ピュアボーイ&ピュアガールは見ちゃだめだよ。不健康になるよ。
3月15日
ガンダムシードを見ていると疲れるなぁ
わけは坊やだからだと思う
子供向けだからといって坊や臭を出す必要があるのだろうか
それともわたしの認識が腐っているからだろうか
おそらく、こちらが正解だろう
今の子供は孤独であろう
しかし、いつの世も子供は孤独なものだ
坊や臭を出すのはそうして共感を呼ぶことが救いになりえるという認識からだ
たしかに一部分ではそうかもしれない
しかし、それは同時に見誤りでもある
子供といえども認識は大人とそう違わない
ただ経験がないだけの話
これを見た子供は大人になってから
『ああ、ちゃんと考えて作ってくれてたんだ』
と思い、これを創った大人達はメランコリーな人達だったのであろう
と認識するであろうから
坊や臭が出ていようがいまいが関係がない
ようは大人が子供のためにっての方が重要なわけで
というわけでわたしは
ゴウザウラーとかファイバードとかが
とても好きだった
3月14日
ナイーブな人が芸人になる
それは反面教師である
引込み思案な自分を変えたくて
内に溜まったコスモを開放したくて
多くの人間の目につくような事をする
だから、時に賛美され、時に叩かれる
そして、傷つく
日本人はナイーブが好きだ
なぜだろう
ナイーブとはなにか
ナイーブとは精神であるな
むき出しのその塊を保護する目的で人は論理武装する
ナイーブとは感受性であるな
そして、それはもっぱら自分に向けられてしまうものである
では、ナイーブとはナルチシスムなのだろうか
それは違うな
ナイーブとは外に向けられた自意識であり
つまり『僕を見て!』『あたしを見て!』である
これがナイーブである
ナイーブとは餓える魂の事をいうな
何に餓えているのか
それを言うか
いや、言うまい
言う必要もあるまい
3月13日
だいぶおちつきました
かんがえるとへこみますが
しかし、やつのお姉さんは美人だ、おまけにかわいい
おまけにおもしろい
結婚式はやつが死んでまう一ヶ月前くらいに挙げていたらしくて
やつも大好きだったお姉さんの一番綺麗で幸せな時を見れたのだから
よしとせねばなぁ
仕事も環境がかわってこれから頑張るぞって時に
ちょっと注意力がおちたんだなぁ、きっと
こうして活字にすると落ち込むのでもうやめた
3月8日
通夜と葬儀に行ってまいりまして、今帰ってきました
善仁(友達、よしのりと読む)とはずっと親友で
このままずっといっしょに年をとっていくんだろうなぁ、と思っていました
と思ってたら突然の事故で死んでしまいました
彼はバイクの整備の仕事をしていて、整備したバイクの試運転の最中に
軽自動車と衝突して死んでしまいました
病院に搬送されて、一度、蘇生したものの
脳のダメージもひどく、内蔵の損傷も手が付けられず
折れた肋骨の骨が肺に刺さって、手の施し様がなかったそうです
昨日の通夜の時に
最初、実感が湧かなくて
通夜に行く前に、たまたまあった友人に『善仁の事聞いた?』
と言ったら『うん、聞いた。今日は行けないけど明日は行くつもり』
という言葉を返されて
ああ、本当に死んだんだ。うそじゃなかったんだ
と思いました
それから通夜に行って
坊さんの長たらしいお経を
あいつ無宗教だったのになぁ、意味あんのかこんな事、と思っていて
最後に手を合わせて一礼してください、と言われた時に
手を合わせて、合わせたら
涙がどばどば出て、合わした手も外せらんなくて
あいつの側で泣いてたらお姉さんが慰めてくれて
それでもずーっと涙が出て
ずーっと泣いてて
そのあとは放心状態で
ずっといて
最後までいて、お母さんに線香上げて顔見てあげて、と言われて
線香は上げたものの、顔は見れないって言ってまた泣いてしまって
お母さんに励ましてもらって、やっと見れて
そしたらあいつが笑っているように見えて
『気にすんな』って言ってるように見えて
人の顔見て笑うのは無礼じゃねえか、って思って
泣いてぐずったまま家に帰って寝て
今日は朝起きたら、布団の中でいろいろ思い出して泣いちゃって
今日もいろんな人にあえて
慰めてもらったり、励ましたり
会社の人とかが来て皆さん泣いてくれて
同級生もいっぱいきて泣いてくれて
あいつの顔に触った時、すんげー冷たくて死んじゃったんだって思って
火葬場行って、骨になったあいつ見てこんなにちっこかったのかヤツと思って
骨をいれて
家に戻って、親戚の方達と同席させてもらって
最後の方までいて、みんないっぱい泣いてくれて
もう昨日泣きまくったから、泣かないだろうなぁと思ってたら
お父さんの言葉で泣いちゃって
みんな泣いてくれて
みんなありがとう
愛されてました
ヤツは寂しいとかつまんないとかいつも言ってました
でも、ばかやろーです
こんなにいっぱい愛されてたのに
寂しいとかつまんないなんて大馬鹿やろーです
『もう、わかったスマン』と言ったような気がしました
うん、そうだな
いっぱい愛されてたのに
みんな泣いてくれたのに
なんもできなくて
羽かくとか
あと新車のせてもらう約束してたし
京都いこーとかもいってた
全然果たせなかった
