其の一
この前、友から心のこもった誕生日プレゼントをもらった。普通お返しなるものを考えるのであろうが、私は四年に一回しかその必要が無い。うるう年、しかも二月の終わりが誕生日なんていう不幸な人は、そうはいないだろう。どの位不幸かって?・・・昔、ユーフォーキャッチャーで、勝手に機械が動いて終わってしまった事があるが、それくらい不幸だ。ちなみにニューヨークは‘人種のるつぼ’なんていわれてるが、ユーフォーキャッチャーは‘人形のるつぼ’というべきであろう。私の不幸な時の感じとは、地下鉄の排気口から吹いてくる風に、スカートがめくれて「モーレツ!」っていう雰囲気に似ている。頭は、ハワイ・オワフ島にあるダイアモンドヘッドになり、台風一号と、ハリケーン・ハリー(勝手に命名)があわさったかのごとくのものが直撃したかの衝撃を受け、なんか、このまま南極にたろ・じろを探しに行きたくなってくる。身の周りの気圧は7ヘクトパスカル、瞬間最大風速は9999メートルで、ただの案山子のようになる。
そんな時、図書館で誰かが携帯を鳴らすとちょっとむっとする。「私、うこっけいの卵しか食べないの・・・」。そんなことを聞くと、君のわら人形に、冷凍バナナで釘を打ち付けるぞ!なんていいたくなってくる。
そんな私が復活するためにすること・・・神社の鳥居に石を上げる。いつもジェントルなパリっこを真似する。パリっこは、少しでも時間があると、公園へ行き日向ぼっこをする。
だからパリには公園が多いのだ。しかし、奈落をはい上がるのにそんなに苦労はいらない。ある日、めじろにあうのだ。めじろは「長兵衛、忠兵衛、長忠兵衛」と呼びかけてくれる。これは万葉の時代から悠久の歳月にわたって伝えられた、万葉人のメッセージであるかのようだ。そのとき、私は復活する。赤いガウンを着、シャムネコを右手に、赤ワインを左手に持ち、インドのヒマラヤを思い出す。インドのヒマラヤはまだまだ高くなっていて、そのせいで、アッサム地方は多雨になってしまう。そうすると紅茶がうまくなる・・・なんて考える。このとき、私は絶好調となる。
しかしまた不幸の波がやってくる。まず、足の小指がたんすの角に当たる。そして、風呂で湯に当たる、極めつけは食に当たる・・・また不幸へ逆戻りだ。例えば、船つりで酔ってしまった時、周り360度海・海・海・・・いっそのこと一思いに殺してくれってな感じになる。さらに、びんぞこ眼鏡をかけた少年が、ピタゴラスの三平方の定理を語ってる時、おむすびころりんで漁夫の利・・・いや、濡れ手に粟を達成したねずみのチュ―タ(勝手に命名)を見た時も自分の愚かさを嘆く。正に痛恨の極みだ。人生ってこんなものなのかも・・・
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