浸食
       
 
              ハレルヤ   ハレルヤ
 
       美しき白雪姫様が王子様と結婚された
 
       お優しき白雪姫様は  酷い仕打ちをなさった継母も結婚式にお呼びになった
 
       真っ赤に焼けた鉄の靴を履かせ、継母が踊り狂って死ぬ様を
 
       王子様と二人でご覧になられた
 
       ハレルヤ  ハレルヤ  
 
       ここに悪が滅び、美しき白雪姫様が生き残られた。
 
       物語はハッピーエンド 
 
       しかし
 
       
       残酷ナノハ誰ダ?
 
 
「何をお読みになられてるんですか、師叔」
楊ゼンは窓辺の椅子に腰掛けている太公望に声をかけた。
太公望は楊ゼンの声に気がつくと、ため息をひとつついてぱたりと本を閉じる。
「白雪姫だ。お前も読んだことぐらいあろう?」
「えぇ。小さいころに何度か師匠に読んでもらいました。なつかしいですね。」
「なつかしい・・・・・か・・・・・」
ふっと憂いげな表情を見せると、太公望は視線を自分の手で持っている本に落とす。
何か気に障ることを言ったのかと楊ゼンは不安になった。
こんなせつなげな表情を太公望が見せるのは落ち込んだときか傷ついたときしかないのだから。
 
太公望は本当に脆い。
誰よりも光り輝いているけれど、光に触れようと手を伸ばせば
途端に壊れてしまう。
まるで硝子細工
 
「白雪姫とダッキはそっくりだとは思わぬか?」
ぽつりと太公望がつぶやいた。
「白雪姫は美しい。だがそれだけだ。
 美しき仮面の下には残忍な心が潜んでおった。
 王子は白雪姫の美貌にのみ惹かれ結婚までした。
 民衆は白雪姫を祝福し、物語は終わる。
 しかもその話を幼き子供に話す大人。」
 
太公望が言わんとしていることがすぐに理解できた。
それと同時に
太公望の傷が深いこともわかってしまった。
 
悲しみに侵された真っ白な心
あまりにも純粋すぎて 現実が残酷すぎて
あなたの心は張り裂けんばかりに泣いている
守りたい。守りたい。
でも僕はあなたの心を包み込む腕がない。
あなたの心を癒す術もない。
 
あまり無力な僕
あなたにかける言葉も見つけられない
 
沈黙
ただそれだけが二人を支配する。
太公望は楊ゼンが今にも泣きそうな瞳で自分を見つめるのがわかったから
ふっと笑って立った。
「何を泣いておる。そろそろ飯だぞ!今日は何かのう??」
そう言って太公望は部屋を出て行った。
 
「僕は泣いてませんよ。泣いているのはあなたでしょう?」
その証拠にあなたはさっき、僕と目をあわさなかったじゃないですか。
 
夕食の間、太公望と楊ゼンは何も話さなかった。
まわりの者が何度声をかけても
軽くうなずくか、少しばかり笑うだけ。
太公望も楊ゼンもそれぞれ別々に席をたった。
いつもなら、軽い冗談を交えて話をしながら
ゆっくりと楽しく食事をして
一緒に席をたっているというのに。
 
 
   わしはどうすればいいのだろう?
   どれだけ頑張ろうと ダッキのようなやつがまだいる
   人々が白雪姫を「良い」と思って語り継ぐ限り、ダッキの分身は何度でも姿を現すだろう。
   わしが間違っているのか?
   ダッキを倒して、よい時代を築こうとするこの思想は誤り?
   
黒い薔薇の中に白い薔薇が1輪咲いていたならばそれこそが異端の存在?
 
