<ストーリー>
三国志の主人公の一人である諸葛孔明が現代にタイム・トラベルし、探偵の滝田隆一と伊那晃子
とともに活躍する、奇想天外、波瀾万丈のファンタジック・ノヴェル。
その一部をご紹介します。(途中からでおます。カンニンな)
では、はじまり、はじまり。
「はじめまして。伊那晃子と申します。」
晃子は少し緊張したように自己紹介した。
「まあ、別品サンやねえ。隆ちゃん、ええ人見付けたやないの」
さすがに正太の母親である。正太と同じようなことを言う。
「小母さん、まだ、そんなんちゃうんやて。とりあえず、仕事の相棒や」
隆一もいちいち説明するのが面倒になり、事実だけを話すことにした。実のところ自分の気持ちも十分決まっているわけではない、というのが正直な気持ちなのだ。
晃子は隆一のことばに少し引っ掛かるものがあったが、ここで色々言うわけにも行かないので、顔にも出さない様にしている。
「それより、小母さん、聞きたいことがあるんや」
「なんやの。言うてみて」
「昨日、駅の近くの銀行で強盗があったやろ。」
「ああ、あったあった。びっくりしたわ。たまたま通りかかってな。強盗が捕まるとこずうっと見てたんや」
「強盗捕まえた人も見た?」
「ああ見てたよ。丁度わたしと同じくらいの年の人やったけど、えらい変なかっこうしてたわ」
「どんな格好」
「そやなあ、なんか知らんけど、昔の中国の人みたいな格好かなあ」
「髭もはやしてた?」
「ああ、生やしてた、生やしてた」
隆一は晃子の方を向き、
(間違いないな)
と言うように、めくばせをした。
「それでその人、そのあとどないした」
隆一はさらに尋ねた。
「そのあとか。よう知らんけど、何時の間にか姿見えんようになってたなあ」
隆一は、そこまで聞いて立ち上がり、
「小母さん、ありがとう。また、来るわ」
と、言い残し、
「さ、行こ」
と、晃子の体を押すように促して、徳子が止めるのも聞こえないように、さっさとそこを後にした。
「ねえ、どこへ行くの」
晃子は、足早に駅の方に向かう隆一の後を小走りに追う。
「話は電車のなかや」
隆一は後も振り返らず、さらに足を早めた。
駅に着くと、隆一は、さきほど降り立ったプラットフォ−ムにもう一度上った。
「どこへ行くのよ」
「石橋」
「石橋?」
「俺の行ってた大学があるんや」
「大学?」
「そこに、俺の同級生で、東洋史専攻してた野中言うやつが今は助手やってて、たぶん、この時間やったら、まだ居てるはずや」
「東洋史」
晃子は、また、今まであまり知らずにいた隆一の一面を見るような気がした。
「俺はちなみに、中退したけどな」
電車が、ファンという音を鳴らして駅に入ってきた。
時計は7時を回り、まわりはすっかり真っ暗である。
石橋駅に着くと、隆一は念のため大学の東洋史研究室に電話を入れた。野中が居れば、すぐ電話をとるはずである。
晃子は、服部駅で電話すれば良かったのに、と思ったが、口には出さなかった。
「あ、もしもし、野中か。俺や、滝田や。うん。いま、石橋の駅や。ああ。これから行くから待っててや。ほいじゃ」
電話はあっという間に終わってしまった。
「さ、いこ」
隆一はいつも行動が早い。晃子はときどき付いていけないときがある。
大学までは途中から坂になっており、しかも、それほどきつくはないがかなり長い坂である。晃子は途中でくたびれてしまったが、商売が商売だけにそんな弱音を吐くと、また隆一に怒鳴られそうで、仕方なく隆一の後を付いていった。
「あと、どのくらい」
晃子はさすがに息切れしてきて、隆一に聞いた。
「もうすぐや」
晃子は向こうの方を見ると、なるほど校舎らしい建物の灯が見える。その手前にはテニスコ−トがあるようだ。
「あら、テニス部もあるのね」
晃子はテニスが好きで、休みには必ず家の近くのスポ−ツクラブのテニスコ−トに通う。それも最近は休みが少なくてなかなかいけないのが不満である。
隆一は相変わらず早足で進む。
テニスコ−トのすぐ後の、少し高いところに一つ建物があるが、それは隆一のめざすところではないらしい。右手に池があるようだった。
