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1月7日 おみくじラプソディ。

年が明けていた。年が明けた上に、一週間も経っていた。
今までの記憶は無い。確か年始に浅草へ初詣に行き、おみくじを引いた所までは覚えている。おみくじ……、そうだ、確かに僕はおみくじを引いた。人でごった返していたあの境内を脇に抜けた所にあるおみくじ売り場で並び、そして百円を入れた。
おみくじの数字が書いてある棒が沢山入った、変な筒状の物を振りながら僕は思い出していた。四年連続でおみくじで凶を引き続けたあの不幸だった頃を。僕という存在が、凶に魅入られた凶男であった事を。
凶男を脱したのは去年の事。いつもと違い、地元のお寺に行ったのだ。そこで引いたおみくじは大吉。なぜならばそのお寺のおみくじには凶が入っていないからだ。
そうこうしている内に棒がニュルリと出てきた。まるで獲物を見つけ、舌をちらつかせている蛇が如く禍々しく現れたその棒には、八十四と書かれていた。
八十四。はちじゅうし。はちちゅうし。はちちゅうにし。八中に死。十中八九は死。あんさん、十中八九は死ぬで、ほんまやで。
僕は棒(スティック)にそんな事を言われた気がした。
頭を振って気分を入れ替え、八十四の引き出しからおみくじを取り出した。結果は……、凶だ。また、凶だ。
恐ろしい物を引いてしまった。今年も待ち人現れなければ、病気は危うく、失せ物は出にくいらしい。結婚、付き合いに至っては、全て悪い結果を生むでしょうと書いてある!
何コレ、新しい気持ちで今年も頑張ろうって思った矢先に何なのこの仕打ち!新年早々気分が悪い!何だこの寺は、何なのこの寺は!ちょっとそこのアナタ、ボケッと突っ立ってないでさっさと住職を呼んで頂戴!酷いわ!今年こそシャータイ=ブキコート(寿退社)って決めてたのに!ちょっとあんた、何見てんのよ。そんなに凶を引いた人が珍しいの、それともあんた、アタシより先にシャータイブ=キコートするとでも言うの!
私は一緒に初詣に来ていた二歳年下の同僚、芳美を怒鳴りつけた。芳美は何か憐れむように、ヒステリックに怒る私をただ見ていた。
何なのその目は!キーッ!絶対アタシが先にシャー=タイブキコートするんだから!もうっ!あんたなんて知らない!
私は芳美をおいて歩き出した。絶対に、芳美より先に、シャータイ=ブギウギコーティングしてやるんだから!シャータイ=boogie woogieコンサルティングなんだから!(病死)

1月16日 厄が落ちる。

年が明けてからというもの、僕の周りで色々な事が起こり始めている。おそらく、僕の人生が+の方向に向かい始めたせいなのだろう、何やら幸せな気分になることが増えた。
昨年末など気分はもうどん底で、これはちょっとマズイのではないかと本気で自分の事を心配した程だったのだが、年が明けてみれば随分と気分も晴れやかになった。
厄が落ちる。万年厄年だった僕がついに厄から抜け出す瞬間が訪れる様な気がする。確かにおみくじは凶だった。しかし元旦に凶を引いておけば、あとは上がっていくだけだ、と、考えようによってはそう思えなくもない。後は上がっていくだけだ、年末には大吉クラスになっているだろう。
しかしな、甘いんだよ。凶はいつまで経っても凶なんだ。凶男はいつまでも凶を背負わされる。お前はいつまで経っても不幸のままだ。お前はいつでも地獄に片足を突っ込んでいる事を忘れるな。そして地獄に突っ込まれしお前の片足は既に地獄の魚の目に汚染され、さらに地獄臭を放ち、その上に地獄ソックスを履かされている事を覚えておけ。何やらオシャレっぽいウサギがワンポイントの、何やら地獄的オシャレなのかそれとも地獄イモ、いや、イモ地獄なのか解らない感じになっている事を忘れるな。
多分後者だ。
だからな、お前は地獄に突っ込まれてない方の足でカラフルな傘がワンポイントの靴下を履いておけ。それがせめてもの救いとなる。解るか?その傘で、お前は、風に乗る。地獄からの上昇気流をそのカラフルな傘で受け止めて、一気に天国まで昇りつめろ!
まあ無理だな。
それに多分それもイモ地獄だ。
いいか、オシャレな靴下っていうのはだな、素材は薄く色は黒、そして履いたら肌の色が透けるくらいの物を指すんだよ。解ったか!って解るわけねえな。大体何の話してんだろうなコレ。

