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☆突然のお誘い その日は友達の美穂ちゃんと恵比寿で行われたガレージセールに行っていた。 日ごろのうっぷんを晴らすがごとく大量に服を買い込んだ。 会計を済ませ戦利品を手にした私はご機嫌であるとともに少し落ち込んだ。 また、お金を使ってしまった・・・・ さてこの後、どこで飲もうかと思案していると突然携帯がなった。 プルルルル・・・・ 「はい、もしもし」 「あ、俺。リョウだけど。」 「リョウくん?どうしたの?」 「今日仕事が早く終わったから、これから飲みに行かない?」 「えっ?今から??」 「うん。」 美穂ちゃんが声をかけてきた。 「誰?」 私は受話器を手で抑えて答えた。 「リョウくん。」 「リョウくんって、あのリョウくん?」 私は美穂ちゃんを手で制止てリョウくんにこう言った。 「今、友達と買い物してたの。ちょっと待ってて。」 「うん。」 「すももちゃん、リョウくんって、リョウくん?」 「そう。」 「何だって?」 「これから飲みに行こうって。」 「えっ?行ってきなよ。」 「いいよ、今日は美穂ちゃんとの約束だもん。」 「何言ってんよ、アンタは!!私とはいつでも会えるんだから行ってきな。」 「・・・・・でも・・・・。」 「いいから!!」 「・・・うん、ありがとう!」 「もしもし、ごめんね。うん、行ける。」 「あ、本当に?今どこにいるの?」 「恵比寿。」 「恵比寿か・・・、ちょうどその辺回ってるんだけど、駅のそばに取引先が一軒あるから、ちょっと顔出してからでいいかな。」 「うん、いいよ。」 「じゃあ、駅の改札に30分後」 「わかった、じゃあね。」 いやったぁぁぁ!!! 私は小躍りした。 「何だって?」 「30分後に駅に迎えに来るって。」 「やったじゃん、よかったね。」 「うん、でも・・・・」 「私の事は気にしなくてもいいよ、生ビール一杯で許してあげる。」 「本当にありがとうね、ごめんね。」 「いいって、いいって!!チャンスは生かさなくっちゃ!」 美穂ちゃんがリョウくんに会いたいと言うので、駅ビルで時間をつぶしながら二人で待つ事にした。 ☆月見つくね焼き リョウくんは五分遅刻して現れた。 彼のスーツ姿は二度目である。 やっぱりかっこいい♪ 「よぉ、ごめんね。待った?」 「ううん。あっ、こちらお友達の美穂ちゃん。この前芝居見に行こうって言ってた劇団の子。」 「田中です、こんばんは。この間の舞台拝見しました。」 「そうなんですか、ありがとうございます。こちらこそ観に行かれなくてすいませんでした。」 「いえいえ。」 「すもも。じゃあ、行くか?」 「うん。じゃあ、美穂ちゃんごめんね。明日ね。」 「うん、ゆっくり楽しんでおいで。じゃあね、バイバイ。」 「バイバイ。」 私たちは美穂ちゃんと別れて歩き出した。 「この先に車止めてあるから。」 「うん。」 「お前の友達、美人だな。」 まったく、一言多い男だ。 「でしょ?だから一緒に行こうって言ったのに。」 私はリョウくんの車に乗せられ、青山にある焼き鳥やに連れていかれた。 「すもも、焼き鳥が好きだって言ってたよね。」 「うん。大好き♪」 店内はきれいでこじんまりとした感じだった。 カウンターとテーブルが二席。 静かでゆっくりと話をするにはいい感じの店だった。 私たちはカウンターに座り、大将(マスター)を交えていろいろな話をした。 リョウくんが「月見つくね焼き」が美味しいんだよ、と教えてくれて私たちはそれを注文した。 つくねは私の大好物だった。 しはらくしてリョウくんがこう言った。 「そういえばこの間、唯ちゃんにあったよ。」 「へ・・・・へぇ。」 「芝居の時に小道具借りたからさ、そのお礼にご馳走したんだ。」 「・・・ふぅぅん。」 