれでよいのだろう
きっとそうなのだ
神様は平等だから
もう帰ろう
主はきませり
主はきませり
1月1日
よろしく妄執、あばよ正義
人間が好き
どこがって、自分の事よりも他人の事を思えるところ
思えない人もいる
哀れな人達なのだ
傷つくのが嫌だから、何事にも本気にならないのね
風のようにそよそよ流れて生きていれば
何にも辛い事はないけれど、その人は孤独なのだ
孤独を愛する人ならばそれもいいのだ
孤独を恐怖するのに自分が傷つくのが嫌だからという理由で
他人に心を打ち明けずに、それでも相手のことを掌握しようとする
これは醜悪なのだ
そうやっていつまでも自分で自分を愛し続けていればいいのだ
それは罪ではないのだ
哀れと人は言うのだ
傷つくからってなんだって言うのだ
スパイク汚さずにサッカーができると思うなよ
子供の頃にグランディングしなかった自己愛は
年を経て宙をさまようものだろうか
割とそんな様な状態を目にしたりもする
乳繰り合う若者達になくて、我が子を撫で回す父母にあるもの
尊くて純真
純真は年を経て失われるものではないのだ
吉報を待て
福音を聞け
主はきませり、主はきませり
12月31日
若草物語って忘れた頃に12チャンネルでやるな
オールアバウトマイマザーを見ました
わたしは虚構とか、偽善とかいうものが好きではないので
それを認識しようとしない部類の人への反骨精神もあって
こんなんは好きなのだ
しかし、華やかな世界が好きだ、浸りたいというのは
おそらくは現実がそのひとにとっては辛いものなのだろう
だから、虚構に見を投じるのであって、それさえも禁じられた時に
その衝動は行き場所を失ってしまうだろうから
虚構というものはなるべく価値あるように見せかけるのが
クリエイターの使命なのである
そうでない虚構は醜悪絶類極まるので、目くじらは立てるものの
現実が辛すぎると認識している人の気持ちをおもんばかって
真一文字に唇を閉じるのが大人の仕業というものであろう
そんでもって私は漫画とかアニメが好きである
両者は完璧なる絶対な虚構であり、さもあれば害毒であり
極めて習慣性の高い御麻薬様でもある
私は虚構の虚構っぷり(けれん)やそれを作っている人間の
思想、哲学、人生背景なんぞを楽しみにしている
純粋な娯楽作品というのは人の寂しさを埋めるための補完作業であろうから
それはそれでよいが
どうせならわざわざ苦労してそこまでして訴えたい事があるのだという事を
聞く方が楽しい、と思うのがわたしの考えである
ようするにかのような人種は己の海溝のあまりの浅さから
自信を持つという事はありえぬわけで
とすればどれだけ自分の力を勘違うかという事が鍵であり
おぞましい享楽主義の先駆者としての自覚があるままに
修羅道を修羅道と知ってか知らずか走り続ける様に、わたしは驚愕するわけで
つまり肥大した自己愛のグランディングというのは
思った以上に骨の折れる作業で、無知と無智がうむ獣には
いかな手も打ち難く、ようはやさぐれるのも自己愛のなせる業なわけで
ほどよく他人の事など気をもむ必要はないという事なのだ
それはその人間の自己愛を加速させる
人は個人で完結してよいものというのなら子供を作る意味はないわけで
当然、異性が必要なくなってしまう
そのようにして自分の自己愛をうめるために同性を好きになる事もあるだろうが
どう考えても彼ら彼女らはマイノリティであり
世間の悪意の拠り所となるのは目に見えているわけで
ようするにその擬似自己愛補完プログラムを嫌悪するのは
自分がその人達に『男』『女』としてみられていないのがムカツク
と思うわけで、やはりそれは自分の自信の無さの現われであると思う
結局のところそれも自己愛のなせる業なのだが
目には目を歯には歯を、という原始的なモラル感が生む悪意のロンドを
自分達が数で圧倒的に優位に立っているという自負(勘違い)で
マイノリティを攻撃するのはすこぶるよくない
なんの解決にもならない
わたしはユダヤ人ではないが問題というのはもと根本的に考えるべきものなのだ
それをしないのはやはりメンドクサイからだろうか
確かに考えているだけでは何もおこらない
何故に神様は我々に考えるという力を授け与えたもうたのか
何故ロダンは考える人などという彫刻を造ったのだ
なぜベートーヴェンは喜劇は終わったと言ったのだ
なぜであるなぜであるなぜである
わたしが人の事を好き理由は相手の気持ちを考えてやる事ができるからだ
人はそのわずかな心根の美しい人によっていつも救われてきた
人に救いをもたらすものは自信が幸福になる事があるのだろうか
イエスは私生児だったろうか
だからこそ売春婦を哀れんだのだろうか、己の母を重ねて
宗教というものは時の執政者からすればおいしいえさなのだ
権力や虚栄心を満足させるのにこんなにおいしいものはない
人はそれを利用している人間の魂胆ぐらいは見通さなければならない
ペテン師は己のやっている事がばれていないと悟ると調子に乗るからだ
そんな時にはふと冷たい視線を捧げればよい
物を熟考しないですむというシステムを逆手にとって
利用する悪党などは腐るほどいる
根こそぎなぎ払っても根本的な解決にはならないし
後から後から二番煎じがわっさわっさ出てくるのは必定
一人の人間に救いを求めた世界というのはかなり異常であると思う
そしてその異常が当たり前の顔をしてはびこっていたのかと思うと
あほずら引っさげてのほほんと生きている我が身の幸福を
ありがたがらずにはいられない
12月27日
関裕二さんの消された王権・物部氏の謎を読みました
面白かったので書店で見かけたら買ってくださいプリーズ
PHP文庫です
12月26日
淀川さんって女嫌いだったんですってよ、奥様
しかし、まあわかる気もする
