海外旅行の足跡    

1991年 12月 @ ハワイ ヒルトンハワイアンビレッジ 日本旅行
1992年 2月 A ロンドン・ローマ・パリ 大手旅行会社のツアー JTB
1993年 2月 B ロンドン・ローマ・ジュネーブ・パリ 60人ぐらいの大所帯だったが、安かった 阪急トラピクス
5月 C 香港 アジア初体験 新日本トラベル
7月 D シンガポール グッドウッドパーク 日本旅行メディア
11月 E アメリカフロリダ ディズニーワールド NW大阪〜デトロイト就航記念ツアー JTB
1994年 2月 F 香港 ホテル日航香港 JTB
3月 G 韓国ソウル(ロッテワールド) 2泊3日だったが濃い旅 JTB
7月 H ハワイ ハイアットリージェンシー 京阪交通社
1995年 2月 I ロンドン・パリ 個人手配 ホテル充実 JTB メディア
11月 J ハワイ シェラトンモアナサーフライザー 京阪交通社
1996年 8月 K グアム ハイアットリージェンシー JTB
1998年 3月 L スペイン周遊 少人数である意味濃いツアー 全日空ハローツアー
2001年 3月 M カナダ ナイアガラ・バンフ・バンクーバー JTB
2002年 8月 N ハワイ ハレクラニ JTB
2004年 7月 O 上海 フォーシーズンズ 上海 ANAセールス&ツアーズ
2005年 3月 P ニューヨーク シェラトン ニューヨーク ANAセールス&ツアーズ
5月 Q ハワイ ハワイ島:ヒルトンワイコロアヴィレッジ
ホノルル:ハレクラニ
JAL PAK I'LL


1991年 12月  ハワイ
宿泊: ヒルトンハワイアンビレッジ タパタワー
 初めてハワイに行く。初めての海外旅行はハワイで・・・と思ってたのでそのとおりに行った。
知人の人に手配していただいたのだが、なぜか成田経由でしかもUAのマニラからのちょっとディープな飛行機での初フライトだった。
安く行けるということであったが、今考えればなぜあのツアーだったのかという疑問も残るが。
行きはほぼ満席であったが、帰りはほとんど乗客がいなかったのでゆったりとシートを使えたが、成田から大阪までの飛行機の乗り継ぎが非常に悪く、疲れ倍増した記憶がある。
しかも、成田経由のマニラ行きということもあり、乗客も乗務員も今考えればディープだったかも。
ヒルトンハワイアンビレッジに宿泊、あれもこれもと旅行へ行くまでは思ってたが実際は時差ぼけのため、日が経つにつれ食欲低下。ああ・・・これが時差ぼけなのかと思ったり、初めてのフライトは、降ろしてくれ〜と途中で何度も思うくらい辛かった。しかし、これでもさらに行きたいと思わせる魔力がある海外旅行にはまるのであった。

1992年 2月  ロンドン・ローマ・パリ
 「なにはともあれロンドン・ローマ・パリ8日間」という旅行会社最大手のツアーに参加。朝集合が大阪空港朝6時30分には参ったが、やっぱり海外はいい!と海外旅行への目覚めの旅行だった。もちろん、6時30分集合ということで、タクシーで空港まで行った。まだ開いてない空港の外で待つ感じは不思議な気分だった。
大阪から羽田空港へ、さらに羽田からバスで成田へ。そして成田からBAでロンドンへという、結構厳しい道中ではあったが、添乗員がいたので、楽チンの旅。(帰りもその逆のコースで結構きつかったが)
初めて見るロンドン塔や、エッフェル塔、スペイン広場は刺激的だった・・・添乗員さんがとても親切で、ものすごく気の回る人だったという記憶がある。三カ国の周遊なので、朝は早かったのは辛かった。
イタリアでナポリ・ポンペイに1日ツアーに行ってが、なんだか遺跡をぐるぐる回った記憶もあるが、あまり深い感動はなかった・・・だから、二度と行かなくてもいいかな〜とか思った。
ベルサイユ宮殿も思ったより感動が少なく、さらにモナリザの絵にもがっかり。
ロンドンのナショナルギャラリーの絵のモネが印象深かったかも。
イタリアではスリやジプシーに注意してとうるさいぐらいに現地係員等に言われたが、今思い出すと・・・イタリアでスリにあっていたのは、添乗員さんだったな〜とふと思った。