リョウくんは私たちが仲のいい事を知っていて、話題作りで言ったのかもしれない、でも、そんな話聞きたくなんてなかった。 それに、小道具なら私も貸したんだけど・・・・・・。 「あれ?聞いてないの?」 「うん、最近唯ちゃんに会ってないから。」 「ふーん。」 本当は毎週テニススクールで顔をあわせいてる。 私たちの間では、あれ以来リョウくんの話はタブーとなっていた。 私は嫉妬心を隠して微笑んだ。 リョウくんから私に話すと言うことは逆に何でもないことなのだと自分に何度も言い聞かせた。 お会計は彼が払うと言うが、そうもいかないので少し出させてくれと言った。 「いいよ。この間野球連れて行ってもらったし。」 「だって、あれは私ももらった物だからタダだよ。」 「今日、ちょっと遅刻したし。」 「でも・・・」 「いいから、いいから。」 ふっと、思い出した。 劇団のみんなで話している時に彼はこう言っていた。 「俺は女の子と待ち合わせする時、絶対少し遅れて行くんだ。そうすれば俺が遅れたからってご馳走してあげられるでしょ?」 ここで意地を張っても仕方ないので、ありがたくお言葉に甘えることにした。 今度はこれを理由に誘い返せばいい。 私は心に少しモヤモヤを残したまま、リョウくんと別れた。 ☆貝の口 その週の週末、私は唯ちゃんと第三舞台(鴻上尚史が率いる劇団。出身は筧 利夫、勝村勝信ほか)のプロデュース公演を見に行く約束をしていた。 もしも私が意地悪をして 「おとといリョウくんに会った時に彼が言ってたんだけど、この間リョウくんに会ったんだって?」 と聞いたら唯ちゃんはどんな顔でなんて答えるだろう? きっとリョウくんと私が会って、そのことを話したと知れば傷つくだろう。 でも、私にはそんなことなど出来るはずもなかった。 唯ちゃんは私にとって大切な友達だから。 私たちはあの日以来、何事も無かったかのように普通に友情関係を続けている。 私は唯ちゃんの口から、そのことが報告される事を待った。 私への挑戦でも話し合いでもいい、彼女に真相を聞きたかった。 その日一日、私たちは何事もなかったかのように普通に過ごした。 結局彼女の口からも私の口からもリョウくんの名前が出る事はなかった。 ☆転落 その日私は、この間の作戦を実行するべくリョウくんに電話をした。 プルルルル・・・・ 「はい、もしもし。」 「もしもし、すももです。」 「おぉ、すももか、どうした?」 「この間はごちそう様でした。ありがとうね。」 「うん、気にすんなって。」 「でねっ・・・・お礼に今度は私がごちそうしたいんだけど。」 「いいよ、いいよ。」 いや、よくないから。 「うん、でもあのお店すごく高かったし申し訳ないからさ。」 「いや、ほんとにいいよ、気にしなくて。」 だから、そうじゃなくてね。 私はあなたに会いたいの! わかってよ!! 「でもそれじゃ、私の気もすまないし・・・」 「うーん、わかった。」 やったー!!! 「でもさ、俺今すごく忙しいんだよ。だからさ、一ヶ月くらいしたら電話してくれる?」 「え?」 一ヶ月??? 「そう・・・、わかった。忙しくて大変だね。また電話するよ。」 「悪いね、よろしく。じゃあ。」 「じゃあね。」 ・・・・・・・・・・・。 一ヶ月後? 電話してくれ?? 普通こう言う時は暇になったら向こうから電話してくるものじゃないのか? リョウくんは電話が嫌いだった。 電話をしているくらいなら会ったほうがいい、そういう人だった。 普段は滅多に電話しないリョウくんだったが、稽古中私によく電話をくれた。 電話が嫌いだから長電話も悪いと思って、用件だけ話そうとしても「いいよ」と言って私の無駄話に付き合ってくれていた。 あれは一体何だったんだ? 稽古が終わればお払い箱かい? そして、ひとつわかったことは、リョウくんは一ヶ月間私に会わなくても平気だって事。 完全にフラレタと思った。 ☆やきもち? あれ以来リョウくんからは電話が来ない。 