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12月2日 友へ。
僕のPCがそろそろオダブツしそうです。結構前から色の表示がおかしく、濃い色にノイズが入ってしまうため、写真なんかはノイズだらけで見られたもんじゃありません。それ以外にも、世間ではペンティアム4が3Gで、やれXPでセキュリティがどうのこうのと言っているのに、僕のはセレロン600MHzでwin98どうのこうの再起動、スキャンディスクで起動に10分くらいかかるし、デフラグなんて1日かかるからやりたくないし今度はなんだ、不正処理だ。せっかくオークションで時間ぎりぎりに入札しようとしてたのに不正処理で流れたよ。まいったよ。もうイヤなんだ。電源が切れなくてブチ切りばかりは。スキャンディスクばかりは。それにノイズが入って目がチカチカするのもイヤだし。ねえセレロン(セレロン600MHz搭載の我がPC、以下セレロン)、セレロン600は遅いの?セレロン600は時代遅れなの?教えてよセレロン!ペンティアム4の田中君が僕をバカにするんだ、「お前んちのセレロンはノロマ」って。本当にノロマなの?ねえ教えてよセレロン、黙ってないで答えてよセレロン!
セレロンはうつむき、ただ黙っているだけだった。
セレロンのバカ野郎!
僕はセレロンを突き飛ばして外に飛び出した。僕は走った。ひたすら走った。溢れる涙を拭いながら、セレロンと過ごした日々を思い出しながら、どこまでも走った。
やがて辺りが暗くなりはじめた頃、荒川の土手に辿り着いた。芝生に腰掛けてしばらくぼけっと過ごす。ふと空を見上げると、星が燦然と輝いていた。
「あんな事言って、セレロンのこと、傷つけちゃったかな」
帰ったらセレロンに謝ろう。酷い事言ってゴメンねって言おう。そしてこれからも宜しくって言うんだ、僕のパートナーは君だけだって。
伝えなくちゃいけない、今すぐ伝えなくちゃ。僕は急いで帰って、息を切らしながらセレロンの元に駆け寄る。「セレロン、さっきはゴメンね」
セレロンは、さっきと同じように黙ったまま、固まっていた。
セレロンのバカ野郎!
12月4日 人として。
知人の父親が亡くなった。人はいつか死ぬもので、遅かれ早かれ誰もが死ぬことは、全ての人が知っている。解ってはいるが、死は悲しい。父親を亡くした知人に、かける言葉が見あたらない。だが人には、相手を思いやる気持ちがある。僕は人だから、精一杯思いやる事ができる。そんな僕も、やがて死を迎える時が来るだろう。それは明日、事故で死ぬのかもしれないし、50年後、餅を喉に詰まらせて死ぬのかもしれない。もしくは餅が伸びすぎて喉に巻き付いて死ぬのかもしれないし、伸びすぎた餅のせいで、録画予約しておいた大好きなテレビ番組が録画されておらず怒りのあまり死ぬのかもしれないし、醤油を垂らして海苔で巻き、おいしく戴くのかもしれない。そして食べられた餅は消化され、体内で餅から何かに姿を変えてから体外へ放出されるのかもしれない。そして道ばたに放置された何かは誰かに踏まれるのかもしれないし、その誰かは、足を引きずりながら歩くのだろうし、そして階段を見つけては上りながらさりげなくこすり付けるのかもしれない。やがてそのこすりつけられた何か、こびりついた何かの跡を見た誰かが、「ああ、誰か踏んでしまったんだな」と感じ、そして「可哀想に」と思いやることだろう。それはやはり、人だからそう感じるに違いない。人は相手を思いやることが出来る。だから僕は人に生まれてきて良かったと、心から思うことが出来るんだ。ウンコしちゃってゴメンよ。