淀川さんはたしか継母に育てられたと聞いた事がある
この継母がとんでもなくできた人で
しょうがねえオヤジのしょうがねえさにしのびながらも
実の子でもないというのに淀川さんをしかと愛したと聞いた
共依存チックな面もあったのかもしれないが
それが淀川さんの女性観を造ったのだと思われる
つまり、淀川さんの認識する女の人のアーキタイプが継母で
自己を殺して、誰かにほどこせる人、それが女のアーキタイプであり
理想の女像となってしまったために
実際のところそんな人がざらにいるわきゃねーので
女の人に絶望してしまって、女嫌いになったのかなぁって思う
ま、ま、同性愛に陥る人というのは知的な人が多い
それだけ世界に対して絶望する機会に恵まれるからなのだが
良い異性に恵まれる機会に恵まれないのは
これはサガというものだろうか
12月20日
小公女セーラは子供の頃、かわいそすぎてみれませぇんでした
なに不自由なくしょだったものなので、アニメと現実の境がない
がきんちょが見るにはあれはつらしゅぎましゅ
今は見れましゅ
これを専門用語で"ケガレタ"という職種がありんす
ようするに自己愛から派生したものでしゅが
そんなに自分が大事なら千年杉の木箱にでもぶち入れときゃいいでしゅ
12月19日
風邪をひきました。自分にゴットぶレスユー
つまり、あれです、ストレスとか精神的ダメージで弱っている時に
邪の気に付け入られたな、という感じです
もしくはもう限界っす、っと体がいったかな
12月16日
いろんな思惑が混ざってだめになる
シンプルに極めた方がいい
いろいろ仕組んで失敗すると落ち込むからだ
というか通常、人はそれほど人が何かを企んで行動を行なうとは考えない
そんな事があいまって、そんでもって己のスタンスというやつは
極力シンプルの方が良い
というか、おばさんごめんなさい
12月15日
日本人は創造力が豊かなので
見る側の想像力を誘発してやる感じの絵の方が受けがいいのだ
それは見る側のリテラシーを信用する事にも繋がるので
素晴らしい事だと思う
だびんちさんは人の事なんかこれっぽちも信用してなかった
だからこそあんな絵が描けたのだ
それを素晴らしいと唄うのはちょっとさびしくないかい
しかし、あの時代は絵描きは芸術家でなくて職人だったので
あれでよかったのだと思う
日本の人は作り手と受け取り手のユニゾンを大切にするのだな
えれがんす
12月14日
やっぱり漫画好きだ
陰陽師とガンダムとアルカディアを買った
安彦さん美しすぎるよ
やっぱりアニメーションやってほしいよ
モーションと場面の切り抜き具合が美しいよ
陰陽師は価値観がゆらぐよ
もっとお勉強しなきゃと思うよ
でも、どんとしんくふぃーるなの
つまり、知は内包してそこから生まれる智こそがすべてだよ
あと俺はおかゆさんのファンだよ
あんたいかしすぎるよ
悪い女に捕まっちゃだめだよ
12月12日
今日は仕事で使っているバイクのチェーンが外れ
農家の方に家畜の糞尿を浴びせ掛けられ(ちょっと服についた)
一日中「俺くせっ!俺くせっ!」と言いながら仕事をしていました
しかし、これぐらいの業罰は下って当然なのだ
私が普段、無料の容量をヤフーからいただき、している事といえば
不特定多数の方々への誹謗中傷であり
これくらいの業罰が下っていただかないと、私も張り合いがないというものである
あらためて神というものの存在を確信した日であった
あと、はじめての方は・・・を改造したので見てくだたい
んじゃー
12月9日
今日は無茶苦茶寒かった
しかし、雪化粧が美しかったのでそれはそれでよろしいな
12月8日
普通、男が性欲が掻き立てられるのは
生々しいと思う行為とかしぐさとか有り様である
美しいとかちちでけえとかでは意外と反応が薄い
生々しいというのは有り様である
容姿の優劣はあまり関係がない
生々しいというのはようするに女ではなくてメスの状態を指す
文明社会では控えていただきたい状態である
生々しい人はもしかしたら自分が生々しいという自覚があるであろう
そういう場合、私は殴りたくなる
もしかして、自分は襲われないだろうとでも思っているのではないだろうか
甘い、というか世界の有り様というやつを知らなすぎる
それで世界を怨むようなセリフを吐かれても
なんだかな
というような事で
これを人は嘆かわしいというのだろうか
あまり美人には生々しい人はいません
自分が美しいと知っているからでしょう
人は美しさに神秘性を重ねるものです。つまり、生々しくなくなるのです
美しい人の中には貴人としてではなく、生の人間として人と接したい
応じられたいという願望を持っている人がいます
美女と野獣が成立する仕掛けの一つにこういう背景があるのです
人は美しいものが好きでしょう。少なくとも私は好きだ
しかし、それは崇拝や夢想の域の話なのでありまして
人のこういう思いが美しい人達の神経を逆なでするのです
ああ合掌
12月6日
ぽこちんかゆいです
おまけにけつにできもんができて、いたいです
レオナルド・ダ・ヴィンチは人を信用しなかっただろうなぁ
性分かなぁ
我々若造は言葉を知っている
しかし、身になっていない言葉だから、お父さん達のカンに障るのだなぁ
そんなやつは男でも女でもいるよ
殴りゃ早いけど、それをしないのが大人の仕業ってやつだろ、ヘイ、ミスター
12月5日
焼き肉屋はないでしょう
前にバイトをしていたところの先輩に、付き合っている彼女と
クリスマスはどうするんですか?と聞いたら
「俺、プレゼントとか、そういうの苦手なんだよねぇー。
焼き肉にでも連れて行くわ」
焼き肉はねーだろう、焼き肉は、さすがに
こましなプレゼント送るとか、しゃれたレストラン予約するとか
ありまっしゃろ
つきあってるおねーちゃんはそれでいいんだろうか?
