隊員の行った視察の報告
サンタ・テクラシ市(Santa Tecra)にて
サンタテクラ周辺の2箇所の避難所を回ってきました。1
箇所目は、オピコにある。チャンピコという避難所。2箇所目は、ロウルデス方面の
カンタラナという避難所でした。その時の様子と、聞き込みをした内容を報告しま
す。
<チャンミコ>
この避難所のある場所は首都サンサルヴァドルの北西、ボルカンの裾野ということ
で、平野の中を道が一本通っている「いかにも中米」という場所に位置しており。そ
の何もないようなところに突然トタンのバラックが現れるという感じの立地条件にあ
ります。バスは避難所のすぐ前に止まります。その道を挟んだ左右にかなり大規模な
避難所が、広がっていました。ここの住民は、サンサルバドル西にあるサンタテクラ
市の、ポリデポルティーボの避難所、カフェタロン難民キャンプ、同じくサンサル
ヴァドル西のロスチョロス、ロウルデスなどの避難所から移ってきているようでし
た。
到着して、近くの若者に、「どこに行ったら話が聞ける?」ということで。尋ねたと
ころ。保健所のテントの辺りが避難所の中心だということで教えてもらいました。そ
こで、そのテントまで約1キロ??位。照りつける太陽の中を、左右に並ぶ仮設住宅
の様子と、たこ揚げをする子供達を眺めながら周りの「中国人!?」というささやき
をものともせず歩きました。雰囲気は、日曜だからかとても和やかでした。事前に訪
れていた志村隊員の事前調査の時の様子を聞く限り。少し殺伐としてたということ
で、、、少し不安はあったのですが。とりあえず、問題はなかったです。
保健所のテントにつき、そこにいたおばさんに調査に来た旨を伝えると、快く対応者
を呼びに行ってくれました。「10分で来るから」との言葉に、志村隊員と二人で
どっかりベンチに腰をかけて待つこと、小1時間。続々と各地区の担当者が現れて、
最終的に13人くらいの、各地区のリーダー(さしずめ町内会長?)と呼ばれる人が
集まりました。その様子にちょっとびびったのですが。調査と言うことで、僕の拙い
スペイン語を、リーダーの一人が更にスペイン語に訳す(^^)という感じで質問を
行いました。
質問内容は、あらかじめ「避難所の概要・現在の援助の状況・上下水道・電気・住宅
・食べ物・学校の状態」を聞いてみることにしていたので。ひととおり。それらの質
問をしました。
<避難所概要>
住民数5,000人、住宅戸数874世帯ということでした。
<上下水道>
飲み水等は、援助により確保されてる。大規模なタンクから、仮設蛇口に水を引いて
おり数はそんなに多くはないが1つのタンクに対して蛇口が8箇所くらいある感じで
した。下水道ということで、トイレの状況を聞くと、木材とトタンで穴を囲って作っ
たトイレだそうです。一杯になったら、穴をふたして。他の場所に穴を掘ってトイレ
が移動するそうです。トイレの数は、現在5戸に1つの割合で295あるそうです。
約30%のカバー率です。とのこと。
<電気>
電気は届いていないとのこと。でも、あとで疑問に思ったのは、保健所のテントへ向
かう道の途中でステレオをガンガンにかけている家があったけど。あれはどうしてる
んだろう??でも確かに、家の様子を見る限り電気は届いてないようでした。もちろ
ん電線なんてなかったし・・・。
<住宅>
全て仮設住宅で、柱を木で立ててそれをトタンで囲う形式の、よくある仮設住宅でし
た。非常にあつい地域なので。大変だなぁと言う感想を持ちました。今後の恒久住宅
の予定もあるそうで、立て替えを順次行っていくということでした。ですが、もちろ
ん、すぐには無理だということでした。雨期になり、水の逃げ場が上手に出来てない
ため家が水びたしになっているとの状況も聞かされました。中には、雨が降って、仮
設住宅が2回転した家もあるとかで。聞き込み後に、その家の前を通ったとき、その
家のおばさんが大声で「ここ2回も立て直したのよぉ」なんて言っているのが印象的
でした。
<食べ物>
食べ物の援助は届いていないとのことで、特に乳幼児のミルクが欲しいとの要望が上
がりました。
<教育状況>
敷地内に学校があり。「もうすぐ機能を始めるだろう」という話でした。元は、色々
な避難所にあった学校が3校ぐらい統合して今のチャンミコ避難所に学校を作ったと
のこと。就学児童数は900人であるが、教室が2つしかないとのこと。教員は、教
育省に掛け合えばいくらでも確保可能な状況であるとのことでした。
<その他>
要望という形で、各リーダーに聞いてみたところ。救急車が欲しい。医薬品が足りな
いので保健所に欲しい。前出のミルクが欲しい。仕事が欲しい。マキラ(輸出自由
区)の仕事をくれ(ちょっと僕らのことを韓国人の団体と勘違い??教室が欲しい。
コルチョンが浸水しないようにベットが欲しい。
とのことでした。余談ですが、この後連絡先を聞いておいたところ、代表者の名前が
‘フランシスコ フローレス(笑)←報告者注:当国の大統領と同名’だそうです。
これらの、聞き込みのあと、リーダーの一人に案内してもらい避難所の様子をカメラ
に納めました。ちなみに、サンタテクラ市のカフェタロン難民キャンプにあったNG
Oによる臨時学校においてJICA事務所関係者に教えてもらっていた子供達に会いまし
た。なんかその子とは僕も面識あったので、ちょっと嬉しかったです。
この避難所に関して、何かできるかという選択肢として。とりあえず可能性のあるも
のを考えたところ。
ミルク案件(乳幼児のカードはここでもみんな持ってるとのこと・人数把握可能?)
