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8月3日 お疲れの日々。

オ・ツウィンポウ!!(La Otsuw in power)(お久しぶりです、お元気ですか?)
さて、超多忙な日々を送っており、既に半死状態だ。生ける屍と化している僕は、それでも気力を振り絞り、足を引きずりながら歩き回り、生きている人間を見つけ出しては「脳みそを食べさせては頂けませんか」と言って飛びつくこと一週間。ようやく休日を迎え、こうやってパソコニーゼする時間が出来た事を嬉しく思う。
忙しい日々を過ごすと、休日のありがたみをいつもにも増して感じることができる。休日があってくれて良かった。休日が側にいてくれてよかった。だからこそ僕は、休日に感謝の意味を込めるつもりで酒をおごり、休日をねぎらい、そして、休日の愚痴に付き合ったのだ。しかし休日の話はいつもきまって「電車の席で隣に座った奴の口臭について」なので、僕はうんざりしていた。確かに隣に座った奴の息が臭いと腹が立つ。僕だって「その臭う御口を閉じては頂けませんか?」と、何度も言いそうになった事だってある。その臭い息を吸い込まないように風向きを気にしつつ、自分の呼吸をコントロールしなければならない時だってある。しかし、そんな事は言い出したらキリがない事なのだ。当然休日だって、その事は分かっているはずだ。だが休日は会うたびに「電車のさあー、隣の席でぇー…」と愚痴をこぼす。
「なあ休日、もうそろそろその話はやめにしないか」
と僕が言っても、休日は聞かない。彼女は「えぇー?でもさぁー、ムカつかなーい?」と繰り返すばかりだ。しかし、言い出したらキリがない。これこそ終わりのない話なのだ。どうせまた臭い息、いや、臭(くさ)ブレスの隣に座ることだってあるだろう。その度に腹が立つだろう。だが、臭ブレスの隣に座る確立は、僕らにはコントロールできない。だからこそ、イチイチ愚痴っていてはキリがないのだ。
繰り返す話は、繰り返す日常のように。そして休日もまた繰り返す。僕が忙しい日々はあと2週間で終わる。愚痴っていても仕方が無いので、弱音は吐かず、ただ、生き疲れたわマジでぇー。

8月10日 老人物語。

最近、僕は早起きだ。あまりにも早く起きすぎているので、まるで自分が老人にでもなったかのような気持ちがしている。朝5時に起床し、それから準備を整える。熱めのシャワーを浴びて汗を流し、アロエヨーグルトを胃に流し込んでから服を着替え、入れ歯を入れてから朝日を全身に浴びる。昨晩しっかりとポリディングしておいたのが良かったのか、入歯の調子が良い。それから婆さんに線香をあげてから、「行って来るよ」とモグモグ呟き、スティックを担いで公園へと向かう。
公園に着くと老人仲間のシゲさん達がもう来ていた。挨拶をしてから、スティックの先についている木で赤い玉を思い切りひっぱたく。公園の土を力強く転がっていく赤い玉は、ゲートに向かい一直線に突き進んでいく。まるでそのゲートが人生のゴールでもあるかのように、ただ遮二無二突き進む。
明け方の新鮮な空気に包まれて、気付くと私は涙を流していた。その赤い玉が、まるで私自身の様に思えたのだ。何がゴールで、そして向かっている先が何処なのかも良く分からずに、ただただ無我夢中で人生を突っ走ってきた。ゲートをくぐりさえすれば、それで全ては良いと思っていた。他人を蹴落としてもいい。人より優れていたい。最愛の妻も、子供のことも考えず。自分の理想とする父親像に、そう、誰よりも経済力があり、強く、決断力があり、仕事の出来る偉大な男。それが私のイメージするゲートだったのかもしれない。今、目の前で転がっている赤い球のように、私はただ、一直線に走ってきた。まるでそれ以外の道など、間違いであるかのように。
幼い頃、運動会で一等賞をとると母親は私のことを褒めてくれた。しかし二等以下だと、口も聞いてくれなかった。だから私は突っ走ってきた。二等以下は間違いの道だ。一等でなければ、意味が無い。
もしかすると、私は只、誰かに褒められたかっただけなのかもしれない。

