帰省 (2001年5月9日)


 連休に、四国の愛媛に帰省してきました。家族で行ったのは、父の亡くなったとき以来です。

 車で大阪まで行って、大阪南港というフェリー埠頭から愛媛の東予というところまでフェリーです。
 港から実家までは、車で15分くらいなので、便利ですが、やっぱり、大阪まで車で行くのは、大変です。
 「づがれだーーー」、って、感じ。
 休みながら行くので、東名高速が空いていて、12時間。  今回は、行きは空いてましたが、帰りが、厚木あたりから30キロくらい渋滞していたので、大阪を朝6:00に出発して、自宅に着いたのは、夜10:00近くでした。(^^)
 でも、田舎に帰って、リフレッシュしたのでしょう、帰りのほうが、体が楽だったような気がしたものです。

 お袋とも、いろんな話ができました。
 わたしの実家は、天理教という宗教の教会です。ですので、その類の話もします。
 さすがの私も、母親の話には逆らえません。小学校のときは、登校拒否で苦しめましたし、中学のころから、天理教の信仰は、ほとんどせずに、第二反抗期もひどかったし、おまけに、大学のころから聖書を勉強したりして、親不孝そのもののロクデナシでしたけども。
 ちなみに、大学のときは、天理教の本部から奨学金をいただきましたし、(留年したので、とめられてしまいましたが)教会の息子なので、もちろん、信者として登録されたままです。間違いなく、不良信者ですねえ。
 帰省すると、特に、お袋と話すと、日ごろの悪逆非道ぶりを反省させられることばかりです。反省して、改められたらいいのですけど、なかなか続かないのも、いつものことです。

 また、帰省したら必ず会う友達と話しましたら、PTAの会長をやっているそうで、つきあいも多く、前日(当日)も、午前3時半まで飲んでいたそうです。
 人づきあいのいいヤツで、例の、米原潜に衝突されて沈没した「えひめ丸」の行方不明者のお母さんが、われわれの同級生なんですが、彼女に対する義捐金を、代表世話人になって、集めたりしていました。
 それから、海にも行きました。四国は、真中に四国山地があって、平野が狭く、海も山も近くに迫っています。
 そこは、遠浅の浜で、ちょうど潮干狩りをやってました。ただ、最近は、有料のようで、おばさんが、集金に回ってくるそうです。
 その浜は、大学のころに帰省したときの思い出の場所のひとつです。ハハ。

 あと、最近、ハーブ・ガーデンができたと聞いていたので、そこにも行ってきました。
 ラベンダーを中心に、いろいろなハーブが、広い敷地に所狭しと咲いていました。ほんとうに心安らぐ思いでした。敷地内にあるレストランで食事をしたのですが、そこからの眺めも美しかったです。ただ、そのとき頭に浮かんだのは、ゴルフ場のレストランからの眺めでした。(^^;)

 やっぱり、田舎はいいなあ、しかし、次回からは新幹線にしようかなあ、などと、思いながら、渋滞した東名高速をトロトロと走ってまいりますてえと、(唐突に、落語調)どこだったか忘れました(足柄か海老名)が、東名高速のサービス・エリアで、オジサンたちのバンドが、ベンチャーズや加山雄三などのナンバーを演奏してました。
 懐かしいやないかい、と、思わず、聴衆のひとりとなっておりました。
 エレキ・ギターが4人(うち、リードがひとり)で、ベースとドラムの、計6人でした。
 とても息が合っていて、一緒に長くやっているんだろうなあ、と感心しました。
 リードの人は、メチャ、かっこよかったです。
 みんな、40−50歳くらいみたいでした。オジサンたちも、がんばってるなあ。

 そんなこんなで、悲喜こもごも(?)、とても和やかな気分にさせてくれた帰省旅行でした。






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