1993年 2月  ロンドン・ローマ・ジュネーブ・パリ
 仕事を辞め、すべてを吹っ切るためにヨーロッパ旅行へ。学生旅行の時期でもあったので、総勢60人くらいの大ツアーだった。ロンドン、ローマ、ジュネーブ、パリを10日間で巡るという旅。費用はかなり安かったが、それなりに色々とエピソードがあるツアーだった。
 大阪空港集合これまた7:00 ヨーロッパへ成田経由となると、これは仕方ないのか・・・と思った。総勢60人のツアーなのに、成田での飛行機の乗り継ぎが1時間を切っているという忙しさ。とにかく添乗員は焦っていた。大阪→成田→ロンドンをNHで行く。大勢なので点呼も大変そうで、まるで修学旅行状態。常に点呼に追われる旅となる。
もちろん60人ということで、添乗員2人。A・B班に分かれてのツアー。ロンドンの観光は2度目ということで、新鮮さはなかったが、よかった。
ローマではタクシーでメーターをごまかされ、それで怒ると、ぜんぜん違うところで下ろされたりした。あと、ローマからジュネーブへ行く飛行機がオーバーブッキングで60人分取れていなかったらしく、これで添乗員さんはず〜っとローマではこの対応に追われていた様だ。私はB班だったのだが、60人一緒に移動できないとかで、朝6:30の飛行機と9:00の飛行機と二手に分かれることとなり、私は遅い飛行機で移動できてラッキーであった。早い飛行機の人は4:30に出たらしい・・・ 
一番この旅行で腹が立ったのはスイスでの出来事。本来ならばジュネーブで宿泊する予定であったが、モーターショーでジュネーブの宿が取れなかったとかで、ローザンヌでの宿泊となったのだが、小さいホテルで朝食のビッフェで並んでいるチーズやハムは取らないで欲しいし、パンは一人1個と決められたことだった。なんだかとてもひもじい思いになり、かなり暴れた私・・・金を出すから食べさせろ〜の気分であった。しかしスイスは水がきれいで景色もよかった。
学生の卒業旅行ツアーということもあり、とても時間にもルーズ。安いと色々仕方ないのかな・・・とちょっとあきらめの旅。
いやはや・・・この手のツアーはもう2度と行かないと心に誓って帰ってきたのであった。

1993年 5月  香港
 ゴールデンウィーク明けに香港へ3泊4日で旅行。飛行機はJAL。観光といいながら、色々な土産物屋に連れて行かれ、何なんだ・・・と思った記憶がある。特にタイガーバームガーデンは強烈だった。趣味の悪さではピカ一かも。この旅行で同行した友人がホテルの部屋のジャケットにクレジットカードを忘れた事を思い出してとりに帰ったら、すでに無かった・・・ということもあった。そんなに時間がたっていなかったのに、どんなスキでも部屋に入って物色されているのかと思うだけで怖くなた。
このホテル、一応Aランクのホテルだったのだが、ホテルの部屋といえど、出入りがあるので安心できないと思った。香港はとにかく怪しい。。。というのが正直な印象。

