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| 東京都葛飾区のお散歩報告 | ||||||||||||||||||||||
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| <熊野神社と立石様> | ||||||||||||||||||||||
| 実在する石から由来していた立石という地名・・・ | ||||||||||||||||||||||
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ここは、葛飾区立石にある<熊野神社>です。
この神社は今から千年ほど昔(長保年間)に、陰陽道の祖として有名な阿部晴明が創建したそうです。 陰陽五行(木火土金水の五元素を中心とした考え)説にならって敷地内が本殿を中心に、一辺が30間ほどの正五角形なっているとの事。(行ってみると、なんとなく敷地が角張っているような。)昔はさらにその土地が土盛りされており、水害でもその場所だけ水につからず、人々の避難場所になっていたそうです。 御神体は神代より伝わった、丸く長い摩製の<石棒>で古代の石剣の一種。長さは75センチほど。 |
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| この<石棒>は古くからこの神社に伝わっていたものだそうですが、江戸中期の頃、幕府の江戸近郊地誌取調べの際に葛飾郡を受け持った、御普請役の柏原由右衛門さん達が改めて発見し、公に紹介される事となったそうです。 この時、柏原由右衛門さんは「この神体は石剣であり稀なる物なので大切にするように。」と伝えたそうで名主から代官に宛てた文書中にも、そのように記されているとの事です。 その後も明治以降、考古学者の論議を呼び一躍有名になったりもしたそうです。 |
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| さて、今回見に来たのはこの<石棒>ではなく(御神体なので見ようと思っても、そう簡単に見られるようなものじゃありませんが)。もうひとつ、ここの地名<立石>の由来になったという、今も実存する<立石様>という石なのです。が・・・。神社内を探してみてもそれらしい石は見つかりません。熊野神社にあるものだと思っていたのに。右往左往していると、神社の奥から動物のいななきが聞こえてきました。 声の主は左のこの子。 キュートな彼女は、この神社の裏側にある熊野幼稚園のアイドル、ポニーの<きらら>ちゃんです。 さみしがりやとの事なのでそのせいか、時たまいなないています。(ただウロチョロされて目障りなだけとか?) |
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| あまり目的重視をせずに、のんびり歩くのがモットーなのですが、ちょっと拍子抜けだったので参拝に来られていた地元の方らしき2名のご婦人に聞いてみました。 その石の話をすると残念ながら知らなかったものの、興味をもたれたらしく一緒に探してくれるとの事。まるで打ち合わせ済のテレビ撮影みたいな展開で、立石様探しは続きます。 (熊野神社と立石様のつづきへ行く) |
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