“粒子を感じてる”
知らなきゃよかったのに・・・。ずっとあのまま笑っていればよかったのに・・・。
いまさら思い返してみても遅いことはわかっている。それでも思い返さないで、ただ身を任せるのはカシスとしては気に入らなかったのだ。
自分が人間じゃないということがわかったところで何も変わりはしなかった。ただ、いっそう悲しくなっただけ。その悲しさが水分を作り出して、蒸発して、だれかの水分となる循環。回りまわって、ぐるぐるぐるぐる、またカシスの水分になる永遠。また開いていく、そして狭くなる人間との距離。それには気づかなかった。なんせプラスチックのほっぺたの伝う液体の感覚を知るための機能などついていなかったから。それはカシスのせいじゃない。
カシス=オレンジが作られたのは、もともと老人のためだったけど、肝心の老人は、もうほとんど死んじゃっていなかったわけだし必然的に、男たちの玩具となった。
カシスは茶色くて長い髪の毛と、142センチという身長、そしてなによりそのロリータ・ルックス。それがロリータ・コンプレックスの人々に愛され続ける理由だった。
カシスは自分自身が嫌いだった。人のためにしか何も出来ない、ただのフィギュアである自分が恨めしかった。自分の意思では歩くことも出来ない。食べることも、飲むことも出来ない。命令されればその通りに動かなくちゃならない。そのくせ、無駄にエゴは強かった。そんな自分が嫌だった。
そんなある日、何かの拍子でその制御装置がぶっ壊れた。思いどうりに体が動く。思ったことをしゃべれる。これで人間と同じになれたんだ。どんなとこにもいける。時間さえあればなんだって出来る。どうせアタシはフィギュアだから、死ぬことなんてないんだ。アタシで遊んだ人間みたいに、好き勝手できるんだ。やりたいことをやりたいだけ・・・。
カシスは走った。メロスよりもよっぽど走った。疲れなど感じなかった。
いろんなところでいろんなことをした。一日中笑って過ごした。ただ人間たちはそんなカシスを快くは思っていなかったみたいだった。でもカシスは人間と同じになった喜びを、拭い去ることは出来なかった。
人間にもっと近づきたくて、カシスはアルバイトを探した。それでもフィギュアであるカシスを雇ってくれるとこなんてなかった。雇ってくれないなら、勝手に入って働きゃいいじゃん。仕事してやってんだから感謝しなさい。そうしてカシスはおもちゃ工場に単身乗り込んだ。
工場は赤やピンクや黄色や緑、色とりどりのぬいぐるみ、カタカタ動くサンタのおもちゃ。そんなものはなかった。鈍き光る鉄製の専用の機械でガタコンガタコン、ただ作り出すのみだった。
でもカシスはこれでもよかった。一年前なら見るに耐えられない光景だったろうが、今では関係なかった。だってアタシはもうフィギュアなんかじゃないもの。
カシスはガタコンガタコン、機械を動かした。作られてくるカシスと同系のおもちゃたち。ぅあー、アタシがいっぱい。なんて気楽にカシスは思っていた。仕事って楽しいわねぇ。カシスはそう思っていたが、周りの人間はくたびれた顔をして、つまらなそうに機械を動かす。
単純な動作をしていると、頭は違うことを考え出す。それはカシスも同じだった。
今まで出見てきた人間は、みんなつまらなそうな顔をしていた。カシス以外のおもちゃたちも、楽しそうな顔をしているやつなんていなかった。もしかしたら、生きていることなんて楽しいことなんかじゃないかもしれない。自分だけ楽しそうにケラケラ笑っているのがバカらしくなって、工場を抜け出した。
楽しくなくするのが生きることなら、もう死んだっていいや。粉々になったってかまわない・・・。
カシスが死に場所を求めて、街をとぼとぼ歩いてたとき、電器屋の街頭テレビのなかで、大統領がなにか言っていた。最後にこれだけ聞いて死のうと思って、カシスは立ち止まって眺めた。
・・・我々に悔いはありません。あと一時間で滅びるかもしれないこの世界を、一分一秒を、平穏に、無事に、ただ今までと何も変わることなく過ごせばいいのです。・・・もしかしたら滅びないかもしれない。もしかしたら完膚なきまでに苦しみもがいて死に行かねばならないかもしれない。それでも何もなかったかのごとく、ただ平然としていなさい。私たちは消え行くのではありません。死に行くのです。その存在は、粒子となり、この地球にとどまるのです。元に戻るだけです。何もあせることはありません。今まで何度もそんな世界を経験してきているのです。何も恐れることはありません。オー、ジーザス。・・・
命短し恋せよ乙女。アタシなんかいいことしたかなあ・・・。ちゃんとした子だったかなあ・・・。多分違うわね。だってあたしは見た感じは十歳そこらなのに、いろんなことを経験したから。経験して人は汚れていくんだもの。・・・ヒト?アタシはヒトじゃない。ただのフィギュア。ただのフィギュアは、死んだり消えたりしないはずよ。あたしは死んだり消えたりしない・・・・。
真っ暗な世界に、カシスは一人。
体育座りで、膝に顔埋め、辺りを見回すと
赤やピンクや黄色や緑、色とりどりのぬいぐるみ。カタカタ動くサンタのおもちゃ。
そして今もガタコンガタコン動き続ける、おもちゃ製造機。
それは死んだ人間の粒子を使って
動かないおもちゃを作り続ける。
カシスは一人考えた。
思えなければ良かった。
感じなければ良かった。
感じたくなかった。
今は粒子を感じてる。