転がっていた赤い玉はゲートを大きく外れ、シゲさんの足にぶち当たった。シゲさんは真っ赤な顔をして奇声を上げながら私に飛び掛って来たので、私は必死に応戦した。もみ合いながら土手を転がり落ちて、私たちは芝生の上に寝転がった。雲一つ無い空を見上げながら、私は
「お前強いな」と言った。
「お前こそ」とシゲさんは言い、それから私たちは笑い合っていたが、しばらくして私は、「笑うな!」と怒鳴り、シゲさんの頭を引っぱたいてから家に帰った。家の中は、線香の香りだけがしていた。

8月17日 トースト。

忙しい日々も昨日で終わり、明日からまた普段の日々に戻っていく。思えば盆休みなどはなく、心身は共に悲惨なほど疲れている。一段落して気が抜けたのかなんなのか、気付けば熱っぽい。
妊娠したのかしら、と自分の股間にぶら下がったlet it be(レリビー)を弄びながら呟き、朝食のパンを焼き、バターを塗る。
ふと、彼がうわ言のように繰り返していた言葉を思い出す。
「トーストを食べた後は、口の周りが臭くなるのさ」
彼はいつだって正しかった。それは真実だったのだ。トーストを食べた後は、口の周りが臭い。いくらティッシュで拭えども、それは逃れられない一つの事実なのだ。一体トーストの、その小さいボディのどこに、そこまで口の周りを臭くせしめる力があるというのだろうか。
朝から嫌な気持ちになった。もうトーストを食べる気にはなれなかったので、猫のニュートン(♀)にやった。ニュートンは喜んでトーストを平らげた。彼女の口の周りは臭くなっていた。人間だろうか動物だろうが、誰でもそうなるのだ。トーストには、若干だが人を不快にさせる何かがある。そんなトーストを見ていると苛々してくる。僕がわざとぶつかると、トーストは媚びる様な視線を僕に投げかけて、半笑いになって、「へへ、ご、ごめんよ」と言う。その卑屈な態度に僕の苛立ちはピークへと上り詰め、そして爆発する。
「このバカ野郎、こんなに愛してる!」
僕はトーストを力いっぱい抱きしめた。トーストは僕の腕の中で潰れ、バターとパン粉を僕の服に残し、その形を無くした。服は、臭くなっていた。

8月23日 努力は実る。

日記の存在を忘れていたわけではない、ただ情熱がなくなった。例えが悪いかもしれないが、僕が思うに、自分の日記は中空に漂っては儚く消え行く屁の様な存在だと思っている。しかし、そんな屁であったとしても、その屁に対する情熱がなければ良い屁は出ないのだ。良い屁とは、屁が放たれた瞬間、その0コンマ1秒の時点で既に周囲の人々の鼻を曲げてしまうような、そんな素晴らしい屁の事をさす。そんな屁を放てる、いや、奏でられる様に僕もありたいと常々努力してきたつもりだったが、ここに来ていよいよ力尽きてきた。努力は必ずしも実るわけではない。最近僕は、そんな事を感じていた。
ふと、窓の外、ベランダの壁にセミがとまった。セミは、鳴き出すでもなく、ただ、その場所に静かにとまっていた。しばらくするとセミが少しだけ動いた。瞬間、「実りますよ」と言う声が聞こえた。空耳では片付けられない程リアルな、乾いた声だった。僕は声の主を探すように辺りを見回した。当然、この部屋には僕しかいない。だが、探したくなるほど生々しい声だったのだ。
「大丈夫。実ります」
また声が聞こえた。幻聴ではない、はずだ。どこから聞こえているのだろう。僕は声の主を、便器の蓋を開けたりして「どこだー」などと呟きながら適当に探した。冷蔵庫の中を探しているとき、キュウリが萎びていたので捨てたりもした。
「どこを見ているんですか、僕です、セミですよ」
やはり、セミだったか。薄々気付いてはいたのだが、わざと気付かないフリをしていたのだ。セミに励まされるなんてまっぴらだし、喋るセミなんて碌なもんではない。碌なもんどころか、この世のもんですらない。目を合わせてはいけない気がした。僕は気付かないフリをすることにした。
「実ります。自分を信じて」
セミは、僕の心配はよそに、やたらと前向きな言葉を投げかけてくる。
「ビリービニンニュアセルフ」
やたらといい発音でクサいセリフを吐いたりしてきた。
「実りますって。マジで」
段々馴れ馴れしくなってきた。
「マジで実るから、俺知ってるから。ってか俺の友達も実るって言ってたし」
(誰だ友達って)と心の中で呟きながら、僕は下を向いて耐えた。こういう奴は無視するのが一番なのだ。
「絶対実るってば。だってさ、MEGUMIを見てごらんよ」
MEGUMIとは、いわゆる巨乳タレントのことだ。
「実ってるだろ」
まるでオヤジの様なギャグを飛ばし、セミは下品に笑った。
「たわわに実ってボインボイーン!ってか、ガハハハ!バーカ!無視すんなよブース!」
そう吐き捨てるとセミは空へと飛び立った。僕は小さくなるセミの姿を目で追いつつ、早く死んでくれるように祈った。