12月6日 あわてん坊達の宴。
「スタンバイはOKだ、いつでもきやがれヒゲ野郎」
既に枕元には靴下がセットされており、万が一あわてん坊が急いでりんりん来たとしても安心だ。こうして早い内にスタンバイしておくことは、何もあわてん坊の為だけではない、当日までにこっちの心の準備も出来るというもんだ。恐らくあわてん坊の事だから、えんとつのぞいて落っこちて、あいたたドンドン来るんだろうとは思うが、例えばもしもまっくろくろけの黒人が来たとしたら、その衝撃に僕のハートが耐えられるかどうかが今後の課題となる。まあ、耐えられなかったら、それまでだったと言うことだ。ってオイ!(ここでズボンから飛び出したあわてん棒をしまう)
失礼、耐えられなかったのはハートだけではなかった様だ。(気の利いたジョークで場が和む)ところでこの靴下、何故枕元にあるのかって?それはワイフとケンカして、彼女が実家に帰っているからさ。だってホラ、パンツも一緒に枕元にあるだろう?(ジョークの連発で会場は爆笑の渦に)脱ぎっぱなし(ドカーン!)(とどめに靴下の匂いを嗅ぐフリをして)臭いっ!(顔をしかめて倒れるジョージ)(倒れたまま沈黙)(どうしたジョージ、徐々にざわめき出す会場)うう…(苦しそうなうめき声、ジョージは無事か?)うう…(なんとジョージが泣いている)うう、なんで出ていってしもたんやぁ…(おお、我らがジョージのワイフは本当に家出中だったようだ。まったく、ジョージったら憎めないワ!奥さん、帰ってくるとイイネ!)
12月9日 灰色の夜。
雪が積もった日の夜は、いつもと違って灰色で、ぼんやりと明るい。僕はそんな夜が好きだ。いつまでも眺めていたい。しかし、そんな夜は長く続かない。残念ながら雪が溶けてしまうので、せいぜい一晩で、灰色の夜は終わってしまう。でも、どうしても諦めきれない。どうしたら灰色の夜を長く楽しめるのか、僕は色々と考えた。その結果、1つの答えに辿り着く。僕が見つけた答え、それは老人。老人のテーマカラーはグレー。だとしたら老人を敷き詰めれば、グレーの夜に近づくのではないか。イヤ、そんな事は実際無理だ。老人を敷き詰めることは不可能なのだ。なぜなら老人は動く。
そこで僕はもう1つの答えを導き出す。それはGLAY。早速GLAYグッズを買いに原宿の竹下通りを歩く。程なくGLAYのメンバー、それぞれのTシャツを4枚購入。1枚目は「TATSUROU」の写真がプリントされている、ファンキーなTシャツ。彼の歌である「アトムの子」は名曲だ。そして「JIRO」のTシャツには、「飛びます飛びます」とプリントされており、なるほど、世界へ羽ばたくロックバンドに相応しい仕上がりだった。そして「HITOSHI」は、Tシャツというかむしろ人形で、どうやら集めるとトップ賞らしい。最後に「TERU」は控えめに見ても内村光良で、日本のジャッキーと書いてある。4枚並べてゴミという事に気付くまで、そう時間はかからなかった。まとめて駅のゴミ箱に捨てて帰る、灰色の夜の出来事だった。
12月12日 恐怖の押し入れ。
最近、寝不足が続いている。というのも、夜中に何度も目が覚めてしまうからだ。困ったことに寝ている間に布団をはいで、寒さに耐えきれなくなり目が覚めるというのを何度も繰り返している。厚着して寝ているのが原因の様な気もするが、それだけが原因ではないと僕は見ている。そう、この部屋にはいたずら好きの何者かが、いる。
そいつは僕の布団をひっぺがし、寒さで目が覚める様子を見て笑っているのだ。何度も何度もやられていては僕の体が持たない。そこで僕は決めた。そいつが僕の布団をめくりに来た瞬間を捕えようと。