あいつ、気にしてねぇよって言う
俺は気にするんだばかやろーあほー
死ぬなー
あほ
ほんとにあほ
あほだ
あほー
おれは負けんぞ
おまさんが死んだっていう実感がまだ湧かないんだけど
時々、思い出して号泣すると思うけど
頑張って生きます
お前の分まで生きます
好物だったカツ丼、俺の好物にします
俺は天丼の方が好きだけど
これからはカツ丼をたのみます
今度から当然死ぬのは、なしにしてください
形見わけは一人占めしちゃる
バイクももらってやる
乗れないけど
でも、お前がもらった形見のバイクがあるんだよね
バイクは会社の人が保存してくれるっていうし、そうしよう
50CCのバイクはもらうわい
俺、のれねーけど、なんかのれんわい
大事にするからな
なんかこうして書いてるときりないな
とりあえず今日はここらへんで終わりにしておこう
あんまりめそめそしてたらいきずらいもんなぁ
ばーか
しぬなー
あほー
さいごまであほー
やっぱお前はさるじゃ
さるってあだなで正解じゃ
ばかー
ごめんね
ごめんね
またな
ごめんね
ありがとう
いっぱいありがとう
ありがとう
本当に世話になりっぱなしだった
ありがとう
ずっと親友だ
3月6日
この日記にたびたび登場していた友人が
昨日、死にまして
知ったのは今日ですが
そうですか
やっこさんとはお恥ずかしい言葉でいうと
親友と呼べる唯一の人だったので、なんとも言えませんな
そういや今日、目覚し時計がならなくて
いや、なったけどまた寝ちゃったのかが、どうも覚えとらんのですが
その時、夢を見たのは覚えてまして
内容は覚えてません
そうですか
今日、仕事だったのに俺の目覚しを停めて遅刻させるなんざ
最後の最後まで茶目っ気のあるやつだったな
事故だったんですけど
そういやバイクに羽を描く約束をしていたんですが
またの機会でいいよってんで、先のばしになっちゃいましてて
まさか急にいなくなるとは思ってなかったのでなぁ
自分が飛んでいっちまったんじゃせわねぇなぁ
3月5日
無理
ぐーーっと思考が沈殿する時
周りの世界がぼやけて、まるで白日夢のような
不思議な感覚
意識があるんだけど、それはぜんぜん外に向いていなくて
ただただ自分の内側だけに注がれているようなトリップしているような
しかし、このままじゃいかんだろ人として、と思い
戻ってくるような、こないような
行ったり着たり
紅茶のおいしい喫茶店
寄生獣でミギーがいっていた
今、ここにある材料だけでやってみたくなった、と
そのような境地にまでは及びませんが
つまらん問題や出来事をなんでろーお、なんでだろーお
とやるのは心地よく
もちろん、答えを捜しているわけじゃないですよ
答えは察しがつくわけですから
過程の方がおもしろく
これはずっぽりはまる
短い人生経験や本などで得た知識をフル動員し
日常の些細な出来事にあたってみるのがおもしろく
もしかしたらかえってこれないかも、と思い
ああ、しかし
その子供にも似た一人遊び
なぜ危険かと判断するかといえば
それは現行のシステムの崩壊を意味するからでありましょう
わたしは外の意識と中への意識が共にちゅうぶらりんしています
完全に外の世界への意識が覚醒した事は、もしかしたらないのかもしれません
そのような唯物論的世界で私は生きていく自信などない
じゃあ永遠に意識は外に向かって覚醒しないのだろうか
それはとてもデリケートな問題なのだ
いや、自我が肥大した人間は大人になるまで
この半トリップ状態を維持できるかが鍵なのかもしれぬ
すくなくとも今の状態で外の世界へ完璧に覚醒するのは
非常にあやうい
しかし、必然性あれば
おそらく苦もなくそれを捨てると思う
ようするにわたしはまだ甘えているわけで
結局、はんぱもんなわけで
どうしたものか
いや、それでも生きるわけで
己の哀れな末路は見えているわけで
それでもわたしは本当に外の世界に対して覚醒することがあるのだろうか
わからん
なぞだ
哀れだ
愚かだ
卑怯だ
子供だ
3月3日
ガンダムシードというアニメがやっています
ぼうや臭がするので女の子は好きかもしれません
男の子がどういうふうに見ているのかは知りませんが
自分の小さい頃を思い出すと、別に何も考えずにぼーっと見ていた気がします
今になってその作品を作った人が何を言いたかったのか
現したかったのかを考えますると
ああーと感動したりします
今、ウェットなものがはやっているのは
作り手側が女性を意識するようになったからでしょう
ウエット、無意味、さもなくば死
魔神英雄伝ワタルというアニメがありました
わたしはあまり好きなアニメではありませんでした
今になってなんで好きじゃないのか?という事を考えまするに
いつまでたっても家に帰れない、コワイという思いがあったからでした
でも、思春期の女の子にとっては家になんか帰りたくない
楽しい仲間とわいわい仲良く冒険していたい、という気持ちがあったのでしょう
女の子には人気があった作品でした
女の子は大抵は早熟し、大人びた物の考え方をするようになる反面
まだ少女の部分が残っているため
あのような毒にも薬にもならないユートピアのようなカンジが
よかったのでしょう
