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08/31 −死−
不意に携帯電話が鳴る、着信元は実家から。書類の提出に俺の保険証のコピーが必要とのこと。
それだけならごく普通の電話なのだが、続きがあった。名古屋に戻ったときに、近所の
商業を営む、俺が昔から『姉ちゃん』と慕っていた人が倒れたと言う話は聞かされていた。
しかし、そのまま・・・亡くなったとのこと。享年45歳。
物心ついたときにはすでにその商店に俺はよく遊びに行っていたものだ。まるで
“もう一つの自分の家”のように。いつも温かく微笑みかけてくれた姉ちゃんの顔が
目を閉じるだけで蘇る。よく、とにかくよく働く人だった。店はコンビニと同じだがフランチャイズには
加入せず、かたくなに「商店」であることにこだわり続けた。お惣菜も取り寄せのものももちろんあったが
俺は『姉ちゃん』の作ったサンドウィッチがとにかく好きだった。実家には何度か帰ったが
『姉ちゃん』とは会う機会に恵まれずここ何年かは顔さえ見ることは無かった。
その『姉ちゃん』の突然の“死”。俺はどう受け止めたらいいのか?
“いるはずの人間”が“いなくなる”。命ある限り、最後にはすべて『無』になる。
当たり前の事なのにどうしてこの『当たり前を』受け入れることを拒む自分がいるのだろうか?
『姉ちゃん』は幸せだっただろうか?45年で人生を終えることが、本当に望まれることだったのだろうか?
俺には仕事のために生き、そして働きすぎたが故にその生涯を普通の人よりも早く終えた。
それが本当にこの世に生を受けた“一人の人間”としての生き方として・・・。
愛すべき『姉ちゃん』に心からのご冥福をお祈りします。
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