早速寝ているフリをして、奴をおびき寄せるため、「もう眠くてたまらん。こりゃあ、布団に入ったらすぐ寝ちゃうだろうなあ」と言いながら布団に入る。我ながらいい芝居だ。そして、ついウトウト仕掛けた頃、ついに奴がどこからともなく現れた。すーっと、ふすまの開く音がしたかと思うと、素早く僕の布団をめくりあげた。「今だ!」僕は飛び起きて奴を掴もうとする。が、既にその姿はどこにも見あたらなかった。こいつはおかしい、奴は一体どこに消えたというのか。確かに僕は、ふすまの開く音を聞いた。そして僕の布団は、確かにめくられた。奴が妖怪でない限り、一瞬にしてどこかに隠れたという可能性が高い。僕は押し入れの方へ目を向ける。その押し入れは、かつて感じたことがない程、邪悪な雰囲気を漂わせていた。
開けるのをためらう。もしも恐ろしい何かが本当にそこに隠れているのだとしたら、開けない方がいいのではないか。知らない方が幸せな事は、世の中に沢山ある。だが、僕は知ってしまったのだ。そう、瞬間、押し入れの中で物音がした。聞いてしまったからには素通りするわけにはいかない。僕は襖に手をかけ、呼吸を整えた。心の中でゆっくり3秒数える。1…2…、3「今だ!」かけた手を、渾身の力を込めて横に引く。ピシャリと音を立てて開いた襖の奧には、青い変な生き物が横たわっていた。聞くと、「自分は未来から来た、疲れたので、できればドラ焼きを食わせて欲しい」と言う。ドラ焼きは無いと言うと、「ならば新聞を三ヶ月分、試しにとって欲しい」と言う。ニュースはネットで見てるからいらない、と言うと、「せっかくお前の為に未来から来たのに」と、初対面でお前呼ばわりされたので、頭に来て外に追い出す。去り際「バカ野郎」と呟き唾を吐いたかと思うと、自転車に飛び乗り夜の街へと消えていった。きっと未来へ帰ったんだろう。
12月15日 代休欲しい日々。
タバコ、かあ。忘年会の席で、モクモクと煙をあげている同僚の姿を見て、心の中でそう呟く。思えばタバコをやめてから、既に1年以上経過しており、その間僕の健康状態は著しいとまでは言えないが、まあ良くなっただろうとは思える程の調子は保っている。世間の風潮は愛煙家にとって厳しくなってはいるものの、まだまだ欧米諸国に比べると、日本はマシだ。以前、僕がロスへ行った時の事だが(実際僕は国内を出たことが無く、ここで言うロスとは、ロイヤルホストの事である)僕がオニポテ(オニオンリングとポテト)を頼むと(実際ロイヤルホストのメニューにはオニポテは無く、それがあるのはモスである)なんとリング全てが小さいサイズではないか、なんという恐ろしさ(実際恐ろしいのは映画リングであり、オニオンリングは怖くない)僕は店員を呪った、呪いのビデオで呪った(明らかに映画リングに影響されている)いや、ヴィディオで呪った(英語の発音もバッチリなので、ハリウッド版を見たに違いない)まあ、僕は心が、小学校のグラウンド並に広いので許したが(中途半端なサイズ、それにしても自分を過大評価している)まあ、リングは怖かったね、真田幸村だっけ(戦国武将と間違えている)(しかも今更日本版)主演女優は今をトキメク聖さやかでしょ(出てないし女優違い、しかも既に引退している)聖最高!(タバコ全然関係なし、オチもなにもありゃしない)(休日もなにもありゃしない)
12月18日 ココアプリンと僕。
最近、昼飯の後にココアプリンを食べるのが僕の中で流行っている。メニューを殆ど食い飽きた「ほか弁」の弁当を平らげ、胃袋を満たしたあと、甘さ控えめなココアプリンを食べる事で、心まで満たされる。繰り返し続く面白味のない日々の中で、ようやく見つけた小さな幸せだった。それぐらいの幸せを感じる権利は、例えゴミ虫同然の僕にだってあるはずだ。
