September

09/19
 以前レコーディングに参加した、弾き語りソロアーティスト大久保有平氏の レコ発ワンマンライブが新横浜にて行われた。俺はライブの総指揮を任されていて、 この日を迎えるためにさまざまなトラブルや衝突などもあったが何とかライブまで こじつけられた。
 レコーディングが終了してすぐに、『プロデューサやってみないか?』という オファーを受け、快諾。個人的に温めていた案、『クラブミュージック+α(既存のジャンルの音楽)』 を提示し、“α”の部分を弾き語りでやってみようということで話は進み、その際トラック(カラオケ)を作る 人間が必要だったわけだが、たまたまレコーディング時に打ち込みの曲を担当したDJが思いのほか 有能な人間であったことから、彼にオファー。3人での活動としてスタートした。
 俺はエンジニア&プロデューサ、DJはアレンジャー&プロデューサ、そして有平氏はシンガー&プロデューサ という役割で誰が一番偉い訳でもなく、3人の発言権は平等にする。その上で最終的に話をまとめるのが 俺の役割。
 トラックは期待通りの『奇想天外』なものだったが、ライブで再現するレベルでは無かった。 DJの男はもともとテクノ出身のため、“歌”のない世界で戦ってきているため、バンド出身の俺や有平氏の当たり前が 当たり前では無いというある種のカルチャーショックが起きたのだ。
 ここで話は暗礁に乗り上げるわけでもないのが、3人である強み。『俺』はもともとドラムをやっていて、 リズムを考えるのは得意中の得意。それに打ち込みの知識ももちろん兼ね備えていた。 ということで、骨組みはDJが担当、仕上げを俺が担当という形で、『奇想天外且つライブでの再現可能』な トラックが完成した。3人の中では最高の作品が出来たものの、それが一般受けするのか?というのか 一番の注目点であり、心配していたことであった。
 予定の曲を終え、いよいよ今回の目玉、DJとのコラボレーションコーナーに。俺はステージ上がらないが 一番あがっていたのは他ならぬ俺だった。いざ曲がスタートすると不思議な空気がライブハウス内を覆い尽くした。 客の多くが口を開けたまま呆然としていたからだ。『失敗』という言葉が一瞬脳裏によぎったが、 それはすぐにうち消された。曲が進むにつれ、だんだんと笑顔の客が増えてくる。ただ驚いただけだったのだ。 こちらから要求するわけでもないのに、自然に拍手が起こったときは思わずガッツポーズをした。
 俺たちの『挑戦』は見事『成功』という名の称号を手にすることができた。有平氏曰く、 『今までで一番反響の大きいワンマンライブ』だったそうだ。今回の成功で俺たちに要求されるハードルは より高くなることだろう。失敗していたら非難を受けただけで終わるか、もしくは外部の人間から指導を受け 俺たちの『かたち』が損なわれるおそれがあったかもしれない。それに比べれば、ある程度好き勝手出来るわけだから。 どんな高い要求でも大いに結構だと言いたい。これからの活動に大いにご期待を。

