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7月4日 会社の犬。

今日は愉快な休日出勤だった。
僕の記憶が正しければ確か、僕は休日出勤というものを結構やっていて、そして代休が沢山取れるような気がする。しかし代休をもらおうものならお仕事マン達に白い目で見られた上に、しかも仕事がその分たまりそうな気がする。僕は先々月にお仕事マンになろうと決意した気がする。けれど根っからのモノケマーナ(怠け者)の僕がお仕事マンを気取ろうと思ったのが間違いだった気がする。最早息切れ。会社にあるパソコンというパソコンを金属バットでぶったたいて破壊した上、「大人は解っちゃくれない」という被害妄想の深い湖に浸る多感な大人になってしまいたい気もする。
大きな人と書いて大人。
果たして僕は大きな人なのだろうか。
お仕事マンになる努力をちょっとしただけで不良中学生の様な気持ちになってしまったこの僕が、果たして大人と言えるのだろうか。確かに年齢的には僕はもう大人として見られている。一人で生活し、税金だって納めている。けれど僕は自分が大人だとは到底思えないのだ。僕はお仕事マンにはなれない。
しかしお仕事マンになるということは大人になるということには必ずしも繋がらない。僕の考える大人は、自分の考えで行動する。しかしお仕事マンは上の意志に従わなくてはならない。つまり犬だ。会社の犬だ。上が白と言ったら黒いものだって白なのだ。上司が電信柱の下に落ちているブツを指さして「かりんとう」と言ったら、それはやはり「かりんとう」なのだ。
上司が「かりんとう、ウマウマ」と言ってそれを掴み、口に放り込んでも「そうですね、ウマウマですね」と笑顔で答えなくてはならないのだ。
「ウマウマ」と上司が笑顔で言って、僕は「そうですね、ウマウマですね」と心から思わなくてはならないのだ。上司が「かりんとう」を食べて、「ウマウマ」で良かった、と心から思わねば、僕の本心との間に生じるギャップがストレスになり僕は潰れてしまう。しかし、僕にだって心はある。僕の心は真実を知っている。それが「かりんとう」なんかではない事に、僕の心は気づいている。「かりんとう」どころか、「食べ物」ですらないことなど、僕の心はとっくにお見通しだ。
しかし僕はそれを口に出してはいけない。態度で表すのもいけない。僕は静かに、納得しなくてはならない。それが犬になるということなのだ。犬。僕は犬だ。

犬だって飼い主に噛みつくことはあるんだ。(かりんとうの袋の中に脱糞)

7月12日 それは。

今月に入ってからの僕は落ちてばかりだ。落ちる原因は他人にある。僕自身の問題で落ちるのならまだしも、人の手により僕は奈落の底へと突き落とされている。
これは酷い話だ。例えば、自分で自分の命を絶つべく高いビルの屋上のフェンスを越え、自らその一歩を踏み出して落ちるというのならまだ納得できる。しかし、そんなつもりは全くないのにいきなり後ろから蹴飛ばされ、僕は訳も分からぬうちに2m下へと転落させられているのだ。
2m!
なんというスケールの小ささ!そのスケールの小ささが僕という人間の存在の全てを物語っている。果てしない程スケールの小さな小さな大巨人、それがこの僕だったのだ!
「誰がスケールの小さな大巨人か!」
ふと声が聞こえてきた。地の底から響いてくるような太い声。
「ははー!」
僕は反射的に頭を垂れた。そこにはスケールの小さな大巨人様が深い眠りから御目を覚まされ、黄泉の国の窓よりその御顔をひょっこりとお出しになられていた。
なんとも凛々しく神々しい御姿。金色の二子玉川の中にありし生命の源、精神水をその御身体根本に蓄え、その重みに堪え忍ぶ美しい姿勢で人類に重力たる物の存在を教え示したとか示さなかったとか。また、御神体自身は、かの有名な聖徳太子が好んで手元に持ったとか持たなかったとか。
僕は焦った。スケールの小さな大巨人様には一刻も早く黄泉の国へとお帰り願わねばならない。なぜならここは街の中。こんなところで大巨人様との対話を果たすなど、今の僕の精神レベルではとても無理だった。もう少し、もう少しあとならば。と僕は心の中で何度も呟きなら必死にしまおうとするが暴走する大巨人様の御心や如何に。僕の話など聞きもせずにその教えを道行く女性へと説こうとする。こうなったら仕方がない、とばかりに僕は御神体をなすがままにしてみた。どうせならばと上着も脱いだ。ついでだからと涎も垂らした。
泰然。
僕は、全裸であぐらをかいていた。
道行く人々に奇声を浴びせる事が僕の使命だった。 伸び放題の髭と髪の毛もそのままにあぐらをかき、奇声を浴びせ続けていると、誰かがふと、大関を差し入れてくれた。大関、それは楽しいお酒。
僕は大関をぐびりと飲み干し、そしてまた、奇声を浴びせた。