8月26日 妊娠、か。

僕はあまり映画館を好まないのだが、この前、久しぶりに映画館に映画を見に行った。映画館では、その映画を心置きなく楽しめるかどうかは隣に座った奴によって左右される。残念な事に今回僕の隣に座った、体格がちょっと立派なレディは、お香水の匂いがキツ過ぎで、僕はそのむせ返るような甘ったるい匂いの中、約2時間の苦行をしいられる羽目になったのだ。こういう罠にはめられる可能性があるので僕は映画館を好めない。
さて、僕の「苦手な人ベストテン」第3位に、「香水付け過ぎなアイツ」という項目がある。残りの9位は全て「アントニオ遠藤」という架空の人物で埋め尽くされている。遠藤だけは、あのデビロックだけは、あいつだけは許せない。
「許せねえんだよ!」
映画が始まって1時間弱、香水の強烈な甘いオイニーで上原さくらの婚約者の幻を見た僕は、突然立ち上がり隣のレディに強烈なビンタをお見舞いしてやった。
「デビロックだかヒゲダンスだか知らないがな、おまえのその香水の匂い、いやオイニー!体臭を誤魔化す為につけているその香水!俺にゃあ我慢できないんだ!」
もう一発ビンタを入れる。ピシャリという音が映画館に響いた。
「いいか、自分の体臭を恥じるな!おまえはもっと素敵なレディのはずだ!自分の体臭に自信を持て!そしてオマエの匂いを嗅がせてくれ!俺に、オマエの素敵臭を嗅がせておくれ!」
そう言って抱きついた矢先に警備員に引っ張り出され、裏道に捨てられた。映画が面白かったのでとても良かったです。

8月31日 結婚、そして。

久しぶりに友人から電話がかかってきたと思ったら、結婚するという報告だった。お子様がお出来になってしまった婚なのだという。
その友人とは小学校の頃から付き合いがあり、所謂共にバカな事(英単語1000個暗記ごっこ、素因数分解ごっこ、宇宙の法則考察ごっk万引き)をやった仲というヤツである。
「おめでとう」を言いながら僕は、寂しさの様なものを感じていた。今だ自分の生き方に疑問を持っている僕は、まだまだ人生を決められないと考えている。結婚だけならまだしも、子供に対する責任は重大だ。一生の責任である。
(よく決意した)と心の中で囁いてから、もう一度「おめでとう」と言った。
幼い頃、共に笑い合った友が僕より先に電車に乗ってしまった。僕はまだ、その電車(ギャラクシーエクスプレス)には乗りたくないし、乗る勇気も資格も無い。今は笑顔で見送ろう。そしてその門出を喜ぼう。これから出来る限り応援していこう。
「おめでとう!」
気付くと僕は、友人の頬に根性焼きをグリグリと入れていた。「呪」という文字のように見えるヤケドが出来た友人は怒り狂い、僕の事をぶん殴った。僕は階段をジャッキーの様に派手に転げ落ちた。
「幸せになれよ……な」
萩原流行の中途半端な顔まねをしながら搾り出したその言葉が、僕の最後の言葉となった。僕は間もなく他界した。

3日後、僕はこんにゃくとしてこの世に再度生まれ落ちた。将来は味噌おでんとして生きてみたいと思ったが、一人暮らしの変な浪人生風の男に買われたので、それは諦めた。普通に食べてくれよと祈っていたが、アダルトビデオを出し始めた辺りからは考えるのもやめた。

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