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6月1日 小さな幸せ。

「なな庫が当選しました」、と言うメールが届いた。なな庫とは、キリンの生茶で以前やっていたキャンペーンで当たる、小さな冷蔵庫のことである。僕は懸賞マニアでもなければ、別段「なな庫」が欲しかった訳でもない。ただ、職場で生茶を飲みまくっていて、しかもネット上で簡単に応募できるというので、なんとなく、応募してみたまでに過ぎなかった。しかもたった一口だけ。だが当選した。
自分は特に運がいいとも思わないし、むしろ悪い方だと感じている。それは四年連続でおみくじの凶を引き続けていることでも分かるし、ここで負けられないぞと強く念じて行なうジャンケンでは99パーセント負けていることからも分かることだ。何より、僕を深く知っている人は、僕の不幸な境遇に涙してくれるほどである。
とにかく僕は運が悪い。それなのに当選した。これは何を意味するのだろうか。
「死」という言葉が頭の中をよぎった。僕ぐらいツイてない人間になると、何でも疑ってかかってしまう。これは僕に残された最後の運を消化する意味合いでの当選だったのかもしれないと、そこまで考えてしまう。「なな庫当選で死」か。悪くないな、ふっ、などと自分の不運具合に酔っていると、ふと気がついた。これは神の試練である。僕が「なんだ、人生捨てたもんじゃないな、俺もまだまだラッキーだ」などと感じたら最後、神は僕を見放し、絶望のどん底に突き落とされ、失意のまま絶命させられるのだ。「本当は当たっていませんでした、あれはギャグですOPECKEY PAYー!(オペイケペイ)」という、見る人全てをガックリさせるメールが届いたと思ったら、家にトラックが突っ込んできて、僕の全てを奪い去るのだ。だから、「なな庫」が当たった程度で浮かれる訳にはいかない。何食わぬ顔で、「別に、欲しくなかったんだけどなあ」と言っていればよいのだ。「参っちゃったなあこれ」と言って、苦笑いしながら「誰かもらってくれない?」などと言っておけばよいのだ。
「あ、じゃあ、僕がもらいます」なんてヌカすヤツにはゲンコツをくれてやれば良いのだ。眉間の辺りに叩き込んでおけば良いのだ。叩きこんで、捻りを入れておけば良いのだ。なな庫は僕のものなのだ。誰にも渡すものか。僕のなな庫にちょっかいを出すやつは全て敵とみなす。僕のナナコに触れたやつの手には鼻くそをつけてやる。それほどまでに僕はナナコを愛しているのだ。そしてまたナナコも僕を愛しているのだ。そうだろうナナコ?僕達は前世から一緒になる運命だったのだ。赤い糸?そんなもんじゃない。とても太い紐だ。例えて言うなら、パーカーのフードについてるあの邪魔くさい紐ぐらいの太さだ。 そしてその紐を抜き取って、部屋の照明の紐に結び付けてしまうくらいの貧乏くささなのだ。レッツ不精。だけど僕はナナコのためならこの紐を伸び縮みするヤツに変えてもいいとさえ思っている、素敵だろうナナコ?うへへへ。ホラ、もっとこっちへおいでよナナコ。なんでそんなに小さくなってるのさナナコ。ってしわしわジャないの!どうしたの!
と、自分の股間に向かってブツブツ言うのにも飽きたのでもう寝ようと思う。今日は嫌な天気だったなあ。