今の職場の先輩も、そんな風だが
わしの周りにはこんな男ばっかりかい
12月2日
佐藤監督と伊藤郁子さんのファンなので
プリンセスチュチュが見れないのがくやしすぎる
ビデオ化を待つよフォーチュン
11月26日
車の免許を取る時にもらえる精神判断の結果をもらったので
そのまま書きます
内気で物事の判断が断じ控え目です。誰とでもすぐ親しくなるというわけには行きません。
時には、劣等感に悩んだりする事があるかもしれません。
几帳面で正確な事を好む性格です。
一つの事にとらわれて、物事をやや深く考えて、適切な決断や行動を書く傾向があります。
いろいろな事に気がつくため、悩んだり気をもむ事があるようです。
・・・
ん
ずいぶんと簡単なテストで人のだいたいが分かるものなのだぁと感心したよ
しかしだ、行動予測と思い込みはどう違うのだろうかね
相手のことを考えているかと自分勝手という事か
って、また、考えてる?
っほう
11月25日
最近、ダーククロニクルのCMよく見るけど
受け止めらんねーだろ
あんなかわいいねーちゃんが
美女と野獣の野獣みたいなおっさんの一撃はよー
11月23日
鳥越さんってニュースが趣味だっていってたな
家に帰っても情報収集してるって
それって凄いな
でも、それに気付いたのは最近だっていってたな
考える時間ができたからだろうか
わしゃあ考える時間しかないぞ
なにせ中学の時は登校拒否してたし
高校いかずにバイトしては辞め、またやり始めてやめて
その長い長い禅問答のなかで得た結論は
あんまり考えるって意味ないな
おもしろいけど
で、それが趣味だっていうお話
最近、考えたのはアニメ見るのが趣味じゃない人にとってアニメって
毒にも薬にもならないものであるべきなのだろうなぁとさ
クレヨンしんちゃんもぼろくそに叩かれてるようだし
いや、だから劇場版は気合いが入っていておもしろいんだな
そういう人はディズニーとジブリのアニメ見て黙ってりゃいいでしゅ
11月22日
人間、自分じゃばれてねえべと思う事が
思いっきり他人にばれていたら、修羅のように激昂するものだよ
フロイトはんの本を読んだ時、なんでまたこんなおっかなびっくり
なのかと思ったもんであったが
後ろにくっ付いていたおまけをよんでひどく納得したもんであった
自分達の秘め事をまっこうから暴かれるような
真似はあってはならないものであったのだ
おぞましいからこそ、自分達で恥じる部分があるからこそ
ひた隠しにし美しく着飾るものを、まっこうからとは
ありえんな
敗北をしったか
結局のところ、知りたる時をもってしても、人がすぐに変るわけもなく
だからといってすぐに変るような人間の方が信用ならんか
11月21日
美しすぎると人はそのひとを遠ざけるものかな
それだから満たされない思いもあって
そんな人の心の隙間に付け入るのがうまい男がいたりして
本人達が幸せなら
ね
11月11日
ウルトラジャンプに載ってるヒロモト森一さんの
ヘルスエンジェルスが好きになって
読んだら、きっとヒロモトさんはかわいい人だろうと思って
HPいったらほんとにかわいい人な感じヨ
こういう人は周りの人間を幸福にするよなぁ
11月10日
理想論は好きだが、嫌いだ
人間は生まれながらにして素晴らしいと言った人がいた
人間の良い部分だけや、暗愚な部分ばかり見ていると
そう言いたくなる気持ちは分かる
しかし、悪い人間と区別される人にもいい部分があり(恐怖からかもしれないが)
いい人間とカテゴライズされる人にも悪い部分がある
人間はその悪い部分を御し、他人に無償で奉仕できるから素晴らしいのだ
生まれながらにして素晴らしいなどという事は断じてありえない
もしそうならば、その人間は何処か人間らしい一面が欠落している
手塚治虫もキャラクターの口を借りてアトムは不完全だといっている
やっこさんは悪い部分が一欠けらもないからだ
『悪』だの『悪い』だのいうやつはレッテルである
素晴らしい人間とやらはレッテルを他人に貼らないのだろうか
はらないかもしれない
なにせ眼中にないからな
素晴らしい人間は夢の中で生きている
痛い現実様が脳裏に焼き付く事はない
素晴らしい人間様は大抵、傍観なさる
もしくは善人でも気取って助け船を出すかな
しかし、こんな事を言っていてもしょうがないな
『悪い』というのは自己保存や自己愛の変形状態の一つである
腹が減って、金もなければパンの一つや二つ、私ならば盗む、落ちてるものを食う
ほかの人間がどうするかは知らない
生きたいと思うからだ
いや思わない
というかそれは衝動に近い
死んだっていいかもしれない
しかし、腹が減っていれば何かを食いたいと思うのは当たり前だろう
いや、だからといって犯罪が肯定されるわけではない
罪は罪であるな
罰せられるべきだ
個人化は個人を豊かにするだろうが
ドロップアウトした人間に対しては冷たいな
しかし、努力した分、認められるべきだ
それが怠惰な人間を唾棄するような結果になっても仕方がないかな
しかし、文明社会というやつは厳しい自然の掟から
弱者を救うという意味合いもあるのではなかったか
それが、どうして人間選別に使用されているのか
怠惰な人間の暗愚のせいか、努力してきた人間の盲目ゆえか
両方か、それとも、もっと別の何かか
怠惰な人間がローマ遊民の如く、なんの義務も果たさずに
権利を主張するのは確かに許し難い
が、それがすぐ選別に繋がるのはよろしくない
あまりに短絡的すぎる
確かに暗愚というものはこの世の一番の強敵である
一度、精神を硬直させてしまったのならば、それを解くのは至難の業である
暗愚は盲目なのだ
目が見えないのに形や色といったものを認識させる事ができるのか
いや、私はヘレン・ケラーという人を知っている
あの人と家庭教師のサリヴァンというお方の凄まじい点は
諦めなかった事につきる
諦めないというやつは暗愚と対峙する時の強いパートナーである
暗愚と盲目という二つの怪物が合体した恐怖は
それこそ地獄のサタンなどを軽く上回るが
それでも私は信じる
醜悪とは外見などではないのだ
姿形が美しくとも、邪悪で暗愚で怠惰で醜悪な物体がある
加藤あいの様な生物にどのよな教育を施そうとも
死ぬまで、いや、死んでも暗愚のまま
暗愚で醜悪なままに灰塵と化すだろう
あと56万回輪廻を繰り返そうとも妄執という修羅からは解き放たれる事はなく
地球が滅ぼうとも涅槃の境地になどは達する事はない
が
このさい加藤あいの事はどうでもいい
ただ、加藤あいも暗愚の一つの形だという事を言いたかっただけだ
かの様に美しくとも暗愚というものは存在する
では、暗愚とは唾棄すべきものか?
