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5月3日 スニーカー選び。

靴屋で、新しいスニーカーを買うべく色々と悩んでいた。特に買うものを決めていなかったので、迷う迷う。僕は何か買う際、意外と即断即決してしまうタイプの人間なのだが、ひとたび迷いはじめると、一人では出口を見出せなくなってしまうのだ。そうなると結局大して欲しくも無い変な物を買ってしまい、その変な物は適当な扱いを受け、使われもせずに封印されるハメになる。これではお金が非常にもったいない。
そこで、近寄ってくる店員に色々聞いてみる事にしたのだ。僕は店員が声をかけてくるのを待つ事にした。
僕は店員が近寄り易いように、微笑を顔に浮かべながら靴を眺める事にした。そして時折、「ああー、やっぱいいよなあ」等と声を出して、靴好きの客をアピールすることにした。靴屋の店員なのだから、靴は好きなはずである。すなわち、僕が靴好きをアピールする事により、店員は僕に親近感を持つはずなのだ。
次に僕は、縫い目を手でなぞったり、匂いを嗅いだり、時には舐めたりして素材を確かめ、細部までこだわる靴職人を演出することにした。店員に、「こいつは玄人だな」と思わせれば、本当に良いものだけを勧めてくるはずだからだ。しかし、笑顔は絶やしてはいけない。
しばらくすると、近くに居た客がいなくなった。今がチャンスだ、店員よ、僕に話しかけてこい。僕は笑顔で待つ。
しかし、なかなか近寄ってこない。おかしい、アピールの仕方がたりないのだろうか。今度は先ほどよりも大きな声で靴への思いを語る事にした。
「ああー、この縫い目たまんないよなあ。凄いよ、欲しいよ、コレ欲しいよ、ゴムもちゃんとつけてあるし、裏側もタフだし、あーなんか、ぎざぎざも付いてる。あわわわ、もう言うことないよ、見て、震えが止まんない!」
僕は大げさ震えながらにその場にひざまずいたりして、店員が来るのを待った。だが、来たのは青というか紺色の制服を着た人達で、僕は肩をつかまれて表に引きずり出され、何やら、ショ、とかいう所まで連れて行かれた。とても残念である。

5月6日 SARSを呪え!

連休が終わり、いよいよ日本にもSARSがやって来るのか。来ないのか。
というわけで、明日から連休中にフィリピンに行っていた、同じ職場の人が戻ってくる。おそらく生ける病原体と化しているであろうその人に、なるべくなら戻ってきて欲しくない僕としては、やはり、呪術という方法に頼るしか術は無く、今、こうして、呪いの言葉を日記に記している。
わき毛モジャモージャ。わき毛モジャモージャ。わき毛モジャモージャ。
この呪いの言葉、即ち送る(to あの世)言葉にこめられた念とは、わき毛よモジャモジャになれ、即ちわきの下よ毛深くなれ、という、呪う相手に大した被害を与える事が出来ないものであり、呪いをかけている僕としても、別に特に期待もせず、何か義務感のようなものから形式的に相手に呪いをかけているふりをしている、つまり呪いゴッコに過ぎず、平和な呪いであるといえる。即ち、この呪いは平和の言葉。唱えりゃ世界はラヴ&ピース。
素晴らしい!
サーズだかザードだか知らないが、この平和の言葉の前には無力である。いや、平和の言葉こそが無力なのだ!つまり無力=無害
これこそがSARSに脅かされる世界を救えるたった一つの真実。だから僕は唱えよう、世界の平和の為に、SARS撲滅の為に!
わき毛モジャモージャわき毛モジャモージャわき毛モジャモージャわき毛モジャモージャわき毛モジャモージャシシャモわき毛モジャモージ(ZI・SA・TSU)