1993年 7月  シンガポール
 シンガポールへ2泊4日で旅行。湿度が高かった。友人と私含め5人で行ったのだが、2日目で私以外の4人がナンプラーでダウンし食事をみんなほとんど食べれなかった。なのに私はずっと美味しく食事して、食い意地だけは張っているなと思い知らされた。あと宿泊したグットウッドパークでチェックインして部屋に行くときにいきなりエレベーターの故障で閉じ込められたのには驚いた。
シンガポールは町がとりあえず綺麗だ。それが一番の印象。マーライオンが工事中で見れなかったので、ちょっと残念だった。あと人力車の自転車で引っ張るバージョンで街を走ったのは、なんとなく恥ずかしかった。
屋台での夕食は面白かったが、これはいかが?攻撃が続々とやってきて、断るのが大変だった。同じツアーで男一人で参加されている人がフルーツ盛り合わせ(ドリアン入り)を私たちにご馳走していただいたのだが、これが5000円だったのにはかなりびっくりした。ドリアン入りとはいえ、ぼったくりだなと・・・ここで初めてドリアンを食べた。
 飛行機がSQだったのだが、帰りがシンガポール夜中の1時過ぎ発だったと言うのが厳しかった。真夜中のフライトにもかかわらず、夜中3時ぐらいに食事が出る。しかし、みんな寝ならも巻き寿司をほおばっている姿は結構見もの。食い意地張ってるな〜という感じで面白い。私も食い意地は張っているほうだが、さすがの私も夕食をたらふく食べていたのと、巻き寿司があまり好きじゃなかったので、ほとんど手をつけぬままに真夜中の軽食をパス。もちろんきっちり朝食もあった。

1993年 11月  アメリカ フロリダディズニーワールド
 アメリカのフロリダディズニーワールドへ7泊9日で旅行。ディズニー漬けの日々だった。行くだけで1日くらいかかったので、それには参ったが、ディズニーワールドは本当に楽しかった。
飛行機はNWで大阪→デトロイト→オーランドというコース。
日本に比べて、ものすごく空いていたので快適にディズニーワールドを満喫できた。頭がすっかりディズニーになって、しばらく社会復帰できないのではないか・・・と思ったほどであった。NWはかなり強烈で機内食ももちろん期待できず、あと定期的に機内エクスサイズみたいなビデオが流れる・・・しかもCAが大きな男の人でこれだけでかなり萎縮してしまった私。女のCAも怖い感じだった。飲み物はなぜかみんなオレンジジュース。これが一番オーダーしやすいから。
ディズニーワールドは日本に比べて、ものすごく空いていたので快適過ごすことができて満喫できた。
あとユニバーサルスタジオへも行った。そのツアーバスが私と友達以外全員ハネムーンという悲惨なバス。
もちろん一番前で現地係員さんと一緒にいたわけだが、かなり気まずい雰囲気だった。なぜ全員ハネムーンなんだ!という感じである。
あと治安もかなりよかった。現地係員いわく、「ディズニーと言うマフィアがここにはいるから、安全なんだ」ということらしい。頭がすっかりディズニーになって、しばらく社会復帰できないのではないか・・・と思ったほどであった。

1994年2月  香港
 2回目の香港へ3泊4日で旅行。とにかく食べた・・・という記憶が強い旅行であった。飛行機はJAL。帰りにチェックインしているにもかかわらず、搭乗していない人がいたらしく、それを10分ほど待ったのだが、その人が乗ってきた瞬間のブーイングがすごかった。野次が大阪的で、本当に大阪人だな〜という感じだった。
ホテルは前回の経験を踏まえて、Lクラスだったホテル日航香港へ宿泊。
飲茶は念願のワゴン式の店で食べ、アフタヌーンティはペニンシュラとマンダリンオリエンタルに行き、ディナーはハイアットで張り込むというように食べ物三昧であった。疲れた胃腸は毎日暴暴茶で癒す。これが案外効いたりしてた。
前回の香港の教訓も生かされていたし、さらに小さい町と言うことで土地勘もあって、なかなか満足の旅だった。
ただ、香港は物価が安いという時代は終わったかも。。。

1994年 3月  ソウル
 韓国ソウルへ2泊3日で旅行。ロッテワールドに行った。飛行機は大韓航空。大阪からは1時間30分ぐらいのフライトなのに軽食がでるので、ものすごい執念だな〜と思うぐらい飛行機のシートベルトサインが消えたら即効サービス開始だった。
ロッテワールドは室内の遊園地。日本の普通の遊園地と大きく変わらない。そこの急流すべりに乗った時、水が臭かったのは忘れられない。水は入れ替えてほしいものだ・・・
何軒かお土産物屋さんに連れて行かれたがその中でコピー物を扱う店では、店に鍵を外からかけられ、出れなかったのには怖かった。「これニセモノじゃない」と店員に言うと、「ニセモノのなにが悪い、これ使いやすい」と逆切れされたのには困った。コピーもものすごい精巧なものがあり、色々な細工が施してあって、日本の税関も通りやすくなっている工夫なんかもされてて、案外買って帰る人も多いんだなと感じた。
しかし、本場の焼肉とビビンバは美味しかった。