少し行くと広いところに出た。いくつかの建物の間にある道路を真っすぐ突っ切って右に曲がると、そこがどうやら目的の東洋史研究室のある建物であるらしい。
いくつかの窓にまだ灯がともっている。
建物のなかに入るとすぐ左に曲がり、階段を上る。しばらく歩くと、東洋史研究室、という札がかかってある部屋があった。
隆一はノックもせずにそこに入ってゆくと、すぐに
「野中、俺や」
と、声をかけた。
本棚の向こうから返事があった。
「こっちだ」
ふたりが本棚の向こうにゆくと、毛むくじゃら、が現れ、一瞬晃子は身を引いた。
「あれ、連れの人?」
野中は低い声で隆一に尋ねた。
「まあな」
「なんと綺麗な人だな」
晃子はとたんに気分が良くなって疲れもフッ飛び、バカ丁寧に、
「伊那晃子と申します。いつも滝田がお世話になっております」
と、深々とお辞儀しながらあいさつをした。
「いや、こちらこそ。野中亮と言います」
野中は少しあわてたようで、少し顔も赤らめていた。そのことばに訛りがあるようである。
「東北のかたですか」
「そう。秋田です。やっぱりわかりますか」
「ごめんなさい。わたし、訛りの響きって好きなんです。東京生まれなものですから、故郷って感じじゃなくて、みんなが羨ましくて。」
「それにしちゃあ、関西弁は嫌いみたいやないか」
隆一はチャチャをいれる。
「関西弁は別よ」
「わたしも、なかなか関西弁は使えません」
野中はいかにも朴訥としたしゃべり方である。晃子はますます好感を持った。
「そうなんや。こいつはもう10年以上大阪に居てんのに、全然関西弁使えんのや」
「使わなくても言いわよ、関西弁は。ねえ、野中さん」
晃子はあくまで関西弁は好きになれないようである。
「東北のかたってみんなそういう素朴な話し方をされるんですか」
晃子はもともとは東北出身の知り合いがなく、一度聞いてみたいと思っていたことを聞いてみた。
「そうでもないですよ。家族どおしなんかは却っておしゃべりなくらいですよ。たぶん、ほかの地方の人とは、訛りを恥ずかしがって口が重くなるんじゃないですか」
「そうですか。寒いから口が重いとか、ことばも省略した方言が多いとか聞きますけど」
「よくわかりませんけど、家のなかは暑いくらいに暖めますからね」
隆一は、二人のやりとりを黙って聞いていたが、はっと気付いたように、
「そや、そんな話してる暇やない。野中、実はな」
と、意気込んで話しはじめようとすると、野中は静かにそれを制し、
「待て待て、言わなくてもわかってる」
と言って、一冊の本を本棚から取り出した。
三国志の一冊である。
「あ、そやった。流石は野中や」
「どういうこと」
晃子は二人の会話に、狐に摘まれたような想いである。
「ああ、そうか。つまりな、おれの聞きたかったのは孔明の詳しいことやったんやが、野中はすでにわかってたんや。野中はな、予知能力があるんや」
晃子は、昨日からの出来事の数々に、かなり免疫ができてきたようでそれほど驚かない。しかし、目の前に座っている、見るからに素朴な大学助手にそのような超能力があるとは、到底思えない。
「知りたいのはな・・・あ、それもわかっとるわな」
野中は、すでに三国志のあるペ−ジを開いていた。諸葛孔明が、かの出師の表を読み上げる場面である。野中がその終わりの辺りを読みはじめる。
隆一はそれを、じっと聞いている。
野中が読みおわると、隆一はすぐに立ち上がって、
「ありがとさん。また連絡するわ」
と、言うと、晃子に声をかけることもなく研究室を出ていった。
「それじゃ。」
晃子はあわてて野中に一礼し、隆一の跡を追った。
「ちょっと、待ってよ」
斟酌損益し、進んで忠言を尽くすにいたりては、すなわち、ゆう之・い・允の任なり。 願わくは陛下臣に託するに、討賊、興復の効を以てせられよ。効あらざれば、すなわ ち臣の罪を治め、以て先帝の霊に告げさせ給え。もし興徳の言なき時は、すなわちゆう 之・い・允らの咎を責め、以てその慢を顕させ給え。陛下また宜しくみずから謀り以て 善道を諮しゅし、雅言を察納し、ふかく先帝の遺詔を追わせ給え。臣、恩をうくるの感激にたえざるに、今まさに遠く離れまつるべし。表に臨みて、涕泣おち、云うところを 知らず。