もちろん私もしていない。 昨日演出から次回公演のオファーがあった。 もちろん私はぜひ出させてくださいと言った。 その時演出がこんな事を言った。 「すもも、あれは逆効果だぞ。」 「は?」 「公演のビデオ上映会のときだよ。」 私たちは公演が終わると誰かの家に集まって、その時のビデオを見ながら反省会をしていた。 「ビデオ上映会・・・・?、私何かしました??」 「すもも、ビデオ見ながら松本の隣で寝てたろ?」 「寝てた?はい、眠くなって途中で寝てしまいましたけど、それが何か???」 「俺がリョウなら怒るよ、きっと。」 ますますわからない。 「だからね、松本と寄り添って寝てたでしょ?」 はぁ? 「確かにあの時、まっちゃんとは隣の席で話してましたよ。でも、ビデオ見てるうちに眠くて寝ちゃったので後の事はわかりません。」 「そうか・・・。でも、俺が見ていい気分がしなかったと言う事は、リョウはもっと気分悪かったんじゃないかな?」 What Happened? うーーーーーーっっ!!何も覚えていないぞーーー。 空白の数十分・・・・ 一体私が何をしたと言うのじゃ? いやっ、私は悪くない!! 寝てただけで何もしていない! ましてやまっちゃんに寄りかかったり寄り添った覚えは絶対に無い! 神に誓う。 私は潔白だ!! ☆テニスサークル 暇だった・・・本当に暇だった。 芝居が終わった後の私は「抜けがら」のようだった。 このままではいけないと思い立ち、以前買ったテニス雑誌に掲載されていたある社会人サークルの門を叩いた。 テニススクールに一緒に通っている、唯ちゃんと高校の時の友人ゆかちゃんを道連れにした。 そのサークルには20代を中心とした様々な業種に勤める男女が30名ほど集まっていた。 サークルは非常に楽しかった。 みな親切でおもしろく、私たちはすぐに輪の中に溶け込んでいった。 私はテニスに集中する事でリョウくんを忘れようとした。 彼にとっては忙しく過ごすあっという間の一ヶ月かもしれない。 でも、私にとってはどこまでも続く霧のたちこめる道を、地図もコンパスもなくやみくもに歩き続けるようなものだった。 私はすっかり自信をなくしてしまっていた。 そんな時だった。 サークルの中心メンバーの上田さんから意味の無い電話がよくかかって来るようになった。 彼は高倉健を思わせるような無口でおとなしい人だったが、私の事を笑わせるのが得意な人だった。 それからしばらくした、ある日のサークルの飲み会で悟志くんが話し掛けてきた。 「すももちゃん、こうちゃんがすももちゃんのこといいって言っていたよ。」 「えっ?こうちゃんが??」 「うん。すももちゃんがダンス好きだって言ったら今度一緒に観に行きたいって。」 「ふ・・ふうん。」 こうちゃんはサークルでも目立つ存在で、私が一番かっこいいと思った男の子だった。 唯ちゃんとゆかちゃんと誰が一番かっこいいかと話した時に唯ちゃんもこうちゃんがかっこいいと言っていた。 私は唯ちゃんのことを思うと複雑な心境だった。 ちなみにその時こうちゃんは唯ちゃんのところに行き 「悟志が唯ちゃんのこといいって言ってるよ」 と言っていたらしい。 この二人、タイプは違うが甲乙つけがたいいい男だったのだが、いかんせん男らしさに欠けるところがあった。 前記した3人の男の子と、私とここに書かれていない女の子二人はこの先の2年間で、一もんちゃくも二もんちゃくもあるのだか、本筋にそれてしまうのでまたの機会にお話をするとしましょう。 そんなこんなで8月から次の公演の稽古が始まる3月まで、私はテニスに明け暮れると共にほんの少しのロマンスを味わっていた。 でも結局、誰の事もリョウくんより好きにはなれなかったし、私の心からリョウくんが出て行く事も無かった。 そして・・・・ 一ヶ月どころか半年たってもリョウくんからの連絡はなかった。 ☆フェイドアウト まだ寒さの残る3月、いよいよ次回公演の稽古が始まった。 最初は顔合わせと次回作の脚本の説明などが、軽い運動の後に行われた。 約7ヶ月ぶりにリョウくんと再会した。 久しぶりに見る彼はすこし大人っぽく見えた。 私はギクシャクしてしまい、彼の顔をまともには見る事が出来なかった。 半日の稽古を終え、みんなで飲みに行く事になり稽古場の外に出て歩き出すとリョウくんが後ろから話し掛けてきた。 「すもも!」 私は足を止めたが振り返らなかった。 彼は私の横に駆け寄り、あいさつもそこそこにこう言った。 「何だよ、お前。勝手にフェイドアウトしやがって。」 ・・・・・・・どういう意味? 「フェイドアウトなんてしてないよ!!リョウくんが・・・・リョウくんのほうがフェイドアウトしたんじゃんか!!!」 泣きそうだった。 リョウくんもフェイドアウトしたわけではないが、なんだか頭がパニックでそう言ってしまった。 「・・・・・。またさ・・・・これからよろしくな。」 そう言って彼は私の目を覗き込んだ。 ずるいよ、その笑顔・・・・反則だよ・・・。 私たちはあの日のように並んで歩き出した。 私の心をガチガチに固めていた氷が少しづつ溶けていった。 ☆終電車 その日はスタッフさんを交えての話し合いがあった。 稽古の帰りにいつものようにみんなで飲みにいった後、解散して駅に向かって歩いている時のことだった。 私は唯ちゃんと、舞台監督の佐藤くんと三人で歩いていた。 リョウくんが声を掛けてきた。 「ねえ、佐藤ちゃん、もう一件行こうよ!すももと唯ちゃんも一緒にさっ。」 「おぉ、いいよ。」 「どうする?唯ちゃん?」 「私はいいよ。」 「じゃあ、私も行こうかな?あと一時間くらいしか付き合えないけど・・・。」 「よし、決まり!この前おもしろい店を見つけたんだ。」 私たちはリョウくんの先導で店に向かった。 その店は薄暗い地下にある立ち飲みのバーだった。 かわきものとアルコール類しかないが、何を頼んでも300円というのは貧乏な私たちには好都合だった。 最近できたばかりらしく、小洒落た感じで若者がたくさん集まっていた。 小一時間経った頃、どうしても時計が気になる。 あぁ、もうそろそろ終電に間に合わなくなっちゃう。 帰らなくちゃ・・・いいなー、唯ちゃんちは。 「ごめん、せっかく盛り上がってきたところなんだけどさ、私電車がなくなるから帰るね。」 「そうか、もうそんな時間か?」 「うん、ごめんね。」 「すももちゃん、気をつけて帰ってね。」 「うん、ありがとう。」 私は時計とにらめっこしながら駅まで走るか考えていた。 「じゃあ俺、上まで送ってくるよ。」 「え?いいよ、リョウくん。大丈夫だよ。」 「いいから。ほら。」 「・・・・・・。うん、じゃあ、佐藤くん、唯ちゃんまたね。バイバイ。」 「じゃあね。」 「バイバイ。」 階段を上りきったところでリョウくんがこう言った。 「すもも、大丈夫か?ちゃんと帰れるか?」 「うん、大丈夫だと思う。ありがとう。」 「気をつけて帰れよ。」 「うん。・・・・・・ねぇ、リョウくん。」 「ん?」 「もし・・・もしもさ・・・。電車間に合わなくて帰れなかったら、またリョウくんのところに泊めてくれる?」 「あぁ、いいよ。」 「ほんとに?」 「あぁ。」 「ありがとう、じゃあね。」 「またな。なんかあったら電話しろよ。」 「うん。」 リョウくんが送ってくれるなんて、突然の事でびっくりしたが、心配されてとても嬉しかった。 駅までを足早に目指し電車に乗る。 乗り換える先の電車があれば無事に家にたどりつける。 私は目的の最終電車に間に合う事ができた。 みんなに心配をかけてしまったので電話してみることにした。 プルルルルルル・・・・ 留守電だった。 「もしもし、唯ちゃん。すももです。終電間に合いました。心配掛けてごめんね。みんなによろしく。」 