学校ならまだしも、家では完全なイレギュラーと化してしまうからです
愛情を素直に示すお父さん
か
とても暖かいお母さんがいれば早熟する必要もないのかもしれません
シードはまだ途中なので終わってから個人的な意見をのべる事にいたします
それではー
3月1日
モー娘。が出演しているジュースのCMで
漫画が
マイナー系でくせのあるベノムを感じさせてくれる絵を描く人で
好きだったのだが
CMに起用されたのですねー
よかったですなーうんうん
テツ&トモも売れてよかった
マイナーなものが爆発的にうけるとうれしいなー
と思ったらザーメンが欲しくなりました(椎名りんごさんのアルバム)
2月28日
想像力があまりあまっている日本人
トリップの道具として
純日本風な物はその様な日本人気質をにらんで作られ
それらはとても良いものなのだと感じるようになりました
ワビサビというか
そこは作るものの意気地と相手を思いやる気持ちがマッチしており
とても気持ちがよいものなのだと感じました
日本人は自分を表現するのが下手糞です、しゃべりが達者ではありません
だから様々な物がたまっていきます
だからこそ日本人にとって『モノ』というのは
でしゃばらないものの方がよろしいのです
これはクラシックの様な完全に構築された世界とは真逆の
薄い膜をこさえるような危うさをたたえるものであります
この淫靡、妖艶、儚さ、常世への憧れ
漂泊する魂
しかし、立体的であろうが、平面的であろうが
非日常を作りだすという点においては役割は一緒なのだ
2月23日
ぼくが安曇野ちひろ美術館をつくったわけ
という本を買いました
なんでこの人の絵はこんなにもいいのか
よすぎる、震えた、涙が出そうになった
特におびにあるライオンと少女と小鳥さんの絵なんかもう。。。
人はなぜ絵を見るのか
そんな事はともかくわたしは絵が好きでよかったな
2月21日
AOUショーに行ってきました
企業日でしたが、さる方に招いていただきました
ありがたーい
印象は割と小規模だな、というカンジを受けました
セガとサミーが元気だった気がする
セガはアヴァロンの鍵、F−ZEROと大型を推しているようだった
アミューズメントぉって感じであった
サミーはゲームはともかくやはりメダルの方に気合いが入っていた
ゲームは正直しょっぺえなぁという印象を受けた
新しいギルティギアはバランス調整をしたようである
あとプライズにおもしろいものが割といっぱいあって好感が持てた
別に新規ユーザーを開拓しようとか、一発いてまえ的な妙な野心がなく
楽しんでいるようで気持ちがよかった
ただ、男気なゲーセン古参ファンにとってはおもしろくない
ショーであったろうと思える
2月19日
ねこが家に入りたくて鳴く声は
『いれて、いれて』とまさしく猫なで声
でもなく
割と普通のテンションで鳴きはる
戸を開くと足の脇をするりと抜けて入る
2月17日
お姫様は王子様と結婚すべきだ
お姫様はお城の中で育ち、お城の中しか知らない
だから、お城の、例えば庭師なんかに恋をしてしまうかもしれない
しかし、庭師なんかと結婚してお姫様は幸せだろうか
お姫様はお姫様
下々の生活の事なんか知らない
生活していくのがどんなに大変か、とか
ちゃんと働かないと食っていけないとか
そういう常識がものの見事に欠落している
だから、お姫様は庭師と結婚すると
(もちろん王様が許すはずないから駆け落ちだ。わーかっちょいー)
そういう現実をいたいほどに知る事になる
豪華な暮らしになれ、かしずかれるのがあたりまえ
王様も王妃様も優しい
そんな生活はお姫様にとっては空気と水級に当たり前の事だったのだ
だから、愛情をたっぷり示してもらわないと気がすまない
でも、優しいだけでは駄目なのだ
パパはこんなんじゃなかったわ・・・
お城ではもっと・・・
子供の頃は・・・
お姫様はお姫様なのだ
おとなしく王子様と結婚するべきである
2月14日
犬を飼う時は毛がふさふさの小型犬にしよと思う
なでごこちがめちゃいいからである
でも、猫も好きだ
猫は観察しがいがある
犬はただ寝ているだけなので
観察のしがいがない
2月12日
一作目がヒットするとその次には
ちょっとこだわったものをつくるのはなんでだろう
トリイ・ヘイデンさんもそうだった
一作目のノンフィクションである『ひまわりの森』は
飾りっ毛の全くない文章が主題と凄くマッチしていて
すんげー面白かった
二作めはちょっと小細工をなさった
それがいいという人もいるだろう
うしおととらの藤田さんもからくりサーカス
ガオガイガーの米たにさんもベターマン
なーんでだなんでだろー
2月11日
日本人の想像力は凄いぜ
ギリシャの空は美しいらしい
だから、ギリシャ人はいっつも空を見上げていて
夜になってまで見上げていたからお星様でお話を作った
一方、日本といえばじっと地面を見つめていた
木の物陰、草の下、遥か向こうの山、などに思い巡らせ
八百ろずの神様を造った
日本人はすぐトリップする
だから下手すると材料はどうでもいい
粗悪品でも何とかなるぜ
不思議な不思議な日本人
もっとよくつぶさに観察したい
人は面白いのだ
