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NO.1「暖かい気持ち」おばあちゃんへ NO.2「自分型相手型」 NO.3「白人」へ NO.4「母の日」ママへ NO.5「ダイエット」 |
No.1 − 8/5/01「暖かい気持ち」おばあちゃんへ
超久しぶりに、おばあちゃんから手紙がきた。昔は巻物状に筆で書いた分厚い手紙をよく送ってくれたが、今回のはちょっと違う。「なんだか薄いなぁ」と思って開けてみたら新聞の切り込み一枚が入っていた。他には何も...。それで、ふと思った。「そうだよ,これ、私が言いたいのはこれだよ」って。どんなに時間が無くても相手を思う気持ちがあれば、いつだって一筆も無くたって気持ちを届けることはできる。そのときに忙しいから手紙はかけませんだの、時間が無いから連絡でき無かっただの、言い訳はいらない。4月4日の地方新聞、「知らなすぎる母国・見えてくる日本人の姿?」など、1/4ページ分。でも内容なんてどうでも良かった。それよりそうやって手紙をくれたうれしさに記事を読むのも気がついたら1日後れになっていた。「便りが無いのは良い便り」という。でもそれ以上の何かがこの「便り」には含まれていた。遠い日本で私のことを思ってくれているおばあちゃんに、このありがとうの気持ちを伝えたい、でもこんなところに書いてもコンピュータを使わない彼女にはとどかない。試験や再試験やエッセイやプロジェクトやプレゼンや授業やセミナーや旅行や遊びや、なんだかんだで忙しい私。でもそんな私にもできること。
一枚のポストカードに大きく書こう、「いつも”そこ”にいてくれてありがとう」って。それから「これからもよろしくね」
11/5/01 ママからのコメント
便りがないから友達ではない?でも、今回はすぐ返事くれたんだから良かったね。
(そうです、あなたのこと言っています。身に覚えのある方。そうです、あなたです -Nobby.add)
おばあちゃんはいつも伸江ちゃんのこと思っていますよ。伸江ちゃんの便りもおばあちゃんとても喜んでいます、いつも。
気持ちはあっても、便りを出したり、なんでも行動をおこさなければ相手には届かないですもんね。
11/5/01 パパからのコメント
以心伝心伝えたいことが伝わる事は新聞の切り抜きだけでも伝わり良かったね、自分でもやってみてはいかが、
英語の新聞送ってきても翻訳するだけで日数がかかっちゃうね
笑っちやうね。
No.2 − 10/5/01 「自分型相手型」
世の中には大きく分けて2種類の人間がいるらしい。自分中心に生きる自分型人間:<自分のペースを守りたがり、それを他人にくずされるのが嫌だと思うことが多い。「干渉せず、干渉されず」の傾向が強く、自分の主張を通して行動したがる> と相手中心に生きる相手型人間:<相手のペースに合わせていたほうが、ストレスを感じない傾向が見られる。自分の主張があっても、相手の希望をなるべく優先して、行動する>。果たしてこの2つの違ったタイプの人間がうまくやっていくにはどうしたらいいか。もちろん相手型人間の人は相手に合わせすことでも、ストレスがたまる。でも相手を思い嫌だと思っても相手に合わせる。そんな気持ちは自分中心で生きている人達には分からない。それはいつも「相手」がその人に合わせてくれるからだ。それを分かってくる自分型の人がいたら、その人はすばらしいかもしれない。でもその時点でその人は相手型人間に代わっているともいえる。自分型は同じ自分型タイプの人が「生意気」に見える。でも逆に、相手型には「好感」を抱く。相手型の人は同じ相手型の人に「好感」を持つ。自分型の人には、物足りなさ,何かが違うのではないか、と思う。それでも相手に合わせるのが当たり前に感じる、そうしなければと思う。
このふたつのタイプの人たちが、状況によって「考え方が合わない」と感じる。<「自分軸」の彼と「相手軸」の彼女のカップル。ふたりで共通の友人におくる誕生日プレゼントを選んでいると、彼は「このTシャツ、超カッコイイ!これにしよう!!」と、自分の主観で選び、彼女は「彼にはぴったりだけど、洋服には趣味があるし……」なんて、プレゼントする相手のことを第一に考える。> 相手に合わせるのが必ずしもいいことではない。でも相手を思いやる気持ちがかけていたらそれは良くないと誰もが知っている。自分を知ることは相手と接する第一歩。もし自分がどちらだかわからなかったら、きっと自分中心型だろう。でも確実に知りたかったら「動物占い」で調べるのが手っ取り早いかもしれない。http://www1.noracom.net/uranai/animal/
No.3 − 「白人」へ
Dear white, something you gotta know,
When I was born, I was black.