そうメッセージを残して電話をきった。 そうか・・・あの店は地下なんだった。 リョウくんはPHSだから地下でも通じるかな? プルルルル・・・・ 「この電話は電波の届かないところにあるか、電源が入っていません・・・・・」 ダメか・・・・そりゃそうだ。 私は電車を乗り継ぎ、地元の駅から足早に家路を歩いた。 もう、12時をとうに超えている。 急がなくては、また嫌味を言われる。 家の玄関が見える、もうすぐそこだ。 プルルルルルル・・・・ 突然の携帯の音にびっくりした。 「はい、もしもし。」 「もしもし、すもも?俺。」 「リョウくん?」 「あぁ、大丈夫か?ちゃんと着けたか?」 ゼロコンマ何秒の間に考えをめぐらせる。 帰れなかったって言ってみる? そうしたら彼はどうするんだろう? 今から彼の元に駆けつけられるか? いや・・・・、もう彼のところに戻る電車もない。 「うん、間に合ったよ・・・・。ありがとう。もう、家の前。玄関が見えるよ。」 「そうか、よかった。」 「心配して電話くれたの?」 「あぁ、俺が引き止めちゃったからな。」 「ありがとう。電話もらって嬉しかった。」 「うん、じゃあ、気をつけて帰れよ。」 「うん。でももう、家の前だよ。」 「そうか、そうだったな。」 「うん、じゃあね。」 「おやすみ。」 「おやすみなさい。」 空を見上げると澄んだ空気に星が輝いてみえた。 はぁーと息を吐くと白くにごった。 夜中の空気はとても冷たかったが、私の心も体もポカポカとしていた。 これはさっき飲んだワインクーラーのせいかな? なんだか不思議な気持ちだった。 ☆ダッフルコート 「はい、今日の稽古はこれまで。少し打ち合わせをするので、各自椅子を持ってきて丸くなって。」 私たちは演出の指示に従い、机つきの椅子を丸く並べた。 席につくとリョウくんが私の隣に腰掛けた。 ドキッ。 「すもも、書くもん貸して。」 「はい。」 私は彼にシャーペンを渡した。 彼は何やら演出の指示を書き留めている様子。 いっこうに返してくれる様子も無い。 ねぇ、それ・・・私も一本しか持ってないんだけど。 まっ、いいか。 くすっ。 しばらくすると、稽古でかいた汗が少し冷えてきた。 上着を持って席につけば良かった。 リョウくんが声をかけてきた。 「すもも、寒いの?」 「うん、ちょっとね。でも、大丈夫だよ。」 私は話の続きを聞くために演出に向き直った。 すると彼はおもむろに立ち上がり席を離れた。 ほどなくリョウくんが戻ってくる。 私は背中に突然の暖かさを感じ、顔を上げた。 「これ、着てな。」 「あ・・・ありがとう・・・・。」 リョウくんは自分のコートを私の肩にかけてくれたのだった。 びっくりした。 嬉しくて、嬉しくて、気が遠くなりそうだった。 私は彼のコートを手繰り寄せ、しっかりと肩にかけながらこの幸せを離したくないと心から願った。 永遠に時が止まってしまえばいいのに・・・・ 当然の事ながら、みんなからの視線が注がれた。 私はその後の演出の話を聞き逃すまいとがんばったが、まともに耳に入ってくるはずも無く、恥ずかしさで顔を上げる事も出来なかった。 リョウくんはどんな顔をしているんだろう? 「以上、解散!」 私は椅子から立ち上がり、とてつもない名残惜しさを感じながらリョウくんのコートを脱いで彼に渡した。 「どうも、ありがとう。助かった。」 「うん。あっ、あっち置いといて。」 このダッフルコートはリョウくんがいつも着ているものである。 何とも言えない微妙な色合いで、赤なのかピンクなのかオレンジなのか? 決して派手でなく落ち着いた色をしている。 この色を違和感なく着こなせる人はあまりいないだろう。 私はそのコートをそっと彼のカバンの上に置いた。 ☆密告 その日、唯ちゃんはスタッフの集まりでもないのに稽古場に顔を出していた。 帰り際に私の腕をつかみ、こう言った。 