09/14 −テキトーの“つけ”−
 『適当・おおざっぱ・なるようになる』俺の根本にある考え方。物事を深く考えることは あれど、基本的に面倒なことは嫌いだ。困難に直面したときも、苦しみはすれど結局最後は 『そのうち・・・』と割り切ってしまう。それがうまくいっていたからよかった。
 スタジオ研修でこれまでで一番ぶった切られた・・・。思い返せば一度も褒められたことは ない。常に『何度やれば・・・。』とか『舐めてるんだよ』と罵られ続けてきた。 俺も男である以上、ついてるモンはついてる。頑固で負けず嫌いだ。だから言われて当然 腹は立つし、何くそとも思う。言われた次の回では絶対にリカバーするつもりで臨んできた。 しかし、一向に結果は出せずにいた。
 自分でも疑問に思っていた。なぜこれほどまで物覚えが悪いのか?と。その答えが今日初めて分かった。 とことんまでぶった切られて。今日の俺はみじん切りされたタマネギのようだ。
 失敗した回は仕方ないとしてもその次の回で同じようなミスを繰り返すのか?それは 『なるようになる』という精神が根本にあるからだ。それは“甘え”や“油断”を生みだし、 冷静に考えれば分かることさえも判断できなくさせる。たとえ出来なくても答えを導き出してくれる人が いるからいいだろうとのある種の甘えも偶発させる。俺としてはそんなつもりは全くないものの、 結果はついてこないし、結局その日は『無駄』な日に終わってしまう。
 『ここは学校じゃないんだ、君に教える“義務”は全くないし。』もちろん言われなくても 分かることだが、実際は分かっていなかった。学校では分からなくても、忘れていても『教えてもらえる』。 それは講師に『教える義務』があるから。でも現場にそんなものはない。だったらどうしたらいいか? 『盗む』しかないのだ。自分で『学ぶ』しかないのだ。俺は『研修』という響きに大いに甘えていた。 「危機感」はまるでないし、たとえダメだとしても「まだ研修中だから・・・」という考えで臨んでいたことがはっきりと証明された。 空いている時間を使ってなぜ勉強をしないのか?なぜ練習をしないのか?それは俺が『舐めているから』。
 中学時代俺はバスケ部に所属していて、全くのど素人からスタートした。その頃下手だけど、 誰にも負けたくないし、誰よりも上手くなりたかったがために空いてる時間があればドリブル練習をしたり、 近くの公園へ出かけ、飽きるまでシュートを放ち、NBAの試合を何試合も食い入るように観ては気に入ったフェイント があればそれを次の日に試したものだ。そんな熱い情熱を持っていたのに、日々を適当にこなす生活に なれていく上で『覚える』より大事な『学ぶ』ことを忘れていたなんて・・・。
 『学びたい』という意欲があれば、難しいことも『覚えよう』とするし、『吸収』しようとする。 例えば機材の使い方が分からないのなら、人に尋ねるか最低でも説明書を借りて家で読んでみるくらいの努力はしたはずだ。 俺の今の状態は、日々の生活と何ら変わりはない。ただ『いつもより“少しだけ”がんばってみよう』と思っていただけ。 エンジニアは俺にとって通過点のつもりだが、そのスタートの部分でつまずいているようでは “何にも”なれないだろう。昔の“熱い”自分を取り戻さない限り。
 ここまで「徹底的」にぶった切られた以上、俺にあとはない。背水の陣だ。己の限界までやってダメだと言われるなら 仕方ないが、今の俺はまだ何もしていない状態だ。プライドをかけてこれからの戦いに臨まなければなさそうだ。

09/07
 地震が起きたり台風がやってきたりと慌ただしいこの頃で。ヅラが飛んでいかないか心配、 プロピアに移行しようかという気配。そんなことはどうでもよくて、近頃やけにからだが重たくて。 『十代ですか?』と聞かれ、『25です』と言ってはひかれ。「何だよ?」と反発するだけの瞬発力は どうやらとうの昔、おそらくは中学時代に使っていた肩掛け鞄の中に。 ビールの1杯でも引っかけたいが、財布を覗いてあえなく惨敗。さんざんだなとふて寝をすれば、 さんさんと照りつける太陽に汗だくになりながら目を覚ませば当然体にキレはないか。
 新しく始めたバイトは早くも飽きてきて、今では週休5日のほぼフリーな状態で。そのかわり いざ働くとなれば朝から晩まで13時間の労働時間なのに、そのうち5時間くらいは己の睡魔との戦い。 疑問点は上げればきりがないが、部屋の掃除はそろそろしたい。帰りの電車では相変わらず狸寝入りを するのにあいかわらず隣の人間が俺にもたれかかり、自分が降りるが先かもたれかかってくるコイツが 先か?結局両者降りるは同じ駅。こんな憤り、結構平気。そんなこんなでまた日が昇る。そんでこんな生活は繰り返される。

2004/Jun.|Feb.| Mar.|Apl.|May| Jun|Jul|Aug|