 
あぁ、師匠。僕はどうすればよいのでしょうか?
聡明な師匠のことですから、何かを想って幼きころの僕に「白雪姫」を読んで聞かせたのでしょうに。
僕にはあの人の心が救えないんです。
苦しんでいるのに、傷ついているのに、迷っているのに
あの人が、僕に弱さを見せてくれたというのに
それでもどうすることも出来なかった僕。
声のひとつも かけてあげられなかった。
 
たった1輪の白い薔薇が黒い薔薇の大輪の中で枯れていくのを眺めることしか出来ない
 
 
 
日は落ちてあたりはすっかり闇に包まれた。
空には雲がかかっていて星も月も見ることが出来ない。
それでも、なぜか外に出たくて、外にいたくて
太公望はふらりふらりと、まるで夢遊病のようにおぼつかない足取りで外に出た。
その姿を自室の窓から楊ゼンが発見した。
「スース・・・・???」
いてもたってもいられなくなって楊ゼンも急いで外へ飛び出した。
 
 
   僕は何をしようとしているんだろう?
   かける言葉も
   抱きしめる腕も
   何もかもが不十分な僕が
   あの人に何もしてあげられるはずもないのに
   
     でも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
   あのまま放っておいたら
   あなたはこの深い闇に溶けてしまいそうで
   
   もう2度と戻っては来ない気がして
 
   繋ぎ止めておかないと 僕を1人残して行ってしまいそうで・・・・
 
   気付いたらあなたを追いかけて走っていたんです。
 
息をきらして走り続けてはみたが
深い森の中へ入ったのか太公望の姿は見当たらない。
明かりも何もないから 方向すらわからなくなってきていた。
この森に自分も足を踏み入れたら
きっと自分が来た道すらもわからなくなってしまうんだろうとおもったが
もうそんなことはどうでもいい。
 
今僕に出来ることは
あなたを追いかけることなんですから
 
 
 
 
太公望は深い森の中、行く当てもなく、来た道を覚えているわけでもなく
ただただゆっくり足を動かすばかりだった。
湖のほとりまで歩くと ふと足を止めた。 
   まわりは真っ暗だのう・・・・。
   私の周りはいつも闇に包まれておったのかもしれん
   わしが 気がつかなかっただけで。 
    
   わし1人があがいて何が出来る?
   人々の思想を わしが変えられるか?
   長きわたる思想を
   ただの道士のわしが・・・・・
 
太公望は再び足を進めた。
一歩一歩湖の中へと。
湖はだんだんと深くなり、太公望の足がしだいに闇の中へと消えていく。
 
水の音?!それもすぐそばだ・・・
あなたがこの近くにいるんですね、師叔!!
楊ゼンは必死になって走った。すぐにでも太公望のそばに行きたいというただ一心で。
 
楊ゼンが太公望の姿を見つけたとき、太公望の下半身はすでに水面下へと消えていた。
「師叔!!何して・・・・!!」
楊ゼンはバシャバシャと大きな音を立てて湖の中へと入っていった。
太公望のそばへ行くために。
「もう放っておいてくれ楊ゼン。
 わしにはもうすることもない。する気力もない。
 何もないのだ・・・・・」
暗闇で太公望の顔が良く見えない。
だけど、何かを感じで太公望の頬にふれてみた。
楊ゼンの手を伝うのは悲しみの水。
  
  あぁ、やはり泣いていらしたんですね。
  その涙を止める術をしらないけれど
  せめて僕のこの自分勝手なワガママだけでも伝えたい
 
「あなたには本当に何もないと思っているんですか?
 酷いですね。
 僕はあなたのなんなんですか?
 僕はあなたの右腕だと自負していたんですが僕の勘違いですか?
 あなたは僕を置いてどこかへ行ってしまうんですか?!
 ・・・・・・・・・
 僕は・・・・あなたがいないとダメなんです。
 あなたが死ぬときは僕も死ぬときなんですよ」
「・・・・・・だがわしは疲れたよ。もう休みたい・・・・・」
「確かに僕にはあなたの邪魔をする権利はありませんね」
「ならば・・・・放っておいてくれ!!」
「嫌です!!
 あなたが死にたければ死んでもいい。楽になってくれたらそれでいい。
 なぜなら僕ではあなたを癒せないから。
 でも、僕を置いていかないで下さい。
 僕は・・・・・どこまでもあなたのそばにいますよ」
 
 
「よーぜ・・・ん。お前は本当に・・・・ワガママなやつだのう」
苦笑まじりに太公望がつぶやいた。
楊ゼンの腕を持って湖の中心へと歩いていく。
「そういう人なんですよ僕は」
 
 
    あなたが黒に侵食されるなら 僕も侵食される
    あなたが壊れるなら  僕も壊れてしまおう
    あなたが異端なら  僕も異端になる
 
    白い薔薇が枯れたなら   僕の命も枯らしてしまえ
 
 
END