| 12月3日 そして厄年。
先週の金曜日からしつこい風邪に苦しめられている。
土日には見事に熱が出た。その後も微熱は続き、酷く咳が出るようになった。寝ていても目が覚めるほどの咳である。自分の咳で目が覚めるのは腹立たしい事この上ない。咳のお陰で寝不足が続き、僕は苛々を募らせていった。やがて僕の怒りは咳へと向かい、その後怒りは駅へと向かった。
怒りは改札を通り過ぎる。僕は気づかれないよう注意しながら怒りの後を着けた。怒りがホームにタンを吐いたので、僕は怒りに注意した。むやみにタンを吐くのは、自分をバカだと言っているようなものですよ、と。
すると怒りはこう言った。
「俺、バカじゃないゲキド」
どうも彼の中では、語尾にゲキドを付けるのが流行っているようだ。そこで僕はやんわりと諭すことにした。むやみに語尾にゲキドを付けるのは、自分をバカだと言っているようなものですよ、と。
それが気に入らなかったのだろう。怒りは本当に激怒した。額の血管が浮き上がる。もの凄い怒り具合だ。血管はついにブチンと音を立てて切れた。噴き出す血。
すると怒りはポケットからバッテンの絆創膏を取り出し、自分の額にぴしゃりと貼った!
そして僕はエレキバンを背中に貼った!
おじいちゃんの、大きな背中に!
おじいちゃん「ありがとう、若い人!」
12月7日 風邪と咳止めと。
「確か、先々週からだったよなあ」
座っている奴の周りをゆっくりと回りながら、僕は威圧的にそう言った。
「先々週からだったよなあ!」
先ほどよりも大きな声を出し、それから奴の前のテーブルを、持っていた木製のバットでぶっ叩いた。
ドンという音が薄暗い部屋の中に響き渡り、奴は少しばかり身を竦めた、が、こいつは驚いたフリをしているだけなのだ。そうしておいた方が、反省しているように見えるからである。こいつはそういう狡猾な奴なのだ。本当は心の中で、この状態が滑稽だと思っているに違いない。怒っている僕が、滑稽だと。
そう考えると、益々苛々してくる。僕は深呼吸して気持ちを落ち着けてから言った。
「なあ風邪、もうそろそろ、いいんじゃねえかな。いい加減俺を楽にしてくれねえかな」
すると風邪は、ほじっていた鼻くそをテーブルに付けてからこう言った。
「これが、私の仕事なんだ」
「人を苦しめる事しかできないくせに、何が仕事だ!」
怒りで体が震える。バットの先に刺さっている無数の釘が、小刻みに揺れていた。
その揺れている釘に、風邪は鼻くそを付けながら言った。「私だって、君が苦しむ姿を見ているのは辛い。でも人は、時には苦しむ事も必要なんだ」
鼻くそを、全ての釘の先に付け終わると風邪は立ち上がってから言った。
「いいかい、苦しみは必要悪なんだ。君たち人間が、苦しみを無くしてしまったら、君たちはきっと精神の均衡を欠き、やがて滅びるだろう」
言い終わるより先に、風邪は鼻くそを僕に付けようとしてきたので、素早く手で払いのけてから僕は言った。
「でも、長すぎる。先々週の土曜から、俺はずっと苦しい」
「そういう苦しみ方もある。世の中にはもっと苦しい人もいる」
言いながら、風邪は鼻くそを食べようとしたので、僕は彼の手を掴んで口から離し、小声で言った「(これは食べ物じゃないでしょう)」
「(そうか、スマン)」
僕は先を続けた。
「なあ、風邪、いつになったらこの咳を止めてくれるんだ。苦しくて、夜もおちおち寝ていられねえ。こんな風邪は始めてだ、長引きすぎる」
「どうしてもと言うなら、咳を止めてやらないこともない。ただ、君が苦しみから逃げ出したという事を、私は忘れないが」
「ああいいとも、苦しいんだ。さあ早く止めてくれ」
「わかった。ではこの咳止めを飲むが良い」
そう言うと風邪はポケットから、黒っぽい丸まった物を取り出し、僕の口に無理矢理入れた。
「ちょ、ちょっと、何コレ」
「咳止めだ。まだ沢山ある」
そう言うと風邪は鼻くそをほじり、出てきた鼻シットを丸めてポケットに入れた。「補充完了」
僕の咳は、言うまでもなく止まらなかった。
12月10日 気管支トーマス。
風邪が長引くなあ、と思って医者に行ったら気管支炎だった。
気管支炎な僕は、夜、咳き込んでしまいなかなか眠りにつけないので、沢山読書することが出来る。また、毎朝明け方頃、酷い咳によって叩き起こされるので、日の出を拝む事が出来る。これは大変健康的である。
さらに、日頃から運動不足だと思っていた僕は、咳によって腹筋が鍛えられるので丁度良い上、年末進行でクソ忙しい仕事の最中、何故かボケーっとしてしまうので時間が経つのが早く、その分死に早く近づける。次こそ輪廻を断ち切ることが出来そうな気がするので、これもまた良し。良いことずくめだ。
つまり気管支炎とはとてもグレイトな状態であると言えそうだ。
「言えるかよ!」
僕は手の甲で自分の気管支の辺りをぶっ叩きながら思いきった突っ込みを己自身に入れてみた。
よく思い切ったものだ、偉いぞ僕!