「すももちゃん、ちょっと時間ある?」 「え?うん、あるよ。」 「話があるんだけど、今日はみんなとじゃなく二人で飲みに行かない?」 「うん・・・、いいよ。」 何だろう?話って?? 私たちはお金もないので、この間の300円バーに向かった。 時間のせいもあるのか店は前回に比べて人がまばらだった。 私たちは壁際のカウンター席に陣取った。 彼女は話をなかなか切り出さず、しばらくの間ビールを飲んでいた。 彼女の表情からすると、あまりいい話ではなさそうだ。 不安で胸がいっぱいになり、私から話を切り出した。 「唯ちゃん、話って何?」 彼女は壁を見据えたまましばらく黙ったままだった。 「私、すももちゃんに謝らなきゃならないことがある。」 「えっ?」 謝らなきゃならないこと? 「一ヶ月前くらいかな、リョウくんの会社の人たちと私の友達と合コンしたんだ。その時にね、リョウくんのことをすごく気に入っちゃった子がいて・・・・」 「・・・・・。」 「私はリョウくんには劇団にすごく仲のいい女の子がいるんだよって言ったんだけどさ。リョウくんに彼女がいようがいまいが関係ないんだって。」 胸の奥が苦しくて、私はしぼり出すように声を出した。 「それでどうしたの?」 「うん、ここからは私は直接彼女から聞いたわけじゃなくて、共通の友達から聞いたんだけどね・・・・」 「・・・・・。」 「猛アタックしたらしい。で・・・・・もう、体だけの関係じゃ嫌なんだって。リョウくんの彼女になりたいって言ってたって。」 「・・・・・!!!」 「ごめんね、すももちゃん。」 頭がパニックだった。 自分でしゃべっているのに自分じゃないみたいだった。 「唯ちゃんのせいじゃないよ。何で謝るの?」 「だって、すももちゃんとリョウくんが仲いいの知ってたのに。」 「でも、唯ちゃんが謝る事ないよ。」 「・・・・・。」 私たちは壁に向かったまま押し黙っていた。 私は唯ちゃんの口から出る言葉が、遠い国の見知らぬ言葉のように思えて、何のことかよく理解出来なかった。 「その子はさ、唯ちゃんがリョウくんの事を好きだって知ってるの?」 唯ちゃんは軽く首を横に振った。 「誰にも言ってない。」 まったく、お人好しにも程がある。 気に入った子が合コンにいるなら最初にみんなに言っておかなくっちゃ。 私にリョウくんが気に入ってるってハッキリ言ったみたいに。 「ごめん、すももちゃん。私トイレに行ってくる。」 「うん。」 私は壁を見つめながらまとまらない頭で考えていた。 これはどう言う事なのだろう? さっきまで一緒だったリョウくんの顔が目に浮かぶ。 泣きたいとも思わなかったのに、知らず知らずのうちに涙があふれてきた。 ポロポロポロポロ・・・・・・ 後から後から・・・・・ 「大丈夫?」 男が声をかけてきた。 「泣いてるの?」 私は慌てて涙をぬぐったが、それでも涙は止まらなかった。 なんだか無性に腹が立った。 放っておいて欲しかった。 「友達と来ているんで、すいません。」 「お友達?何処行ったの?」 「すももちゃん、どうしたの?」 唯ちゃんが戻ってきた。 「あっ、お友達?この子がひとりで泣いてるからさ、放って置けなくて。」 余計なお世話だ。 唯ちゃんは泣いている私の顔を見て複雑そうな顔をした。 そして、ちょっと怒った口調でこう言った。 「私たち話をしているんで、邪魔しないでもらえますか?」 「あ、俺怪しいもんじゃないから。大阪から東京に研修に来ていてこの辺のホテルに泊まってるんだけど、夜ひとりじゃつまんなくてさー。」 そういって会社の社員証を見せた。 一応きちんとした会社に勤めているらしい。 「悪い事は忘れて、一緒に飲もうよ。」 しつこい。 「すいません、本当に困るんです。」 「ねぇ、キミ(すもも)グローブのケイコに似ているって言われない。」 私の頭はショートした。 「言われた事ない!