だがしかし、幸せは長く続かなかった。ここ2週間でココアプリンを口にすることが出来た日は、食べ始めてからたったの3日。他の日は売り切れで、買うことが出来なかった。もちろん僕は毎日バンホーテンのココアプリンを探し、コンビニを渡り歩いている。しかし、ことごとく売り切れ、もしくは置いていない。仕方なくチョコプリンを買うが、チョコプリンは極端に甘すぎる。何事も控えめがちょうど良い。つまりチョコプリンでは、僕の心を満たせないのだ。
神は僕から楽しみを奪いなすった。それすらも楽しむなということなのか、あまりにも酷い仕打ちだ。当然納得できない僕は、ココアプリンの神の元へと向かう。ココアプリンの神は、巣鴨におりなさる。
「ココア」と書かれた神の住処に掲げてある看板の下には、「ファッションヘルス」と書かれておられる。なるほど最近の神は、ファッションにも気を使いなさるのか。入り口で入場料を払い、プリンの神を指名する。程なく出て来られた、エプロンに「プリン」と書かれたバッチをつけた神に、僕は何故、ココアプリンを買わせてくれないのか問うてみたのじゃ。最初は「変なのー」と言って誤魔化していた神も、やがては「やる気がないなら出ていけ」と怒りはじめるではないか。ワシはもう、ビックリしてしもうてのう。今日の日記のあまりの酷さに。
12月20日 食費のかからない人達。
人が生きていく上での大きな出費、<食費>。
もしも食費が一銭もかからないとしたら、僕たちの暮らしはとても豊かになる。なぜなら、人は食べる為に働いているのだから。しかし、世の中には食費の全くかからない人達がいる。それは、山にかかる霞(かすみ)を食べて生きていると言われている、仙人達。今日は、仙人の暮らしを、少しだけのぞいてみたいと思う。そう、仙人は霞を食べて生きているのだ。仙人の暮らし。
12月23日 偏見と僕と忠犬。
久しぶりに朝まで飲み明かした夜。先日は毎年恒例、忘年会の日だった。楽しいと思えることが少なくなって来た最近ではめずらしく楽しかったので、結局朝まで残ってしまった。みんな変わってない。結局誰もが、職業や立場や見た目が変わっても根本的な物は同じで、みんなはみんなのままで、僕は僕であり、君は君なんだねと、気付けば信柱の下にいた犬のフンに話しかけている自分がとても愛しく思えた。
しかし、けしからん。犬のフンの始末をするのは飼い主の義務である。これつまり、飼い犬のフンの始末も出来ない人は、自分のフンの始末もできない人となる。だがまてよ、僕はこれを最初から「犬の物」と決めつけてしまっていた。それこそが偏見であり、フンに対する差別ではないのか。僕は自分が恥ずかしい。もしもこれが犬の物ではなく、人の物だったら。だとしたら怒るべき対象は犬となる。飼い主のフンの始末も出来ずして、何が忠犬か!
しかし僕は踏みとどまった。「何が忠犬か」より、「何が忠犬なのさ」の方がソフトな印象を与える事に気付いたからだ。「何が忠犬で、何が愛なのさ」の方が、悲しい苦悩を効果的に表せているのではなかろうか。「何が悲しくて愛なのさ」の方が、もっとクールでカッコイイかも。だとしたら「悲しいけどこれ、戦争なのよね」なんて最高じゃん!そう、そうだったんだよ。悲しいけどこれ、戦争なんだよ。お前もそう思うだろう、なあウンコよ。と、犬のフンに向かってブツブツしゃべっていると、友達が僕を迎えに来てくれた。さあ今日はお開きだ、お家に帰ろう。
12月26日 It's dream.
