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☆ウィルス感染者 春ちゃんからその話を聞いたのは、ずいぶんたってからの事だった。 「私、すももさんとリョウくんは付き合っているんだと思いました。」 彼女はそう言って話を切り出した。 私たちは今回の芝居で帰り道が一緒だったこともあり、仲がよくなっていた。 公演終了後も予定を合わせてよく飲みにいった。 早くから店に入り、うさぎよろしく串キャベツをバリバリ食べながら話すのが習わしとなっていた。 突然飛び出したリョウくんの名前に私はうろたえてしまった。 「実は私、リョウくんをデートに誘った事があるんです。」 「え?」 「でも、あっさり断られちゃいました。」 「・・・・・。」 「だから、すももさんと付き合っているのかと思いました。」 春ちゃんは前回の芝居のときに受付を手伝ってくれていた、その時の事らしい。 今回から役者に挑戦した彼女は見違えるほどに役者として成長していた。 この話をした時、彼女にはすでに超美形の彼氏がいた。 切り替えの速さがうらやましかった。 私たちはいろいろリョウくんの話をした。 そして春ちゃんはこう言った。 「やっぱり私の負けでしたね。すももさんとリョウくんみたいに仲良くできなかったし、私にはそんなに優しくなかった。そうとうすももさんのこと気に入ってたんじゃないんですか?」 「・・・・・どうなんだろうね・・・・。あんなふうにされたら誰だって誤解しちゃうよ。それに、勝ちとか負けとかそんなんじゃないよ。」 そんなことで区別するのなら私もとっくに「負け」だった。 この前、唯ちゃんが言っていたけど、同じ劇団の山本ちゃんもリョウくんのことが好きらしい。 それから例の殺陣(たて)の練習の時に 「私の男取りやがって」 と言った高ちゃんもその後破談になってしまった。 性格の不一致というか将来に対する考え方の違いと言っていたが本当のところは定かではない。 気になって聞いた事があったが 「リョウくんは確かにカッコいいけど、彼氏にするタイプじゃない。憧れで充分だ。」と言っていた。 きっと彼は会社や他の場所でも愛想を振りまいて、やっぱりモテモテなのに違いない。 知らないけどね。 ☆幸せ? ある日、高ちゃんがリョウくんに会社の人を紹介してほしいといって合コンの企画を申し出立た。 で、私のところに電話してきて、すももさんも一緒に行こうよと誘われた。 高ちゃんは気をきかせてくれたのだ。 私は迷ったがリョウくんに会いたい気持ちに勝てず承諾をした。 女3人、男3人の予定だったが、男性が一人仕事でこられないとの事だった。 高ちゃんに、リョウくんの隣に座らされた私は久しぶりにリョウくんと話をした。 ちっとも変わっていない。 「ねぇ、リョウくん。今、幸せ?」 「うん、幸せだよ。俺はいつだって幸せなんだ。」 その言葉に涙があふれてきた。 幸せなんだ・・・・・・・ 気づかれないようにトイレに逃げ込み、一人で泣いた。 あまり遅いと心配されるのはわかっていたが、真っ赤な目を隠す事ができず、途方にくれる。 仕方なしに遠くから高ちゃんに「電話してくる」とジェスチャーして外へ出た。 もちろん電話する相手などいるはずもない。 私は夜の町をフラフラと歩いた。 途中にあった小さに公園のベンチに腰掛けていると、酔っ払い達の好奇な視線がそそがれた。 私はいたたまれなくなり、目の事も気になったが居酒屋に戻ることにした。 少し風が冷たくなってきた、風を引かないうちにもどろう。 帰るとリョウくんの先輩に 「男に電話してきたんだろう?」 と言われてムチャクチャ頭にきた。 ここはぐっと怒りをこらえて 「いいえ、違います。男がいたら合コンなんて参加しませんよー。」 と言った。 その合コン以来、次の芝居の稽古が始まる9月まで私達は顔を合わせる事がなかった。 ☆恋人役 わが劇団は毎年5月に年一回公演を行っていたが、今年からは年2回ペースで行 うことになり、11月の公演に向けて稽古が開始された。 今回はシュチュエーションコメディに挑戦することになった。 異例のダブルキャストで行われ、私は最初Bチームに所属させられた。 ところが主役の二人と演技がかみ合わず、すぐにAチームに変更となった。 Aチームの主役の一人はリョウくんだった。 そして私の役はその主役に想いを寄せられ口説かれる役だった。 もちろんコメディなので、甘いシーンなどはなく全てギャクで進行される。 それは、とてもつらかったけれど、とても楽しい時間だった。 今でも忘れられないのだが劇中でリョウくんにお姫様抱っこされるシーンがあった。 嬉しかった・・・・・・。 なんか・・・・女の子みたいで嬉しかった。 (すももは身長167cmで大柄です。大きいことへのコンプレックスを抱えて生きてきました。だからお姫様抱っこなんて、夢のまた夢だったんです。) 衣装にレオタード(!?)も含まれていたので、公演までの2ヶ月必死でダイエットして3kg落とした。 あの頃はおなかが平らだったなぁ。 その公演期間中も私たちに何かが起こることはなかった。 私はリョウくんへの想いに蓋をして、鍵をかけてしまっていた。 ☆新しい風 いつの間にか季節は秋の終わりを告げ、冬に移り変わっていった。 もうすぐ誕生日がやってくる。 今年の誕生日はどうやって過ごそうか? そんなある日、会社の後輩の男の子がこう言った。 「すももさん、この前一緒に飲みに行こうって言ってた取引先の人覚えてる?」 「あー、何だけ?椎名桔平だっけ??」 「そうそう、顔じゃなくて雰囲気がね。」 「・・・・(雰囲気だけかよ 悪)」 「で、すももさんに会わせろって急かされてるんで、女の子何人か見繕って合コンやりましょうよ〜」 「うーん、今忙しいんだよね〜。」 「この間もダンスのレッスンだとか言って断ったじゃないですか。」 「あれは突然だったし・・・・、うん、わかったよ。じゃあ友達に連絡してみる。」 数週間後、私たちは3対3の合コンを行う事になった。 厳密に言うと後輩は妻子持ちだから2対3だ。 その日は誕生日の5日後だった。 「あんた、妻子持ちだって友達に言ってあるからね。」 「えー!!なんだよ〜、つまんないな〜!!!」 「当たり前です。私の友達を不幸にしたくはありません。(笑)」 「ちぇっ!」 そして待ち合わせの場所に現れたのは5つも年下の若い取引先の男の子と、後輩の2人だけだった。 「2人??」 「あー、ごめん。1人ね、ちょっと遅刻してくる。仕事なんだって。」 「ふぅん。」 取りあえず店に入り5人で始める事にした。 5つ下の子は見た目は大人っぽかったが、とにかく面白い子で周りを盛り上げてくれた。 しばらくすると黒いセーターに身を包んだ背の高い痩せた男性が現れた。 「遅くなりました。」 「あー、来た来た!こちらがすももさん。あとお友達。」 「はじめまして。」 それぞれ紹介がおわって向かいに座った彼がこう言った。 「噂のすももさん?」 「えっ?・・・・。大田〜(後輩の名前)!あんた!!また、怖い人だとか言いふらしてるんでしょ?」 (すでにこの時点で充分怖い 笑) 「言ってないよ〜、本当のことは〜。」 「なに〜??」 後輩をフォローするように彼はこう言った。 「いや、違くて・・・かわいいって聞いてたから・・・・。」 「・・・・・えっ?・・・・またまた〜、フォローが上手いですね〜。」 「本当ですよ。」 「あはははははははは・・・・・・。」 笑って誤魔化すしかなかった。 後で友達にこう言われた。 「あれはすももちゃんの為だけの合コンだった。」 そんな事無いのに、なんでこうなっちゃうんだろう。 彼は無口な人だった。 質問をすると「とつとつ」としゃべる。 端の席で一人日本酒をゆっくりと飲んでいた。 お酌をすると 「あ、すいません。」 と一言。 人見知りなのかな? 取りあえず場所を移して飲み直す事になり、私たちは移動をした。 