流星雨 「夢唄」より (1999年5月26日)

 愛はひとときのまぼろしの呼び名でなく
 永久にめぐり来る季節のようなもの


最後の、「今も 愛している 君に 逢いたい」というフレーズがとても好きだ。
別れた人を思って歌う唄は多いが、この曲は特に優しく、そして切ない。
「雨の夜と淋しい午後は」でも書いたが、好きなまま別れざるをえなかった、ということでもないのだろう。
けれど、別れたからには何か理由があったに違いない。
その「わけ」を思い出せないほど愛したことも、同じだろう。

ところで、好きなまま別れざるをえない、という状況は、たとえば、どういうものだろう。
許されぬ恋。
たとえば、昔なら「身分が違うから」ということもあったろう。
今は、たとえば、そう、不倫もそうかもしれない。
賢明にも、泥沼に落ちる前に別れようとすれば、それこそ心が引き裂かれるような思いがするに違いない。

人間の心は不思議だ。
たとえ不倫と言われようと、惹かれるものはどうすることもできない。
古い言葉だが、悲しいサガ、と言える。
最近は、不倫さえある程度容認されるような状況になってしまっているが、どのような形であっても、 別れるのは容易ではない。
それほど、愛は強烈な力を持っている。

真実の愛。
響きはいいけれど、そう簡単ではない。
しかし、だからこそ、永遠にさがし続けるべきものなのだろう。

ゆ・ら・ぎ 「夢唄」より (1999年5月24日)

 生命なくしても 生命うらまない
 生命のせいではなく 僕のせいだから


この歌詞を読んで、まず、理解できない、という人がいるかもしれない。
すべてを「僕のせいだから」というのは、聞きようによっては、嫌みに聞こえるのだろう。
自虐的だの、偽善者だのと言われるかもしれない。
わたしはこれを読んだ時、どこからこういう発想が出てきたのだろう、と考えた。
すべてを自分のせいにする、というか、自分の責任として捉えるのは、信仰者であれば、いわばあたりまえ のことかもしれない。
あたりまえでなくても、何かあったら自分のことを反省するのはよくあることだ。
反対に、すべてを他人のせいにするのが、共産主義者、と言える。

それはともかく、さださんがどうしてこんな発想をするのか、である。
アルバムのライナー・ノート(解説書)を読んでも、それはわからない。
わからないが、ひとつだけ、はっきり言えることがある。
さださんは、「何をしたか、ではなく、どう生きたか、だ」と言う。
これがすべてとは思わないが、その「生き方」が、ここにわずかに表現されているのだろう。

二軍選手 「夢の吹く頃」より (1999年5月18日)

 彼は心から野球を愛してる
 僕は心から歌を愛してる


「さだまさしの、涙の感動ベストテン」というのを、最近勝手に考えた。

寒北斗、退職の日、償い、案山子、療養所、空蝉、驛舎、親父の一番長い日、第三病棟、二軍選手 (順不同)

この中で、今日は「二軍選手」について書こう。
これは、売れない二流の歌手と二軍投手の友情を描いたものだ。
その友情は、もちろん、慰めや励ましはあるものの、それぞれがお互いの夢をめざす、というのが中心になっている。

さださんには、「夢」ということばがタイトルにつく曲やアルバムが多い。
この曲が収められている「夢の吹く頃」もそうだ。
さださんの魅力のひとつは、自らが夢を持ち、その実現のために生きている、ということがある。
誰しも夢があり、それを実現するために生きたい、と思う。
現実はなかなか厳しいけれど、だから、そういう生き方をしている人に惹かれるし、憧れる。

「夢」とはなんだろう。
そのひとつの答えが、最初に引用した歌詞にある。
めざすものを「心から愛してる」、そのめざすものこそが「夢」、なのだ。
たとえ注目されたり評価されたりすることがなかったとしても、それを心から愛し、めざし続けることこそが、 夢の実現なのだということを、この歌は教えてくれる。

わたしの夢?
わたしは、書くことが好きだ。それで昔は、新聞記者を本気で目指していた。
いろんな事情でそれはやめた。
けれど、そう、こうして書いていることこそが、夢の実現なんだ。たぶん。

雨の夜と淋しい午後は 「夢の吹く頃」より (1999年5月18日)

 別れの理由を思い出せない
 あれ程 熱い恋も知らない


「理由」は、「わけ」と読ませている。
わたしが、さださんの歌を初めて聞いたのは、高校3年生の頃と思う。
ちょうどグレープが解散する頃だ。(これでトシがばれた)
1980年くらいまではよく聞いていたが、その後は時々聞くくらいだった。
それが、去年からまたよく聞くようになり、この2ヶ月くらいは、聞かない日がない。
そのキッカケとなったのが、この歌だ。