6月4日 虹と五月病。


わっしょい!遅れてきた五月病リックスを患っているマトリックスファンの諸君、僕がキアヌ・リーブスです、こんばんは。お邪魔ですか?そうですか、もしかして帰ったほうが宜しいですか?え?いてもいい?あ、やっぱダメ?え、何?キアヌじゃないから?いやいや、どこからどう見てもキアヌでしょ。誰ですかケイジって。は?それにくさいからイヤ?いやいや、ワキガじゃないですって。え?じゃあ何ガかって?だから、何ガでもないですよ。リーブスですよ、リーブス。ちょっと、今、リーブ21は関係ないでしょ。何?やっぱりくさい?いやだなあ、もう。くさいのは、僕じゃなくて、僕の足ですヨ。あっ、じゃあ僕もう、マトリックスに帰らないといけないんで、そろそろ失礼します。え?マトリックスはどこにあるのかって?いやだなあ、忘れないで下さいよ、赤羽ですよー、あ・か・ば・ね。いやだな、屍じゃないですよ。その冗談、面白くないですね。じゃあ、また来ますね!あっ、空、雨上がったみたい。あー虹だ!綺麗ですネエ……。
というわけで、この前の話になるが、ぶっとい虹を見た。雲の下のほうからドーンと出ていて、とても綺麗だった。以上。遅れてきた五月病とでも言うのか、やる気が起きなくてダメな日々リックス21。

6月7日 飲酒検問狂想曲。

仕事が長引き、帰宅がいつもよりも遅くなった先日の話。僕はバイク通勤をしているのだが、帰り道で、初めて飲酒検問に出くわした。今まで一度も検問と言うものに出くわしたことが無かったので、最初は事故でも起きたのかと思った。だが、止まれの合図をされ、警察官が近寄ってきた時に、検問であることに気付いたのだ。
「飲酒検問です。これに向かってフーっと息を吹きかけてください」
そう言うと警察官は、僕の口元に向かって変な棒を向けてきた。普段から極太マジック程の太さ、長さの棒は全てマイクであると考えることにしている僕は、もちろんそれもマイクであると認識した。僕は素早く警察官の手からマイクを奪い取り、おもむろにタモリの物まねを始めたのだ。我ながら、見上げたタモリっぷりである。
「今日は暑かったですね、群馬じゃ最高気温だったらしいですよ」と、タモリグラス(タモリ的なメガネのことを指す)越しに警察官の目を見て言うと、彼は「そうですね」とは言わずに、何やら怒っているような、哀れむような視線を僕に向けていただけだった。僕はその視線が気に食わなかったので、「そんな目で人を見るんじゃない!失礼だ!」と叫び、マイクを放り投げ、タモラス(タモリグラスの略)を上着にしまってからアクセルを開け、走り去ろうとした。
だが、首ねっこをつかまれていたので、ギャグマンガのようにバイクだけ前に走り去り、僕は警官の腕に吊り下げられていた。足と手をバタバタさせてみたが、それは逃げたかったからではなく、さらにギャグマンガ度を高めたかったからに過ぎない。そこで僕は確信した。今日は僕の日だ、ギャグは僕と共にある!
ちなみに一人で走り去った僕のバイクは、程なく車輪がガコンと外れ、車輪だけコロコロと転がっていった。
(爆発しろ)心の中でそう念じると、程なく僕のバイクは「ちゅどーん」という効果音と共に爆発し、きのこ雲をあげた。それを見た僕は、「折角ですので」と、警官に断りを入れてから黒こげになり、髪の毛がちりちりになり、口から煙をもくもくとあげ出したのだ。
そこまでしたら警官も大爆笑。周りにいた警官みんなも腹を抑えて笑い転げる笑い転げる!
僕は誇らしい気持ちで一杯になり、さらにここで畳み込む意味も込めて、煙を上げながら2,3歩歩いて、ズボンをズルリと下げてみた。もちろん、自動的に下がったかのように見せかけて、である。
だが、それがまずかった。僕のデューダも一緒にお出まししてしまったのだ。もちろんその場で即逮捕。やっぱ公共の場でチンチンは無しだよねェ。(いたずらっぽくベロを出して)エヘヘ、イッツミステイクッ!(そのまま噛み切って即死)