ファンダメンタリストは唾棄すべきか?
ムスリムは?
その逆は?
暗愚というのは人の一部分であって、すべてではない
では、暗愚は御せるか
わたしは可能な限り御せるであろうと思っている
醜悪はそれでも御せると言ってしまうかもしれないが
醜悪も自己保存の変形状態で
つまり、夢の中に身を置くという事は
自我が崩壊しないためには必要な処置なのだ
それは自分にためであり、他人のためでもある
醜悪という状態を選ばなければ、バスジャックや人殺しぐらい
するかもしれない
と考えれば醜悪は、始終、白日夢を見て
この世との関わりを持たないという点を除いては
悪くはないのかもしれない
醜悪は軽々しく『愛は地球を救う』と言ってしまうから救われない
このセリフが綿毛のように軽く出てしまうのは
物事を深く考察しようとしていない現われである
醜悪が暗愚の陽の現われだとすれば
私のようなニヒリストや怠惰は暗愚の陰の現われかただと分ける事ができる
醜悪のあまりのおぞましさや、怠惰や皮肉屋の膠着は救いようのないものだろうか
人は元来、カオスであっても暗愚ではない
暗愚(膠着させる)はカオスを御する一つの手段である
カオスは脳が生む
脳は巨大すぎる
この巨大が人に様々な問題を生む
この巨大をノーベル賞を取った人間のように一つの事に執着させる事ができれば問題がない
しかし、そうなると良き執着悪い執着というはなしになろうか
それを線引きするのは危険では?
結局、それは主観に頼らざるをえなく、やはり、それはとてつもなく危険な作業だ
そもそも良い悪いは主観の問題であろう
暗愚の一形態として執着があるとしたならば
何が良いか悪いかという作業になってしまう
これは危険だ、まったくよろしくない
つまり、始まりにカオスがあってこれを人がどのように御するかという事があって
暗愚は脳を膠着させるという点ではカオスを御するのに
一番と言わないまでも適するといえる
問題は執着するという事が、どうしてか暗愚という形態を取ってしまう事にある
自己保存や自己愛に促されれば、大抵の場合、執着は暗愚に変形する
では、自己保存や自己愛は醜悪なのか
いや、それらは原始的な衝動であって、それを悪だと断言してしまうと
人自身や今ある文明の否定にも繋がる
それはよろしくないな
私が世捨て人ならともかく
それはよろしくない
結局、自己保存、自己愛が執着を醜悪にかえるのか
自己愛が何にもまして優る状態というのは、健康的であるとは言えないだろう
自己愛が優るというのは執着だろうか
何に対するものかといえば文明であると思う
人がもしも動物にもどれば、もっと単純なプログラムにしたがって生きていくであろう
文明に対する執着は自己愛
他人よりも優れたい、金持ちになりたい、素晴らしいパートナーを得たい
すべて執着であり、自己愛
競争を生む原理となっているこの衝動に対して
醜悪の一言で片付けてしまっていいものだろうか
この競争意識が人間を高めているのは事実だ
それにともなう自信が人を暗愚に変えるのか
だが自信は醜悪ではない
自信が敵意や悪意を帯びれば醜悪と化すだけの話
結局のところ、人間一人一人の意識
意識は外部から情報収集をし、それを整理する事によって生まれる
周りの環境や人が人間に与える影響はでかい
自我を強くもたないものは、周りの意識に簡単に同調する
それが『悪い』か『良い』かは問題ではない
エゴを強く持たないものは、そもそもそういった観念がない
故に大多数の意見に簡単に同調する
良く言えば純粋なのだ
悪く言うと暗愚
エゴの醜悪形態も暗愚
暗愚は悪ではない
形態であって、すべてではない
だから、人間の可能性を信じるしかあるまい
それしかあるまい
11月10日
もう安彦さんは作画監督とかやらないんだろうか
やるわけないか
最近のアニメの主流は一枚絵+インパクト重視でありますから
硬質な線画になって、ふにふに動きません
初代ガンダムはよく動いて気持ち良いです
11月5日
かまきりって
威嚇モードになるとめちゃくちゃコワイよ
犬とか猫が巨大化する分にはまだいいかと思うけど
昆虫が巨大化されるとかなり嫌だ
なんでかって考えたら、やっこさん達無機質だからだな
なんで無機質だとこわいと思うんだろう
うーん
考える時間をください
おやすみなさい
11月4日
日本人はどうして自伝を残さないかね
そして、広まらないかね
自伝を残せば、それに付随して反論とかがでてきて
一つの物事を多角的に見れてすこぶる面白いであろうに
アラビアのロレンスなんてあんにゃろう、ある事ない事
他人の手柄まで自分がやったみたいな事書きやがって
エゲレス人ってのはそういうヒロイズム好きでやんすね
日本人はメランコリーな感じもするけど
盛者必衰の理をあらわすといいますか
現世での栄華などは夢幻だと、それでも夢をおいはりなさいますなぁ
そう言えば最近の日本人の若者は心理学に傾倒なさるお方が多いですなぁ
これは自分の気持ちは相手に悟られたくないが相手の気持ちは悟りたいという
素晴らしきおぞましき自己愛のなさはる業(わざ)でありまんなぁ
もちろん、わては純粋に興味を持ってやってはる方の
悪口をいっとっるんやありしまへんでぇ
ただ、そういう若いお人が増えましたなぁゆう事をいっとるだけですわぁ
うちらの世代のなかなか本音トークをせえへん理由の一つに
娯楽や趣味の多様化なんぞがありますんやでぇ
それにともなって考え方や人生観が各々独自のものになりますんやぁ
もちろん、昔の人やかて生き方、考え方の違いがあったのは重々承知しとりますぅ
せやけど、今の人間はそれに加えて核家族世代でっしゃろ
親と子だけで、おじいはんおばあはんといった
まるで世代も考え方も生きてきた時代もちごう人間と接する機会がすくないんでっせ
人は自分と違う考え方をする人間がいるからこそ
自分の意見を主張するんでっせ
父親、母親、子供の三人しかいーへん空間でどないして
そんな習慣が身につきはると思いますぅ?
