| 9月4日 濡れたTシャツ。
先日の雷雨で、朝、干していった洗濯物が濡れていた。
わざわざ晴れの日を選んで、早く起きてまで洗濯したというのにこれはどういうつもりなのだろう。頭にきた僕の怒りの矛先は洗濯物に向かった。これは当然のことである。
「なぜオマエはこんなに濡れたんだ!」
干してあるTシャツに向かってガミガミ言った。
「俺と言うものがありながら!」
言いながら(そんなに、筋肉質のいい男だったのか)とちょっと意味深なセクハラまがいの事を思い浮かべ、一人でニヤリとしてから濡れているTシャツを見て思った。これは、まがいではかたずけられない、完全なセクハラであると。
僕は赤面した。濡れているTシャツを見てそんな事を想像したのであれば、僕はもう既に戻れないところまで来ているのではないか。超えてはいけない一線を、既に超えてしまっているのではないだろうか。
もしかすると、ストレスのせいかもしれない。ストレスが僕を超えさせたのだ。考えてみると最近のサービス残業は半端ではない。先日など帰宅したのは既に24時を超えていた。
「ストレスだ、きっとそうに違いない」僕は濡れたTシャツに語りかけていた。「なあヌレティ(濡れたTシャツの略、多分外国人)さっき言った事は忘れてくれ。本当の俺は嫉妬深いヤツなんかじゃないんだ。ただちょっと、疲れているだけなんだ」
ヌレティは、相変らず濡れていた。
「ああ、ヌレティ!」
たまらなく愛しくなり、僕はヌレティを身にまとった。でも濡れていて気持ち悪かったのですぐ脱いでから、洗濯機にぶち込んだ。
僕はやはり超えている。
9月8日 ダブル紳士。
先日、調子に乗って新しいテレビを買った。そしてそのタイミングを狙ったかのように、その日の夜にNHKが受信料の徴収に来た。
さすがにテレビの箱を潰しながら、我が家にテレビはございません、などと言う嘘をつけるほど僕はふてぶてしくない。そこでダダをこねる事にしたのだ。
「お金払うのやなのー」と、できるだけ可愛らしく、剃り残しの髭、いやむしろ伸ばし加減がいかにも気持ちが悪いゲーヒーを、その髭っぽさを全面に出しながら言ってみた。
「いや、払ってください。法律で決まっているんです」
彼は僕のぶりっ子ぶりなど気にも留めず、そんな感じの事を言った。
「法なんて関係ないの。いい?大事なのは、二人の気持ち」
言いながら、僕はNHKの肩に手を回した。NHKは震えていた。
「お願いします、払ってください」
仕方がないので、僕はなるべく色っぽい顔をして、
「あたしとセックスしたいんでしょ。顔に出てる。そんな回りくどい口説き方はやめて」と言った。
そうして僕はいきなり裸になった。それから自分の下半身にぶらさがるテレビジョンを片手で隠したり、時にはチラチラ見せたりしながら、「衛星を受信させて」と潤んだ瞳でNHKに言った。
NHKは紳士だった。僕の肩を優しく抱き、自分の着ているジャケットを僕に優しくかけてくれた。ジャケットには、「ASA」とプリントされていた。宇宙飛行士崩れなのかもしれない。
「あたし、宇宙に行ってみたい。連れて行って」
僕は無茶を言ってみた。
それから彼は僕を優しく、そして紳士的に抱いた。当然僕も紳士的に抱かれた。僕とNHK。家には、紳士が二人もいた。
9月14日 夢のホームシアター。
今までの僕は小型テレビで、それはもう申し訳なさそうに映画を見ていたものだった。だがこれからは違う。先週、ついに少し大きめのテレビを購入したのだ。我が家もついにホームシアター、いや、ホームシアティング。我が家のシアティギング伝説の始まりである。
やはり、大画面で見る映画は今までとは比べ物にならない迫力だ。その威力を試す意味も込めて「マトリックス」を再生してみたのだが、この映画などもう何度も見ている筈なのに、まるで初めて見るかのような新鮮な感動を僕に与えてくれた。全く別の映画のように見えるのだ。
キアヌ・リーブス演じるネオなど、天才ハッカーどころか香港警察のドジな刑事であり、とにかくカンフーが上手に見えて仕方がないし、それによく見てみると、あきらかに顔が東洋人、つまりジャッキーっぽいのだ。敵役のエージェントを演じるヒューゴ・ウィービングなど、これまた控えめに見てもユン・ピョウにしか見えないし、ジャッキーの相棒と来ている。さらにモーフィアス役のローレンス・フィッシュバーンに至っては、これはもうまさにサモ・ハン・キンポーそのものなのである。
ここまでくると当然内容も全く別の映画に思えてくる。なるほどこれが大画面マジック。素晴らしい!素晴らしすぎる!今日から我が家もホームシアターァァァァァ……(テレビを抱いてビルから飛び降りながら)
9月17日 ハッピイバースデイ。
静かに、僕はまた誕生日を迎え本厄へと突入した。42才。僕だけがこの厄年無限ループにはまり込んでいる。思えば生まれた時から僕は42才だったのだ。次の年ももちろん42才。今年も、来年も、その次も。
「毎年厄年っていうのも、まあ、悪くはないさ」
呟きながら僕は、友人から貰った誕生日プレゼント『稲川淳二の超こわい話2003』のDVDを再生した。淡々と語られるジージュン(俺は淳二をジージュンと呼んでいる。親しさの表れだ)の怖い話。彼の怖い話が進むにつれ、身も心も芯から冷え込んでいく。天性としか言い様が無い巧みな話術で、いつの間にか彼の世界に引き込まれていく。いや、彼が口を開いた瞬間から俺達は彼の世界にいる。その瞬間からジージュンワールド、つまりジュンジ谷の住人になっているのだ。
ジュンジ谷の住人は皆怖い。ムーミンとかいうカバに似ているヤツは、自分はトロールという妖精なのだと思い込んでいる。いい大人が自分は妖精さんなのだと言っているのだ。スナフキンというスカした野郎は、先日スカートの中を盗撮していて捕まった。ミイという女の子は娼婦だ。俺も若い頃はお世話になった。スニフというヤツは「俺はカンガルーだ」と言いきっているが、顔は若い頃の志村けんそのものだ。そして向こうにいるのは……って、あれ?お、おじいちゃん!?