6月10日 人生リニューアル。

さて、リニューアルだ。今回のリニューアルでは、画像を少し多めにつかっているので、若干重くなったと思う。バックの背景は相変らず黒色だ。いい加減この色にも飽きてきたが、脱出する事はできなかった。それはこのサイトの背景色が僕の人生を表現しているからだ。かつて、このサイトがまだ「left bend」だった頃、バックの色はへんな青っぽい色だった。変ではあったが青っぽい色で、それは僕の人生を象徴していたのだと思う。あの頃の僕にはまだ若々しい青さがあり、その青さは紛れも無く色味であり、人生にもまた、色味があったのだ。それはやがて紺になった。徐々に黒に近くなってきたのだ。人生に、黒い雲が覆い始めた頃である。それがやがて、グレーになった。曇りの空を象徴するかの様なグレーだ。僕の人生を、雲が完全に覆った頃である。
それから黒地になったが、まだ軽くグレーのボーダーが入っていた。完全な黒にはするまいとあがいていた頃である。だがそれもやがては無くなった。ついに真っ黒になったのだ。日の差す気配もない。まさに人生の夜である。それは明ける事の無い夜。訪れる事の無い夜明けをただ待ち続けるだけの、言ってみれば万年夜である。つまりこのサイトは万年夜なのでおまんねん。

ハア!?お前今なんつった?
い、いや、万年夜だと言いました。
そうじゃねえだろ、その後だよ、なんつったお前。
いや、万年夜である、であると言ったんだと思います。
オイ、お前嘘つくんじゃないよ。人をバカにするのもいい加減にしろよ。
す、すんまへん。(放屁)
テメエいい加減にしろよコラ、ふざけんなよ。
いや、ふざけてないんでゲスが(放屁)ワッツハペン!
お前、英語しゃべれるのか?
いえ、しゃべれま(放屁)ドゥイットユアセルフ!(放屁)
お前さ、結構流暢にしゃべ(放屁)
そ(放屁)FUMOU

6月12日 リゲルヴィングという状態。

「昨日はこってりとしたラーメンを食べたら、リゲルヴィングとなり散々な目にあった。もうあそこのラーメンだけは食うまい」
という上の文には見慣れない横文字がある。それは売れない健康ドリンクの様な雰囲気を醸し出しているが、使われ方からすると、どうやら飲み物ではなさそうだ。では、「リゲルヴィング」とはなんであろうか。上の文からだと、「リゲルヴィング」とは、「なる」ものであることが解かる。では、何がリゲルヴィングに「なる」のだろうか。彼はこう述べている。「ラーメンを食べたら」つまり、ラーメンを食べた事が、リゲルヴィングという状態になるきっかけであったのではないかと考えることができる。
この事から、これは、彼自身が「ラーメン」を食べた事により、「リゲルヴィング」という状態に「なった」のではないかと考える事が出来る。同時に彼は、「あそこのラーメンだけは食うまい」と言っている。もしも「リゲルヴィング」が好まれる状態であるのならば、「また食べたい」など、肯定的な文が続くはずである。つまり「リゲルヴィング」という状態は、良い状態ではなく、むしろ悪い状態なのではないかと考える事ができる。
また、彼は、ラーメンの他にバニラ味のコーラを飲んでいる。これが非常に不味かった事も、「リゲルヴィング」具合に拍車をかけた原因なのではないだろうか。
ところで、個人差はあるだろうが、普段は無神論者の人も「リゲルヴィング状態」になった時、神を信じた事があるのではないだろうか。その苦しみの中、熱心に神に祈った経験があるのではないだろうか。私は先日そうだった。宗教とは、色々な説があるが一般的に心を豊かならしめる作用があると言われている。このことからリゲルヴィングとは、人生を豊かにする一つの作用であるのではないかと考える事ができる。例えば、彼が「あそこのラーメンは食うまい」と、経験によって学んだ事もしかり。それにしても思う事は、なんだリゲルヴィングって、ということであり、そんな言葉を使っている奴は絶対にバカな奴に違いない。出来る事ならそんな奴には近づきたくは無い。ああ、心底バカらしい。

