TRIP

 

幼いころからの家族旅行から、数えると多くの旅行に行ってきたが、その中でも思いで深い旅行に関してその時の状況をちょっとずつつづってみたい。

ベトナム・タイ旅行

ベトナム・ホーチミンにて。

旅日記 (登場人物は、イニシャルにてあらわします)

1999年2月16日 日本

松山→高松→神戸→関西空港

今日、2週間にわたるベトナム・タイ旅行に出発することになった。メンバーは、私ことN、香川出身のこだわりの男H、そしてかみあわない男たちのまとめ役Dの3人。10時45分に松山・大街道へ集合。バスにて一路高松へ向かう。2時間のバスの移動時間は、これからの旅路を思うわけでもなく、熟睡してしまう・・・。気づけば、高松。次の目的地は高松東港へいくわけだが、やはりおなかは空くわけで香川名物讃岐うどんを食べる(これから、いやと言うほど麺を食べるとも知らず・・・)。港への道のりだが、香川出身のHもわからないため、通り掛かりのおじさんに尋ねると「こっから、3kmくらいかなぁ」と教えてもらう。しかし、実際は、もっと距離があり、旅の始まりより疲れることになってしまった。貧乏旅行という共通意識の中から、汗をかいて目的地に達することこそ自分たちが求めるものであるということを考えていたのではないかと改めて考えるとそう思う。港に着くと、すぐに神戸・青木へ向かい出発。船の中では、さっきの疲労もあり、1時間きっちり熟睡する。しかし、よく揺れる船だった。というのも、自分は松山から実家に帰るとき、また広島に遊びに行くとき、だいたいフェリーに乗って毎度毎度寝てきたので妙な自信と安心感を持っていたから、今回、不快感を持ってしまったのだろう。無事青木に着いたが、その周りには駅の標識らしきものがなく、途方にくれる(日本でこんなに苦戦してていいのかっ!?)。どうやって着いたのか、今考えてもまったくわからないが、どうにかして青木駅まで来ることができた。そこから、阪急電鉄に乗り、今日の最終目的地関西空港直通のバスが出ている三宮へ向かう。着くとすぐに時間を確認し、食事をとる(ホントにでたとこ勝負で、前もって時間を調べるということはしなかったなぁ、そのあいまいさがこういう旅では、いいのだろうと思う)。晩の食事は、日本を旅立つから最後に食べとくという理由だったかどうかはわからないけど、天丼屋だった。ただ、自分は海老をそんなに多く食べることができないので、カツ丼を食べた(赤だしはサービス、この店の店長の餞別らしい・・・)。店長と女の子の店員さんと旅の話をしていたが、店長は少し否定的だった(たしか、ベトナムとかタイに行ってもあまり得るものがないんじゃなかということだったと思うが・・・)。でも、旅って経験することだから、そのオヤジさんが言ったことを確かめてみたいと思う。しかし、この2人は自分で抱いていたイメージ通りの関西人っだった。いい人たちだった。旅の醍醐味である出会いを感じることができた一瞬だったと思う。午後9時バスに乗りこみ、一路空港へ。街のネオンが妙にまぶしく幻想的だった。関西空港はとてつもなくでかく、驚かされた(やっぱり、田舎者なのかな)。しばらく、空港でボーっとして、飛行機の時間を待つ。とにかく、移動疲れした1日だった。明日は、とうとうベトナムだ。