喉が痛い。またしても熱が出て、お医者様のお世話に。しかし、僕という人間はよく飽きもせず風邪ばかり引くもんだ。まあこれで僕はバカではないと言うことが科学的にも証明された訳だ。僕バカじゃない。僕バカじゃない。(鼻くそをほじりながら)
しかし、僕がバカでないとすれば一体何なのだろう。何がバカで、僕は何なのだろう。バカなのは僕で、おいしいのは鼻くそなのではないか。僕の指は、あわや口元へと運ばれるところであった。もしもその時「食べちゃだめ!」という、心の声が聞こえなければ、僕は間違いなく鼻くそを食べていただろうし、鼻くそもまた、僕に食べられていただろう。危ないところだった。鼻くそだって生きているのだ。生き物を理由もなく殺すのは、良くない事である。
しかしその時、声が聞こえた。「…食うてや、ワイを食うてや」
僕はギョッとした。僕の指先にいる、鼻くそが話しかけているのだ。「ワイを食うてや、ウマイでえ」
僕は思わず、ゴクリとのどを鳴らす。ウマイと聞いて、辛抱たまらなくなっていたのだ。これ以上は我慢できない、それに鼻くそは食ってくれと言っている。鼻くそに恥をかかせる訳にもいかない。「いいの?本当にいいの?食うよ?食うよ?」と、鼻くそに向かってブツブツ言っていると、お医者様が、「これはね、インフルエンザではないと思うよ、熱もそんなに高くないし」と言っているのが遠くから聞こえてきて、僕はハッと我に帰った。今のは夢だったのか?「ハイ」とお医者様から手渡されたティッシュで鼻を拭った時、「さよならや」と言う声が聞こえた気がした。
12月28日 真実はただ一つ。
「ベッカムはくしゃおじさん予備軍です」と、僕の心の声が呟く。だがしかし、そんな事をこの場に書けようか。「ベッカムは50年後もイギリス代表だろう、くしゃおじさんの代表としてNA」などとは、恐れ多くて、とてもじゃないがこの場に書けない。僕は怖い。ベッカムを信仰してやまない者達からの批判の声が。だから僕には書くことが出来ない。例え思いついたとしても、例え真実に気付いたとしても。書くことが出来ないのだ。
かつてガリレオは地動説を唱え、それが真実にもかかわらず、彼は迫害された。僕もまた、そんな事を口にすれば迫害されてしまうのだろう。
僕は怖いのだ。残念ながら、僕にはガリレオほどの勇気はない。今日の日記には、今年も残すところあと3日になりました。と書いておけば良いのだ。もしも「くしゃベッカム」等と書いてしまったら、僕はおろか、僕の家族まで火刑とされてしまうだろう。
しかし書きたい。でも書けない。僕は葛藤する。書きたい。書きたい。というわけで、結局マスをかいてしまいましたー!テヘヘ!くしゃベッカム!
というのはどうだろう。ギャグとして、文に混ぜてしまうのだ。こうすれば世間の目はごまかせる。僕の狙いはサブリミナル的な効果だ。また頭のおかしな事を言っている、程度にしか認識されないだろうが、この文を読んだ人がチョコのCMを見たときに「アレ?」と思う事は、まず間違いない。よし決めた。それで行こう。だがしかし「くしゃベッカム」では露骨過ぎる。これでは普通に書いた方が良いのではないか。一体どうすればいいのだ。書きたい。でも書けない。書きたい。書きたい。というわけで、結局マスをかいてしまいましたー!テヘヘ!く、くしゃ、くしゃいゴミ箱だなあ!なんちって……!
僕は意気地なしだ(火刑)
12月30日 恥ずかしくてさ。
あともう2回寝たらお正月になってしまう。そんなのはごめんだ。断固として拒否する。こんなにも体調が優れない状態で、正月を迎えるのはあまりにも気分が悪い。何にも不摂生をしていないというのに不幸すぎる。それに、一年の計は元旦にあり、という言葉がある。つまり元旦から不幸な気分だと、これ一年中不幸な気分になるということだ。それに僕は大晦日の深夜は寺に出掛けるって決めている。決めているのだ。決めているのDA!で、おみくじ引いて「わあ、また凶がではったわあ」と愚痴を言うのも決めているのDA!「凶はん、凶はん、ちょいと来ておくれやす」と言って、京本政樹をおびき寄せておいてもみあげをカットするって決めているのDA!毎年の決まりなのDA!風邪なんてやなのDA!ってなんDAこの京の日記。ひでえ内容。途中で「のDA!」とか言い出したあたりから特にマズイね。ああ気持ち悪い。こんなのアップロードできる訳がないよ、恥ずかしくてさ。
博士「随分精神バランスが崩れているね」
助手「そうですね」
博士「風邪で参ってるんだろうか」
助手「そうでしょうね」
博士「彼は元旦を楽しみにしていたからね」
助手「一年で一番好きだと言ってました」
博士「可哀想だね」
助手「ええ、とても」
僕は寝ない。だって寝なければお正月はこないだろう?(風邪悪化)
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