When I grow up, I am black.
When I'm under the sun, I'm black.
When I'm cold, I'm blcak.
When I'm afraid, I'm black.
When I'm sick, I'm black.
When I die, I'm still black.
you---white people,
When you were born, you were pink.
When you grow up, you become white.
You're red under the sun.
You're blue when you're cold.
You're yellow when you're afraid.
You're green when you're sick.
You're gray when you die.
And you, call me "color"?
アメリカでは「Black」という表現は絶対に使えないそう。なのに白人のことは「white」という。それについてどう思うか、と ”色の濃い”友達にきいたらそれはそれでいい、と言った。ここスウェーデンではあまり関係ない(と思う)。あるネイションが「....」日本語に訳すと「黒人音楽ナイト」といった感じなことを週末によくする。それをスウェーデン語の授業で「黒」という色 = 「svart」を習ってやっと意味がわかり、今まで意味もわからず口にしていた自分に驚いてしまった、とその ”日焼けのすごい”友達は言った。それから「how do they get away with this?」と不思議そうに言った。「they just do」それ以外の答えは思いつかなかった。
「Black Music」と言わないアメリカ人。日本もスウェーデンも「colour」の人口が少ないからなんとでもいえるのか?アジア人、その中間の自分としてはなんだか微妙な気持ちだ。
No.4 − 「母の日」ママへ
明日はいよいよ母の日だ。先週だった、と言う説もあるが私は5月の第2日曜と理解している。さてさて、いざ感謝の気持ちを書こうとするとあらたまっちゃって何もでてこないがちょっと先走ってしまった私はもうEcardを母宛て(とはいっても父も同じアドレスを使っているが・・・)に送った。
恥ずかしいなんていってられない。こんな時だからこそいつもいえない事を言うのだ。今を逃したらまた一年待たなくてはならない。誕生日や結婚記念日とはちょっと違う感謝の日。気持ち悪いことなんて全然無い。愛らしいこと、感謝の気持ち、ありがとう、を言われて気を悪くする人はいない!と保証する。特にそれが親愛なる息子娘からだったら。母が上で言っています。
「気持ちはあっても、便りを出したり、なんでも行動をおこさなければ相手には届かないですもんね。」と。そうですよ。
大好きなママへ
いつもどうもありがとう。何にありがとうってここには書き切れないすべてのことに。
せっかくの母の日、日ごろの感謝をしたくてもママがそばにいない,,,
でも私の感謝の気持ちは変らないよ。 本物のお花を届けられたらいいけど・・・、それはパパから。
私は現代風にママの大好きなお花を送ります。添付ファイルうまく開けたことを祈って。
いつもありがとう&素敵な一日を!
13/5/01 ママからのコメント
きれいで華やかなカードありがとう。まとめて何年か分頂いてしまったようなきがします。
13日 何もなし あいなの親水公園でポピーの花見て写真とったんです
言葉にはださないけれど、お父さんの精一杯のプレゼント、心のリフレッシュさせてもらいました。
No.5 − ダイエット
ダイエットってそういえば何でするのかな?って思うときありません?自分の為?それとも恋人のため?それとも・・・。もちろん健康のためにっているのが一番だとは思いますが、なかなかそうでない理由でやっている人も多いようで。私が「今ダイエット中だから」というと、「え〜」ってびっくりされるのですよ、しかも「あなたはやせすぎだ」って。実際はまぁ皆さんも知っている通りで、それが事実で私は何もコメントできませんが、日本人と外人のこの感覚の差ってとっても大きいですよね。
そんなところに素敵な記事を発見!タイトルは忘れてしまったけれど、女の人の相撲の話。その主人公に抜擢された人のお話。
監督からはこの体が買われて抜てきされたが、「小さいときからこういう体型だったし、自分がステレオタイプの美人じゃないとわかってるから」と気に留めない様子。死にものぐるいでダイエットに励むハリウッドの同年代女優とは対局にいるブリテンは、「体のサイズのことが気にならないのは、きっと、両親や周囲の人に『おまえはきれいだよ。かわいいよ』と愛されて育ったからね」とほほえんだ。
そういえば、あのタイタニックの歌で有名になった、・・・誰でしたっけ? そうそう、セリーヌ・ディオンさん。彼女は昔あまりきれいでなくて、毎日鏡の前で「私はきれい私はきれい」ってマインドコンとロールしたらああなったとか。いや、これは誰か他の人だったか?
