| 4月5日 プライド。
オス!オラ昆布!料理を始めてから約3ヶ月。もう完璧に飽きてしまった自分がここにいた。僕の作る料理には大体昆布とかつおのだし汁が使われるので何を作っても似通った味になる。その上レパートリーも少ないと来ている。だからこその「オラ昆布」であり、それ以上でもそれ以下でもない。僕など、いや、オラなど所詮は昆布だったのだ。
今までの僕は、いや、オラは何を勘違いしていたのだろう。昆布のクセに、もしかしたらオラは昆布じゃなくて、かつおなんじゃないかな、なんて思ってて、でも気づくとオラはやっぱり昆布で、結局ぬめっとしてて何だか生臭い、それがオラ自身だったんだよね。かつおだってぬめっとしてて生臭いけど、でもオラのぬめり具合とは違う。かつおは銀色の格好いいボディを持っていて、海の中を元気よく泳ぎ回っていて、中島という素敵な友達と野球をしているし、何より姉さんがフグ田というセレブですっごくオシャレ!
それに引き替えオラときたら、茶色気味な上に海中でゆーらゆら。これじゃ絶対、女性にだってモテないよね。だからオラ、開き直ることにしたんだ。オラは昆布、それで何が悪いんだ、ってね。だったら素敵な昆布になってやろうじゃないの、昆布で1番目指しちゃおうじゃないの、昆布らしさに磨きをかけて、昆布であることをモコリに思って生きてやろうじゃないの!
……ホラ、こういうところがいけないんだよね。だから昆布の枠を抜け出せないの。中途半端にふざけちゃうところ、それがオラの欠点ね。さっきの所は、モコリじゃなくて、ホ・コ・リ、誇りね。イヤイヤ、木こりじゃなくて、誇り。だーかーらー、シコりとかシコるだとか、そういう下品な事は言わないでヨ!
おっと、そろそろ仕事だ。今日も昆布として、素敵なダシを出してくるとするかな、ピュピュピュッとね!行ってきまーす!
ある汁男優の物語 完。
4月11日 不幸な冒険。
僕は用心深い人間だ。その用心深さと来たら石橋を叩いて叩いてぶち壊して、結局渡らずに家へ引き返し、お茶を飲みつつワイドショーを見ながら屁を放った上で少しだけ過去を振り返り、「ううん、これでいいの、あたしの選択は間違ってなんかいないの」と、一人頷いてからスコーンのチーズ味を貪り食う程である。言ってしまえば守りに入っているのだ。守るべき物など何も無いというのに。
しかし、いつも守ってばかりでは面白みがない。男たる物、時には冒険することも必要だ。
先日、賞味期限が3ヶ月以上も切れたビーフシチューの缶詰を発見した。胃弱スーパーという、まるで日本語の訳が下に表示されているかのようなチャムポ(チャームポイント)を持った僕なのだから、こんな物は捨てるべきなのである。
だが、僕は冒険の旅に出たくなった。そう、日常から脱出するチャンスは今しかなかったのだ。即座に缶切りを取り出し、缶詰を開けた。しかし缶詰を開けた際、フタで人差し指をザックリ切ってしまったのである。
思えば、その時から、不幸が始まった。
缶詰は、不幸の缶詰だったのだ。中からは、この世の全ての不幸が一気に飛び出した。不幸を鍋でコトコト煮立て、不幸な湯気が、不幸の換気扇に吸い込まれ不幸な世の中に排出される。不幸な流血をしながら缶詰を覗くと、中には、たった一つだけ残った物があった。
それはジャガイモという名の希望。希望という名のジャガイモだった。
「ごめん、あのさ、ジャガイモという名の希望なのか、希望という名のジャガイモなのか、どっちかにしてくれないかな?」
「いや、これはどちらの意味でも取れるよう、あえてそうしたんですよ」
「君のね、そういうところ凄く卑怯だと思う。結局相手にゆだねる、みたいなね」
「そうですか?」
「そうですよ」
「じゃあ、こうします。ジャガイモという名の優しいお前」
「えっと、もうやる気もないでしょう」
「いや、やる気はあるんですけど」
「仕方ない、それでいいや。それでいきましょうこの際」
それはジャガイモという名の優しいお前だった。優しいお前はジャガイモだった。
ジャガイモの様に優しいお前は、俺にとっての最後のエンジェルだった。
「ごめんあのさ、ノリでそういう余計な文を付けるのやめてくれないかな?」
「いや、これは結構重要なことでですね、ジャガイモのように、ってところがミソなんですよ。目(芽)には毒がある、みたいな」
