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6月4日 暗黒の世界。

夕方、地下鉄の駅から外に出ると空の色がとんでもないことになっていた。古傷が疼かなくとも嵐を予感できる空で、まだ四時半だというのに夜かと思えるほど薄暗く、行き交う車のヘッドライトが不気味に浮かび上がっていた。まさに暗黒の世界、僕は家のある駅と間違えて暗黒の世界駅で下車してしまったのかもしれない。暗黒の世界駅には暗黒のおじさん、暗黒のおじいさん、暗黒の専業主婦、暗黒のサラリーマン、暗黒の少年、暗黒少年ズンボルボ、暗黒青年、暗黒美人達がひしめいていた。彼らは一様に空を見上げ家路へと急いでいる様だった。暗黒の僕も暗黒の我が家へと家路を急ぐ。
最近、暗黒の我が家の周りにはこれでもかとばかりに犬のフンが落ちている。これは間違いなく魔の物の仕業で、明らかに通行人の動線を狙ったピンポイント攻撃の為、その被害は瞬く間に広がった。誰もがフンを踏み、そしてそれが靴の裏などに付着し、次の足着地地点にこびり付く。延びたフンが乾く間もなく次のフンがまた産み落とされ、それがまた踏まれ延びる。雨の日など最悪で、せっかく乾燥したフンが解凍され、また誰か踏む。実は僕も踏んだ。フンだけに踏んだ。暗黒の悪循環、まさにTOKYOクソ地獄だった。クソ地獄にそびえ立つ我が家までの道のりは遠く、嵐の直撃を受けた。本格的な土砂降りだ。
僕はコンビニに滑り込み傘を買ったが、暗黒の空から降りし激雨の前にコンビニの割高なビニール傘などなんの意味も持たなかった。むしろ無駄な出費になった事で僕の怒りを買ったビニ傘は申し訳なさそうにその役割を終えた。僕は久しぶりにずぶ濡れで自転車をこぎこぎ家へと向かう。へばりつくシャツにパンツ、最初はこの状況が面白くテンションが上がったがすぐに寒くなり、僕のテンションは暗黒方面へと落ち込んだ。僕は世界を呪った。雨に濡れたくらいで世界を呪った。消えてしまえばいいと思った。僕の家の周りにある犬のフンが全て消えてしまえばいいと思った。実は一度だけではなく三度も踏んだ。バイクでも踏んだ、靴でも踏んだ、チャリでも踏んだ。僕はウンコでハットトリックを決めていたのだ。
「家の周りはウンコだらけ」
そう考えると家に帰るのが嫌になった。

続く

6月15日 暗黒の世界2。

ダメだ。こんなテンションじゃ日記なんてとても書く気になれない。日記どころか何をする気にもならない。疲れているし気持ちが酷く落ち込んでいる。全ての孤独が僕の家に集結している。孤独達は僕の家から元気やヤル気やアロエヨーグルトを貪り、全てを食らい尽くす。ポジティブなものが何一つ無くなり、全てはダークサイドへと落ち込んだ。ネガティブハウス症候群にかかり、家は陰鬱さを増し始めた。カビの胞子が浮遊し、カーテンが白い粉を吹いたような色となり、僕の親友達であった観葉植物達は枯れ、そこから今まで見たこともないような不吉な植物が生え始め、毒々しい派手な色合いの不気味な花が満月の晩に開いたかと思えばそこから放たれる腐臭に鼻をやられ、耳鼻科に行くもそこで院内感染、かかると三日で死ぬと言われる不治の奇病であるギガエイズに感染し泣きながら家に帰ると植物が異常な成長で僕の部屋を覆い尽くし、見たこともない程グロテスクな昆虫達の羽音が聞こえ出す。まるで読経の様な羽音のせいで僕の部屋から大量の半透明の白い玉が天に昇り始めた。読経は止まずやがて僕の大切にしていた物は全て昆虫達に食らい尽くされた。
翌日向かいに住んでいた人が死に、隣に住んでた人も死んだ。上の階の人は狂人と化し、下の階の人は僕を殺そうと下から槍で突いてくる。寝ているとベッドを突き破り槍が出てきたので僕は下の階に火炎瓶を投げこんだ。燃えろ、燃えろ、全て燃えろ。
かつて僕の部屋だった密林も燃えている、何か人体に有害な煙を出しているようで幻覚が見え始めた。妖精なんて見えやしない、見えるのは泥田坊やあか舐めやひょうすべと言った妖怪ばかり。彼らは僕を憎んでいる。僕も彼らを憎んでいる。やがて僕らは争いを始める、僕は包丁片手に妖怪達に斬りかかり、妖怪達は下から槍で突いてくる。
油断した隙に僕は槍で貫かれ、そして、半透明の白い玉が肉体から抜け出て天へと昇り始めた。ようやく終わったんだ、苦しい日々から抜け出せるんだ。そう思うと嬉しくなった、が、天まであと少しというところで下から槍で突かれ、僕は引きずりおろされた。月の光も届かない深い深い井戸の底、腐肉のような悪臭立ちこめる暗闇の奥底に、僕はいる。