「別れの理由を思い出せない」恋というのはどういうものだろう。
好きなまま別れた、というわけでもなさそうだ。
それほど、「しあわせだった」という気持ちが強く残っている、ということかもしれない。

恋が破れたとき、相手を恨んだり憎んだりすることがある。
わたしは、幸いと言うべきだろう、そういう経験はない。
相手の気持ちが早いうちに冷めてしまった、などということもあったが、それでも恨んだりすることはなかった。
思い出すこともほとんどないけれど、思い出しても、ただ懐かしく偲ぶばかりだ。

おそらく、人生は出会いと別れがすべてであり、むだな出会いなどなく、また、無意味な別れもない。
だとすれば、その人と出会ったことに、感謝こそすれ、恨むことなどできない。
これは男女の間だけに限らない。
そういう感謝の思いに満たされた時、人は、ほんとうの幸福に、ちょっぴり包まれるのかもしれない。

寒北斗 「Glass Age」より (1999年5月12日)

 二本目の徳利を差し出せば お袋は座ったまま眠ってる
 胸をつかれて不覚にも 涙ひとつこぼれました


わたしは、この曲を聞いて、鳴咽するように泣いた。
何度聞いても、上の部分に来ると、「胸をつかれ」る。
涙が出るほど感動する曲というのはあるものだが、さださんの曲には多い。
学生の頃、「案山子」や「驛舎」を聞いて、自然と涙が出てきたことを覚えている。
明るい感じの曲でも、「第三病棟」や「極光」など。
数え上げればきりがない。

誰しも家族愛には惹かれる。
生まれた時からしあわせな家族関係を持てた人は、素直に家族のことを愛せるし、 不幸にしてそういう関係を持てなかった人は、少し屈折した形かもしれないが、 やはり家族愛に惹かれる。
生まれてすぐ接するのが家族であり、血のつながりもある。
この社会を構成するのも、個人というよりも家族だ。
家族よりも個人だ、と考えはじめたところから多くの問題が生じてきている、とも言える。

ともあれ、わたしは、最近になって初めて、両親のことを素直に慕えるようになった気がする。
それは、父を亡くし、母が病気であることも影響しているのかもしれない。
しかし、たぶん、わたしが彼らの気持ちをほんとうに理解できるようになったからなのだ。
そして、それは気の遠くなるような時間の積み重ねが必要なものなのだ。
今の私は、素直にそう思う。

白夜の黄昏の光 「心の時代」より (1999年5月11日)

 ネナナの町のアイス・クラシックが終わり
 アラスカに遅い 春が帰るけれど
 なぜかあなたひとりだけが 帰らない

亡くなったカメラマンのことを歌った歌は、これ以外にも「夢の轍」の「極光」がある。
実は「夢の轍」を聞いたのは最近なのだが、オーロラを漢字で書くと「極光」というのも、 最近、別の機会に知った。さださんのは、当て字かと思っていた。まあ、もともと当て字なのだろうけれど。
また、アイス・クラシックということばも、この曲で初めて知った。
流氷の軋む音をさして言うのだと理解しているが、(違っていたら、さださん、ゴメンナサイ) とても響きのよいことばだ。

オーロラを撮りにアメリカに渡った冒険者たち。
誰しも「夢」があり、「憧れ」がある。
わたしも、昔はアメリカに憧れた。
そして、それは社会人になってほどなく実現してしまい、その後幾度かアメリカに行くことになった。
アメリカの中でも、ニューヨークとサンフランシスコが好きだ。
ニューヨークはビルが林立する、一種殺伐とした街だ。きれいな街とは言い難い。
けれど、その都会の中の都会といった姿が刺激的で、とても惹かれるのだ。住みたいとは思わないが。
住みたいのは、サンフランシスコ。雨が少なく、ひどく明るい。ニューヨークよりはるかにきれいだ。
(アメリカに限定しなければ、最も住みたいのは、ドイツ。スイスもいいと思うが、列車で通りかかった だけなので、よくわからない)

このような憧れは、いまだにあるけれど、冒険をしようとは思わない。
第一、今は、アメリカやドイツに住もうと真剣に考えることすらない。日本がよいのだ。
彼らは、冒険をしたい、と思ってそうしたのかどうかわからないが、たぶん、何かきっかけがあったのだろう。
さださんが中国に行きたいと願ったのも、わたしがアメリカに憧れたのも、そうだし、誰だってそうだろう。
しかし、そのようなきっかけ以上のものがあるように思われてならない。
それは、われわれ一人一人のルーツに関係があるのかもしれないし、魂に関係があるのかもしれない。
それが何かははっきりとわからないけれど、「自分が何か」を知るためにも、自分のルーツを見極めたい、と思うのである。