(吉川英治「三国志」より)
孔明は何のためにこの時代にやってきたのか。
これが、隆一にとっては最初からの疑問だった。
わざわざこの時代を選んだのは何か意味があるに違いない。いずれにしても実際に孔明と出会い、言葉を交わしたものとしては、それを早く知る必要がある。それを知らないかぎりは孔明が本物かどうかも確かめようがない。いや、最早そんなことはどちらでもよいのかもしれない。
出師の表の一節を聞いたとき、孔明は誰かに会うために来たのではないか、と隆一は考えた。これは孔明に確かめるしかないが、自分の直感に狂いはない、と思っていた。
梅田に向かう電車のなかに、隆一と晃子は座っていた。8時を過ぎた頃だが、不思議とすいている。十三に停まったとき、隣の車両から乗りこんで、隆一たちの方にやってきた男がいる。すこし痩せたような感じはあったが、確かに孔明である。
孔明は隆一たちに気付かないように、さらに隣の車両の方へ向かおうとした。
「おっさん!」
通りすぎようとする孔明に、隆一は怒鳴るように声をかけた。ところが孔明は何も聞こえないかのように通りすぎて隣の車両に移っていった。
「おっさん!」
隆一はもう一度叫んで隣の車両に追っていったが、すでに孔明の姿はなかった。
途端に車外で閃光が走る。隆一は反射的にしゃがみこみ、後を向いて晃子の方に向かって叫ぶ。
「身を伏せろ!」
言い終わらないうちに、大音響とともに車両が跳ね上がり、隆一は咄嗟に近くの棒に掴まった。回りをよく見るとほかに乗客はない。そして隆一の乗っている車両が浮かび上がり、猛烈なスピ−ドで上昇していく。必死になって棒にしがみつきながら窓の外を見ると、どうやら舞い上がったのは隆一の乗っている車両だけらしく、遥か下の方にほかの車両が見えた。
(晃子大丈夫やろか)
隆一は窓から下の方を見ながら、晃子のことを心配した。
隆一を乗せた車両はなおも上昇を続けていたが、今度ははるか上の方から、青白い、柔らかな光が車両を包み込むように照らしはじめた。やがてその光を発しているのが、直径10キロはあろうかというような、巨大な円盤であることがわかった。やがて光の出ているところに車両は吸い込まれ、大きなハッチが閉じて車両は停止した。
隆一はいつのまにか気を失っていたらしい。気が付くとかなり広い部屋のなかで、ウォ−タ−・ベッドのようなもののうえに横たわっている。外気もそうだが、そのベッドのようなものもほの暖かい。布団はおろかシ−ツさえないのに、まるで暖かい羽毛布団にくるまっているかのようだ。
その部屋にはほかに何もなかった。部屋といえるのかどうか、そこにはドアらしきものもない。壁や天井さえもあるのかないのかはっきりしない。それでいて、やはりそこは区切られた部屋であることが感じられる、そういった空間なのだ。
突然、壁らしい辺りの一部に穴が開いて広がっていった。向うから孔明が入ってきた。どうやら穴はドアのようなものらしい。
「どうかね、気分は。」
孔明は、それまでとは全く違う、シルクでできたような、ふわっとした純白のドレスのような服を着ている。縫い目もないようである。
「どうかね、といわれたって、何が何やら、さっぱりや」
隆一は、話しながら、思ったより自分が落ち着いていることに気付いた。かなり長い間眠っていたのかもしれない。隆一はよく気功をやるのだが、それはちょうど、気功をやり終えたときのような気分である。
「そんなに長く眠っていたわけではないのだよ」
孔明は、隆一がたった今考えたことを知っているかのようである。そういえば、さっきから孔明の口は動いていない。孔明のことばは、直接隆一の心に響いて聞こえるようである。隆一は、自分も口を使わずに話そうと思ってみた。
「テレパシ−、ていうやつやな」
「そうだ」
うまくいったようである、孔明の口は相変わらず動いていない。