バーの中は暗くて、通された中二階のような席は頭がぶつかりそうなほど天井が低かった。 私たちは頭を気にしながら席へと付く。 「すももちゃん、気をつけてね。すぐぶつけるんだから。」 唯ちゃんの鋭い一言。 「はぁ〜い。」 それまで大人しく飲んでいた彼が、何を思ったかオニオンリングを持ち上げ 「天使の輪」 と、一言いった。 クスッ。変な人。 ☆おせっかい 数日後、出先から戻った後輩につかまった。 「どうよ?その後??」 「別に、どうもこうも。」 「なんだよ〜、ちゃんと電話番号交換させたでしょ?」 「交換したってかかってこないものはしょうがないでしょ?」 「かかってこなきゃ、かけなさいよ〜。」 「何で?」 「何でって・・・・。気に入らなかった?」 「そうでもないけど・・・・。」 「結構かっこよかったでしょ?」 「まぁね。」 「じゃあ、かけなよ。」 「嫌だよ、みっともない。」 「何で〜。」 「だって、普通女の子から電話しないよ。それにかかってこないって事は気に入られてないって事だよ。」 「ちょっと待って。」 後輩は携帯を取り出しどこかに電話をかけた。 「あー、もしもし〜。大田です。この間はお疲れ様でした。・・・・どうですか?その後?けっこうかわいかったでしょ?・・・・えぇ、はい。・・・そうですか。わかりました。じゃあ、また。」 「・・・・・。あんた、どこに電話したの?」 「この間の人ですよ。結構気に入ったって言ってましたよ〜。」 「・・・・・そう。」 「まぁさ、取りあえず自分から電話してみたら?何にも始まらないよ。もうそろそろいいんじゃないの?」 後輩はリョウくんのことをいっているんだと思った。 詳しく話してはいないが、実らぬ恋を私がしている事を彼は知っていた。 おせっかいめ・・・・。 「じゃあ、いってきま〜す。」 彼は私の肩を軽く叩いて、外出していった。 ☆プライド 「もうそろそろいいんじゃないの。」 後輩の言った言葉が頭をぐるぐる回っていた。 2年以上も片思いをするには、もうあまり若くない。 そして、もう一度振り向かせる勇気も技量も私は持ち合わせてはいなかった。 確かにそろそろ現実を見ろって感じか・・・・。 携帯とにらめっこしながらプライドと好奇心を天秤にかける。 「もうそろそろいいんじゃないの。」 頭の奥から響いてくる後輩の声に後押しをされて、私は思案の挙げ句、彼に電話をする事を決意した。 プルルルルルル・・・・・ 「はい、桜木です。」 「あっ、こんばんは。すももです。」 「あー、すももさん?」 「今、電話大丈夫ですか?」 「大丈夫ですよ。今ね、ご飯食べてたんですよ。」 「えっ、すいません。また、掛け直します。」 「いやいや、本当に大丈夫ですよ。このところ仕事が忙しくてね。こんな時間に飯ですよ(夜9時半ごろ)。食べたらまた一仕事です。」 「大変ですね。・・・やっぱりまた掛け直しますよ。ゆっくりご飯食べて下さい。」 「すいません、平日は忙しくて夜遅くなっちゃうから、週末にでもこちらから電話しようと思ってたんですが・・・・。」 「いえいえ、すいません。こちらこそお食事中に失礼しました。」 「あっ、あの。土曜日に俺、電話しますよ。待ってて下さい。」 「えっ、あっ、はい。わかりました。」 「じゃあ、また。」 「はい、お仕事頑張って下さいね。」 「ありがとうございます。じゃあ。」 緊張した・・・・・。 頭が真っ白だった。 どうやら彼はとても忙しい人らしい。 その週末、約束通り彼から電話がかかってきた。 「もしもし、桜木です。」 「あ、こんにちは。」 「今、平気ですか?」 「はい、大丈夫です。友達の家でのんびりしてました。」 「そうですか。楽しそうですね。」 「はい。」 「・・・・・・あのー。もしよかったら、今度お会いしませんか?」 「あっ、はい。」 「いつがいいですかね?」 「私はいつでも大丈夫です。桜木さんお忙しいでしょうから合わせますよ。」 