6月22日 ちくわぶで出来ている。

ムハッ!「ヌルグラヴ」のやむさんのところから僕にミュージカルバトンが手渡されたのだった。「人が怖いんだ」が口癖の人畜無害、華麗なる自閉症であるこの僕の手元に渡ってきたバトンは何やら生臭く、どうやらちくわぶである事は間違いなさそうだ。
このちくわぶ、せっかく握らせて頂いたからにはしっかりと答えさせて頂こうと思う。コミュニケーションを取って頂けた事が素直にありがたい僕としては、まずはちくわぶを囓りながらミュージカルバトンとはなんであるかを書こうと思う。
ミュージカルバトンとは音楽に関する4つの質問に答えて、誰か5人に回すというネズミ講で、答えた5人が質問した人にお金を払い、さらに5人は同じように質問し答えた人からお金をもらうという無限連鎖的なシステムで、ズバリ犯罪なのである。
という悪質かつ誰もが書きそうな冗談はさておき、本当はミュージカルバトンを渡された部活の後輩が先輩の命令でちくわぶを万引きし、なおかつそのちくわぶで店員をひっぱたくと言うあまり面白味のない犯罪なのである。確かその後、店員の家に保護者同伴で謝罪に伺う、だったかな。いや、違うな。ちくわぶをポケットに入れたまま東北新幹線で北上する、だったかな。ちくわぶを好きな人にプレゼントする日、も違うな。ちくわぶが絡んでいる事は間違いない筈だ。とにかくこのちくわぶを僕は握りつぶさず次の人に手渡さなくてはならない。 しかし、申し訳ない!既にちくわぶ、僕の手のひらで只の白い塊に!
(はいスイマセン、音楽に関する4つの質問に答えて5人に振るという遊びだそうです)
ミュージカルと言えばウエストサイドストーリーという戦後生まれの僕が聞くのは音楽というよりカセットテープより流れるどこかの徳のあるお坊様が読まれた経文であり、なぜ経文を?と聞かれれば「成仏したいから」と答えるほか無い面白みの無い人間なのであった。

1.コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量
約10G

2.今聞いている曲
ユニコーン「与える男」
なんとなくかかっています。

3.最後に買ったCD
ザ・マジック・ナンバーズ 「ザ・マジック・ナンバーズ」
期待していた程良くなかった。

4.特別な思い入れのある5曲
ヴォーン=ウィリアムス「揚げひばり」
は、クラシックが100曲入ってるやつに入ってて、最近一番のお気に入り。
真心ブラザーズ「サマーヌード」
は聞く度胸痛む。
primal scream「(I'm Gonna) Cry Myself Blind」
も胸痛む。
bank band「糸」
ね痛む。
THE BOOM「神様の宝石で出来た島」
む。

む、

ムハッ!
では僕がバトンを回させて頂く5人を発表します!
竹中直人さん
チャック・ウィルソンさん
貴乃花親方
明智光秀さん
KANさん

6月27日 僕の呼び名は。

ほんの一欠片のやる気すら失った僕に相応しい呼び名を与えてくれ、この行き場を無くした負け犬の様な僕に、何か相応しい呼び名を。

昨日までの僕はまだほんの少しだけ、ただ一滴ほどのやる気を持っていた。そのやる気は暑さで滲み出した汗が蒸発する様に僕の心から消えてしまった。
やる気を失くした僕は惰性で行動することしか出来ない。昨日までの僕の呼び名が「風のララバイ」なのだとしたらやる気を失くした今日の僕は一体何の何バイだ?鏡に向かい自分の顔を眺めるが最早「風のララバイ」であった頃の面影はない。眼は赤く血走り頬はこけて無精髭が伸びており、七:三できっちり分けた頭はうっすらと禿げ始めて湯気が立ち昇り、その湯気を吸引する為の除湿器が背後でワンワン唸っている。
いつからだ?いつから僕は風のララバイと呼ばれる様になった?
よくよく考えてみると誰からもそんな呼び名で呼ばれたことはない。そして「俺の事は風のララバイと呼んでくれ」と言ったこともなければ考えたこともない。
「よろしくな、風のララバイ。俺の事は星のレクイエムと呼んでくれ」
良くできた物語をなぞるようにして僕と星のレクイエム<27>は出会った。それは陰鬱な空気漂う恐ろしく静かな病院待合室での出来事だった。
「岸部さーん、岸部伸雄さーん」
看護婦の声が静寂を破り、星のレクイエムが立ち上がった。
「お先に」
と呟くと彼は診察室に入っていった。しばらくして彼は腕を押さえながら診察室から出てきた。入れ替わりに老人が診察室へと入る、僕の番はまだ先だ。星のレクイエムの眼には涙が滲んでいた。僕がどうした、と訪ねると、彼は「結構痛い」とだけ言って、口を一文字に結んだ。その口元が小刻みに震えている、注射の痛みが彼をそうさせている。僕は星のレクイエムが不憫に思えた。
僕は彼の気を紛らわせようと話しかけた。
「そう言えば、お前、今日はどうしてこんなところに?」
「……流行感冒(風邪)、さ。三日前から喉が酷く痛くてな」
「そうか。お大事にな」
「ああ、お前はどうしてここに?」
「似たようなものさ、俺は微熱があるんだ」
「つらいのか」
「ああ、まあな」
「お互い大変だな」
「ああ、健康が一番だよな」
静かな廊下に僕たちの声が響き、その後にまた静寂が訪れた。
「さて、俺、クスリ貰いに行ってくるよ」 、星のレクイエムが立ち上がった。 「じゃあな、風のララバイ、またどこかで会えるといいな」
「ああ、また会えるさ。お前がそう望めばな」
看護婦が僕の名前を呼んでいる。僕ももう、行かねば。
「ありがとう、楽しかったぜ」
「ああ、俺もさ」
僕たちは固く握手を交わし、そして後ろを振り向かず、別々の方向に歩き出した。彼は薬局、僕は診察室へ。向かうべき所があるから僕たちは足を踏み出せる。成すべき事があるから僕たちは生きていける。それに気付かせてくれたのは星のレクイエム、お前という戦友(とも)なんだ。僕は最後に振り返り、戦友の姿を探した。病院の出口付近で彼の姿を見つけることが出来た。
彼は、お母さんと来ていた。

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