その時である、手に激痛が走った。突っ込みを入れた時、手が変な風にツイストされたのがまずかった。どうやら筋を痛めてしまったらしい。
「ゲホッゲホッ、何くそ、ワイはこんなところでくたばる訳にはいかへんのや!」
僕は咳き込みながら、関西出身でも無いのに無駄に関西弁で叫んでから、今度は逆の手で己の気管支のあたりへと突っ込みを入れた。
「ギャーゲホッ!ワイの負けや!」
昔あったアニメ、プロゴルファー猿の微妙な物まねをしながら激しく咳き込み、転げ回る僕。そのまま転がり続け、置いてあった鉄アレイに額を激しく打ち付け、僕は敢えなく昇天してしまった。
結論:輪廻は断ち切れまへん。
12月15日 心の答え。
いかんともしがたく日々は過ぎていくものだ。今年も残すところあと半月程なのだが、まったく実感がわかない。それどころか一日一日が速すぎて、何をしているのかもわからない。しかし何もしていないわけではない。わからないのだ。僕の脳味噌は溶け始めているのかもしれない。
それにしても正しいことをしているのだろうか。
仕事に対し、生活に対し、そして人生に対し、今、強く疑問を感じている。
このままで良いのだろうか、僕は自分の心に問いかけた。しかし問いかけるまでもなく、心は既に答えを出していた。
これが、答えか。
僕はズボンの、半開きのチャックから出ていた答えに対し、厳しい非難を浴びせた。
「お前は、お前って奴は、本当に、本当にどうしようもないんだな」
答えは、申し訳なさそうに眉間にしわを寄せ、「すまない」と言ってから住処に引っ込んだ。
それを見た僕も、なんだか申し訳ない気持ちになったので、「こっちこそ、すまなかった」と謝った。
「お前は悪くないよ」
答えは、チャックから少しだけ顔を覗かせ、僕にそう言った。
「お前は悪くない。悪いのはお前のその性格だ」
そう言うと、答えはまた引っ込んだ。
残された僕は少しイヤな気持ちになったので、答えをズボンの上からゲンコツで叩いた。
とても痛かった。
12月23日 サイレン。
最近あまりにもストレスが溜まりすぎたので、ついにプレステ2を購入してしまった。
やるべき事をほったらかしてゲームに没頭すれば、その時間はイヤなこと全てを忘れられる。しかし「サイレン」という怖いゲームは、僕にはとても難しく、直ぐに死ぬので徐々に怒りが溜まっていた。「サイレン」で死ぬことがイヤな事になりつつあったのだ。
僕はイヤな事を忘れたくてゲームをしているのに、これでは本末転倒だ。そうこうしている内にまた死んだ。ゲームの中とはいえ、いくらなんでも死に過ぎである。これ以上死ぬのは、イヤだ。
僕はなるべく殺さないでくれるよう、ゲームの中の敵にお願いしてみた。もちろん、タダでとは言わない。僕は大人だ、大人は金で何でも解決することができる。
「これをやるから、これ以上殺すのはやめてくれないか」
言いながら僕は、500円玉を画面の中の敵にぐりぐり押しつけた。500円玉は、黒板を引っ掻くようなイヤな音を立てながらテレビ画面に傷を付けたが、敵はそれを受け取らなかった。
「金でなんでも解決できると思うなよ」と言わんばかりの敵の表情。僕は大人として悔しかった。
そして悟った。
大人としてではなく、一人の人間として、正々堂々立ち向かえば良いのだ。金を受けとらなかったあいつは好敵手。これ以上の相手はいない!
玄関に置いてある金属バットを持ってきて、スッ、と構えた。
「覚悟したまえ」
そして画面の中の敵が、僕がプレイするプレイヤーに襲いかかった瞬間である。僕は渾身の力を振り絞り、敵めがけてフルスイングした!
バットが画面の敵にぶち当たり、ボーンという破裂音と同時に炎があがり、無数のガラスの破片が僕めがけて降り注いだ。
テレビ爆破!
僕、血だるま!
やがて、遠くから救急車のサイレンの音が聞こえて来て、僕の意識はゆっくりと薄れていった。サイレンは僕をあざ笑うかのように鳴り響く。
これで、何もかも忘れられる。
12月28日 ループ。
「悲しいね」
僕は去りゆく恋人に向かって呟いた。
「ボワババンバンババンボーボーっしょ!やっぱ!」
集団暴走行為に憧れる中学三年生の安田は、バイクをふかす真似をしながら友人に熱っぽく言った。
「ルパーン!逮捕だー!へへっ」
銭形のとっつあんの中途半端な物まねを、一人鏡の前で照れながらやる坂本の背中は寂しい。
「自分で決めた事でしょ」
恋人は、半ば呆れた様に言った。僕は自分勝手だ。
「じゃあ、ユウナちゃんで」
その頃、坂本は風俗でユウナちゃんを指名をしていた。
思いを寄せる女の子に、恋人がいたことを知った高校生の武田は、その妄想の中で彼女を汚していた。
「頑張れよ、俺も頑張るから」
僕は彼女にそう言った。卑怯な自分。
「だからさ、こんなにでかかったんだって!」
友人に、昨日八百屋で見たお化けカボチャの事を説明している斉藤には、5人の敵がいる。
僕は何をするでもなく、天井に映る照明器具が作り出した影を見あげながら、ぼんやり人生と、集団暴走行為について考えていた。
「ボワババンバンババンボーボーっしょ!やっぱ!」
あのときの安田の声が聞こえてくる。彼はなめこの入ったみそ汁が、大好物だった。
「さよなら」
彼女が言った。
「ボワババンバンババンボーボーっしょ!」
安田が言った。
「なんかぬるぬるしてない?」
なめこを初めて食べた海江田が言った。
いつでもぬるぬるしているように思えるなめこも、放っておけば乾燥し、ぬめりが無くなる(ぬめなく)ように、終わりのない愛もない。今、一つの別れを迎えようとしている僕のぬめりは、
「ボワババンバンババンボーボーっしょ!」
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