1月25日 りばしなか。

最近、夜中に金縛りで目覚める事が多い。
うわあ、と思って何とか金縛りを解いて時計を見てみると決まって午前四時。
「またか」
これは何かあるに違いない、と、僕は真っ暗な部屋の中で一人、恐怖に震え、そして寒さに震え、布団を頭から被り、朝が、そして再び眠りが訪れるのを待つ。眠りはすぐに訪れ、やがて僕は夢の世界へと引きずり込まれる。
夢の世界で僕は一人の奇妙な老人と出会った。頭頂部はすっかり禿げ上がってはいるが、後ろの毛だけが妙に長い。彼は所謂ロン毛なのだと僕は思った。ロン毛の名前はなぜか、聞かなくても知っている。彼はリトル松井という名前だった。
リトル松井は休日になると釣りに出かける。「今日こそカジキを釣ってやる」と意気込んで出かけるが、彼が釣り糸を垂らすのは裏庭で朽ち果てかけているドラム缶の中なのでカジキなど釣れるはずもなかった。しかし、彼は気づいていないようだ。そのドラム缶の中にカジキがいると思っているのだ、なんて滑稽なのだろう!
しかし、信じ込んでいる彼の瞳はサンタクロースを信じている五歳の少年の様に澄んでいる。僕は彼の瞳の中にこそカジキが泳いでいるのだとすら思う。そのどこまでも澄み渡った美しい瞳の中に、自由に泳ぐカジキマグロの姿が、僕には見えた気がした。
だからこの二本の指で彼の両目を突いてみた。彼はかなり怒っていたが、怒るのも当然だと思った僕は、ただ黙っていた。ただ黙って、鼻くそをほじっていた。ほじった鼻くそを二本の指に付けて、再度リトルの目を突こうとしたが、頭を叩かれたのでやめることにした。
(その鼻くそをズボンで拭きながら)僕は考えていた。金縛りの話はどこへ行ったのか、と。

1月31日 ヒニン。

最近、平和だった我が家の近所に、何やらやんちゃキッズ達がたまり始めてしまった。彼らは例に漏れず無駄にうるさく改造されたバイクを乗り回し、タンを吐きまくっていた。
先日僕が帰宅すると、小生意気そうな面をした連中が四名、僕のバイク置き場の辺りにたむろしていた。四名ともその指先にはタバコが挟まれており、細い煙が立ち上っていた。
深夜二時、凍てついた空気の中彼らがタバコをふかす。吐く息と煙の白さは街灯に照らされ夜の闇に浮かび上がり、僕は苛立った。そこは僕のバイク置き場で、彼らがタバコをふかすために用意された場所ではない。
しかし、タバコ。懐かしい煙。懐かしい香り。
どうやら彼らの中に、かつて僕が吸っていたタバコと同じ銘柄のものをくわえている者がいる。タバコの煙などどれも同じだと思っていたがどうやら違っていたようだ。その証拠に僕は今、鮮明に思い出している。あのタバコだ。思わず僕は、声をかけていた。
「やあ、こんばんは、良い夜だね。こんな夜はタバコがうまいもんだよ。ところで君が吸っているタバコ、それはプレミア(僕が吸っていたタバコ)じゃあないかい?」
「ハァ?チゲエよバカ、消えろよ」
「やはり、そうじゃないかと思ったんだ。僕も若い頃はね、そのタバコと同じもの吸っていたんだ。今じゃあ、吸うものなんてところてん位しかないんだけどね。はは。時に、君はところてん、好きかい?」
「ウルセェな殺すぞ」
「やはり、僕もね、実はあまりところてんは好きではないんだ。僕の好きなものっていうと、綺麗な女性、かな。はは。ところで君、恋人はいるのかい?」
「テメェ、マジ殺すよ。リョウちゃん、こいつ殺っちゃっていい?」
「リョウちゃんて言うのかい。素敵な名前だ、きっと柔道の谷亮子選手の様に、朗らかで明るく、健康で力強い娘さんなんだろうね」
会話はそこまで、僕は四人に囲まれた。なあに、腕っ節には自信がありそうでない僕の事だ、こういう場の納め方は知っている。僕は財布を取り出した。
「はは。君たち、これをあげるからそこをどいてくれないかい?実はここ、僕のバイク置き場なんだ」
僕は財布からゼロゼロスリー(薄型コンドーム)を取り出し、ところてん(僕と会話していたヤツ)に手渡した。
「これはね、コンドームと言って、性交時の避妊に使……っ何をするゥ!!」
そこまで言いかけて僕は殴られた。一発で鼻血が吹き出した気がしたので手で何度も鼻を触り、血が出てないか確認した。ちょっと血が出ている事を確認した僕は、「失礼」と言って席を立ち、トイレに駆け込んだ。
来た。一ヶ月も遅れるなんて、私にしては珍しい。きっと疲れが溜まっていたせいもあったのだろう。彼は遅れていると知って相当焦っていた。電話もメールも、「来た?」ばかりだ。このまま黙っておいて、もうちょっと焦らせても良いかも知れない。「大丈夫だったよ」と打ったメールは送信せずに携帯を閉じた。
いっそのこと出来ていたら良いのにとも考えた。付き合いを始めてそろそろ三年、そういうきっかけが今の私たちには必要なんじゃないか、と。
私の寿退社はまだまだ先になりそうだ。今回彼は随分と懲りていたので、今後は避妊に気を遣ってしまうだろうから……。

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