1994年 7月  ハワイ
宿泊: ハイアットリージェンシー
 2回目のハワイへ3泊5日で旅行。やっぱりゆったりとすることが出来るハワイはいい。飛行機は日本航空。このときハイアットに宿泊したのだが、エレベーターの台数が高層ホテルにしては少なく、下へ降りるのに時間がかかった記憶がある。高層ホテルで決してお部屋も悪くなかったのだが、エレベーターが少ないのは本当に厳しい。
上の階はリージェンシークラブとかいう特別なお部屋。この部屋に泊まっている人がエレベーターにカードを差されると(リージェンシークラブへはカードキーを差し込まないと階に止まらないしくみになっているらしい)優先的にそちらへ行くため、10階に宿泊していたのに、何度も35階とかまで行くことになってしまうのだ。まあ、それだけじゃなくて、なかなかエレベーターも来なかったけど・・・
マウイ観光もした。マウイはサトウキビ列車とかいう日本人山盛りの列車に乗ったりもした。
ちょっとマウイがリゾートとしてキャンペーンされ始めてきた頃だから、開発もされていて、お店なんかも増えてきていた。やっぱりマウイは日帰り観光じゃなくて、ゆったりと過ごすところなんじゃないかと思った。
しかしホノルルを出ると、また違ったハワイがあるんだなぁ・・・と思った記憶がある。

1995年 2月  ロンドン・パリ
 ロンドンとパリへ8日間の旅行。フリーでゆっくりと待ち歩きが出来た。飛行機はスイス航空で大阪→チューリッヒ→ロンドンだった。このとき初めて関西国際空港から出発した。このときはフリーで行ったので、前回のツアーを教訓にして、ホテルはロンドン、パリ共に街の中心部にした。これはとても時間を有効に使えたし便利であった。
ロンドンのグロブナーハウスでゆっくりと本場のアフタヌーンティは今でも印象に残っている。
食事も自由だったので、それなりに満喫。ハロッズの惣菜も買えたし、パリでフランスパンのサンドウィッチを食べながら歩いた。しかし、パリで中華料理を食べたのだが、この店がかなり怪しかったのと、パリって食べるのにお金がかかるんだなというのが正直な感想。
フリーだったのでパリも美術館、お買い物と満喫できた。
帰りの飛行機がオーバーブッキングか???という感じだったでヒヤっとした記憶がある。

1995年 11月  ハワイ
宿泊: シラトンモアナサーフライザー 
 3回目のハワイ。3泊5日ではあったが、ゆったりとしていた。飛行機は日本航空。
関西空港発の最終便だったので、関空へ集合が午後8時ということもあり、仕事を終えてから旅行もできるという、非常に効率的に時間が疲れた。あと飛行機で眠れない私としては、これぐらいの疲れがいいかな〜とか思った。
ハワイは時差ぼけに陥りやすい。ずっと眠かった・・・という記憶がある。シラトンモアナサーフライザーに宿泊したのだが、朝食をハレクラニ、ロイアルハワイアン、そしてモアナサーフライザーと毎日のように、はしごした。
特にハレクラニはとてもいい感じで朝食を取れ、とてもあこがれのホテルだったので、大満足。ここのホテルは女同士じゃちょっとなぁ〜という雰囲気もあったりしたので、是非ハネムーンで・・・なんて考えたりしていた。
特に厳しいスケジュールを組まずに、波の音を聞きながら昼寝をしたりして、快適に過ごした。
ああ・・・パラダイスだな〜という感じであった。