「そうですか・・・・・。じゃあ、来週の金曜日なんてどうですか?」 「金曜日・・・・。」 「クリスマス・イブですけど・・・・。」 「えーと・・・・・、はい。大丈夫です。」 「よかった。じゃあ、待ち合わせ場所は・・・・・・・」 こうして私たちは、その年のクリスマス・イブの日に最初のデートをする事になった。 ☆クリスマス・イブ 待ち合わせの場所に少し早く着く。 駅は人通りが激しく、家路を急ぐ人と街へ繰り出す人とで溢れていた。 程なく彼は現れた。 長身にスーツを身にまとい、カラーシャツを着る彼は、私服よりも数段かっこよかった。 緊張のまま店に入り、洒落た感じのバーで私たちは落ち着く事になった。 彼は2人になるとよく喋った。 考えてみれば当たり前で、話す対象が1人なんだからそりゃあ喋るハズである。 それから、彼と自分の夢について語った。 私は芝居が好きで舞台女優になりたいこと。 いつかは帝国劇場で主役がやりたい・・・・・。 到底、叶ことのない夢物語・・・・。 彼はお父様のお仕事の手伝いをしたいと言った。 東京で就職したのも、いつかはお父様の仕事を手伝う為の勉強だそうだ。 彼はまじめで堅実で、確固たる目的に向かって走っていた。 それに比べて私はいつもいつも夢ばかり見ていた。 年下なのに、なんだか大人びた印象で余計に自分が情けなかった。 「また、会えますか?」 「え?あっ、はい。」 「いつだったら開いてますか?」 「えーと、今は芝居の稽古も無いので、いつでも大丈夫です。」 「じゃあ、明日。」 「明日?」 「駄目ですか?」 「え、いいえ・・・。ただ、夜は劇団の忘年会があるんですよ。クリスマスに忘年会なんて気が利かないと言うか、淋しい人たちの集まりなんです。」 「じゃあ、昼間に映画でも見に行きませんか?」 そして私たちは翌日も会う事になった。 ☆決意 その日は桜木さんと新宿で待ち合わせた。 とても寒い日でみんなが肩をすくませて歩いていた。 当時話題作だった「マトリックス」を見に行くことになっていた。 街は若者や肩を寄せ合うカップルたちでいっぱいだった。 私たちはとても楽しくその日を過ごし、私は劇団の忘年会に行く為に彼に別れを告げた。 「すももさん、お休みはいつからですか?」 「28日からですけど・・・・。」 「俺、田舎に29日に帰るんで、その前によかったらディズニーランド行きませんか?」 彼は私がディズニーフリークなのを知って誘ってくれたのだ。 大掃除もあるけれど29、30で片づければいい事だし、何よりディズニーランドへの誘惑を断ち切る事は出来なかった。 結局私は28日に彼と会う約束をして別れた。 時計の針は待ち合わせの時間30分前だった。 急げば間に合う。 私は慌てて電車に乗り、忘年会会場へと向かった。 居酒屋には既に何名か劇団の人間が来ていた。 約1ヶ月ぶりに顔をあわせる。 リョウくんは少し遅れてやってきた。 私たちは離れた席に座った。 そして・・・言葉を交わす事はほとんどなかった。 一次会は居酒屋で盛り上がり、二次会にカラオケに行く事になった。 総勢20名弱でひろいボックスに入る。 ほろ酔い気分で、それぞれ満足げに歌を歌っていた。 みんなの歌声でボックス内は普通の会話が聞き取れないほどになっていた。 私はこの数日間ずっと考えていた。 私は桜木さんの事を好きになる事は出来るか?? 何より、リョウくんへの想いを断ち切る事が出来るのだろうか? この二年間、ずっとリョウくんを見つめ続けてきた・・・・・。 いつもと変わらない横顔・・・・。 一体いつから、私は彼を正面から見つめるのではなく、横顔だけを見つめるようになったのだろう? 胸の奥が苦しくて、苦しくて涙が出そうだった。 そして、彼の横顔を見つめながらある決意をした。 「前へ・・・・、前へ進もう。暗くて何も見えないけれど、手探りのままだけど、私の未来へ向かって歩き出そう。」 ☆告白 つづく・・・・ |

