・「雇用→解雇→失業」を考える

    景気は底離れを探る局面を迎え、1年あまり続いた金融危機も遠のき、公共事業や住宅投資を中心に経済対策の効果が表れてきている。 しかし、収益力の回復に向けた企業のリストラが依然として個人消費や設備投資の重しになっており、民間需要の自立的な回復力は乏しい状態が続いている。景気は危うさを抱えつつも、回復軌道に乗り始めたという今日の日本経済ではあるが、しかし、98年度に大きく落ち込んだ企業収益の急速な改善は見込めず、企業は生き残りをかけて一段とリストラ姿勢を強めている。こうした動きは短期的には設備投資や雇用・所得環境にマイナスの影響を及ぼし、消費や設備投資などの民間需要に自律的な回復が依然として期待できないのはこのためであると考えられる。そして公共投資の息切れや円高、米株価の急激な調整が景気の腰を折る危険性もあり、日本経済は依然予断を許さない状況下にある。今後、景気は回復へと向かうかもしれないが、企業のリストラに伴う雇用調整は続くと考え、我が国における雇用と失業について考えてみる。
    雇用について考える前に、まずは今日の重大な問題である失業について考えてみたい。
    失業とは働く意志と能力がありながら、就業の機会が得られない状態のことを指すが、「需要不足失業」と「非需要不足失業」に大きく分けられる。「需要不足失業」とは、均衡賃金率のもと、一国経済の総需要が進んで働こうとする人々に仕事の機会を創出するに十分でない場合に存在する。この場合の失業は非自発的失業となる。一方、「非需要不足失業」とは、労働需要と利用可能な労働供給の釣り合いに関わらず存在する。この失業形態には、摩擦的失業と構造的失業が含まれる。また、潜在的失業(不完全失業)というものもあるが、これは農村などできわめて低い限界生産しか示さない労働力を意味し、統計上は失業とみなされない。
    ところで、新しい形の失業(自発的失業)として、現在の日本では「希望退職」という制度をよく耳にする。この制度は欧米でよく見られ、退職金や割り増しのサラリーを付け、再就職の世話をして自発的退職を促す制度である。
    このように単に失業と言っても様々な形態があり、今日問題となっている失業とは、大きくは、やはり、「需要不足失業」のことを指すのであろう。しかし現在の失業問題をよく見ると、単純にそれだけではなく、「非需要不足失業」の摩擦的失業も構造的失業も密接にリンクしているのではないか。
    その証明として、現在の失業はいくつかのタイプに分けられる。
    Type1;コンピューターの普及による情報化の進展で、ホワイトカラー層の雇用が増大した。近年の雇用の動向を職種別に見ると、バブル期ま  では、ホワイトカラー層の構成比は上昇したが、バブル崩壊後はその動きが鈍化し、今度は企業の雇用過剰の面でホワイトカラー層を多く見受けられる。その過剰な人員は削除の対象となる。
    Type2;人口比率の変化による年功型賃金体系の形に無理が生じてきた。89年から97年にかけて企業の支払う賃金総額の変化を賃金水準要因、年齢階層別の雇用者数要因、年齢階層別の雇用者数要因、賃金プロファイル要因に分けてみると、賃金水準要因の変化の寄与が大きいことに加えて高齢者層が大幅に増加しており、高齢者に対する賃金割合が高まっていることが伺われる。つまりは、高給取りの高齢者層が人員削除の対象となり、再就職できず、そのまま失業。
    Type3;「フリーター」という言葉に代表される、若年層の転職に関する意識の変化。総務庁による「世界青年意識調査」では、"不満があれば転職することもやむおえず"とする意見が7割弱を占めるのに対して、"仕事は自己表現の場である"という考えは、3割にも満たなかった。このことから、若年層の仕事に対しての意識の低さが伺え、失業率の増加もうなずける。他にも様々なタイプの失業があるだろうが、これだけで、今日の失業には2つの形態が深く関わって形成されていると推測できよう。しかし、このような状況下では終身雇用制度が揺らぐのではないか。現に今日の日本では終身雇用制度が崩壊、あるいは変容しつつあると言われている。
    それでは、終身雇用制度とは具体的にどのようなものであろう。
    終身雇用制度とは、言葉の持つ語感のために、しばしば外国人の誤解を招くが、企業が従業員の入社から(再雇用などの勤続延長を別にすれば)定年までの長期間について雇用する制度である。生涯にわたり、企業が従業員の面倒を見るということではない。長期(勤続)雇用と言う表現が妥当であろう。日本の企業においての終身雇用は、使用者と従業員間の暗黙の了解と、それを維持したいという期待の上に成り立っている慣行である。
    ではこの終身雇用制度が崩壊し、企業が従業員を解雇する場合に、どんなマイナス点があるのだろうか。解雇はどの産業界にとっても厄介な問題である。企業特殊熟練が関係するのであるが、これは、労働者がたとえ同業種に移ったとしても、同じ能率を発揮するのに多少の訓練を要するからである。また、解雇のコストも多大である。初めに解雇は技能不使用の損失をもたらす。これは失業時の技能の不使用が、社会的なマイナスを産むということである。つぎに、技能を無駄にする損失である。企業がある従業員を不必要とし、解雇する場合は、同様の業務を行う他の企業にとってもその従業員は不必要である確率が高い。そうすると、その解雇された従業員は、他の職種に転職することになり易いのである。また、企業内特殊熟練があればこの損失は起こりやすい。 しかし、石油危機以後の低成長過程において、企業は柔軟な雇用体系を志向しており、終身雇用の基盤はかなり侵食され、変客はしてきているものの、このようなマイナス点を考えると、雇用体系自体が崩壊すると言う議論は正しくない。ただ、現在の我が国では、不況という状況下において、どうしても企業の収益性を確保するために解雇が行われているのであり、これが終身雇用制度の崩壊かというと、私はそうではないと考える。だが、我が国の雇用体系が時代・状況と共に、変容しつつあるのは確かなことであろう。
    それでは、これからの我が国の労働市場に新秩序を構築するためにはどのような方策が必要なのであろう。
    まず、401K制度の導入などによる企業年金におけるポータビリティーの構築が必要である。次に、国がホワイトカラーについての学習支援システムを設定することなどによる普遍的能力の蓄積も重要で、人的資源の活用も今後の日本経済の発展の鍵を握るであろう。さらに、職業紹介機能の拡充、職業能力開発、新雇用先への助成、雇用創出策などによる公的なセーティーネットの整備が必要である。以上のような政策を施し、労働移動の迅速化が求められる。そして、少子高齢化に向かうに当たり、女性や高齢者などの余剰雇用の吸収を目的とするパートタイマーの有効利用や、雇用の安定維持、社会不安の最小化のための適切な長期雇用の存続が必要である。
    このような方策により、これまでの終身雇用制度の良い部分は残しつつも、これからの時代に即した形でこの制度は変容して行くのであろう。


〈〈参考文献〉〉
・仕事の経済学[第2版] 小池和男 東洋経済新報社 1999
・平成11年度版 経済白書 経済企画庁 編 大蔵省印刷局
・知恵蔵 '99 朝日新聞社 1998
・日本経済新聞