時計 「逢ひみての」より (1999年5月11日)

 花束を僕に投げてよこして 仲間たちがどっと笑った
 不思議だね 僕もちゃんと笑えた


空港を舞台にした曲は、「風見鶏」の「最終案内」と「Glass Age」の「虹の木」に続いて3曲め、 と、ライナー・ノートにもある。
それと、結婚する恋人に贈る、といった内容の曲は多く、非常に対照的と思えるのが、 「心の時代」の「君が選んだひと」。

      僕のことじゃないのに
      どこか とても幸せなんだ

「時計」では、あきらかに傷つき倒れかかっているような感じだが、「君が選んだひと」では、 暖かく見送る、というところか。「恋が愛に変わってゆく」のだ。「恋愛症候群」にも 同じような考え方が示されている。
「奪うのが恋」であり、「与えるのが愛」という。
「惜しみなく愛は奪う」ということばもある。
「エロス」と「アガペー」と言い換えてもいいだろう。
けれど、わたしは、そう簡単なことではないと思う。(誰も簡単だとは思ってないだろうが)
ただ、言えることは、男女の愛は、悲しい結末を迎えることが多い、ということだ。
もちろん、老人になっても仲睦まじい夫婦はいるし、逆に、親子関係でも、お互いにうまくいかないことは多いだろう。
しかし、イメージとしては、やはり、男女の愛ほど難しいものはない、というのが正直なところだろう。

人を不幸にするのは、ほんとうの愛ではないだろう。
だから、いくら「失楽園」の作者が、純愛を描いたのだ、と言ったとしても、不倫は不倫である。
それでも、年齢や立場など関係なく惹かれ合うのが男女であって、簡単に割り切れるものではない。
幸福を求めるのが人間であり人生であるとすれば、やはり人間は、救われるべき存在なのではないだろうか。

イーハトーヴ 「逢ひみての」より (1999年5月10日)

 早池峰山 遠く雪化粧
 あなたは 出てゆくと決めた

 イーハトーヴ 春風吹いて
 あなたは 傷ついて帰った

「さだまさし応援歌」はじまり、はじまり。パチパチパチ
少し古い曲ですが、この曲から始めます。理由は、・・・ヒミツ

宮沢賢治にモチーフを得た曲がいくつかありますね。2枚目のソロ・アルバム「風見鶏」の中の「セロ弾きのゴーシュ」が初めてでしょう。
わたしはそのころ賢治をほとんど読んでおらず、昨年、「セロ弾きのゴーシュ」の原作を初めて読んで、全くイメージが違っていたので驚いた経験があります。
考えてみれば、あたりまえなんですが。
さださん自身も、賢治がお好きなようです。「さだまさし全一冊」冒頭の、「好きな・・・ベスト3」の「作家」のところにも出ていますし、 例の長崎の「ピース・スフィア」も、賢治の原作「貝の火」から「貝の火運動」と言ってますね。

賢治は、いろんな顔を持っています。
最初、地質学者として出発し、それから教師となり、最後は、農民となって田畑に入り、農学概論という話を、農民たちにしたり、 若い農民たちと楽団を組んで演奏会をしたりしています。
もちろん、その間、詩や童話を発表していくわけです。
さださんは、生徒たちと学校生活を楽しむ教師の頃の賢治が好きなようです。

わたしは、正直なところ、賢治の童話や詩が、それほど好きではありません。
司馬遼太郎など、どちらかというとハッキリした文体に慣れたわたしには、賢治はとても重く感じたり、違和感を覚えたりするのです。
もちろん、高校生くらいに教科書に出ていた「注文の多い料理店」や「よだか」は、非常に心惹かれました。 (「よだか」は、わたしの読んだ「ザ・賢治」という一冊ものの全集では、「ぶどしぎ」というタイトルでした)
一連の著作にあらわれている「自然との共生」というテーマなどは、現代でも通じる考え方でしょう。

さて、「イーハトーヴ」です。
ある賢治の研究者が、「銀河鉄道の夜」は、賢治の、妹としに対するレクイエムだ、と書いておられました。
なるほど、そうかもしれません。
それを知って、さださんの「イーハトーヴ」を聞いた時、これは、妹としの思いを歌ったのか、と、一瞬思いました。
実際には、明らかに男女の恋の唄ですが、そういう読み方をしてもいいのかもしれません。
賢治は、一生独身で過ごしましたが、それは、若くして死んだ妹を誰よりも愛していたから、と言われているのですから。







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