5月8日 干しマンゴ。

フィリピンに旅行に行っていた人からお土産をもらった。干しマンゴという非常にイカした食い物で、見た目はなんだかグミっぽい数の子みたいなヤツだ。美味そうかどうかを考える前に、気になることはSARSである。この干しマンゴ、(以下干しマン)大丈夫なのだろうか。
しかし、せっかく頂いた物なので食べないわけにもいかない。そのまま捨ててしまえば安全かもしれないが、失礼である。それに何より良心が痛む。その人にしてみれば、僕らが干しマンを「美味い美味い」と言いながら食べる姿を想像して、その干しマンを購入したに違いないのだ。それなのに、SARSを気にして、軽く迷惑そうな顔をしていては、これは失礼極まりない話である。
その人に、僕がSARSを気にしている、つまりその人を病原菌扱いしている、等と言う事を気付かせてしまったら、いい気はしないだろうし、もしかしたら傷つくかもしれない。たとえ心のなかで、「ENGA超」をしていたとしても、素振りは見せるべきではない。僕達はただ、 このマンゴを、「美味いです!」と言って貪り食うべきなのだ。覚悟を決めねばならない。SARSに感染するか、しないか。一か八かの賭けである。
僕は意を決し、お土産を受け取る際につけた「GO BACK フィリピネス」と書かれたマスクを外し、手術の時につける様なゴム手袋を取り、さらに、大気圏外でも耐えうると言われている宇宙服を脱ぎ、さらに抗菌タイツを脱ぎ、ユニクロで買った抗菌防臭靴下も脱ぎ捨て、酸素マスクを外し、それから点滴も外し、パンツ一枚になったところで街に飛び出した。ひぃやッホウ!超気持ちE!SARSもAIDSも怖かないZE!(風俗店に突入)

5月11日 タトゥー考察。

先日久しぶりに合った友人が、背中にでかめの刺青を入れていた。刺青と言っても唐獅子牡丹のような、所謂そっち系のものではなく、タトゥーと呼ばれ親しまれる、ファッション的なものである。友人のタトゥーは、なかなかカッコよかったが、入れるのは相当痛かっただろう。
かく言う僕もタトゥーをいくつか入れている。僕は文字が好きなので、全てが文字だ。右の腕には「機動戦士」、左の腕には「CCレモン」、腹に「七回忌」、そして背中に「ランボルギーニ」である。
僕は自分のタトゥーが世界で一番カッコイイと思っているが、決して人前で裸にはならない。それは馬鹿だと思われるからに他ならない。なぜならインテリっぽいタトゥー10選の中に、どれ一つとしてランクイン(自社調べ)してないからだ。インテリタトゥーの第1位はこれである。
これと比べると、「ランボルギーニ」という文字は、どうみてもバカっぽいのだ。しかも良く見ると「ランボルギニー」と、微妙に間違っている上に、最後の長音は「→」になっている。つまり、「ランボルギニ→」だ。これはどう見てもバカである。
僕はバカを脱出するべく、「天才」という文字を「ランボルギニ→」の前に彫った。結果、「天才ランボルギニ→」となり、幾分マシになった気もするが、バカ度が増したという方が正解だろう。
僕はこの、一生消えないバカなタトゥーが大好きだ。(焼身自殺)