私と関係ある人、まったく関係ない人
神の作りたもうた奇跡
自分が世界の運行とはまるで関係がないような意識に陥る時
自分以外の世界はものすごくあわただしく動いているように見え
じっと観察しているとまるで劇場で芝居を見ているような感覚におそわれる
これは自我を強めている状態では覗けぬ世界
ショッピングモールなどで腰を落としていろんな人達を観察していると
その人の今までの人生とか、これからとか
なんとなく想像してしまって面白い
自分の意識は開けているのに、他の人は買い物に夢中だから
完全に一方的に『見ている』立場になって面白いのだ
人は人の人生を面白いと思うものだろうか
2月9日
ターンAのキャラデザを安田朗がやると知って
絵を見た時に私は狂喜した
この絵が動くのか!かんどー
と、思ったけど実際のアニメの方はのっぺりしていて
ほっぺのぷにぷに感とか肉のやわらかーい肉感などは消去されていて
何のために線を少なくしたねん、と突っ込みを入れたくなったもんです
富野監督も安田さんの画集でわからない奴が書いて面白くなくなった
とおっしゃっていた
それは演出家もそうだったらしい
つまり、演出家の皆様もそのような趣旨を理解していなかったか
あるいは『今のアニメ界じゃむりにきまってんだろ』と思ったか
結果として絵はのっぺり&ざっくりしてしまって
線を減らしてまで肉感を優先させようとした意図は
思いっきり裏目に出たといえる
以降のゲームなどにかかれる絵などを見ても
その肉感、柔らかい、心地よい風みたいな感じは
まったくもって理解されていないようだった
しかし、アニメは集団作業であるゆえ
その様な曖昧な思想統括は困難であったと思える
猫の恩返しを見てジブリもそうなのだなぁ、と思った
いや難しいよ肉感って
2月8日
わお、こんな田舎なのに路上でギターを弾いている若者がいる
なんかすげーっす
がんばりゃんせ
2月6日
俺も昔は凄かったんだぜぇい、と言う話をなさるが
私は今現在のあなたしか知らないし
昔がどうであったかなどは知るよしもない
つまりは今が大事という事なのだが
その辺はどうですか
歩み続けるというのはどうですか
やはり、様々な事象をおもしろいと感じる事が肝要か
じいさまがテレビの受け売り北朝鮮論をぶちまけていた
こういう話は人を引かせるだけなのだ
注意しよう
2月3日
久々にガオガイガーを見る
ああイカス、何でこんなにイカスのか
護くんキュートだ
凱はうるさい
そして、よくピンチになる
華ちゃんはラブリーだ
命はスカートが短すぎる
長官さんはナイスミドルだ
かいどうはお母さん思いだ
ジェイは鼻がでかい
スワンちゃんはちちがでかい
護くんの両親はザ・善人だ
悪い人に狙われると思うのでお守りさしあげたい
この世には『悪意』と『利己的生命体』がいると教えてあげたい
とにかく子供への愛情にあふれていて気持ちがいい
素晴らしい
2月1日
ボンバーマンジェッターズおもしろいです
少年漫画の王道『おやじごえ(兄だけど)』『友情』をしかと踏襲しており
かつユーモラスがあり真剣でないところがよろしおすな
スタジオディーンが作ってるっていうのが衝撃でしたが
ただなあミスター味っ子とかぶってるんだよなぁ
ああ今川さん・・・
1月31日
小室さんとけいこさんはいつまで続くんだろう
前の奥さんはもうCD出さないのか
うたださんは商売で歌作ってますって感じがするなぁ
渥美さんと虎さんは同義になってるのだな
普段の渥美さんは理知的な人らしかったです
でも、虎さんファンからすれば普段の渥美さんなんか知ったちゃねえ
虎さんこそが普段の渥美さんだってなっておるわけです
で。
渥美さんもそんなものは百も承知だから、町中で声なんかかけられると
虎さんを演じるわけだ
こういう風にさせたり、やらせたりする事を業という
悪意がないからこそおそろしいのだ
気づいていないからこそ幸せなのだ
やったぜ
人類は無敵だ
マリー・アントワネット様は今のところ最強のぶっちぎり超人だと思う
万年少女という言葉がよく響くよ
そりゃね男親は娘ができたら通常は溺愛するものさ
だから、娘さんはせまい世界でえた情報で傲慢にいたるのだ
あるいはそんな傲慢娘を見て私はこんなもんとは違うと傲慢するのだ
あるいは小難しい本よんで傲慢するのだ
結局、傲慢するのだ
やったぜ
人類は無敵だ
渥美さんを見て「虎さん」と呼びかけたくなるのは人情だ
これはいかしかたなく
しかし、渥美さんは普段から虎さんするほど呆けてはおらず
『虎さん』と呼びかけられるたびに呆けるのだ
この溜まっていくストレスをどう御していたのだろうか
回路を切っているのやも知れぬ
そうやも知れぬなぁ
1月30日
見仏記っていい本だなぁ
って読んだの今回の親孝行篇がはじめてだけど
みうらさんは女の子に人気ないだろうなぁ
みうらさんとなぎらさんは同じようなスメルがするなぁ
いい加減って感じで
いい加減の大事さがわかる人間がどれほどいるだろうか
物事を無価値と断じつつ、もろもろの行ないを無意味だと悟りつつ
それでも価値があるように、意味があるようにと
模索する人の寂しさや悲しさを知る人がいるだろうか