1996年 8月   グアム
 グアムへ3泊4日で旅行。飛行機はミクロネシアコンチネンタル航空。行きも帰りもラッキーチャンスということでビンゴゲームがあったが、これが全く盛り上がらなかった記憶がある。あまり長いフライトでもないので、そっとしておいてくれという感じ。
ホテル近くの海岸はナマコがいるので、遊泳禁止になっていたというのが印象的だった。
ハイアットに宿泊したのだが、ホテル内で何度か停電した記憶がある。冷房は建物の中はものすごく効いていた。
停電は頻繁に当たり前のようにあったので、ああ・・・こんなものかと途中で慣れてしまった。
体調を崩し、いまいちの旅だったという悲しい記憶が・・・ マリンスポーツをしないと、あまり値打ちがないなと思った。
食事はホテルのレストランでしたり、隣のホテルのバーベキューだったりと色々だったが、案外移動するのに徒歩というのが難しく、タクシーとか送迎バスを利用しないとダメだったのには驚いた。特に夜はハワイの感覚よりはずっとグアムの夜は怖い感じだった。

1998年 3月   スペイン周遊
 スペインに9日間で旅行。飛行機は全日空。ちなみにハローツアーだった。
バルセロナからアンダルシア地方などをぐるっと回り、最後はマドリッドで終わるという盛りだくさんの周遊ツアーだった。ツアーが8人プラス添乗員というこじんまりとした旅行だったので、ちょっとツアーの面々とのお付き合いも大変であったが、楽しい旅行だった。
食事もほとんど付いている旅だったので、毎晩ツアーの人がワインを明け、私はそのご相伴に預かり、いろいろと話をきかされたりしていた。楽しいときもあるが、やっぱりきついときもあった。ちょっとそっとしておいて欲しい・・・という感じかも。ラマンチャの風車はお気に入りの景色だったし、トレドもきれい、あと、美術館なども見ごたえがあった。そしてバルセロナのサクラダファミリアも見れたので、大満足。スケジュールもゆとりがあったので、疲れなかったし、本当にいいツアーだった。スペインは見るところもいいし、食べ物もいい。
またもう1度行きたいと思った。

2001年 3月  カナダ
 カナダへ9日間の旅行。初めてのビジネスクラス体験。飛行機はエアカナダ。
ナイアガらフォールズからバンフ、そしてバンクーバーというコースであったが、比較的ゆとりのある旅だった。3月でまだちょっと寒かったが、景色は雄大で食べ物も美味しく、観光するにはビギナーでもかなりいい感じに行けるところだと思った。
ナイアガラはとても寒くて、滝の周りはまだ凍っておる状態。アイスワインのワイナリーを訪ねたりしたが、とにかく寒い・・・という記憶が大きかった。
反してバンフではもう雪解けで、かなり移動もしやすかった。レイクルイーズは凍っていたが晴れていると本当に山々がきれいで、景色は最高だった。また宿泊していたバンフスプリングでは、山をみながらスパに入れ、旅の疲れも吹き飛んだ感じであった。コロンビア大氷原まで行く日があったのだが、天気がぐるぐる変わり、どうなるかと思ったが、一緒に言った人がもうちょっとだけ・・・と現地係員さんは迷いながら突き進んだ結果、最終的に猛吹雪の中でもその近くまで行ったということもあった。その現地係員さんはとてもいい方で、今までの旅行してきた中でも1番の現地係員だったと思う。その人がバンフからカルガリーまで送っていただいたのだが、色々とツアーの裏話なんかも聞けてよかった。
あと、最後のバンクーバーではもう春という感じで桜も咲いていた。バンフに比べると街ではあるが、やっぱりバンフが一番よかったなと思ってしまった。ここではお寿司を食べたのだが、これはいまいち。魚があんまりかも。しかし中華はよかった。リーズナブルでおいしいものを頂くことができた。
 今回はいいシーズンとはいえない時期だったが、今度は夏のカナダを訪れて見たいと思う。

 ← バンフの街
   思ったよりも雪が少なかった。









                           
レイクルイーズ →
湖は凍っていて、上に雪が積もっていた。湖の上でスケートができるあこがれの場所


2002年 8月 ハワイ ホノルル3泊5日
 念願のハレクラニに宿泊。詳しくはこちらのレポートをどうぞ。
とても満足で、時間が足りないぐらいの旅行だった。
次回はもう少しゆったりと過ごせればいいかな〜と思う。