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11月21日 最早惰性で生きている。

何が何やら訳が解らないうちに月日が流れ、既に年末になろうとしていた。僕の中ではまだ夏だ。あの日、大事なモノを失って呆然としていたあの日のまま、何も変わらず、変われずに僕はいた。
季節が移ろい僕を取り巻く風景も変わった。空気は乾燥し、冷たく張り詰めている。人の服装も変わった。皆、コートやジャンパーを羽織っている。僕はと言えば情けなくも夏を引きずり、Tシャツのままだ。首周りの伸びたTシャツとピチピチの短パンで、虫取り網と虫かごを抱えている。首からかけた麦藁帽子は、ドン・キホーテで180円だった代物だ。まるで少年の様な格好で独り佇み、ゆっくりと思考を巡らせた。
あの日、全てが僕の手から零れ落ちていき、僕はそれをただ見守る事しか出来なかった。抗えない邪悪な力が僕を不幸のどん底へと貶める。不幸は不幸を呼び、僕は短パンのまま、嵐のような悪循環の中に身を沈めていった。
僕は何を探し、何を求めていたのだろう。もう記憶すら曖昧だ。ただ自分の格好から察するに、おそらく僕はセミを求めていたのだろう。この網でセミを捕獲し、この籠の中にセミを閉じ込める。この網でセミの自由を奪い、この籠でセミを飼い殺す。
違う。違うんだ、僕はそんなことがしたかった訳じゃない。
僕は、何がしたいんだ?僕は、何を求めているんだ?
僕は……。

12月18日 元寂しがり屋。

玉突き事故に巻き込まれたり、仕事でトラブルが起きたりと散々な目に合いつつも今年も暮れに向かう。ここ一年は忙しい忙しいと言いながら過ごしていた。忙しくて死にそうだ、忙しさをなんとかしてくれと。一年前と比べてみても状況は大して好転していないのだから、おそらくこの先も忙しいままなのだろう。
なので僕はもう、「忙しい」と言い訳するのをやめた。「忙しいから行けない」とか「忙しいから今日はゆっくりしたい」とか、そんな甘えにも似た言い訳はもうしない。これから「僕はヒマである」と公言して行こうと思っている。
「僕はヒマである」
僕は周りの友人達に「忙しげな奴」という印象を与えつつある。これはあまり良くない状況だと思っている。例えば飲み会に誘われなくなるおそれがあり、非常に寂しいからだ。
「アイツ、忙しいとかでどうせ来ないだろうから誘うのをやめよう」
こういう状況になりかねないのだ。だからこその「僕はヒマである」なのだ。「ヒマな奴」という印象を周りに与えていきたいと思っている。飲み会に誘われたら五分で来られそうな印象を与えていきたい。
しかし実際には忙しい身なのだから僕は参加できない。「来そうで来ないヒマな奴」である。
つまり嘘をついている訳なので、「来そうで来ない、ヒマな嘘つき」ということになる。しかも上では寂しいなどと言っているので、まとめると「来そうで来ない、寂しがり屋のヒマな嘘つき」となる。
嘘つきは泥棒の始まりなので、「来そうで来ない、寂しがり屋のヒマな泥棒」ということになる。しかし泥棒にも色々ある。何を盗むか、で泥棒はカッコよくなってしまう可能性がある。(例:ルパン的な大泥棒)
小心者の僕は多分大それた盗みは出来ず、カッコ悪い泥棒になると思うので、僕は「来そうで来ない、寂しがり屋でヒマな下着泥棒」という最悪な感じの印象を友人達に与えることになるだろう。「来そうで来ない、寂しがり屋でヒマな下着泥棒」もついには逮捕され、罪を償うこととなる。しかしいくら償っても一度貼られたレッテルは消えるものでもない。そうなると僕は「来そうで来ない、寂しがり屋でヒマな元、下着泥棒」という事になる。
なんとなくヒマ=ニート、というイメージがあるので、「来そうで来ない、ニートの寂しがり屋、元下着泥棒」
少し順番を変えてみて、「来そうで来ない、元寂しがり屋のニート下着泥棒」というのも良いかもしれない。読み方を変えてみたり、「来そうで来ない!ニート下着の、元寂(げんじゃく)しがり屋の泥棒日記!」等、余計な言葉を加えるのも良い気がする。
元寂しがり屋(げんじゃくしがりや)…元寂(げんじゃく)をしがいてくれるお店。フランチャイズで店舗数を伸ばし、全国に76店(2005年12月現在)を展開している。