6月14日 お金を増やす方法。

梅雨はジメジメしていて気持ちが悪いものです。そんな気持ちが悪い日に、陰気で憂鬱な読み物を書いてみました。「人生」という、捻りのないタイトルの胡散臭いもので、非常に短いので、ヒマなときにでも読んでもらえれば、と思っております。
もしよろしければ、感想などをいただければ非常にありがたいですのですが、いただけない場合は代わりにゲンコツを下されば、それはそれで非常にありがたいと思いますので、宜しくお願いいたします。
ただ、ゲンコツもいただけないとなると、ちょっと寂しい気がしますので、まあ、よければですが、気持ち僕にお金を下さい。といっても、リアルのお金は生々しいので、気持ちのお金でいいです。心で僕にお金を届ける姿を想像してください。想像しながら、現実ではそのまま銀行に向かい、預金を全て下ろしてください。それを僕に貸すのです。気持ち、貸すのです。いいですか、気持ち、リアルに貸すだけです。それを僕が増やして差し上げます。いいですか、これはビジネス、いや、ヴィジネスです。僕が、あなたのお金を、増やして差し上げると言うのです。方法は簡単です。僕があなたのお金で、脳を覚醒させるという変な装置を買います。その装置をあなたは人に勧めます。その人が欲しいといったら、あなたは装置を僕から安く買い、高く売ってください。で、その装置を買った人がまた人に勧め、僕から安く買い、高く売ります。差額をあなたに少しあげます。ホラ!これはヴィジネスチャンスですよ!僕は怪しくないですよ!これ見てください、ネクタイですよー!ネクタイ絞めている人に怪しい人はいないですよー!(下半身丸裸で)

6月17日 美しいものにはトゲが。

この間食べたたこ焼きは、まん丸で見た目は非常に可愛らしかった。ところが、その見た目とは裏腹に中が地獄の様に熱かった。「うわあ、ウマそう!」などとナーハズーミー(鼻水)をたらしつつアホくさい顔、いや、アホそのものの顔をして口に放り込んだが最後、僕の口の中は見事に火傷をおってしまったのである。
だが、やられっぱなしの僕ではない。それに、見た目がカワイイからといって、調子に乗らせてしまっては本人の為にも良くない。
たこ焼きは合計10個入っている。1個は今食べたので残りは9個だ。まずは4個、手の平に載せ、顔の前まで持ってきてから有無を言わさず握りつぶした。タコが指の間から飛び出し、隣の人の顔に当たったが平気だ、僕に怪我は無い。
残り5個のうち2個、一気に隣の人の口の中に放り込んでおいた。「熱い熱い!」と騒いでいたようだが平気だ。僕は熱くない。さて残りは3個だ。それにしてもなんて可愛らしいんだろう。この丸さといい上で踊るかつお節といい、こいつぁ、た、たまらないぜ。
おっといけない、また騙されるところだった。まったく、俺も学習しない。残りは3個。まずは1個を隣の人の右のポケットにしまった。そして2個目を隣の人の左のポケットにしまった。残りは1個だ。こいつをどうしてくれようか。それにしても、何てカワイイんだ。美しいものにはトゲがあるとはよく言ったものだ。一体今まで、何人の男がこの可愛らしさに騙され、痛い目に遭ったことだろう。いや、皆解かっていたのだ。痛い思いをしてもいいから、こいつを食べてしまいたいと、そう考えてむしゃぶりついたのだろう。男ってヤツは本当にバカだ。だが俺はもう騙されない。こいつがカワイイのは見た目だけだ。中身は地獄。それは解かっている、解かってはいるがもう、どうやら手遅れらしいな。負けたよ。どうやら俺はすっかりお前にイカれちまったみたいだ。(たこ焼きを口に入れるフリをして目に) あ痛ー!(色んな意味で)

6月19日 お下劣英会話。

会社の人が英会話に通い始めた。そんな所に行かなくても、英語くらい僕が教えて差し上げmasturbationing now!と叫んで窓から飛び出したはいいが、その後が問題だ。まずmasturbationとは即ち自慰(G)の事であり、かなり卑猥であるという点が一つ。何故卑猥ではいけないのかというと、僕は社内では上品かつ高貴なフルチンとして知られているので、下ネタなぞご法度なのだ。そしてもう一つ。僕は英語が喋れないどころか、アルファベット猫アレルギーであるという点。これは大きな問題で、例えば猫をちょっと触った手で目をこすろうものなら、僕の目は真っ赤になり、痒くなるのだ。撫でたいけど撫でることができないのがとてもツライところである。
アルファベットは別にどうでもいい。
さて、最後に、ここはビルの11階であると言う点。だが安心して欲しい。僕は窓から飛び降りると、すぐに腕から糸を出して隣のビルに張り付いた(様な気がした)。そう、僕はスパイダーマン(役のトビー・マグワイアが、ニコラス・ケイジの次に好き)なのだ!
お休みィィィィー!(11階から落下しながら)