5月14日 暗黒面は見えにくい。

先日バイクで通勤途中、いつもと同じようにすり抜けしていたのだが、でかいトラックとでかいトラックの間に挟まれかけた。いや、実は挟まれた。ミラーがガコッとひんまがった程度で済んだから良かったものの、もしもプレスされていたらと思うとぞっとする。
都内の朝の国道は酷い混み方をしている。車やバイクで通勤、通学をしている人なら知っていると思うが、バイクは(安全かつ常識の範囲で)隙間があれば突っ込んでいく。それは、交通の流れをよくする必要があるのと同時に、バイクの機動力を生かしていることになる。つまり早く目的地に着けるのだ。
それが気に食わない車のドライバーも多いので、嫌がらせにあうことも稀にある。今回のはまさにそれだった。確かに危険であることを見極めることができず、突っ込んでいった僕も悪かったのかもしれない。だが、その時僕が感じたのは明らかな殺意。確実にトラックとトラック間の幅が狭まったのである。二台がタイミングよく、ググッと。
それは偶然、両トラックのドライバーが嫌がらせの為に、ちょっと寄せてやれと思ったのかもしれないし、無意識だったのかもしれない。そのタイミングがたまたま重なっただけなのかもしれない。だが僕は恐怖を感じた。そして恐怖は怒りに変わった。怒りは憎しみを生む。それらは暗黒面につながる。ダークサイドは見えにくい、とヨーダは言った。そうか、見えにくいのか、と僕は思った。見えやすくするにはどうすればのよいのか、僕は考えた。そうか、サングラスを外せばいいのか、とタモリは気付いた。
しかし、サングラスを外すと言うことは、見えすぎてしまうと言うことにつながる。タモリは考えた。この汚い世の中など、見えすぎないほうがいいのだ。だからタモリはサングラス。昼晩問わず、サングラス。僕は思う、彼こそ悟りの人であると。

5月16日 傘がない。

たった1分、コンビニで買い物をしていただけなのに傘を盗まれた。盗まれたのは、僕が大事に使っていたビニール傘だ。普通のとは違い、ビニール傘としては少々大きめサイズなところが気に入っていたので、無くさないように気をつけ、おそらく半年以上は大事に使っていた。
ところがたったの1分で、いとも簡単に盗まれてしまったのだ。傘を盗まれた経験は今までも多々ある。が、今回のビニール傘は、思い入れが強かったし、そして何よりオリジナリティが強い。何せ柄の部分は、僕が書いた経文でびっしりと埋め尽くされているのだ。つまり、経文びっしりの傘を持っているヤツが犯人である。以下が経文の内容だ。これが書いてある傘を捜せばいいので、犯人探しは簡単だ。
「しーわしわ、しーわしわ、しーわしわ、ピンク、どどめ色、ピンク、コワイコワーイ、菊、コワーイ、暗ーい、地獄、あの世、怖ーい、怖い、怖いよ!助けて!」
だが、それは経文ではなく肛門であり、自分で書いたとは言え、あまりのくだらなさに僕は卒倒しかけた。大体、なぜ肛門が「助けて!」なのか、そこからして意味が解らない。僕は意味が解らないことをそのままにしておけない性質なので、僕の傘をパクった男を探し出してこう聞いてみたのだ。
「君さ、地獄ってどこにあるか知ってる?」
すると男が、「赤羽あたりですかね」と言うので、お礼を言ってから、コンビニで新しい傘を買って家に帰った。雨は嫌いだ。

5月18日 安眠枕の選び方。

安眠枕を購入してしまった。
以前から良い枕が欲しいとは考えていたが、どうもお金をかける場所を間違っていそうな気がして、なかなか手を出せなかったものである枕。今日は新しい傘を買った勢いで、思い切って買ってしまったのだ。(ビニ傘がこの前盗まれてしまった為、仕方なしに新しいでかい傘を買った)
枕コーナーを見ていると、色々な種類があった。低反発枕、人間工学枕、炭枕。数も機能も豊富で、値段もピンキリの為、これがなかなか決めかねる。色々触ったりしていると、良さそうなものを見つけた。反発具合といい、高さといい、僕好みである。そう思ってその枕の箱を見てみると、「トルマリンでマイナスイオン!」と、胡散臭い文字が書かれていた。
そのあまりの嘘臭さと、マイナスイオンって書いておけば売れるだろうという、消費者を小馬鹿にした考えに僕は一瞬で買う気が失せた。大体、トルマリンがマイナスイオンと関係ないことは、つい最近、科学的に証明されたばかりである。こんなモノに騙される僕ではない。全くもってあほらしい。こんな怪しく胡散臭いものに誰が5000円も出しますか!
というわけで、トルマリンでマイナスイオンな枕が、現在僕の手元にある。そう、僕はバカな消費者代表なのだ。
代表であるからには時には先立って騙される必要もある。たとえ騙されていると気付いていても、騙されなくてはいけないときもある。そう、騙されたい日だってあるの。ただ、騙すなら、最後まで騙しとおして欲しいわ。それが女って言うものなの。時には男の前で、バカのフリをすることも必要なの。
と言い訳がましく素っ裸で鏡に向かって話しかけていると、自分の股間にぶら下がるトルマリンを見つけてビックリ!
ギャーオ!イッツ トル マリニンゥグ!(トゥ ZIGOKU)

