| 「ふああ……」 この眠さ。気がゆるんだすきに、大きなあくびが出てしまった。 人混みで口を大きく開けることは、出来れば避けたい。ほら、今、目の前のオヤジがくしゃみをした。そのくしゃみの粒が、つまりオヤジの臭い唾液が、ウイルスとともに私の口の中にフォーリンインしたではないか。 「オエエ、オヤジの唾を飲んでしまった。まったく、ふざけるんじゃないぞ畜生」 私は、自分も臭いオヤジであることは棚に上げ、手で口を押さえもせずくしゃみをしたオヤジを非難した。ああいうオヤジがいるから、SARSだのインフルエンザだのが流行るのだ。ほら、あの女子高生を見てみろ。ちゃんと口をおさえて、くしゃみをしているではないか。 私の視線の先で、チェックのスカートをはいた、今時の女子高生が口を押さえ、かわいらしくくしゃみをした。 「良くできた子だ。顔は不出来なようだが」 私は、自分の顔を棚に上げて、女子高生を非難した。 それにしてもこの時間の新宿駅は混雑している。どこを見ても人、人、人。耳をすませば聞き慣れた日本語に混じって異国の言葉。新宿は雑多な街である。外国人、特に東洋系が多い。こんな事を言うのもなんだが、私は外国人でも東洋の人間は嫌いだ。なぜなら連中の殆どが、すれ違うときに全く道を譲らないからである。お互いが少し体を捻れば上手くすれ違えるような所でも、連中は少しも捻ろうとしない。すれ違いざまで日本人かどうか見分ける事が出来ると言っても過言ではないと私は思う。 私は、日本人も東洋系であることは棚に上げつつ、人にボカボカぶつかりながら歩いていた。人混みを歩くのは難しい。 ようやく埼京線が到着した。都心部とベッドタウンである埼玉を結ぶこの電車の中は、夕暮れ時から酷い混みようとなる。 「全く、お前達皆、丸の内に住みなさい」 埼玉から丸の内にもっと沢山の人が移り住めば、埼京線は空くはずだ。そうすれば満員電車でこんなに苦労する必要はない。私は、自分も埼玉県民であることは棚に上げて、そんな事を呟いた。 大体満員電車などなければ、痴漢の冤罪で逮捕される心配もない。女達はちょっと体が触れただけでやれ痴漢だの変態だのと騒ぎ立てるので、手の置き場には細心の注意が必要となる。こんな不必要な注意をするのは酷く疲れるものである。 やがて、目の前に立っている先ほどのチェックスカートの女子高生がこちらを向いた。おやおや、やはり顔が不出来だ、ここはこんなに立派な出来だと言うのに。 私は、女子高生の尻を撫でているという事実は棚に上げて彼女の顔を非難したが、やがて私は社会から非難される身分になったという事は、最早言うまでも無い。 |