1月29日
子供の頃いわさきちひろさんの絵が嫌いだった
なにか子宮に取り込まれそうな感じがしたからだ
これは大人になってから付けた理由だ
子供の頃はなんかぞわぞわして苦手だった
今は好きだ
しかし、取り込まれそうという印象はあまり変っていない
1月28日
ノロイ様は素敵だ
ノロイ様は別に食べるに困ってねずみ達をキルしておるわけではない
ただぶっ殺したいから殺している
欲望に忠実なのは素晴らしい事だ
何も誰も顧みずみられず、ずずずいとその道を極めていただきたい
あるシステムがデッドロック達した時に何処からか誰ともなくてこ入れがはいる
ヴィシュヌ様であり、シヴァ様であり、あるいはロキ様であったり
プロメテウスさんだったり、スサノオ様だったりする
そういうのは別に神様に導かれるとかいう話ではなく
この手の御方達は超ウルトラミラクルハイパーおせっかいだから
キャシャーンがやらねばだれがやるってなもんで自らが矢面に立つ
ご立派なこったぜ
僕は『臆病なくらいが丁度いいよのねー』といってうしろから
理想主義者と現世物理至上主義者の衝突を楽しむ
つまる
つまり
あふれんばかりの人口爆発によって宇宙移民者にさせられた我々が
何度、連邦に自由を要求して踏みにじられた事か
こういう膠着状態が続いて爆発する
この状態をてこ入れという
事実、我々は事が起こらなければ何も学習しえない
いやそれほどに感覚に依って生きている事となる
自我の安定という目下のところ人が目指すべき目標が
他人に対する興味や想像力の欠如を生む事は大いにありえる
しかし、想像はあくまで想像でしかない事も事実
この折り合いが難しいのだ
てこ入れというのが本来個人レベルで頻繁に起こっていれば
別に超ミラクルスーパーハイパーおせっかい様の手を借りずにすむ
それをさせてしまうのは我々の悪徳のなせる業だろうか
つまり、人間は北野武の強い孤独感がにじみ出た絵を見て
『わー素敵な絵ー』と言えてしまうものなのだな
しかし、それがわかったとしてもどうしようもあるまい
そういうものだ
自分が誰かに何か与えられるとか、求められているとか
そういう錯覚や誤解を信じて自身の暗闇を見ないでいつづけるという事を
罪とは言わないだろうが
盲目や暗愚が御多感様を心ならずも傷つけているというのは確かなようだ
結局のところ内容はどうあれひとりごちるのが人間だものなぁ
物質的にはそういう作りだ
例えば、ある女性がある男性とひたしげに話していて
その女性が次にわたしに話し掛けてきてこういった事があった
『私、あの人嫌いなのよね』
ぶっちぎりな回答だと思ったが
要するにいつ自分もこう言われているかわからねぇなあ
と思うのが人情である
言われているかもしれない、言われてないかもしれない
なんとなく量子学の分野の話のような気がしてきた
言われてるか、いないかは結局のところ、キチンと耳で聞いたり目で見ないと分からない
その想像力が人を不安にさせる
想像力はもっぱらネガティブな思考に利用されやすい
なぜなら人間はいつもハイな状態でいるわけではないし
それにハイからニュートラルに戻った時に多くの人は虚しさを感じるはずである
これらの要素が想像力をネガティブなものに利用してしまう事になる
こういう虚無の瞬間を避けるために人は常に情報を流入し続ける
そして今の時代はそれらであふれかえっている
あるいは空想に逃げ込むだろうか
てこ入れの話に戻ろう
人間が何故に盲目状態に陥るのか
それは往々にして虚無の瞬間を避けるためであろう
その瞬間では人は自己と対峙するしかない
なにもないと感じる人もいれば
自分は人よりすぐれているから大丈夫だとひとりごちるうつけもいる
こういう状態は大抵がコンプレックスの裏返しか幼稚な全能感からくるものである
増長は盲目の第一歩なのだ
己の力や知識を過信し、狭い世界で自分が特別な存在だと思うようになる
結果、自己の鍛練がおろそかになり、今の状態に安寧し
精進をやめ、自分の全能性を信じ
いつしかそんな事も考えない、そんなことは当たり前と思えるほどに
盲目になる
そして、ある時期から自分のイメージする自分と今の自分に多大な差異がある事を感じ始め
あるものは完全に外からの情報をシャットアウトし、前進を止め
あるものは無意味に攻撃的になり、何もかも破壊したいような衝動にかられる
前者はプライドが高いために作りあげた自分の像のぼろのでないような生き方をする
後者は言うまでもないような
年も年だし、今現在存在する人間関係というものもある
そう簡単に人間は変らないし、簡単に変る人間を人は信用しない
結局失敗を確信したら、少しずつ改善していくしかない
だから、どうすんだ?と思う事がある
この人どうすんだろうと思う事がある
言うべきではないだろう、なにしろ僭越すぎる
かはらともみやパイレーツは今、改心したようです
昔はぶっちぎりだった
なにがあなた達を増長させたんですか?と聞いてみたい
が
さすがにそれは酷というものだろう
しかし、改心する前は面白かった
そのあまりの盲目ぶりには感心したものである
あの状態の人間は面白い。もちろん、絶対関わりたくはない