5月21日 安眠枕で過ごす日々。

安眠枕「トルマリンでマイナスイオン」で寝だすこと早三日。この枕に変えて気付いたことがある。それは間違いなく5000円をボられたという事だ。初日はすぐに寝ることが出来たが、夜中に2度、目が覚めた。二日目は全然眠れずに、明るくなるまで起きていた。三日目は、前の日殆ど眠っていないのにもかかわらず、疲れすぎなのかなんなのか、午前四時くらいまで眠れなかった。低反発すぎて枕が硬いので、眠れないとなるとその硬さばかりが気になリ出す。途中、枕を逆にしてみたり(波打ったような形状で、上と下で高さが違う)股にはさんでみたり、縦にしてみたり、語りかけてみたり、距離をおいてみたり、実家に帰ってみたり、連絡が来ても無視してみたり、他の男とお酒を飲みにいったり、体を重ねてみたり、抱かれながらあの枕の事を考えたりもしたが、それでもその枕で眠りにつくことは出来なかった。けれど、枕を元に戻す気にはどうしてもなれない。それが女のプライドってもの。元に戻すなんて、あまりに悔しすぎる。
などと素っ裸で鏡に向かって考えていると、自分の股間にぶら下がるトルマリンを見つけてビックリ!ギャーオ!イッツ トルマr
そこで僕は、枕の上に枕を重ねる事にしたのだ。これは良い考えだ。なぜなら低反発のトルマリンはマイナスイオンなわけだし、元からあった普通の枕はなんと言っても寝やすいから、両方の良いとこ取りとなるという訳だ。
僕は満足気に早速横になった。が、すぐに枕が高すぎる事に気が付いた。これでは寝られるわけが無い。そこで「トルマリンでマイナスイオン」の枕を横にどけることにしたのだ。こんな変な枕で眠れるわけが無い。なぜならトルマリンとマイナスイオンは、あまり関係ないことが科学的に証明されているのでボりである訳で、その上硬すぎて眠りづらいとなったら、これつまり僕はボられたという事になるからである。
最終的に僕は安眠の為に、安眠枕トルマリマイナスイオニストを窓から放り投げたので、今日から安眠は確実である。
万歳!トルマリン万歳!(枕をボコボコ殴りながら)

5月24日 ヘアードゥー。

だんだん暖かくなってきてさ、髪の毛がうっとうしく感じるようになってきたんだ。伸び放題だから、そろそろね、切りに行こうと思っていたんだよ。だけどね、僕が行くところは待たされるからね、嫌だなあと思っていたんだ。それで結局先週は行かなかったんだ、「あー、来週でいいかな」なんて具合にさ。じゃあ、他のところに行けばいいじゃん!って言う人もいると思うんだ。けどね、もう同じところに何年も行ってるんだ、なかなか他のところに行こうとは思えなくてさ。大体、髪の毛をこうしてくれって説明するのが面倒なんだ。それで変なふうにされて、いやな気持ちになるのも面倒だしね。
でね、結局どうしたかって言うとね、この毛、全部むしったんだ。こう、力いっぱいひっぱってさ、ぶちぶちッとね。多少痛かったけど平気。だって、こうすればほら、切りに行く煩わしさから解放されると思えば、ちょっとの痛みくらい我慢できるでしょう。こいつさえなければ、俺は面倒な思いをしなくていいんだッ!ってさ。もっと早くこうすればよかったなあなんて、思ってるよ。いやあ、すっきりしたよ。実際、毛がなくなるとスースーしてさ、風邪引いちゃいそうだなあ、なんて思ったりして。しかし、笑っちゃうぐらいツルツルだよ。ほら、君も見てごらんよ、こんなにツールツルっ!