おまけに現代っ子はプライドが高こおおますから
自分が間違ってはるなんてそうそう認めはりまへん
せやけど、他人の事は知りたい思いはります
そん気持ちが『分かりやすい心理学』なんて感じの本が
売れとる理由ちゃいますか
そうであるな自分の気持ちは悟られたくないな
しかし、相手の考えは知りたい
これは全然対等ではない、全然公平ではないな
それでどうして健全な人間関係が育めるものか
たしかに人は『常識』からあまりにも逸脱した人間に対して
奇異のモノを見る視線を送るものだ
『普通の人』と呼ばれる人々が
そういう人間のコンプレックスを増大させて
『普通ではない』人間の精神を煽り
世界に名が知れるような偉業を成させるという事もあろうな
自分をさらけ出さないのはやはり恐怖の仕業だろうか
拒絶されたりする恐怖が人にはあるな
のわりには個人主義を主張するな
多に埋没しながらも個性を主張する
明らかな矛盾であるな
では、なぜそういう人は個性というものに対してコンプレックスがあるのか
氾濫するメディアの過大な情報、タイダルウェイブを前に
不安になるのではないか
良く聞くセリフだが、あまりに多い情報のおかげで
自己の中の恐怖心の方が好奇心や想像力などをはるかに凌駕してしまうのだな
では、なぜ恐怖心の方がすべてに勝って前面に出ようとするのか
この場合の恐怖というのは自己愛の裏返しではないのだろうか
自分を大切に思うあまりに物事を実行に移すさいのリスクのみを検討してしまう
それが恐怖を呼んでいる
人間は何かに熱中している間は周りの情報などは入ってこないものだ
情報を処理するという事は行動するとはまるで正反対の性質を持つ
沈黙が持つ陰という性質は、人に冷静な判断や蓄積した情報の整理を行なわせてくれるが
前後に行動という陽の性質を持つものがともわなければ
人をひたすらに不安にさせるだけなのではないのだろうか
行動と沈黙のバランスが崩れたときに、崩れている時に
人の精神は不安定な状態になる
集団の中において個を主張するのも
自分を隠して相手を知ろうとするのも
そういった不安の仕業かもしれないと私は思うなもし
11月3日
森三中の大島さんが放送作家の鈴木おさむさんと結婚ですってよ
旦那は大島さんがかわいいとのたもうた
でも、俺も大島さんはかわいい人だと思う
ああいうパーソナルの人間は少ない
11月2日
米倉涼子が同性に人気があるのは
オンナ臭がしないからだな
かわいいとか綺麗な女の人にコンプレックスのある
自分は男に相手にされないと思っているような女性にとって
自分が魅力的であるという事に自覚がない同性の人間は
自分の暗愚な部分を引き出せれずにすむから、嬉しいのだ
わたしはフェミニストではないが
『オンナ』というものは外部からの作用で
作り出されるものだという認識はある
それが良いか悪いのかは個人次第だろうが
悪い場合にとってこれから逸脱しようと思っているときに
まず足を引っ張るのが母親であろう
ついで友人
システムに順応している人間にとって
それから逸脱しようとしている人間ほど目障りなものはいない
娘に嫉妬する母親は親から十分な愛情を受け取っていない場合が多い
システムに順応する事を甘受した人間にとって子供などは愛するべき存在ではない
異性の子供ならば破滅的な愛情をそそぐ事はあるだろうが
あれは変形した自己愛であり、小さい子供のお人形さん遊びを
大きくなってまでやっている完全に世界との関わりを拒絶した行為である
暴君ネロを作り出したのは誰か?
母親か?その母親を作り出したのは?男か?
では、その男を作ったのは誰か?