7月20日 いいくにつくるか。

連休中は鎌倉に行ってきた。
なんでも鎌倉にはその昔、幕府があったそうだ。歴史年号語呂合わせで有名なあの幕府だ。いいくにつくろう、釜本幕府。もとい、いいくにつくろう、セルジオ越後。いや、いいくにつくるゼ、セルジオ越後、だったか。それともいい族つくるゼ、ボワバンボー、セルジオ越後、が正解かな。ボワババンボーバンボーボー、俺の直管(マフラー)どうよ、越後!
越後「鬼痺れるサウンズすね!釜本さん!」
だったかな。
いいや、解っているさ。本当は越後は全く関係ないことを。そしてなぜ、越後が出てくる事になったのかも、僕は解っているのさ。しかし、ここで越後を登場させない訳にはいかなかった。それは僕の中の自発的越後とでも言うべき心の動きだろう。越後は表面に出たがっていた。僕の中の越後を押さえておくことは既に出来ないところまで、越後は来ていたのだ。鎌倉→釜本、それがサッカー繋がりでセルジオ越後付近まで来るのにそう時間はかからなかった。僕のスポーツの知識、略してスポ識などたかが知れている。そんな乏しいスポ識の中から、どれだけ引っ張り出してみても僕の中でサッカーはセルジオ越後なのだ。そんな僕が鎌倉を、越後と共に散策したとしてもちっとも不自然ではないだろう。
鎌倉駅に降り立ち、ツルピカ八幡宮に参拝した時点で速くも疲れがピークに達した。
「もう、これ以上歩けまへん…」
僕は弱音を吐き、石段にしゃがみ込んだ。
「馬鹿野郎!弱音を吐くな!」
ピシャリ!越後の平手が僕の頬を叩いた。「何がツルピカ八幡宮だ!面白くないんだよ!」
越後の熱い怒号が飛ぶ。僕は熱いのは不得手なので、そのまま黙ってうなだれていた。
「なあ、俺だって、お前の事が嫌いでこんな事を言ってるんじゃないんだよ」
越後はそう言って、僕の肩に手をかけた。「そろそろ、いいだろ?なあ、なあ。俺たち、もう一週間になるじゃんか」
越後のすべすべとした手が、肩から僕のもも付近へと移動した。それから人差し指を、僕の内ももへと這わせてきた。
「やめて!」
僕は立ち上がり、駆けだした。そんなに安い女じゃない。駅付近まで来てから僕はタクシーを止めた。越後は追ってくるのを諦め、その場でリフティングをしていた。
「東京までお願いします」
僕はそう告げ、走り出すタクシーの後部座席から外を見た。ツルピカ八幡宮が遠ざかり小さくなって行く。転がったボールを追いかけ車道に飛び出し、トラックの運転手にしこたま怒られ、半泣きになっている越後の姿が見えた。泣くな、越後。男じゃないか。共に吹かしたあのサウンドを思い出せ。ほら、 バンボー、バンボー、バンバンボー、ボワババンバンババンボーボー……。
それは、夏の始まりを告げるオープニングファンファーレの様に、いつまでもいつまでも僕の中で鳴り響いていた。

7月26日 腰の痛み。

「ねえ、もう勘弁してくれませんか。この腰、早く治して欲しいんですよ」
僕は痛みにそう頼み込んでいた。今朝方から酷い腰の痛みに悩まされていたのだ。
「そう言われてもねえ、こっちもコレ、仕事だからさ」
痛みはそう言うと爪楊枝を取り出し、歯の間に挟まった食べカスを取り始めた。
「でもね、急にこんなに痛いのではこっちも困るんですよ」
僕は不真面目な痛みの態度に多少苛立ちながらも食い下がった。
「でもねえホラ、仕事だから」
痛みは楊枝に付着した何かを僕のシャツで拭き、それからまたシーハーやり始めた。さすがの僕も今のは納得できなかったので文句を言った。
「ちょっとあなた、今何しました?」
「だから、仕事」
そう言うと痛みは、楊枝を僕のホッペにちくりと刺した。
「イタっ!何してんのアンタ!」
「仕事だってば」
しれっとした顔でそう言うと、楊枝をへし折り僕のシャツのポケットに入れた。
果たして痛みとはこんなにも傍若無人な奴だったのだろうか。かつての痛みはもう少し、一つの痛みに対し真剣に取り組み、他人の気持ちを考えて行動する奴だった様な気がする。今の痛みと来たら自分の権力を傘にやりたい放題ではないか。
「痛みも暇じゃないんだよ。もう帰って」
そう言うと痛みは、デスクの中からエロ本を取り出し、ズボンを下げた。
「ちょっとアンタ、何してるんですか」
「しーごーと。これからしこっと仕事するんだから帰って。…ってプププー!今のダジャレ解った?」
冗談じゃない、何だこの酷いダジャレは。それにダジャレどころではない、仕事って言えば何でも許されるとでも思っているのか。僕たちはコイツらの優越感を満たす道具じゃないんだ!
「アンタねえ、ちょっとふざけすぎですよ!」
僕が強い口調でそう言うと、痛みは真っ赤な顔をして立ち上がった。
「何だ貴様!本官に逆らう気か!」
痛みは腰に付けていた棒で僕の痛む腰をボカスカ叩き始めた。痛みのふにゃふにゃ棒が僕の腰にペチペチ当たる!
やられっぱなしの僕ではない、僕も腰に付けていた精神棒で立ち向かった。ここに小さなチャンバラウォーズが勃発した。
「貴様、なかなかやるな!」
「痛みこそ!そりゃ、そりゃ」
下半身同士を熱くぶつけ合っていると、何だか自分が酷く間違った迷宮に迷い込んでいるような気がした。真夏のラビリンス、僕達は、不毛な争いをしていた。
争うことでは何も生み出さないし生み出せない。こんなのは、正しい事ではないんだ。
「痛みさん、もうやめましょうこんな事」
「何をー、本官を侮辱した罪は重いぞ、このこの」
なおも陰部を僕に擦り付けてくる痛みを無視し、僕は家路へと付いた。僕の腰は痛いままだ。

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