私もやってみようかな?えぇ、どうせ効き目ないって?それは大学を卒業するころに分かるかな(笑) もっとも私、鏡嫌いなのですよ、、、 自分を見たくない、というかなんと言うか...。お化けって鏡と繋がっていることアッタリしません?で、誰にも負けないくらい怖がりなので、見たくないのですよ、誰が私の後ろにいるか、って。
これで、ひとつ納得したことがありました。そうですよ、外人と付き合うと楽しい、とかいいなぁ、って思うのは、私を一人の女の子、もしくは女性(もうそんな歳か...)としてみてくれるのですよ、ありのままを。きれいだったら「きれいだね」、かわいかったら「かわいいね」、もちろん、否定的なことも言うけど、それはそれで許される雰囲気をもっている、う〜ん、外人優勢です。
微妙に太っていると感じていて、彼から「やせろ」とか言われると、それがモーティベータ-になるか?なる人もいるかもしれないけど、必ずしもそうでもないよね。それに自分の周りに「今のままで素敵だよ」と嘘でも言ってくれる人がいるのならば、そのありのままの自分を好きになってくれる人と一緒にいたいって思うのが人間の心と言うものだよね!?
英国人にとっていうと、彼らは太っている人が好き。と言うか、「でているところがでている」方がいいらしい。太っていると、余計なところもそうなってしまうけれど、そんなことは「でていなければいけない」ところが大きければいいらしい。あるアメリカ人は「日本人はつまらない、骨が歩いているみたいだ」と。「でているところがでていた方が好き」タイプに当てはめたら、確かにやせている人の多い日本人は彼らにとってつまらないのですね。
そういえば、高校留学で内面的以外に横にも成長してしまった私は横に大きくなればなるほど、“ファン”が増えたのも身をもって経験していますし・・。彼らは「あぁ、そういえば太っちゃったなぁ」という私に素敵な言葉をかけてくれ、逆に「今のがいいよ」といってくれた・・・。もちろんその中で一番(!?)やさしかった人と楽しく過ごしましたよ(若い日の思い出)。
日本に帰って、別にダイエットをしたいとも思わず、でも食生活が変ったら自然にやせていきました。それも環境の差で人の体重は上下する、ということでしょう。もっとも高校時代の女の子は一番太る時らしく、そんな時に留学するのはまちがえだった、と、気づいたのはした後で… でも留学中、太ってしまった私がダイエットする理由なんて全く無かったのも納得ですよね!? そういえばDCSにそのままいる手続きしたっけ。結局は遅すぎて日本に帰ってきたけど、あのままいたら、今頃私はどうなっていただろうか?彼から今のままでいてね、なんて、イワレツズケテイタラ、、、 あの一年で10kg増えたとして、後4年... 簡単に計算して、えっ、40kg増!? ・・・・・・・・・・・・ まぁそのままでいる=あれ以上やせず、太らない、ってことなのですけどね。そんな気持ちの良い太った経験をした私ですが、はじめは何もだべられなくて、体重10kgくらい減ったのですよ、それからは、ストレス、プラス、リバウンド、というやつですかね。(全然太っていい正当な理由になってないけど)
人生って色々あるからおもしろいですよね。それが人の外見がどうのこうのよりもその人の内面的なところで人間関係ができると言いのだけど...実際はそこに地位やルックスなんかも入ってきちゃって・・・。しかも、人の第一印象ってとっても大切らしいです。やっぱり第一印象って目から入ってくるものだから笑顔、きているもの、体格、重視ですよね。私も名前で判断してしまう(たとえば大学名とか)ところがあるので、変えなければいけないところです。
先日某国立K大学の人と、そのお友達でK大に交換留学で一年行っていた人と話て、そのスウェーデン人はK大にかよう日本人に、「あなたはK大というトップの大学に通い、今ウプサラ大学にいる。将来は有望だね。」といっていた。もしや、、この国も名前が先か?見た目が先か?それともこの彼が日本に一年間いて、そのどの大学を出たかで決まる将来を学んでしまったのか?なんだかちょっと悲しかった。果たして私は... ちょっと考えてみると、そのK大学よりはずっと世界的レベルの高い大学を卒業できるハズだし、同じウプサラ大学に今いる。もっとも個人的なレベルは別として取っている授業のレベルから言えば私のやらなければいけないのは2つ(2年分)も上だ。はたして、私の将来はどうなのか?彼にきいてみたかったがやめた。女の子だから将来は無いのか?でもここスウェーデンほど男女平等の国は他にないだろう?日本人のクセして、そこで学んでいないのに文句でもあるのか?海外の大学に行くことで、日本での大学卒業の資格がもらえない。それはdisadvantageなのか?