どこぞの国のように悪党は誰なのだという行為に意味はない
ストレス解消にはなるかもしれないが
弱いから群れるんでしょう
僕、群れますよ
拉致問題はどうなるのかな
子供が来たら
いぢめるだろうな
普通でないものを人は排除しにかかるじゃん
ストレス解消のために
そんで
自分の暗愚に気づいて
なんて、大変な事をしてしまったんだと思うんだよ
あちきはそうやっていぢめとかした人が改心する一方で
ずっと傍観一方だった人の方が恐いよ、だって
恐いじゃん
恐いよ
そういうまぐわりの中で人間様はやっていい事とやっちゃだめな事を学ぶんじゃん
教習所で学科のときにいつも聞かされたよ
すんなりいっちまったやつの方が事故を起こす確率が高いって
すんなりいくって恐いな
立ち止まって振り返ったり、考えてみたりしないもの
だからよく転ぶ人間は優しくなれるんだ
人間は自分にされて嫌だった事は人にはしないものやさかいに
ずっとずぅーーーーーとすんなりいっちゃうってどんな感じだろう
不安になったりとか、過去を振り返ったりしないんだろうか
それとも、もうそんな感覚すら麻痺しちゃったんだろうか
年取って挫折したら
なぜだ?って思うよ
失敗したことがないからさ
失敗した自分が信じられないのだ
だから、他人のせいにしたりするよ
プライドが高いから、失敗したなんて他人に言えなくて
どうするの
どうするか
ずっと、自分は正しいと盲信して死ぬしかありませんか
そうさせるのは自分でありますか
周りの人間がざまあみろとそうさせますか
んなもんはくだらないのであります
そんな事はすちゃいくませんと人はいうべきなのでありんす
近しい者が言ってやればよいのです
それで嫌われたってよいのです
それは誇れる事だとおものふ
あちきは信じるという言葉が好きなのでありんす
とてもいい言葉です
人は人を信じるしかないのです
言葉は素晴らしきコミュニケーションツールであります
しかし、言葉に頼りすぎると人は暗愚になりもうす
言葉以外のコミュニケーションを無意識に信じられなくなってしまうのです
言葉は表現がはっきりしていて相手を想像以上に傷つけたりするものです
人の想像力がその言葉の意味を肥大させて
自らを傷つけてしまう事があるのです
言葉に依存しないコミュニケーションというのは
相手を信じるという事であります
盲信や期待ではありません
信じるというのは相手がいかようであっても
その人の事を想う事にあります
裏切られようが踏みにじられようが関係なのであります
仕方がないような事もありもうす
信じるというのはどやつが考えたもうた言葉か
良き音かと思えば
10月31日
かまきりが車に轢かれていて
それをアリさんが解体工事をしていました
自然は無駄がないので素晴らしいな
10月30日
かまきりがかまきりにさくさく食われてました
やっぱメスがオスを食っておるのだろうか
とすればこのオスは無事に交尾を果たせたのだろうか
かまきりはさくさく食われている間もぴくぴく動いていました
食っている最中に筋肉にふれてぴくぴく動くのか
なんなのか
そういえば食われている最中もかまきりは交尾行動をすると聞いた事がある
なんてご立派な精神なのだろう
男の鑑だ
10月28日
昨日と今日でヒヲウ戦記を見直してました
おもしろかった
テツがわかいい
10月20日
神田うのが好きだ
おそらく彼女は本当は小心者で怖がりで弱虫
おまけに一つの事でくよくよといつまでも悩んでしまう
しかし
簡単にだれかに頼りたくないという自尊心の高さが
他人とのコミュニケーションを拒絶している
ので
一人で強くなるしかなかったのだと思う
こういう独立自尊でいきる人は本当は弱いけど強いという矛盾を抱えている
独立自尊の人間は自分の理想をかなえるために努力なさる
あわよくば弟が死んだから兄にくら替えじゃあなんて事はしない
神田うのと結婚する人はよっぽどすんげー人か
究極のへたれのどっちかだろう
もしくは結婚しないかもしれないが、そういう時
神田うのみたいな女性に劣等感を抱く人は
『あらぁーまだ結婚なさらないのぉーおほおほおほほほほ』
とかいうかもしれないが
なんだかどちらも正しい気がするよ
10月15日
台風でぶっ飛ばされたコスモス畑がものの見事に復活してました
美しかった
人間の場合は美しいと儚いがセットで付いて来るが
自然のものは美しいは強いとセットでついて来る
素晴らしい
それはそうと、昨日の事ですが、買い物をしている途中に
糞がしたくなってトイレに入って排便作業をしていたとき
その糞が恐ろしく固く太かったので、ケツちぎれんじゃねぇか
という恐怖がよぎって、思わず途中で糞をケツ圧でちぎってしまいました
あのまま出していれば見事な一本糞を披露できたのではないかと
少し後悔しています
あんな固くて太い糞を出してしまった原因は分かっています
それはタンパク質を取りすぎてしまい、野菜と水分を十分に取らなかったからです
故にあんなモンスター級の糞が我のケツより出でたのでしょう
しかし、これ以上の苦しみを女の人は子供を産むときに味わうといいます
俺は男でよかったなぁ
おかんに感謝
10月14日
ショッピングセンターに買い物に行ったら
おかんと娘が手を繋いで歩いていた
こういうのは大抵、おかんが綺麗系で、娘が可愛い系で
娘はおかんにコンプレックスがあって
綺麗系のバトルフィールドではわしゃかてんばいと思っているので
可愛い系で勝負しとるわけだ
そのうち娘に彼氏ができて、家なんかに呼ぶわけだ
するってえとまだ女の人に免疫がない彼は、おかんを見て
「君のお母さんって綺麗だよね」
なんて、彼女の気持ちを考えてない事を言ってしまうわけだ
んでもって彼女は
「どうせあたしはお母さんには勝てないわよ!」
とかいっちゃうわけだな
で近所のお兄さんみたいな人に
「どうしたんだい?佳代子ちゃん」
みたいな事を言われるわけだ
そんでもって、精神にダメージを負っておる状態で優しくされたもんだから
心開けば、股開くってなもんで
「いいのかい?佳代子ちゃん」
「・・・うん・・・」
ってわけだ
そんでもってその男がろくでもない男で
「このブタぁ!
