| 9月7日 残業100時間。
先週から猛烈な勢いで仕事ばかりしており、気付ば土日も休めずに、残業も月100時間を軽く超えた。
果たして僕はこんなに働き者だっただろうか。最も核にある僕とは、ぐうたらを絵に描いた様な人間だったような気がしてならない。ぐうたらを絵に描き、消しゴムで消され、代わりに巻きグソの絵を劇画タッチで描かれた上、「ゴゴゴゴ……」という擬音を周りに描いてはみたがやっぱりこりゃダメだ、こんなんじゃコンクールに出品できない、とばかりにくしゃくしゃにされ、ゴミ箱に放り投げられたような人間だった筈だ。
ゴミ箱の中で僕は、栗の花のニオイのするティッシュと自分はなんだか似ているなと思った。栗ッシュ(栗の花のニオイのするティッシュ)の方も多分同じ気持ちだったのだろう。
僕と栗ッシュはすぐに仲良くなった。似たもの同士の僕たちは、悩みも似たようなものだったし、物に対する価値観も良く似ていた。ゴミ箱の中で僕たちは自分たちの夢を語り合った。栗ッシュはいつかこのゴミ箱から飛び出して、外の世界で活躍したいと僕に熱っぽく語った。
「栗ッシュなら活躍できるよ」
僕はそう言った。
それから間もなく栗ッシュと僕はゴミ袋に入れられ、燃えるゴミの日に集積所に捨てられた。
今しかなかった。このチャンスを逃すわけにはいかなかった。僕は栗ッシュと共に、どしゃぶりの雨の中外の世界へと飛び出した。僕と栗ッシュは、希望へと走り出したのだ。
しばらく外の世界を散策していたが、雨に打たれた栗ッシュはどんどん元気がなくなってきた。
「……なあ、うんち(僕のことだ。栗ッシュらしいユーモアに溢れた呼び方だ)俺の事はおいて行ってくれないか」
「何言ってるんだよ、栗ッシュ。これから活躍するんだろ?」
気付ば栗ッシュは随分とふやけていた。心なしか自慢の栗の香りも弱くなったようだ。
「どうやら、俺、もうダメみたいなんだ……」
「オイ栗ッシュ、栗ッシュらしくもない。そんな事言わないでホラ、いこうぜ!」
僕が栗ッシュをひっぱると、栗ッシュは小さくちぎれてしまった。
「……な、俺はもうだめだ」
「馬鹿!栗ッシュ、ほら、乾けば元気になるって!」
「先に行ってくれ、これ以上、迷惑はかけたくない」
「何言ってるんだよ!…って、危ない!」
気づけば車が目の前まで迫っていた!僕はもう死ぬんだ、そう思った時だった。
ドン!
僕は栗ッシュに突き飛ばされ道路を転がり、電信柱にしこたま頭を打ち付けて気を失ってしまった。
次に目が覚めたとき、雨はすっかり上がっていた。空には虹がかかっており、雨上がりに歌う鳥たちの囀りが聞こえていた。
ああ、そうだ、僕は確か……。栗ッシュ、そうだ、栗ッシュはどうした!?
起きあがって辺りを見回すが栗ッシュの姿がない。
「栗ッシュ、クリーッシュ!!」
叫ぶが、返事は聞こえない。
道路に散らばっているティッシュの欠片の様なモノが、栗ッシュだと気づくのにそう時間はかからなかった。
「く、栗りん……」
僕は動転して、呼び方を間違えた事など気にもとめず、ひたすら涙した。
ひとしきり涙を流した後、彼の欠片を集めて、一カ所にまとめた。僕は彼の分も頑張らねばならない。彼の分も活躍せねばならない。
栗ッシュの欠片に火を付けた後、僕はそう決心した。
気づくと、僕に描かれていた劇画タッチの巻きグソは雨で滲み、まるで虹の様になっていた。「ゴゴゴゴ」は「木漏れ日」となり、僕を優しい気持ちにさせてくれた。
栗ッシュから立ち上る煙が空に吸い込まれていく。空は秋色に晴れ渡っていた。
9月14日 熱い血が流れているゥッ!
猛烈に忙しい時を乗り越え、今僕は軽く燃え尽き症候群にかかっている。正確には燃え尽き、湯気だし症候群だ。燃え尽きた上に、体中の穴という穴から湯気を噴き出している。いや、本当は燃え尽きてなどいないのかもしれない。身体の奥底で火種が燻っているからこそ、僕は穴から湯気を出しているのかもしれない。
「俺の身体にはグツグツと沸騰する熱い血が流れているゥッ!誇り高きじっちゃんの血がナァ!」
と、(自分で考えた)マンガのキャラクターにでもなりきったつもりで一人、枯れかけた観葉植物に向かって怒鳴りつけてみる。
僕の考えた、グツグツと沸騰する熱い血が流れているキャラクターが登場するマンガの舞台は中世のヨーロッパだ。主人公である彼は自分が貴族であるという立場を恥じ、(そう、その世界では貴族は堕落しきっている)戦人であった祖父を尊敬している、気性は荒いが気のいいハンサムな青年で、若ハゲである。五話目あたりで恋に落ち、七話目あたりで恋に破れ、それからというものマスターベーションばかりして日々を過ごすという破天荒ぶりで人気を博す。十話目で納屋に隠れてマスターべーションに励んでいるところを幼なじみの娘に見られたのをきっかけに、二人の仲は急接近。そのまま納屋の中でmake
love。しかし、幸せは長くは続かない。百話目で幼なじみを魔王にさらわれ、そこから主人公アヌシュの戦いは始まるのであった。百五十話目でついに魔王を追いつめるがアヌシュはすでに42歳、もはや中年の彼にかつて程の力は無く、魔王堀田学(ほりたまなぶ)の振り下ろす地獄のゲンコツの前に倒れたのであった!さあ、彼の運命や如何にッ!