「通常の口から発することばというのは、振動だ。空気を発して声帯を振動させ、唇や下を使って色々なことばにし、それがさらに空気を振動させて伝わらせ、相手の耳の器官を振動させる。それで創めて、ことばとして相手に認識される。」
「なるほど」
「テレパシ−も同じだ。ただ、振動の媒体が違うだけだ」
「それはそうと、晃子は無事やろな」
「もちろん無事だ。そこにいる」
隆一は、そういわれて反対側を見ると、なんとそこに晃子が立っているではないか。
「なんや、ここに来てたんかいな。」
隆一は、今度は口を使って叫んだ。が、晃子は答えない。ただ、やさしく微笑むだけだった。
「彼女はいまは眠っている」
孔明がまたテレパシ−で隆一に告げる。
「なんやて。ちゃんと目開けてるやないか。」
しかし、隆一がもう一度晃子をよく見てみると、微笑んで入るようだが、その目は確かに閉じており、眠っているような感じはする。隆一にとっては、不思議な感覚であった。 晃子は、孔明と同じような服を纏っている。そして、ふと気付いたように自分の体を見ると、やはり同じような、純白の服を着ていた。
「さあ、これからすばらしいことが始まるぞ」
孔明は、めずらしく上気したような顔をして、今度は口を使って話した。隆一は、テレパシ−を使うのに慣れていないせいか、疲れるように思っていたので、これ幸いとばかり口を使い、
「なんや、それは」
と、叫んだ。孔明は、それには答えず、というよりもそれに答える代わりに、両手を大きく挙げ、隆一にはわからない、なにか呪文のようなことばを唱えた。ことばはわからないが、しかし、隆一の心を突き動かしゆさぶるものがあり、覚えずこころが熱くなるのだった。
ふと、晃子のほうを見ると、すでに目をしっかりと開き、神妙な面持ちで隆一の顔を見つめている。そして、手を差し伸べて、隆一の胸のうえに手を置いた。隆一の心は更に熱くなり、涙がこみあげてくるのがわかった。
隆一は、無意識のうちに立ち上がっており、晃子の差し伸べていたてを握っていた。
孔明の声がもう一度響く。
「さあ、これからすばらしい儀式が始まる」
気が付くと、ベッドはなくなっており、辺りは一面の花畑になっている。つまり、部屋のなかではなく、見晴らしのよい高原のようなところにいるのだ。
明るく晴れてはいるが、太陽はなく、空のようなものに覆われているが、青い色ではない、薄い薄い緑のような、ちょうど鴬色に似た色の空間である。その空間の彼方から、突然眩しいばかりの白い光がやってきた。そして、まず、孔明を包み、その後、手をつないで立っている二人を包んだ。
隆一は体が壊れるような衝撃を覚え、とめどなく涙が流れ落ちた。晃子も隆一ほどではないが、頬を伝う涙を拭うこともせず立っている。
孔明が静かに近付き、不思議な仕草でもって二人の前に膝まづいて敬礼をするような格好をした。ふたりはその不思議な敬礼を見つめながら、まだ止まらぬ涙を少し手で拭った。立ち上がった孔明に対して、ふたりとも思わず会釈した。
隆一は、自分自身や目の前で展開される事柄が信じられないような思いだったが、考えてみれば孔明と出会ってからはそんなことばかり起こっているのだからと思うと、ずいぶん気持ちも落ち着いてくるようだった。涙もいつの間にか乾いている。
孔明が右手を差し出すと、その掌には金色の指輪がふたつのっている。二人はそれをひとつずつ取り、あたりまえのことのようにお互いの右手の薬指に差し入れた。
「さあ、両手を挙げて」
孔明に促されてふたりは手を繋いだまま両手を高く掲げた。
「これで、儀式は終わりだ」
孔明は、静かにふたりに告げる。気が付くと、まわりはもとの部屋のようなところに戻っている。二人の心を深い安堵の思いが満たしている。ときが止まるような気がする。
「40日後にまた会おう」
孔明はそういうと、かき消すようににいなくなってしまった。二人は意識が遠退くのを感じた。
次に隆一が気が付いたのは、ホテルの一室らしい部屋のベッドのうえだった。
窓が開いていて、しなやかな風が隆一を包んでいた。