端から見る分にはかなりおもしろい
でも、なにかあってあの人達は改心したのだな
結局、てこ入れと慢心の繰り返しだものなぁ
1月27日
情けは人の為ならずの思想が好きだ
今日、善行をしたが
日ごろの悪行(このHP)が祟ってすぐにその徳は消えました
んがぐっく
1月26日
ざっくり感
妄想力が肥大して
かつ現実の問題をわきまえていない生物に起こる心象の音
例えば、極めて古典的なコウノトリを信じていそうな幼い少女が
異性に対して性的な興味を持ったとする
彼女が内向的であった場合に、この様な欲求を他人に話すなどという事はないだろう
知りえぬものは今の世に氾濫する情報でまかなう
彼女が幸いにしてか不幸にしてか知り得た情報が
非常に乙女ちっくな『好きな人とのセックスって幸せ』な事という
まったく現実的な情報をともわないものだったと仮定する
彼女の妄想力が肥大していくのと同時に
彼女の彼氏もまた妄想力を肥大させていく事だろう
しかし、少女の妄想力がもっぱら精神的なつながりを求めるような想像であるのに対し
彼氏の方といえば、純粋に肉体的な妄想である事が多い
例えば、女の子のからだってどんなんだろう、アソコはどうなってるのかなぁ、など
こういった妄想や想像の差異がある中でも二人の思いは同時に高まる事だろう
それがはじけた時にセックスを行なうが
男の子の方はといえば、我が煩悩のおもむくままに女の子のからだを乱雑に扱い
三擦り半で手前勝手に「うっ」といってしまうことだろう
女の子の方といえば『好きな人とのセックスって幸せ』
の妄想を膨らましてきただけに
ホワイトストームが如くあっというまにすぎさったそれにただただ茫然とする事だろう
これがざっくり感だ
つまり己の妄想が肥大して、かつ現実の情報を仕入れないような状態で
その妄想が破壊させるような事がおきると
人の心はその保身のために、さらに細かい情報をシャットアウトする
そして、じっくりとゆっくりと妄想を破壊した事件に対しての処理を行なっていく
現実と妄想はおりあいがつくだろうか?
これは簡単な事なのだ
普通妄想力が肥大した人間は現実は、今自分が思う通りだと思い込んでいる
つまり、自分が妄想力が肥大している事に対して自覚症状はない
それを持つと妄想力が肥大した人間とは言わない
私はグランディングした人間という
妄想力が肥大している人間は、当然の事ながら自分というものをよく理解していない
そういう人間は独り善がりに見えて、実は他人がいないと存在できない人間である
他人と他人との隙間に自分の居場所を見つけるタイプで
それが価値がある事だと思っている
わたしに言わせればただの器用なやつにすぎないのだが
こういう善人で愚鈍な人達の間で妄想力が肥大した人間はより巨大になる
あるいは、その妄想力を破壊させる事によって
徐々に地に足が付いた状態になる
どうしてか人は地に足が付いていない方がいいのではないかと思う
それは独り善がりに見えて、かなり周りの人間に依存している事を
知らない人間がいうセリフである
無知とか盲目が妄想力を手にする恐怖
通常、人は現実とそうでない領域とを折り合いを付けながら生きている
片方が肥大する状態
リアリストもロマンチストもどちらも我々に衝撃を与える存在ではある
これが傲慢であったり、盲目であったりする場合に
とてつもない嫌悪をわたしは抱く
それはわたしが『自分の事を客観視しない事はないだろう』あるいは
『そうでなくとも慢心はしないはずだ』と思っているからである
だから、すでに常識化、水と空気化した事の真反対をいかれると
わたしはぎょっとするのだ
人は誰しもが自らの価値観というものを持っており
その反対の事をされるとぎょっとする
そういった固定観念をとっぱらうことが人はできるだろうか
しかし、それは同時に人がまた混沌の時代に入る事を象徴している気もする
そうしたのならカオスという泥の上に咲く蓮をなんと呼べばよいか
美しいか、秩序か、崇めるべきものか、別の何かか
しかし、そういった固定観念、無意識までに沈んだ常識を
指針にして人が生きている事は確かだ
人と人のその沈殿した部分のすりあわせが秩序を構築している
つまるところ傲慢するというのは
通常、人が意識的に欠落させているものを
鬼の首とって来ました面をする人間。その人間の浅はかさがさせるものか
それで慢心するという事はおさないからだろうか
ざっくり感はこれとは真逆の性質だ
無知ではあるが自分の感覚の導くものに対しては敏感で吸収が良い
しかし、知らない事は極端に本当に何も知らない
しかし、傲慢にはならない
そこまで知らないからだ
己の感覚に依って生きているので、世界とのギャップが激しい
そして拠り所を打ち砕かれるたびに
必要以上に情報をシャットアウトする
私は傲慢とざっくりしている人のどちらがよいかと問われれば後者だ
ざっくりした人ははなから自分以外の人間を認知していない
傲慢は他人の利用の仕方がうまい
そこが好かん
1月21日
相撲というのは本当に中年男老年じいさんの
ヒロイズムをしょっている商売なのだなぁ
相撲の土俵に女をあげないのは女性差別だといった人がいた