5/24
素っ裸で幼女を追い掛け回していた変質者が逮捕される。追いかけられた幼女は「けんだまみたいでとても怖かった」と話しているが、怪我はないと言う。

5月26日 「お、か、し」を守れ。

今日の地震はヤバかった。ついに来た!と思った程だ。僕の職場はビルの上の方にあるので、結構揺れたのだ。震度3でそれなのだから、東北の震度6は、さぞかし大変な揺れだったのだろう。皆にケガが無かったことを祈る。
考えてみると、地震が起きている瞬間には、机の下に隠れることしか出来ない。しかし、その次に避難する方法は幼い頃に学校で習ったので覚えている。そう、「お、か、し」を守って、避難するという事だった。「お、か、し」とは、その文字一つ一つが、避難する際に重要な事の頭文字だ。僕たちは幼い頃の避難訓練で、それらを守ることが必要だと教えられている。そう、「おかし」の「お」は「おなら」の「お」で、「おかし」の「か」は「貸しブリーシ(貸し渋り)」の「か」で、「し」は「しぶや系カジュアル」の「し」なのだ。もう一度言う、「おかし」の「お」は「おやじ」の「お」、「か」は「会社倒産」の「か」、「ね」は、「ねずみ講」の「ね」なのだ。避難する際に、僕らは上で述べた「おいも」を守ることが必要だ。「すめし」を絶対に守る必要があるのだ。

「テメぇコラ、おならだとかおいもだとか、マジでふざけてんじゃねえぞ」
「いや、ふ、ふざけてなんかないですよ」
「じゃあもう一回おかしがなんの略か言ってみろや」
「お、おさない、かけない…」
「コラ、さっきと言ってることが違うじゃねえか!どういうことだよ」
「いや、解からないですよ、ふざけてないですもん」
「いいかテメー、おかしを守らねえとなあ、みんながケガすんだよ!テメエだけの問題じゃねえんだよ!自分さえよければいいだなんて、今後一切考えるんじゃねえぞ!」
「…す、すいませんでした、自分が間違ってました」
「わかればいいんだよ、さあ、続けようぜ」
「…はい」
「いいか、おかしのおは、オケツのおだぞ」
「そうだったんですか?」
「ああそうだ」
「そいつは知りませんでした」
「この場合、尻ませんでした、だろ」
「あっ、いっけねえ!」(尻にバラを刺しながら往生)
ははは、お前って本当にカワイイヤツだなあ!」(同じく往生)

5月29日 小さな誇り。

最近、携帯アプリ(携帯電話できるゲーム)のアルカノイドというブロック崩しにはまっていた。眠る前の日課としてちょこちょこと進めていたのだが、つい先日、1、2ともに99面、つまり合計198面全てクリアしてしまった。全部終えて感じたことは、地獄の底からとめどなく湧いてくるような寂しさと、道端に咲いた小さなタンポポ程度の誇らしさである。
今日から僕の胸に息吹いた、この小さな誇りを大事に育てて行こうと思う。僕はアルカノイドを198面もクリアしたのだ。これは素晴らしい事だ。ここにアルカノイディストが誕生した。ノイディストは、アルカノイディスティングし、198面全てを自分の力だけでアルカノイディスティネイションしたのだ。アルカノイディスティネイショニングし尽したのだ。ザッツアルカノイ時間の無駄であった。誇らしいわけが無い。タンポポなど最初から咲いてはいなかった。僕は幻を見たのだ。何さ、何さこんなタンポポ!バカにしやがってさ!引っこ抜いてやるぜこんちくしょう!

ギャー!

これタンポポじゃなくてチンポポだったよ!(ザッツシモネイティングオブアルカノイド so lonely)

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