あんなブサイクと一緒にしないでよ!!もーーー、悪いけど本当にかまわないでくれる?私たちの事は放っておいてよ!!!」 別にグローブのケイコが嫌いなわけではなく、ウザイ男を振り払いたかった。 それに本当に似ていない。 私の剣幕に圧倒されたのか、男はやっと離れて行った。 ☆嫌悪 「唯ちゃん、その子ってどんな子?」 知りたくもないのに聞かずにはいられなかった。 私よりかわいい? 私より痩せてる? 私より背は低い? 私より頭はいいの? 私より仕事が出来るの? 私より性格はいいの? 私よりいい子なの? 私より・・・ 私より・・・・ 私より・・・・・・ 私よりどんなところが優れているの? 一体全体どんな子なの? 「私が前に勤めてた会社の子。美大を卒業して、今はデザイナーやってる。バリバリ働いてるよ。ハキハキした子で、小さくて痩せてて、スタイルはいいよ。」 「いい子なんだ?」 「・・・・うん。ちょっと強引なところあるけどね。」 いずれにしろ体で男をモノにするなんて、ろくでもない女だ。 いくら人間的に私よりも出来た女性だろうが、何だろうが最低だ!! 私はそう言う面に対してはすごく慎重でオクテだった。 まじめすぎで潔癖症に近い。 順序を踏まない関係は絶対に出来なかった。 そして何より、自分を安売りして大切に出来ない女(ひと)は嫌いだった。 リョウくんもリョウくんだ!! 一夜のお供に知り合って間もない女の子を・・・・・。 唯ちゃんの友達に手を出しておいて私に知られずにすむと思うのか?? イライラする気持ちと、悔しい気持ちと、悲しい気持ちと、とにかくいろいろな感情が渦巻いて爆発しそうだった。 あの笑顔は何だったの? あの優しさは何だったの? あの態度は何だったの? 私は一体あなたの何なの? 私の事を本当はどう思っているの? ねぇ、リョウくん。 ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、 ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 その日以来、私は這い上がる事の出来ない深い深い闇の中へ落ちて行っ てしまった。 ☆卑屈 頭がガンガンした。 やり場のない怒りと嫉妬と、消しようのない事実と記憶と、どこまでもこみあげてくる深い悲しみと絶望。 私は気が狂ったように泣いた。 泣いて泣いて泣いて泣いて・・・・・・ 私は彼のした事が遊びだけと割り切れるほど大人ではなかったし、それよりもなによりも私がフラレてしまったんだと思った。 確かめようなどとは思いもよらなかった。 そのとき私は自分にまるで自信がなかったから・・・・。 卑屈になっていた。 自分にはとりえなど一つもない。 勉強が出来るわけでもないし、いい大学を卒業したわけでもない。 一流企業に勤めているわけでもなければ、家柄がいいわけでもない。 絶世の美女でもなければ、抜群のプロポーションを持っているわけでもない。 天使や女神のような心を持っているわけでもなければ、芝居が上手いわけでもない。 そう、私には人に誇れる物など何一つなかった。 一つも持ち合わせてはいなかった。 そんな私が、たくさんの物を持っている彼につりあうわけがなかった。 リョウくんが私の事なんて好きになるわけがなかったんだ。 ☆決意 今日は稽古に行かなければならない。 私は足を引きずる様にして稽古場に向かった。 私はリョウくんの顔をまともに見る事ができなかった。 それからの私はひどかった。 まるで演技が出来なくなってしまい、演出からこっぴどくしかられた。 「何でそんなことが出来ないんだ?お前のせいで芝居全体が悪くなる。お前だけがダメなんだよ!!」 場がシンと静まり返る。 みんなが見つめる中、私は悔しさと屈辱感を味わっていた。 モウ、ヤメタイヨ・・・・ ダレカ、タスケテ。 その頃私は役者としてのひとり立ちを余儀なくされていた。 