□angel's sleep drug

 

 

 

    

 

じゃあ望ちゃん、待ってるからね───

 

突然普賢がやってきた。

珍しく早口になって、こう言った。

「明日、月が出てくる頃にあの木の下で」

・・・・・・・嬉しかった。

 

 

青い、月──・・・

嫌いではないが・・・・・好きになれぬのだ。

・・・あの哀しい色を見ると───

泣いているのではないかと・・・

そう───・・・・・

お主が泣いておるのではないかと・・・

思ってしまうから・・・・・・・・。

 

約束の丘が、見える。

木の下に、小さく輝く金輪が一つ。

───普賢・・・・・・

心が解けていく・・・そんな自分に気付く。

「普・・・・・・」

声を掛けようとした。

───寝てる?

瞼を閉じ、その透碧な瞳を隠して───

───疲れておるのか・・・・・・。

そっと、腰を下ろした。

普賢の隣に。

暖かな体温が伝わる──・・・・・・

昔と変わらない、優しい、心音とともに。

ずっと・・・このままで・・・・・・・

このまま刻を止めて──────

そう思った。

そう願った───

でも・・・・

この聖夜の空気に

お主の肩が寒そうで・・・・・・・・。

気を配りながら・・・・・

起こさないように、気を配りながら

そっと・・・・・普賢を抱き寄せた。

───暖かい・・・・・

 

自分の隣、透碧の瞳を感じた。

「・・・望ちゃん・・・?」

起こしてしまった。

せめて、暖めてやろうと思った。

まさか・・・自分の身体がここまで冷えているとは、思いもしなかったから。

「・・・・・寝ちゃってた・・・・ごめん・・・・・・」

肩におかれた手を振り払おうともせずに、普賢は太公望を見ていった。

「・・・・・望ちゃん・・・冷えてるよ・・・」

普賢の手が、太公望の背中に廻される。

「・・・・・普・・・賢・・・・・」

「・・・あったかいでしょ?・・・・・・・・」

研ぎ澄まされた夜の空気に、突然、天使からの贈り物──・・・・

   ────純白の、雪・・・・・・・・・・・・

───・・・・・・・・・・

沈黙が、心地よかった。

一言も話さずに───

お互いの温もりを確かめるだけで・・・

それだけでよかった。

「・・・・・・・いい加減にこの手を離さぬか?」

沈黙を破ったのは太公望だった。

言葉だけは冷たくて。

───声は笑っているのにね・・・・・・・。

「望ちゃんが先でしょ?」

微笑混じりに。

怒ったように見せかけて。

背中に廻した手を、さらに強くして・・・・。

「お主がそんな格好で寝ておるからであろう?」

そして、二人で笑い合った。

青い月だけが見ていた。

そんな二人の、ささやかなクリスマスを───

 

・・・・・・・だけどそれも・・・遠い、想い出───

 

 

 

「・・・・・・んっ・・・・・」

再び巡ってきた、クリスマスの季節・・・・・

暖かい布団の中で寝返りを打っても、そこにあの心音は、聞こえはしない。

・・・・・・・もういないのだから───

普賢は───・・・・・・・

ひとり残された朝───

ただ想うは、去年の、あのクリスマス。

二人、あの木の下で温もりを確かめ合い、笑い合ったこと───。

そして、あの月の青い光────

 

月の輝く頃───

ひとり、丘の上の木の下で。

膝を抱え、座り込む。

毎日、毎日───・・・・・・・

「太公望師叔・・・もうやめて下さい・・・・・・。」

楊ゼンは、いつもこう言う。

「あなたの身体が心配です。」とも。

・・・・・どうなってもいいと思っていた。

この身体なんか。

・・・逢える気がしてた。

普賢に。

また、この木の下で、待っているような気がして───

また、眠そうな目で、自分を呼んでくれそうな気がして───

そう。

お主がいること・・・・

それが、わしのすべて──・・・・・

 

静かに泪が太公望の頬を伝った。

青い青い、月を映して───。

 

───こんな泪は・・・偽物だ・・・・

 

 

ここ、崑崙山において、月の沈む時刻は早い。

今日も、またあの木の下には太公望の姿が見える。

───太公望師叔・・・・・・

それは、いつの間にか楊ゼンの日課になっていた。

太公望が丘から帰ってくるのを見届けてから就寝。

───あなたの身体が心配です。

「・・・・・・・・?」

───今日は? もう・・・月が沈んでいるのに・・・・・

太公望の影は、一向に動く気配を見せない。

───まさかっ!

 

その「まさか」だった。

「師叔! 太公望師叔!」

少し強く、肩を揺さぶる。

寒さと疲れからか、睡魔に襲われたようだ。

「師叔っ! 起きて下さいっ!」

その冷たいからだを力一杯に抱きしめた。

「・・・・・・・んっ・・・」

喉の奥で呻る声が聞こえた。

「・・・楊ゼン?」

うつろに、目を開いて───・・・

「師叔・・・もうやめて下さい・・・・・こんなコトは・・・・・・」

哀願するような楊ゼン。

自然と、腕に力が入る。

「・・・・・・・・悲しむであろう? わしが来ぬと・・・・・」

「・・・・・えっ?」

理解ができない・・・・・・。

誰が?・・・悲しむって?

「月が青いからのぅ・・・泣いておるやもしれん。」

───それって・・・・・

「・・・普賢様・・・・ですか?」

ためらいがちに、言葉にした。

この人の前では、禁句はずの二文字を・・・・・

───!

太公望の頬に、静かに流れる、涙が一筋──・・・・

「・・・・・わしも・・・一緒に逝ってやればよかったのだっ」

堅く目を閉じ、唇をかむ。

あまりに幼気なその姿に、楊ゼンも心がきしんだ。

「・・・・・・師叔・・・言わないで下さい・・・そんなことは・・・・・」

「お主に何が解るっ!」

突然、太公望の激しい怒り。

泣きじゃくりながら・・・楊ゼンの胸に顔を埋めながら・・・・・

「お主に・・・何が・・・・・っ・・・」

あとは言葉にならなかった。

口を突いて出てくるのは、嗚咽だけで──・・・

───もう無理か・・・・・・

楊ゼンは、そう思った。

「師叔・・・・・」

密かに持っていた麻酔薬を、太公望の口に押しつけた。

「・・・くっ・・・・・・・・・」

重力に引かれるままに、地に着く彼の身体をそっと受け止める。

「・・・許して下さい・・・・・・」

そして・・・・・

「・・・やはり、持っていたんですね。」

太公望の懐から不気味に光る短刀を取り出す。

───普賢様の後を追おうとしていたのですか・・・

目尻に涙をためたままの太公望にそっと囁く。

「・・・・・つぎに起きたときには・・・少しは楽になっていると思いますから・・・」

───そう・・・少しだけ・・・ほんの少しだけ、記憶が薄れているはずですから・・・。

angel's sleep drug・・・僕が師匠にもらったものです。

「・・・・・・・僕からの・・・クリスマスプレゼントです・・・・」

 

青い月の光の中、去年と同じ、天使達からのプレゼント。

 

 白い白い・・・・・

汚れを知らない

    綺麗な雪が

 永遠の時を想わせる、青い月の光の中へと

                  溶けていった───

永遠に変わることのない、

       哀しい

         想いとともに───

 

    

                   THE END

 

 

                                               碧月孤