宝塚の舞台にむさい男が殴り上がってよいのかとその人に問うてみたい
何事にも犯されざる領域というものはあるべきで
それが美しさを構築していると知っておるのなら
理解できぬ、差別だ、改めよなどとは軽々しく言わないものだ
ガンダムの宇宙の戦闘シーンは美しい
美しいと感じるのは動きを見てそう思うわけでありんす
だから安彦さんはカラミもとてもよいエロスを出すはずである
戦闘シーンで気分が高揚するというのはわたしが男だからだろう
女性の漫画家は布の質感とか色とか心情表現にこだわる
そして、それが美しいものがある
往々にして想像を発起させるものが多い
でも、こいいう線引きを男だから女だから、とは思わない
しかし、早々と自分の能力や限界を決定する事で
得られる安心感というものは知っている
それは男と女を区別する事になる
男は男らしく、女は女らしくというのは美しい
そして、そうでいられぬものがそういったものを破壊して
現代があるというのも知っている
これを暴力という
もしかしたらずっと昔からあったのかもしれない
しかし、昔の事は知らない
でも、それで良いとわたしは思う
人間はそういうものであるから
1月19日
芥川賞をとった人は子供の頃から
正義とか常識とかに懐疑的だったそうです
つい最近召された深作監督もそうでした
森村泰昌という美術家がおます
彼の美術評論は面白いですが
メインストリートを行く人は目くじらを立てる事でしょう
つまり、なんか有名なる人というのはそういう人なのだ
で、彼らは言いたい事がある
しかし、彼らが言ってやりてぇと思っている人間は彼らの言葉を
運よく聞かなかったり、意識的あるいは無意識に避けて通っている
これもそういうものなのだ
そして、わたしの事言ってんじゃないでしょうね
と勘違いをされる敏感マダムあたりに
たたかれる
それもそういうものなのだ
だから彼らがやっている事は大阪夏の陣なのである
つまり、外堀をふがふが埋めて自分は手を汚さずに(他意あり)
言いたい事を言いたい人に反省とか覚悟とかをうながす
そう、無知でいいのである
問題なのは盲目なのだ
精神や物の考え方を硬直させるのは『楽だから』(他意あり)だから
で、何か言いたい人はその盲目人に対して言いたい
が
盲目人はそんな本を読んだり、そんな絵を見たり、そんな映像作品を見たりしない
うまくできているなぁと思う
盲目人はきっとお多感なのだ
エニウェイエブリシング青春なのだと思われる
それが大人でありんすというような勘違いをなされる
それというのは表層的に凝り固まった価値観を指す
孤独や挫折を味わなわない、あるいは超鈍感、永遠の子供でもよろしいが
こういった人に言いたい
のだ
しかし、しかしなぁ
最近、盲目は選択して盲目なのだという事を思う
先も触れたようにお多感なのだ
それでいてプライドは高い
書いていてどうしようもねえだろ、そんなもんと思うが
どうしようもしたい
いやしたくない
お多感でかわゆい無知でちんけなプライドがある
いつまでか、おそらく死ぬまでだろう
個人差はあるようだが
それだから何か言いたい人は大阪夏の陣をやるしかないのだ
1月12日
蓮の花
泥の中で美しく咲く花だとよ
泥ってのはようするにカオスだろ
邪悪と称する輩も居るがね、混沌ってのは力の吹きだまりで
それがどのように変化するから分からんからカオスなのだ
そこに咲く花って事はー
・・・
なんやねん
1月9日
やはり犬にも美人とかそうでないものはいるわけで
犬でも美人に合うと人は幸せなのだ
『やっぱり男の人って美人が好きなんだ・・・』
そうですよ、当たり前です
あ、香取真吾さんだ
『きゃー香取くーん!こっち向いてェー!』
うむ
1月5日
かつてこの国は坊やだった国アメリカさんに犯された
この国を司っていた三柱、すなわち、えろ、ぐろてすく、なんせんす
はその時をさかいに消えた
丁度、坊やが女の子に
「夢ばっかみてねえで、現実の問題に目を向けろよ」
と言ってしまうのと同じだ
坊やの一番に成すべき仕事とは老人の否定なのだ
老人を排斥し、新しい世界を作る
それが若者の仕事
それは残虐であるが、そうやって世界は形作られた
若者が老人になって、かつて自分達が排斥した老人たちの心中に思いはせる頃
その次代の若者によって今度は自分達が排斥させられる事となる
わびる事などない
顧みる事も
若さとはそういうものなのだ
アメリカ君
しかし、アメリカという国を創造した一部の知的な哲学者の理念が−
つまり、民主主義という究極のロマンチズムを維持するというのが
とんでもなく大変だという事をお教え頂いたでございあす
日本はね、もう駄目だよ
民主主義の肝たる教育は"ゆとり教育"だってしゃ
うきゃ
その補完作業を現代文明が行なっている
すなわち、文学、詩、映画、漫画、アニメ、芝居・・・
少年よ、汝が理想を掲げる時
それは何よりも美しい瞬間なのだ
しかし、汝はその理想を持ち続ける事の難しさ、その理想を実現にする難しさ
そして現実の辛さを知るものだろう
しかし、理想を持ち続けるものは貴いのだ、美しいのだ
少年よ、今は傷つき心傷めているであろう
だが本当に希望さえも失ったのか?
