火車 遺体を盗む物の怪。葬儀の最中に現れ、死者をさらって行くと言う。 この火車にさらわれた死者は、地獄の底で延々責め苦を味わうことになる。 しかし火車がさらうのは、生前悪行の限りを尽くした者のみである。 明治の終わり頃、紀州(現在の和歌山県の辺り)のとある名主の家で死人が出た。 亡くなったのは名主の祖母であった。この祖母は生前金に煩く、 金の為ならば自分の子供すらも売るような人間であった。 その為、祖母が死んだ時には密かに小躍りする者すらいたと言う。 この地方にはもともと火車の話が多くあったので、人々は皆火車の噂をし家人も火車を恐れた。 しかし名主はこの文明開化の時代に何を言うかと全く相手にしなかった。 はたして葬式の日になり葬儀は滞り無く進んだが、 出棺の際に火車を恐れた家人達が内密に祈祷師や出家を呼んでいたのを名主に知られ、 それを知った名主は怒りそれらを追い返した。 それでも怒りが収まらない名主は、 自ら使用人と人足だけを連れて墓地に遺体を埋葬しに行ってしまった。 人足に棺桶を担がせ名主が後ろから付いて歩いていると、 不意に黒雲が空を覆い始め瞬く間に辺りが暗くなった。 すると今度は強い風が吹いて来て 人足が担いでいた棺桶が持ち上がり 空中に浮かんだ。棺桶はそのままスーッと移動すると突然回転し逆さまになった。 そして逆さまのままに落ちて地面に叩き付けられ 棺桶は粉々になったが、そこに祖母の遺体は無かった。 火車が出たと人々は恐れおののいたが、 火車に祖母を取られた名主はこれを大いに恥じたと言う。 |