家族について
ずっと幸福な家庭だと思ってた。思い込まされて育った。一番尊敬する人と聞
かれたら、すぐに「両親です。」と答えていた。わたしの主張や発言は、「反
抗期」という言葉で否定された。それでも幸福な家族でいたかった。家事を進
んでしてくれる祖父。仕事からまっすぐ家に帰ってくる優しい父親。明るくて
働き者の母親。しっかりしてて面倒見のいい私。頭がいい弟。明るい妹。世界
で一番幸せだと思ってた・・・。
全部違った。祖父は元アル中で私のことなんかただのガキとしか思ってない。
父親は私を否定した。私の“治ろうとする意思”を“ただのわがまま”と言い
放った。父には母しか見えていない。私たち兄弟は、母親の付属品なのだ。
母親は私を女としてライバル視している。自分が一番でないと気がすまないの
だ。自分が一番かわいいと思っている。私を自分の子供としてではなく、ひと
りの女として見てしまっている。
兄弟をすぐに比べる。
弟は頭の出来がよくて、勉強なんかしなくてもいい点数を取ってきた。私はそ
んなに頭がよくないから、一生懸命勉強した。それでも満足できるほど褒めら
れた記憶は無い。わたしはまだいい。可哀想なのは妹なのだ。
妹は勉強よりもっと大切な事を知っているのに、両親は妹を見下している。無
理やり塾に入れて勉強させる。ことあるごとに「お姉ちゃんとお兄ちゃんはお
勉強できるのにねぇ〜」と言う。あいつはわかっていないんだ。その一言で、
どんなに妹が傷ついているのか。だから私は妹をかばう。妹は私に懐いてい
る。それでいい。あんなやつに懐く必要なんてないんだから・・・いくら母親だって。
弟は甘えん坊だ。昔から女の子に泣かされて「学校に行かない」とすねた。朝
から起きれずに学校を休んだ。弟は兄という存在にあこがれていた。私は弟の
兄にもなりたかった。がさつな仕草、口調。弟の友達とも遊んだ。でも兄には
なれなかった。私と親しい塾の若い男の先生によく懐いていた。それでもよか
った。弟が幸せなら。両親はたぶん弟を一番かわいがっている。内気な弟のた
めに、弟を私が行く学校の中等部に通わせる。「弟が学校にいかなくなるから
朝は起きていて」と学校に行かなくなった私に命令する。
私は家族が幸せになるための犠牲なのかもしれない。家族が円滑に日々を送る
為には、なんらかの犠牲が必要なのかもしれない。横暴な祖父に、虚勢を張る
父親。父に甘える事しか出来ない弱い母親。精神的に弱い弟。世間的に認めら
れない妹。では、私はなんなのだろう?自分でもわからないなら、偽りの自分
を創ればいいだけのこと。それで家族が幸せならそれでいいじゃない。
大切だから。
どんなに傷つけられても否定されても、私にとってたったひとつの家族だか
ら。みんなが笑っていてくれるなら、私の手首がキズだらけになることも、ク
スリを常用することも、きっとしょうがないこと。
立ち直ったふりをしておけばいい。明るく振舞って、また昔のように幸福な家
族のふりをし続ければいい。今までの数ヶ月間は、私ひとりの過ちであった
と。幸せでありたいと願う両親や、幸せだと思い込まされている可哀想な弟と
妹のために。・・・いや、きっと私のためなのだろう。私だってできれば気づ
かずにいたかった。幸福な日々になんの疑問も持たずに。そこには両親を尊敬
し、兄弟の模範となり、学業に専念する、明朗活発な少女の姿が在った。きっ
とこの幸せな家庭を壊してしまったのは私なんだ。私のせいでみんな悩んでし
まってるんだ。幸福な家庭が崩れてしまっているのは私のせいなんだ。
みんな私のせい。そう思ってしまうのが一番ラクだから。
他人の痛みはわからない。だったら自分が傷つく方がラク。
私が昔通り頑張り通せばいい。頑張っている事にも気づかずに。私が元通りに
なれればそれが一番いいのだから。
私の願いは「また幸福な家族に戻る事」
私が壊してしまったのであろうこの可哀想な家族をまた幸福にすること。仮面
家族で在っても、間違いなく幸福であったから。
そのために私は明るく振舞う精神力を身につけなければならない。
でも、そのためには私はまだ弱すぎる。精神力の代わりに私自身の中で犠牲が
生まれなければならない。他を犠牲にすれば、きっと私自身が後悔するから。
私自身の中の犠牲の表れが自傷行為だったり、薬物多量摂取だったりするのだ
ろう。家族の幸福に比べたら、本当に小さな犠牲。
自傷行為や薬物多量摂取をしなければならないほど、私の心が弱かった。それ
だけのこと。問題が大きすぎるなんていうのは言い訳でしかないから。私が壊
したものだから、私が修正するべきなのだ。もともと在った問題に着手するこ
とは不可能に近いし、それを行うには両親の心は弱すぎるから。
一番簡単で少ない犠牲で済むならそれがいい。その犠牲は他人であってはなら
ない。だから、私が犠牲になるのが一番いいんだ。それは、私の願いでもある
のだろうから。きっと勝手に犠牲になっているのは私なのだ。きっと今まで書
いたことも私のただの偽善なのだろう。
「わたしは可哀想だ」「わたしは家族の為の犠牲なんだ」と被害者ぶっている
自意識過剰な発言なのだろう。「可哀想だな」と周りの人間の同情をひくため
なのかもしれない。本当の被害者は家族の方なのかもしれない。
私は偽善者だ。思い込みの激しい人間なのだ。被害者ぶって他人を傷つけてい
るのだ。本当の被害者を加害者にしてまで。
そういうことでもいい。私の願いが叶うのなら。幸福な家族に戻るなら。
家族が笑っていてくれればそれでいい。
BACK