少年よ、わたしは君を信じている
君が決してくじける事のない魂を持つものなのだと
セイレーンの呼ぶ声がするか?母の胸の中はさぞや居心地がよい事だろう
汝には神が授けた気高い魂がある
醜悪な獣のものになど下らなくてよいのだ
どうせ奴等は君が望む振る舞いをしたとて、心から喜ぶ事はないのだから
信念を持って生きよ、汝は美しい
1月4日
自分の駄目な部分をはらはらと
なんの臆面もなく卑下するわけでもなく
素直に実直に
そんなに素直になれないもんとか言うやつはほっといて
あなたは美しいのだから
わたしがあなたをリスペクトする
虚飾は飽いたぞ
虚飾を虚飾とも気づかないやつ飽いたぞ
虚飾を虚飾だと分かっていてばれてねえからいっちまえとか言うやつ飽いたぞ
ああ、虚飾だよ虚飾で何がわるいと開き直るやつ飽いたぞ
傷をぺろぺろなめ合うやつ飽いたぞ
しかし、すべてがそれだ
いまさらにどうにかできるのものではない
傷ぺろぺろでようござんす
美しい人、今あなたの心にあらわれたる感情は哀れといいます
この人達とわたしに向けたその感情、哀れといいます
しかし、世界のほぼそれなのです、美しい人
あるいは気づかないとかあるいはずっと目を伏せていたり
人は有史以前からそうでしたよ
何も進化などしていません
こんなものです、美しい人
人なんぞこんなものなのです、美しい人よ
どうか哀れんでください
我々はこんなものです
進化するわけがありません
哀れんでくださいましね、美しい人よ
こんなものです
だから、人はこんなやつに付き合っちゃいらんねー
普通でいよう、普通でー、と思うのです
そうです、人とはそうでよいのです
ただ一部の暗愚が暴走するのです
美しい人、わたしも哀れんでください
その人達と一緒に
わたしがあなたの尖兵となりねこそぎなぎ払ってもよいのですが
そんな事は・・・
絶望は早い方がよろしいか
遅い方がよろしいか
わたしは暗愚が暗愚のまま、そのままに捨て置かれるのを良しとはしませんよ
美しい人、あなたは慈悲深いからきっと許すのでしょうけど
自重と自嘲をしらない暗愚に私は殺意しか覚えません
これほどの暗愚が存在してよいのですか、美しい人よ
それも許しますか
お優しい事で
あなたのその優しさに付け入るだけですよ、暗愚は
何処までも卑劣で傲慢なのです
それでもよろしいのですか
価値ある一手とは世迷言でしょう
最善というものはありえない
そう思う事はできますが、実際にはどうであれ時間は進のですから
ユートピア思想もモラトリアム思考もすべてよし
美しい人、あなたがいてくれればわたしはすべての暗愚を水に流せます
愛は何よりにも勝るでしょう
1月3日
大丈夫、ばれてないよ
あと皆優しいから
優しいなぁ
それとも興味ないのか
こっちか?
しかし、あれですよ
ピーターパン、あるいはロミオとジュリエット
周りの人間はどうでもいい、と
ふんふん
別にその考え方で問題はない
ただ、都合のいい時だけ他人に頼るからムシズが走る
どうしたらいいものか
みんなどうしてるのかなぁ
みんな残酷だよなぁ
あいまいな寛容はそのひとにとってはよろしくないと思う
将来的にね
でも、哀れで無様で惨めで僕はそっちの方が好きだな
きっとそうなっても君は周りの人間を呪って
自分のしてきた事を後悔する事はないんだ、素敵だなぁ
みんな残酷な事をよくそんな何食わぬ顔でできるなぁ
堅気の人はやっぱ凄いや
ぼくも早くそうなりたいな
じゃあ、もう眠いから眠ります、お休みなさい
人類に幸あれ。
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