おめえは俺がいなきゃだめなんだから俺の言う事聞いてりゃいんだよ! 」
つうわけでドメスティックバイオレンスをかますわけだ
そのうち耐えられなくなって家を飛び出すわけだ
子供もいるし、学もねえし、手っ取り早く金を稼ぐには
水商売だろって思うわけだ
そんでそこで知り合ったお客さんと再婚したりするわけだ
んで、前の夫が居場所を探り当てて
「おいブタぁ、なにやってんだよこんな所で」
ってわけで、連れ戻そうとするわけだな
で今の夫は
「佳代子は渡さない!」
とか言って闘うわけだな
んでもって娘は今の夫を救うために、あくまでも威嚇のために
包丁を持ってくるわけだな
「刺すわよ」
「へ、上等だよやってみろ
できもしねえんだろがぁ!!!」
とかいって前の夫は娘の手から包丁を落とすために組合うわけだ
で今の夫は
「佳代子あぶなーい!」
とかいって助けに入って勢いあまって彼女がさしちゃうわけだな
「ああ・・・そんな」
「俺は、俺は知らねえぞ
コイツが勝手によぉ」
とか言って前の夫はどっかにいっちゃうわけだ
「佳代子・・・」
「あなた」
「佳代子、逃げるんだ
子供を連れて遠くに」
「あなた・・・」
ってわけだが、そうは問屋がおろさず警察がとっ捕まえるわけだ
そんでもって獄中に半生をつづった本とか書くわけだ
で、出所したら作家になるわけだ
のー
10月13日
バターを買うため、コンビニに行くのにちゃりんこにまたがりました
なんかスゲー新鮮でショックでした
車買うまではこんなもんふつーだったのに
かなりショックでした
10月11日
友人はお見上げ買ってきてくれませんでした
と、思ったら自分のも買わなかったようです
友人はカナダの田舎に行ったときの方が面白かったといってました
そうだろうなぁ、この男なら
別の友人にアルカディアにのったはがきをついて
「全然らしくねぇ!らしくねえよ!(イサム・ダイソン マクロスプラスより)」
と言われました
少し混沌としていた状態で描いたので
自分自身も何描いたらいいかわからんかったので
こういう事を遠慮なしに言える友達って大切だなぁと思いました
10月9日
田中宇さんのHPを見たらこんなことが書いてあった
ユダヤ人がラディカル(根本的)にものを考えるのは民族性だと
俺の好きなフロイトというおっさんはたしかにおくの方まで
問題を突っつく人だなという印象をわたしは受けた
根本的に問題を考える人間はメランコリーな人間だと思う
物事を深く考えるという作業は『もぐる』作業だからだ
上がってくのは馬鹿と煙だと相場は決っている
これに対して日本人は基本的にロマンチスト集団だと思う
ロマンチスト集団にラディカルなものの考えで接してはいけない
それは宝塚に全日本プロレスが舞い込むようなもの
儚くきらびやかで無菌状態の美しい世界が台無しである
一億総夢見がちチャンだった故に
ある時期日本は、富国強兵の考えに倒錯した
しかし、これもロマンチすムである(男の)
大正は夢二の絵のような枕美を愛するような時代だった、とするのなら
そのアンチテーゼとして力、破壊、支配、蹂躪の性質を持つ
男的なロマンチスムが戦前戦中に台頭していたのは別に不思議でもない
10月8日
燈台下暗しという
遠くを照らそうとすれば、足元は見えない
足元を見ようとすれば遠くを照らせないじゃないか!
当たり前だろって?
全く、汝のいう通りよ
しかし、人というのは、極め倒したと思われるような物事の中にも
まったくもって特異点とでもいうべき穴が、大盲点が埋っているもので
そのたびに驚いて、自分の醜悪さに辟易する
要するに極めるという事はシンプルにしていく作業という事
削っていくという作業は慎重の心を要する
しかし、ふとした気のゆるみや疲れなどから、
うっかり後から思えば必要だという部分さえも切り落としちゃいないか
いや、これは後の祭りと人はいうな
後から考えればすべてのものは必要なものになってしまう
だから、行なった事はもう後から考えないし
行なうときは慎重に実行する
結果切り落としてしまったものは人はしょうがないという
しかし、そのしょうがないの中にまさにダイヤの原石
ルビーあるいはサファイアなどの美しき鉱物が埋もれている事がある!
嘆かわしいと人は言うか、それとも哀れみを込めて慰めてくれるだろうか
いや、それはしょうがないと人は言うな
行なって、始まり終えた事に関して人は随分雄弁にものを語るな
昨日の事は雄弁に話しても、今日と明日の事となるととたんに黙り込む!
まるで今日生まれたばかりの赤ん坊だとでもいうようにだ!
これを人は醜悪というな
本来ならば、今日と明日の事を雄弁に語るべきなのだ
過ぎた昨日の事は、死ぬその前に長年過ごした友とでも語り合えばよい
しかし、知っているぞ。これは醜悪な弁舌者に都合のいいように扱われる事を
だから、過去の問題を語らなくてもよいという事ではないだ
いくら不肖といえども、私とてそのくらいは心得ている
以前、悪意は善意の中からの方が強く暗く重く現われると私は言った
それは肥大した自意識のために自分が(物理的にも精神的にも)施しを受けた
という事実を認めたくないためにおこる
犬猫は実に素直に施しを受けるではないか
人は人であるが故にそれを拒んだりするな
時に誇りであり、やはりそれは誇るために行なう
悪意は唾棄すべきものではない
それは当然の有り様だと人は言う
人が人以外の多くの生物を殺めて生きているという事実
これを業というが
その業を御す術というのはない
しかし、人は生きるだろう
これは当然の権利なのだ
生きてよい
しかし、同時に死んでもよいと私は思う
それを決定するのは個人であり、我々が手を施すのは醜悪である
そのとおりに、我々本当にプライベートなものの考えに達した
人間を傍観する事しかできない
彫刻家が気に食わない自分の作品を叩き割るのを見て
我々は今の何処がきにくわないのかわからない、もったいない
と感じるのと同時に、何かしら、彼らの中で決定した事があって
それをかたくなに実行しているのだな、と雰囲気で感じるように
この場合は目撃する事が最善なのだと、人は誰から教わるわけでもなく
そこに達する
その場合に確かに、その特殊な人間と我々は通ずる瞬間があったような気がして