9月21日 連休のしわ寄せ。
連休、調子に乗って休んだのは良いけれどその分仕事の進みも鈍くなり、月末頃そのしわ寄せがやって来ることを僕は恐れている。そして寄せられたしわが小さな穴を中心に放射状に広がることを恐れている。やがてそのしわだらけの穴から恐怖の暗黒大王が顔を出しはりますねん。顔を出しはりました暗黒大王はんがこの世を恐怖と殺戮に満ち満ちミチッた世界に陥れはりますのやぁ…!やぁ…!やぁ…!(エコー)
ゴホン。(咳払い)
嗚呼しかし、僕は無理にでも代休を今週の金曜日にはめ込み、そしてまた連休にしてやろうなどと考えている。
僕は一体どうしてしまったのだろう。後々大変なことになることは解り切っているのに休みたいだなんて!これはつまり僕が仕事などどうでもいいや、無理なら無理でもいいし、クビを切りたきゃ切ればいいと思っているからに他ならない。僕の仕事に対するモチベーションは既にゼロだ。つまりやる気が、全くない。
「貴ィサァマァッ…、何を甘えたことを抜かしておるゥ…!」
暗黒大王がその恐怖の穴(それは時に酷く皺が寄っていて、そしてなぜだかとても悲しく僕の目には映った)から顔を出そうとしている。時はまもなく満ちる。僕は便所に隠れねばならない。身を隠さねばならない。いや、ミを隠さねばならない。うんこだけに、みたいな。隠さねばならない、便器に、みたいな。
僕はそこまで考えたところで、自分が酷くばかげたことを考えていたことに気が付いた。何が「便器に、みたいな」だ。
最早僕にはほんの数秒前の自分の思考すら信じられなくなっていた。なんてお下劣な発想だろう。何が暗黒大王だ、何が肛門だ!何が肛門で、何がそこから出るというんだ!夢か、それともロマンスか!愛など、ましてや命などそこから生まれ得ない。希望もそこにはありゃしない。そう、そこはこの世の果て、砂嵐吹きすさぶ不毛の大地。僕が辿り着いたのは、そんな場所だった。(つづく)
9月26日 黒くて怖くて速い奴。
第二次BH(ブラックハリケーン)戦争が我が家で勃発した。僕が望もうが望むまいがそれは否応なしに開戦され、そして僕はその戦場へと無理矢理徴兵され、最前線へと立たされ立ち竦む新兵卒の様にその場に凍り付いた。
BHことGB(グレイトブラック)は僕よりも高い所にいる。和室の上部、梁から僕を見下ろしている。長い触手を不気味に揺らしながら僕を狙い、下品にニヤついている。そう、やつは知っているのだ。僕が恐怖のあまりその場にへたりこみそうになっていることを、見なかったことにしてしまおうか、等と弱気になっていることを!
それにしても今年は当たり年だ。「僕あるところGの影なし」とまで僕に言われた僕の面目もへったくれもあったものではない。僕は僕に対して恥ずかしい。僕は、僕に対して恥ずかしい。僕の、は、恥ずかしい。僕のは、とても恥ずかしい。僕のGBは、とても恥ずかしい。僕はEDだ、とても誇らしい。違う!僕はEDなんかじゃない。今はGBについて話しているんだ!戦争だ!これは今年に入ってから二度目の戦争で、そしてそれはここ十年で二度目なのである。
連日続いた暑さのせいでGBも張り切っているのだろう。そう、この気温のせいだ。僕は九月末になっても調子をこいて真夏日等と抜かし、夏に未練を残している気温に苛立ちを覚えた。あいつがいつまでもハッキリしない態度を続けているから僕はこうして小さな戦争に巻き込まれているんだ。男なら男らしくハッキリとすればいい。暑くあるなら暑くあり、寒くなるなら寒くなるなりの態度というモノがあるはずだ。それを何が真夏日だ何だといつまでもウダウダみっともないったらありゃしない!僕が気温だったらスッパリと夏のことは諦めるに決まってる!いつまでも未練たらしく生きるなんて、僕には耐えられない。
……などと強がってはみたものの、実際の僕ときたら未練ばかりで、それは時間をかけて沈殿した澱の様に心の奥底に常に留まっている。時折水面で波が立ち、それが底でくすぶっている澱を舞い上がらせることがある。そんな時僕は酷く心が痛くなる。酷く苦しくなる。澱で濁った水の中で僕はもがく事になる。もがけばもがく程澱は舞い上がる。僕は抜け出せないから必死にもがく。そこから逃れようと盆踊りを踊る様に。最早祭りだ、僕一人だけの祭りだ〜WASSYOI〜。
果たしてそんな僕に気温を攻めることなど出来るだろうか。イヤ、出来ない。僕も彼もまた、似たもの同士なのだ。
それでも少しずつ、季節が移ろい気温も下がっていくように、僕もまた、少しずつではあるが前進している。そしてまた、季節が巡り巡る様に、僕もまた同じことを繰り返す。春が訪れ、夏に燃え、秋に去り、冬に眠る様に……。
GB?
そんなの見てないよ。(現実逃避)
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