24才のキャバクラ嬢はどんな日常を送っているの? お客をとるために何をすればいいの? お客さんに恋をしたときに彼女は何をするの? あいにく私は28才の恋に不器用なだたのOLだ。 キャバクラ嬢の気持ちなんてわからないよ。 心配した山田さんが声をかけてくれた。 「すもも、一緒に行ってやるから一度キャバクラに行ってみるか?」 「いいえ、結構です。大丈夫です。ちゃんとやってみせます。」 私は演技者として最低だった。 このままではいけない。 自分のせいで全てをダメにしてしまうわけにはいかない。 そしてどんなにつらくても、苦しくても舞台に穴をあけるわけにはいかない。 一度やると決めたのだから。 もちろんそんなに簡単なものではない、でも・・・・やるだけやらなくっちゃ。 私はリョウくんを全て頭から追い出してがんばろうと決めた。 ☆言ってはいけないこと その日の稽古帰りお好み焼きやへ行く事になった。 私はリョウくんの隣の席を選んだ。 リョウくんは私の気持ちを知ってか知らずか相変わらずひょうひょうとしていた。 隣に並んだ私たちを見て春ちゃんがこう言った。 「あれ〜、もしかして二人はできているな〜。」 私は動揺してしまった。 「そんなわけないよー。ねぇ、リョウくん。」 彼は終始無言だった。 そして頭に血がのぼった私はとうとう言ってしまった。 「私はいろいろ知っているんだから。」 その後、私はリョウくんの微妙な表情の変化を見逃さなかった。 それっきり彼は黙り込んでしまった。 しまった!と思ったときにはもう遅かった。 こんなところで春ちゃんたちの前で言う事ではなかった。 言い訳かもしれないが、私はずっと我慢してきた。 ずっとずっと悩んできた。 春ちゃんの言葉がきっかけで言いたくても言えなかった事がつい口からでてしまったのだ。 その後の事はよく覚えていない。 でも、これを境に私たちは以前の私たちの関係を保てなくなってしまった。 ☆失恋 ある日、稽古場に唯ちゃんが現れた。 チラシの最終確認のためである。 その日もいつものようにみんなで飲みに行った。 トイレに立った私を唯ちゃんは待ち伏せしていた。 「すももちゃん。」 私は腕をつかまれ壁際に押さえつけられた。 こんなときはろくな事がない。 「どうしたの?唯ちゃん。」 震える声で聞いてみた。 「リョウくんたち・・・・・とうとう付き合い出したらしい。」 「・・・・・・・。」 私たちはこの一件以来、増して仲良くなっていた。 同病合い哀れむ。 悲しい現実だった。 ☆インフルエンザ つらかった公演が終わりを告げ、季節は春から夏へと移り変わりつつあった。 リョウくんとはあれ以来会っていない。 電話もこなくなったし、私からかけることもない。 私はまたテニスサークルに復活していた。 みんな変わらずに暖かく迎えてくれた。 この頃私は毎週のように合コンを繰り返し、お見合い(ねるとん)パーティーに顔を出していた。 何度か遊びに行ったり、電話したりした人もいたけどだからって何かが変わるわけでもなかった。 リョウくんへの想いは少しづつ薄れ、一時期のような苦しい感覚はなくなっていった。 ただ、彼の会社の前を電車で通り過ぎるときだけ胸の奥がたとえ様のない痛みに襲われた。 私の通勤電車は毎日彼の会社の前を通る。 つり革につかまって、窓の外を見る。 会社の窓には明かりがともっている。 まだ、残業しているのかな? 彼はインフルエンザウィルスみたいだ。 近くによるとみんながうつる。 たいていの女の子は彼の虜になる。 でも、離れると治ってきてなんともなくなる。 免疫がついて次からは大丈夫になる子もいる。 また、近くによるとぶり返す。 そばに寄れば寄るほど症状は悪化する。 まったく手におえないひどいウィルスだ。 誰かワクチンを発明してくれないかな? ☆ウィルス感染者 つづく・・・・ |