沈黙して見守る事の場合による崇高さと温かさを知る
しかし、それは残酷でもある
10月6日
最近、菅野みほを研究しようかと思っている
なぜなら、どうもよくわからないからである
よくわからんものは知りたくなる
人は何か暇つぶしを見つけんとな
10月2日
台風は岡野玲子いわくの地上についているカスを
根こそぎぶっ飛ばしていくので良いな
すっきりする
しかし、近くにあるコスモス畑も全滅していた
まあ台風は選別爆撃ができるほどには器用でないという事の
よい証明になった
メルシームシュー
しっかしまあ昨日は大変でした
停電になったし
文明のありがたさをしった
そして友達からは迎えに来てコールが来た
強風に車をあおられながら、車の中で『あぶね、あぶね』と叫びながら
迎えに行った
その友人は今日ニューヨークに旅行に行った
てやんでぇ俺も連れて行きやがれ
と思ったが、家族旅行に他人がついていってどうするのだ、俺よ
友人はグランドゼロを見に行くといっていた(友人ではなくて友人の父が、だが)
その後も何処かいって日曜まで返ってきません
お見上げ買ってきてください
9月30日
基本的に自分の描いた絵って見たくないと思うでしょう
それはつまり、俺はもっとスゲエぜっていう
根拠のない自信に心が支配されているからですね
自分の矮小さと卑劣さにほとほと呆れ顔です
卑下も自慢のうちなどと申しますが
拙僧はそうならないようにしていますよ
なんか嫌だから
9月29日
絵はコミュニケーションの一部に入るでしょう
ルノワールが人気があるのは
みな、彼の精神に同調しているからだと思う
彼は
世の中は不愉快な事ばかり、絵ぐらい心地よいであって何故悪い
と言った
おお、なんてわかりやすい単純な理屈、信念
人は皆、内々にそれぞれのもっともプライベートな、
かつ、要約すると万人にもあるような問題や悩みを抱えている
そういう精神の状況下において、熱気ある思想というのは
人の心を捉えてはなさない
あるものは破滅的な、あるものは救いを求めて他人の意見に同調する
自分一人で考え込むという作業は多くの場合、デッドロックに達してしまうからだ
だから、暗い絵を好むのも別段不思議ではない
衝動昇華の仕方が人と違うだけで内なる願いは同じもの
毒にも薬にもならない絵も、それほどにものの考えを固定したり
他人に依存したくないと考える人にとっては名画といえる
思想がかいまみえるから、またよいという話でもない
早い話が千差万別って事かい
9月27日
人間、なにをしょっぺえと思うのかというと
無知と勘違い
稚拙でもいいという
しかし、それは段階のはなしで
まさかそれで終わりではないよなというのが前提
自分の自己愛と周りの人間の甘受が
世に出るものをしょっぱくしている
行なう前は嫌になるくらい冷静で
行なうときは内側の世界をむき出しにする
だから、受け取る方も嫌になるくらい冷徹でいい
それでも、内側をくすぐられる時があるからだ
稚拙でもよいといった
しかし、それは肯定ではなくて希望、願いである
9月23日
なんか優香がりかこ臭を漂わしてきている
自信は何につけ必要なものだと認識している
が
しかし、それが増長のいきまでに達すると人はそれを
醜悪と呼ぶ
それを許容するのはあるものは優しさであり
あるものは自己愛の変形した表現である
恋人たちがどれだけ二人で自閉した世界を作るか
という事で二人の思いのたけを計るように
自己を自閉させるという事は自分で自分の価値を高める事に繋がる
だが、それはあくまでも社会と何らかのつながりを考えて行なっている場合に限る
完全に自分のみの幸福を考えて疾走する輩はそれにあらず
すべての罪悪は自己より生ずる
なにかが発生した現場で肉体を介し、精神へといたる
その時にはじめて人はその発生した現象を極めて単純に
良し、悪しで判断する
精神を過大に反応させない事が、肉体の平定にも繋がるからだ
システムをより単純化させれば、現象に対して
極めて冷静にエネルギー効率も良く立ち回れる
これはその瞬間の肉体が疲れている、疲れていないに関係なく行われる
そのシステムに殉じる事は、きわめて原始的な単純作業にも思える
なぜなら、人はそれほどまでに精神を疲弊させるような環境には
そうそう自己を置いておくものではないからである
多くの場合は、やはり自己愛から派生している
では、自己愛というものは罪悪だろうか
我々が外の動物と同じく種の保存を第一に考えているのであれば
それは正しい行動といえるのではないだろうか
しかし、その自然な状態をエゴが駆逐している場合がある
その自己愛は醜悪であるといえる
こう考えれば若者が来るべき我が子を健やかに(自分が)育てるために
享楽的な生活をしているのは
実はその醜悪な自己愛を昇華させるための儀式であり
種の保存という生命の使命に忠実な神の徒という事にはならないだろうか
しかし、それは同時にこの世界を非常に悲観的に見ているという事にもなる
悲観的に物事を見るという事は、その物事に対してある種の理想があっての事である
その希望を踏みにじられるか、あるいは己で捨ててしまうという事をして
その世界を悲観する
しかし、それを変えるために行動しないのはやはり
その思いよりも自己愛が勝っている結果だと思われる
だが、その自己愛が陳腐なところで納得するものではない
ある種の特別な願いが人間にある場合に
その人間が生みだす鳴咽は人々にいつも衝撃にも似た感動を与えてくれる
個体として脆弱な生き物は子孫を多く残す事で
過酷な自然の掟と戦い、時として勝利し、時として敗北を喫する
もし、生命体が完成したとしたら、子を宿す機能は失われる
それはその生命体が完全であるから、可能性を繋いでいく必要はないからである
わたしは一人で何かを行ない生み出してきた人々に対して特別な感情を抱く
憧れであったり、劣等感であったり、時にはそれを認めたくないという気持ちからの
蔑みの感情であったりする
人間が擬似的に真人と化す瞬間があるような、ないような
それは人らしい営みの否定ではなくて
むしろ肯定になるから
なんか複雑だな
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