結婚当初 相棒は 研究室の 安サラリーマンだった
本人曰く 生活保護程度で 働かされていた
私は 男女給与格差の無い外資系PC会社の プログラマーだったが
それでも 当時の 大卒初任級は 11万円台
脱サラ時の 二人の年収は 手取りだと それぞれ200万円
ほど だったと思う
ボーナスは 私の方が ずっと 良くて 40万円ほど
平日は 池袋で 待ち合わせ
土曜日は 半ドンだった 相棒の仕事場へ
一人朝寝坊を タップリした 後に 出かけていく
そんな風に 結婚後も ベッタリ 生きていた私達は
さらに 二人で居る 時間を 増やす その 為だけに
脱サラを 決意した
収入の不安は 無かった
今までだって 二人で 400万円 捨てるに惜しい金額では無いし
駄目なら 当時20代だった わけで 海外青年協力隊 にでも
応募すれば良い
それに 当時 開業して2年目くらいだった 相棒の友人が
月の 売り上げが 80万円 と 相棒に語った
80万円か 利益半分としても 40万円
毎月 ボーナスを もらえるようなものではないか
私の胸には 期待が 少しだけ 生まれた
だけれど それも 絶対の期待ではなく
二人で 生きる 事の 幸せ への 期待感が すべてだった
そして 紆余曲折を経て 今 こうして なんとか
二人の年月を 積み重ねて来れた
同業者乱立の中 将来への不安が 無いといえば 嘘になる
だけれど 稼ごう と 思って 始めた わけではない
二人で一緒に 生きる その 目的が 果たされている限り
なんとか生活ができさへすれば 良い
研究職から 自営業者に なった ということは
名誉 より お金を 選んだように 見えるかもしれない けれど
相棒は今も 商売人には なれていない
だから 儲からない 働いている割には 本当に 儲からない
でも 私も 商売人になりきって儲けを 追求する ことを
全く 望んでいないのだ
顧客からの ニーズに 誠実に 応え その結果
感謝の思いで 謝礼を頂く
その スタンスで これからも 生きていければ
これほど 幸せなことは ない と 思っている
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