トイレの材料提供(リーダーと話した限り・材料さえ提供すれば自分らで作るとのこ
と)
教室建設(教室といってもテントを作って黒板をつり下げる簡素なものだったので僕
らの財源でも可能??)
食用作物の種提供(空き地が沢山あってはたけに出来そうな場所が多かったので。尋
ねたら、種が欲しい。などという話も出ました。)
以上チャンミコ避難所の調査報告です。
<カンタラナ>
カンタラナ避難所は、首都西方ロウルデスにあり一見普通の街並みなのですが突然街
の一角にバラックの避難民の住居が現れるというような場所です。カンタラナはもと
もとサッカーコートだったらしく、誰に聞いても「サッカーコートへ行くのか?」と
聞かれました。バスを降りて歩くこと、1区画。左に折れて1区画。目の前にバラッ
クが見えてきました。印象としては、非常に貧しい雰囲気を受けました。家を造って
いるトタンが変色して黒っぽくなっていたり、木だとかを張り合わせて家の壁にして
いたりするので。非常に見た目として汚い感じを受けました。ここは非常にこじんま
りとしていて、サッカーコートというだけのことはあって、サッカーコート一区画ぶ
んの面積でした。サッカーコートに足を踏み入れて、すぐの家の前におばさんが居た
ので。誰か事情の分かる人がいるかどうかを尋ねました。親切にも家の前までつれて
行ってくれたのですが、「今日は居ない」とのことでしたが、その前の家に住むおば
さんが「あっちにいるよ」と教えてくれて。サッカーコートの横のビニールシートで
上部を覆ったテントの下でカンタラナの担当のゴンザレスさんと話をしました。聞き
こみ項目は、チャンミコの時と同じです。
<避難所概要>
戸数170戸・住民数600人
<上下水道>
水は届いている。実際聞き込みのあと周辺を回ると、蛇口からの水で洗濯をする様子
が伺えました。トイレも完備されてるとのこと。
<電気>
届いてないとのこと。
<住宅>
もちろん全世帯仮設住宅であるが、現在、恒久住宅にするために、続々と世帯が移動
しているとのこと。移動先として、ビジャ・マドリードという場所に移動しており現
在39世帯が移動して、最終的に50世帯が移動するとのこと。(ちなみにこの数字
は前出の170戸に含まれている。)仮設住宅で雨の被害はどうか?との問いには、
家が浸水してる状況は無いとのこと。家の周りにちゃんと側溝が掘られていました。
<食べ物>
食料の援助は現在入っておらず。ここでも乳幼児用のミルクが真っ先にあげられまし
た。
<教育状況>
町中なので、大丈夫と勝手に判断して調査聞き込みをしませんでした。
<その他>
何か援助をしてくれるのならものなら、すぐに配れる体勢が整っているとのこと。ま
た、医薬品がないので医薬品をもらえないかとのこと。しかし、「病院はあるのか」
との問いに、「無い」とのことでした。
総合的に判断して、この避難所はだんだんと、解消の方向に向かっているのかなぁ。
という判断をしました。ですが、何らかの援助をと考えたときには可能性として。ミ
ルクかな??と思いました。この避難所の状態は、ぱっと見非常に良くないのです
が。何をどういう風に援助するのかという点で。母体が移動中ということで、非常に
難しいなぁと感じました。
以上カンタラナ調査報告です。