6月22日 キャンドルナイティスト。

2時間だけ消灯という、100万人のキャンドルナイトという試みがあり、僕もそれをやってみた。それは、皆で決められた時間に電気を消して、蝋燭の明かりで過ごそうという、なんとも地球に優しくロマンテックなイベントだ。
なるほど、なかなかティックロマネスクじゃないの。と、オカマ語で呟き、僕は早速電気を落とし、2本の蝋燭に火をともした。次にその蝋燭を、頭に巻いていたハチマキに差して準備完了だ。
しかし、それだけではどうもロマンティックさが足りないような気がしたので、新たに2本の蝋燭を灯す事にした。仏壇の前に立てられた蝋燭に火をつけるとあらステキ、とてもロマンティック!先祖の霊も喜ぶわ!バカらしい!と、半分冷めながらも一通り騒いだ後気付いた事は、僕の家には仏壇などないということである。
では、何壇ならばあるのか。僕は壇を探して冷蔵庫の中をほじくり返した。暗かったので電気を付けて探した。やがて茶色くなったキャベツが出てきたのでそれをゴミ箱に捨てた。やっぱり、たまにはきちんとお掃除しなくちゃダメね。とオカマ語で呟き、また電気を消した。
その頃になると、頭に差してあった蝋燭からポタポタと蝋が垂れてきて熱かったので、垂れないように変わりにバナナを差しておいた。しかし、頭にバナナを差している姿はあまりロマンティックとはいえない。そこで、先ほど冷蔵庫で発掘したブロッコリーに変えたのだ。コレが思いの他ロマンティックだし、マヨネーズをかけてかじると旨いし、なんと言ってもとってもヘルシー!なんと言ってもとってもヘルシー!なんと言ってもとってもヘルシー!なんと言っても……(徐々にフェードアウト)

6月26日 ビジネスシェイクハンド。

家賃が高い。と、今更ながらボヤいてみたが、ボヤいたところでどうなるわけでもなく、家賃は高いままで、僕は僕のままで、君は君のままなんだね、と、玄関先にやってきた新築マンションのセールスマンに語りかけると、気持ち悪がり帰られかけたので引き止めた。
それにしても彼は偉い。もう既に夜の9時を回っているというのに、こうやって一軒一軒家を回っているのだ。
だが、彼は訪れる家を間違えた。ここは僕という生ける屍が世間を呪いつつひっそりと生きている、いや、最早死んでいる冥界への入り口なのだ。と、その様な事を彼に伝えると、気持ち悪がり帰られかけたので引き止めた。
さて、話を元に戻して、セールスマンが僕に「マンションご購入の予定などございますでしょうか?」と愛想良く聞いてきたので、僕は、「僕が、マンションを買える様なヤツだと思うかい?」と、札ビラを懐から覗かせながら、半ば全裸に近い格好で逆に問い返した。札ビラは、札ビラというよりはどちらかと言えばハズレ宝くじで、しかも全裸に近いので懐からというよりは、どちらかと言えば股グラから出したのだ。手品のように出したのだ。
「僕を只の全裸だと思わないほうが利口だ」と、ネクタイを締めながら付け加えた。そう、たとえみすぼらしい全裸でもネクタイさえ締めていれば、それは最早正装である。日本経済をしょって立つ立派なビジネスマンが、今ここに誕生したのだ!
「僕も、いや、私も君の仲間だ。I am your business partner」と、国際派ビジネスマンをアピールしつつシェイクハンドを求めた。気さくな外人を演じるため、鼻歌混じりで手を差し出した。しかし、彼は苦笑いで帰ってしまったのだ。やはり、シェイクハンドを求めている時の鼻歌が、米米クラブのシェイクヒップだったのがマズかったのだろうか。あれは私なりの、最新の一流のユーモアのつもりだったのだが、やはり最悪のジョークなのだろうか。だとしたら申し訳なかった。もうしないので許して欲しいっちゃ!(できるだけ気持ち悪く)