きっと日本に帰って私が何も言わなければ私が海外でトータル6年間生活していたなんで誰も思わないだろう。でもその経験から学んだことは多く、きっと考え方などは、もしかしたらポイントが違うかもしれない(もとからとも良く言われるが....)。そのすべてを分かってくれる人、ということで、海外留学者はその国の人と結婚するか、自国の留学体験者と結婚する、というコメントも納得できた。もっとも苦労をともにしてきた、という方が大きいかもしれないが...
果たしてこれがダイエットとどう関係するのか。そうです、人は周りにどう思われようとするかで行動を決めることが多いのです。そのなかで外国ではふとっているからってそのステレオタイプの「きれいじゃない」に当てはまるわけでは無いということを別になんとも思わせない環境がある。やせている人が多い日本ではなかなかこの概念、浸透していかにとは思うけれど、、、 あの女優が「体のサイズのことが気にならないのは、きっと、両親や周囲の人に『おまえはきれいだよ。かわいいよ』と愛されて育ったからね」とほほえんだと言うコメントがなんとも印象的で、そんな環境が私の国にもあればいいなぁと日々思うのです。もっとも、私の母に関して言えば、全くその通り、の人なのですけどね(笑)。これじゃ私も変り様が無いって... でもやせている母と「おっ」なんて、毎日体重計を見ながら近づいた、太ったとコメントするのが楽しい、楽しい。きっと笑っていられるうちはまだ太ってない証拠ですかね。
もっとも太った人はよく笑う、って、きっとこの女優のように、幸せな人、多いのでしょうね。そういえば「しあわせぶとり」って言いますもんね(笑)。
というとで、結論的には、周りの人がやせていて、そっちの方がきれいって言う人だらけの日本もどうにかしているような・・・・。実際にどちらが言いのかは別として、自分のなりたいように、見てもらいたいようにいるのが一番だと私は思うのです。でも・・・・やっぱり、スリムでいたいと思ってしまうのは、私だけではないですよね!? (矛盾しているけど...事実です)
そういえばここには体重計がないのです。何kg増えたか、減ったか。まぁ減ったことは無いと思うけど、、、 日本に帰っていつも使っていた体重計で、去年の今頃の体重と比べてみるのが楽しみです。はたして、その結果は? 差値でも後で発表しましょうかね?もっとも記録など無いので、大体、ということになりますが... ダイエットってやせてその値を3年間保って始めて成功らしいです。きっと高校留学以降、別にダイエットもしなかったけど、ちょっとやせて、それを今6年も保っている、ってことは、うん、これが私の基本体重なのでしょう。もっとも自分の20歳の時がベストだって言いますけど、、、それも今と同じでしょうかね? 昔はもっとやせていたのになぁ。でもやせていたい、と思ったときには「まぁこれくらいかな」という状態に。
ひとつやってみたいこと、それはやせて私の顔がどんなに小さくなるか見たい!ということです。整体の先生に「顔、小さいね」、「本当は」といわれてから、ちょっときになるのですよ。それを母にいうと「昔はスッキリしていたもんね」と...。そっか、と、本当の私の顔をみたい!!!(計画進行中)
そこでです、あと一年スコットランド生活が待っている私。果たして今やせるべきだろうか?それとも、太るべきだろうか? 最終的に日本に帰ることを見込んで今から長〜い目で見た規則ただしい生活をする。もちろんいい案です。でもそうしたら来年の今頃はやせてしまうかもしれない、そしたら、また、「やせすぎ」といわれるはめに。太ったら英国にいればいい、やせれたら日本。怖いですね、この選択の道があるところが・・・・。結局はなるようになる、ということでしょうかね。
結論
体のサイズで生活、人生、将来はあまり変りません!?
今を楽しみましょう!ダイエットが楽しい人はダイエットを楽しみましょう。食べることが楽しい人は食べることを楽しみましょう!私は欲張って、両方、します、なんて中途半端なこと行っているからなにも始まらないのですよね...