「うん。上手いこと言ったとか思わないでね?この際、このままいくけどさ」
ジャガイモなお前をひっくるめて僕は食べたい。
僕は嬉しくなり、ジャガイモを鍋に放り込み、不幸に煮込んだ。やがて不幸にも煮立ったので、それらを不幸のご飯にかけ、不幸にも胃に流し込む。後味が不幸な鉄の味がして、かなり不幸にもえづいたが頑張って不幸を、全て、飲み干した。
不幸にも夜中、僕は吐き気に苦しんだ。パンシロンを飲んで朝を迎えた。冒険なんてするもんじゃないと、優しいお前はそう言った。
だから僕は守りに入る。不幸なんかじゃない。僕はジャガイモが好きなのだから。
(翌朝下痢)
4月18日 聖人(セイント)おっさん。
廃品回収車だ。張り切りすぎの廃品回収車が僕の睡眠の邪魔をする。土日になると必ず朝八時頃から家の前を「不要な物を、無料にて、無料にてお引き取り致します」とバカでかいアナウンスを流しながら近づいて来ては通り過ぎるのだ。行ったかな、と思ってもまた近づいてくるのだ。
こうなってくるともう二度寝も出来やしないので仕方なく起きる。休みの前の日は夜更かしをしている僕としてはこれはもう寝不足全開で、気分の悪い休日の幕開けとなるのだ。これではいつか体調を崩すだろうと思いながら窓を開け、張り切り過ぎのおっさんが運転するその回収車をボンヤリ眺める。そこで僕は気づいた。ちょっとまて、体調を崩すのは僕だけではない。このおっさんとて同じ事だ。張り切りすぎ、という状態では無理が祟って体を壊すことになりかねないからだ。
つまり、これは悪循環の見本である。おっさんが張り切る事により、僕の体調は悪くなる上、こんな朝早くから叩き起こす貴様などに物などくれてやるか!という気持ちになる。こうなるとおっさんは物が集まらないからもっと焦り、もっと早くから車を走らせるだろう。その内早起きの無理が祟り、おっさんは死ぬ。僕もいつか老いて死ぬ。みんな死ぬ。死ぬのだァー、アバババー!
と叫びながら家を飛び出し、おっさんの軽トラに体当たりをかまして僕ははじき飛ばされた。
これでおっさんはしばらく仕事が出来ないので、無理をしないで済むだろう。言うなれば僕はおっさんの体を救うために、己の身体を犠牲にした聖人(セイント)なのだ。だからもう来るんじゃないぞこのクソジジイ。と呟きながらベータのビデオデッキにぬかみそを嫌と言うほど詰め込んで差し出した。素敵な休日の始まりだった。
4月27日 3周年。
「ヒダリマガリネオ」ももう3周年を迎えようとしている。思えばあっという間だった。
長いようで短いこの3年間を振り返ると本当に色々な事があった。風船を沢山束ねて大空に飛び出したのがもう、3年も前の事になる。風船で世界は回れないと気づいたのが2年前、小型のプロペラを頭に付けて大空に飛び出したのが昨年、崖から落ちて死んだのが今では懐かしい。それから成仏出来ずに彷徨っていたあの日、退屈をもてあまし、生きている人に悪戯ばかりしていた頃、偶然出会った山本茂雄さん(48)に入会を勧められて入会したあの新興宗教。
「新興宗教!」(全員で)
「10円から始める銭儲け」という教えを僕の頭にすり込もうとしたあの宗派と僕の考えは全く合わなかった為、入会したその日に僕は脱会して、その足で「1000円から始める財テクモートー(友)の会」という会に入会した。しかし、僕は財テクの、テクという言葉の持つ意味が解らない子供だったので、結局いいように利用されるだけ利用され、最後は丸裸にされ秩父の山に捨てられた。全裸で山の中を彷徨っていると、偶然にも出会った全裸の山本茂雄さん(48)に進められて始めたのがこの「ヒダリマガリネオ」だったのだ。
だったのか。
そうか。そうだったのか。僕は今まで、このサイトの存在意義が解らずにいた。そうなのだ。ここに意味など必要なかったのだ。つまりは全て真っ白なのだから、もっと自由に好きなことをやってしかるべきなのだ。自由にやろうが不自由だろうが、どうせ皆いつかは死ぬのだ。そう、死ぬ。死ぬのだァ!アバババー!
と叫びながら家を飛び出し、おっさんの軽トラに体当たりをかましたのが先週の事。おっさんはまだ走り続けており、僕は結局寝不足だ。(弱ノイローゼ)
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