6月28日 時を経、変わり行く魂。

6年前に映画館で見た時のタイタニックは、周りが言うほど感動できずに、僕の中ではナシだった。感想は「長くて尻が痛くなった」程度しかなく、見に行った事を後悔したほどだ。だが、6年の時を経て、今日、テレビでタイタニックを見ていると、思わず目に涙を溜めている自分がいた。前とは明らかに違う感動。僕が変わったのか、それともタイタニックが変わったのか。
だが僕は知っている。僕は僕である事に変わりはないはずなのだ。そう、たとえ感じ方は変わっても、僕は僕なのだ。それは絶対的に揺るがない真実。そうなるとやはり変わったのはタイタニックの方である。タイタニックは変わった。6年の時を経て、僕を感動させる力をつけて再度僕の前に現れたのだ。「男子、三日会わざれば剋目して見るべし」という格言がある。タイタニックは6年で大きく成長を遂げ、僕の目に、そう、「気さくなドライアイ」という異名を持つこの僕の目に涙を浮かべさせるまでに育ったのだ。子の成長を喜ばない親がいないように、僕もまた、タイタニックの成長ぶりに身を震わせた。「嗚呼、こんなに、こんなに大きくなったんだねえ」と、何度も頷きながらタイタニックの肩に手を置いた。タイタニックは照れくさそうに微笑みながら、「ここも大きくなりました」と言い、チャックからドーソンを出した。否、ジャックからドーソンを出した。僕はそれを無視して、頷き続けた。それが気に食わなかったのか、タイタニックは舌打ちをするとペッと唾を吐き、「シカトすんなよブース!」と吐き捨てて、違う女に声をかける為、夜の街へと消えたのだった。ホスト気取りってこれだからイヤだわ!(ジャックをブラブラさせながら)

6月30日 お台場ラプソディ。

先日の夜、気が狂ったようにお台場までバイクを走らせた。何故お台場だったのかはわからないが、とにかく僕はお台場に向かって走った。人が運転する車では何度も行った事があるお台場。だが僕が自分自身で運転して向かうのは2度目である。だから途中で何度か道を間違えたが、それでもなんとかたどり着いた。コンビニでパンとウーロン茶を買い、若いカップル達が愛を語らう砂浜に一人腰を下ろし、パンをかじった。
水面に反射する光をボンヤリと眺めながら考えた。僕は年を取った。聞こえてくる囁き声と、若者達の楽しそうな笑い声。彼らの若さが羨ましかった。ほんの少し手を伸ばせば届きそうなのに、僕にはもう届かない。若さが欲しい。もう一度、若さが欲しい。
気付くと「ねえ、若さってどこに行けばあんの?」と、後ろにいたカップルに話しかけている自分がいた。「ねえ、どこ?どこにあんのさ?」と、僕は自分の体を探るジェスチャーをした。「どこにあるのさ、若さ。いや若さっていうかむしろメガネ、メガネどこにあるのさ」と、僕は男からメガネを奪い、自分の頭の上に乗せた。「ねえ教えてってば、どこにあるのさ」と言いながら、フラフラとバイクに戻り、ヘルメットを被ろうと思ったら、頭の上にメガネがのっている事に気が付いた。こりゃいかん。いよいよボケが来たらしい。何故頭の上にメガネを乗せているのか、皆目見等もつかんワイ。と僕は、気持ち波平の物まねをしながらそのメガネを、近くに居たカップルの、目が数字の3みたいになっている男に渡し、家に帰ろうと思ったのだった。ちなみにその男は、語尾に「ナリ」をつけるのが口癖のちょんまげロボットに「勉三さん」と呼ばれていた。
つづく

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