「いけない!!」
僕は大声を出し、急いでDVDの電源を切った。急に辺りの風景が変わった。見慣れた部屋。見慣れたテレビ。僕の家だった。
死んだ筈のおじいちゃんが僕に手を振ってくれなければ、僕はもしかするとこの風景を2度と見ることはできなかったのかもしれない。そのままジュンジ谷で、歳を重ねていく事になっていたのかもしれない。ただ今は違う。この世界で、僕は歳を取った。そしてまだ少しづつ成長を続けている。体の成長は止まったかもしれないが、まだまだ精神は広がり続ける。
この歳になって、ようやく解った事がある。今なら言える。大切な事を。
「JUNZI☆KO・WA・SU・GI」
9月22日 無駄遣い王。
今月は調子に乗って金を遣い過ぎてしまった。給料以上遣いこんだ為、家賃等を払えば完全に赤字になる。こいつは困った。ちょっとした蓄えがあるからなんとかなるが、これがなければアウトだった。と言いつつ蓄えたヒゲを愛らしそうにさする。この時点で既にツーアウトだった。あとワンナウツで僕など簡単にゲームセットだ。
だが裏を返せば、ここでホームランを打てればサヨナラとなる。そうなれば僕の勝ちだ。今が勝負時である。
僕はなんとしてもホームランを打つため、世界のゴジラ、松井のフォームを研究した。だが、野球に興味がない僕にはそれは退屈な作業だった。途中で爪を切ったり、友人に電話をかけたりしながら研究を続けた。
友人は、電話に出なかった。
しばらくして電話がかかってきた。友人の父親だった。
それから僕は絶句した。
「そんな、まさか……事故、だったんですか」
などと想像の世界で勝手に友人を殺したりしながらカップラーメンをすすりつつ、松井の研究を続けたが、「バットを勢い良く振る」事しか僕には分からなかった。松井はいつでもフルスイング。それ以外には、そう、勢い良くバットを振る、以外に活路は見出せなかった。
だから僕は、バットを勢い良く振ったんだ。
気付くと僕は全裸で銀行に押し入っていた。自分のシンボルを握りしめ、それを勢い良く振りながら、「金を出すんだ!」と叫んだ。受付の女性にボルシンを付きつけると、彼女は「そこにあります」と言いながら僕の金ボールを指差した。
辺りから笑い声が上がった。
「クククッ!こいつは一本とられたなあ!」と言いながら僕も笑っていると、警備員にグーで殴られたので、「ごめんなさい」と謝った。
素直に謝る事が大事なのである。
9月29日 おめでたい酒。
僕は酒があまり強くないので、普段、酒の席では控えめに飲んでいる。先日は友人のめでたい席だったので、羽目を外して飲みすぎてしまった。3次会の頃になると世界がグルグルと回り出し、頭がガンガンと痛み始めた。ついでに足が筋肉痛になっていて、歩くのがイヤになった。そして4次会後、僕は「もう飲まない」と決意していた。
酒を飲んだ後と言うのは、どうしてこんなに嫌な気持ちになるのだろう。「もう飲まない」と毎回言っている気がする。いつだってそうだ。飲んでいる時は楽しい、だが飲みすぎると、いや、飲みすぎなかったとしても、酔いが醒めるのには時間がかかるし、その時間はなんだか不快だ。どうしたら楽しく酔いを醒ます事ができるのだろう。
「どうしたらいいんだ!」僕はいいちこをガブリと飲んでから、頭を抱えて座り込んだ。「どうすれば、また飲もうと思えるんだ……」
すると、どこからともなく声が聞こえてきた。「良く分からないんだけど、オマエがまた飲もうと思えば良いことなんじゃないのー?」
僕の手元から聞こえてきた、少し太めの、男の声。
声の主はいいちこだった。いいちこが答えを僕に出してくれたのだ。彼こそは下町のナポレオン。その答えは考える隙もない程完璧に投げやりで、まったく解決になっていなかったので僕は幻滅した。いいちこに対して抱いていた下町のナポレオンというイメージはこの瞬間に崩れ去った。彼の辞書には優しさとやる気と、ついでに礼儀が無い。そして僕には金が無い。だから御祝儀払えない。払うと家賃が払えない。
バカバカしくてやってられるか!(いいちこを自分の股間に叩きつけて)ちょ、ちょっと気持ちいいじゃねえか……。 |