これを僕のイメージとして定着させたいと思う。

12月29日 暮れ行く2005年。

今年も見事に暮れ行く。かつて感じていた感慨の様なものは年齢を重ねるにつれて感じなくなっている。無神経になるとでも言うのだろうか、様々な事柄に対してこだわりも無くなって行く。それに対し、去年まではマズイぞ等と考え、ちょっとは抵抗していた気もするが、今年はいよいよそれすら感じなくなった。全然マズくない。ただ面白くない。
そう、面白くないのだ。
面白い事とはなんだろうか。僕は全てを忘れてしまった。面白いと感じていた事はなんだったのだろうか。何をしても、何を買っても、面白いと感じられない。昔は良かった。
「うんこ」
これだけでどれだけ笑えたことだろう。この三文字にどれだけ助けられた事だろう。あれは……、あれは僕がまだ十代だった頃だ。恋人との間で些細なケンカが別れ話にまで発展し、お互い引くに引けないところまでいってしまったあの日。黙り込んだ二人の間を気まずい沈黙が支配していった夕暮れ時。
ここで何か言わなきゃ俺達本当に終わりだ。
当時僕もまだ若く意地っ張りで、ゴメンなんて素直に言えるわけがなかった。でも本当はゴメンと言いたかった。もうお分かりだろう、ゴメンと同じ三文字。僕の口から次に飛び出した言葉が「うんこ」だったのだ。それ以上でなければそれ以下でもない。紛れもなく「うんこ」という言の葉が口から飛び出したのだ。僕は彼女を笑わそうと思って「うんこ」と口にした訳ではない。「うんこ」を口にする訳も無く、「うんこ」は自然に僕の口から零れ落ちて紡がれた。「う」と「ん」と「こ」。それは魔法の言葉だった。
最初は頼りなげな「うんこ……」
次に自信たっぷりに「うんこ!!」
ちょっとはにかみながら「……うんこっ」
疑問を抱いて「うんこ?」
巻き舌調で「うるんこ!」
みんな一緒に「うんこー!!」
「うんこ」が口から飛び出して大空高く舞い上がったのだ。「うんこ」は夕暮れ時の冷え始めた空気を暖める様にしばらく宙に漂ったかと思うとやがて静かに消えていった。最初からそこにはうんこなど存在しなかったかのように儚く消え、彼女もいつの間にか消えていた。
後に残ったのは僕と、「うんこ」だけだった。
なあうんこ、俺達また二人だけになっちまったな。
ああ、ぼぼるビック(僕のあだ名)、俺達二人だけだ。
ふふふ、俺達っていつもそうだよな。結局最後は二人きりだ。でもな、お前が来てくれて嬉しいよ、実・アミーゴ。
……手、握っても良いか?
……うん。

それからうんこは震える僕の手を握り、もう片方の手で僕の頬にそっと触れ、優しくキスをした。僕はこうなるだろうと予想してはいた。だがそれは予想を遥かに超えて素晴らしい体験だった為、この先の事はこれ以上、ここに書く事はやめておこうと思う。この思い出は僕だけのもの。僕だけの、甘くて切ない物語。

死 俺達はいつでも二人で一つだった(いやらしい意味で)。地元じゃ負け知らず、そうだろ? 死 俺達は昔からこの街に憧れて信じて生きてきた(変な宗教を)。 なぜだろう、思い出した景色は旅立つ日の綺麗な空、抱きしめて。

性臭あ実ーゴ 〜うんことぼぼるビック〜 より抜粋

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